踊り滅ぼせこの夜に 前編
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踊り滅ぼせこの夜に 前編

2018-06-01 07:12
  • 2

三十人の魔法使いが集まれば世界を滅ぼす魔法が出来ると言われている。

魔法使いというのは集中するとそれに一直線になる者が多く、
昼になっても窓を開けずに籠って研究する輩もちらほらいる。
そんな不健康な生活を送っていると心がどんよりとしてゆき、

「もうこの世なんて滅ぼしちまおう」

とべらぼうな結論に達してしまう事もある。
日光に当たらないと人は鬱屈していくのだ。
その割合が三十人に一人だという。
実に高い割合だ。

そういう事もあり、
魔法使い達が集う村、エッペンルーヤでは活気に溢れている。
誰も彼もが朝になれば窓を開けるように努め、
身体を動かす為に大通りに買い物にでかけたり、
知り合いに会いに行ったりする。

だが村ともなればそこに住まう魔法使いの数も多く、
一人や二人はへそ曲がりが紛れ込む。
ネイチェもその一人だった。

ネイチェにとって朝日は眩しくてしょうがなかった。
鶏が啼いてガタ、ガタンと周りの家で窓を開ける音が聞こえてくるが、
ネイチェの家の窓は閉まりっぱなしで暗いまま。
友人が訪ねに来ても「忙しい」と追い返すこともある。

本当に忙しいのか?と尋ねられると、実は忙しくないのだが、
いつも忙しそうにしていないと見くびられる気がしていた。
ネイチェの心に巣食っているのは劣等感で、
一人で居る事が多いネイチェはいつもそれとお喋りしていた。

たまに外に出て中央掲示板に目を通すと、
そこには他の誰かが開発した新魔法の触書きが出ている。
はぁ、凄いもんだと周りに集まる魔法使い達が呟く言葉もネイチェは大嫌いだった。

どうせアタシなんか大した魔法使いでもないし、
誰かの目をひく魔法の開発もした事が無い。
部屋の掃除も何年もしてないし、
太陽に照らされる事もなんか怖くて、
窓を開ければ誰かが覗いてきそうで恥ずかしい。
こんな自分を、見られたくない。

劣等感との対話は自分の弱い部分だけを凝視する事だった。
悪い事に、他の誰もその会話に割り込んで来ないので、
自分の弱い所から視点が動こうとしない。
人間誰しも悪い部分もあれば良い部分もある。
だが誰もネイチェに良い所を教える事をしなかった。

そんなある日の事、
窓も開けない部屋の中でネイチェが木の枝を折っていると一つのひらめきが起こった。

そうだ、
この世を滅ぼそう。

埃を被りつつある本棚に飛びついて久しぶりに指でページをめくった。
家にある本だけでは足りなかったのか、久しぶりに外に出て本屋にも赴く。
開きっぱなしの本がネイチェの家の中に散乱していったが、
彼女の前に一つの大きな壁がそびえ立った。

開発が難しいのである。

そも新魔法の開発というのはちょっとやそっとで出来るものではない。
これまで誰も思いつかなかった術式を見つけるか、
さもなくば既知の魔法の芸術的な組み合わせを見つけるぐらいしかない。
だが劣等感に駆られるネイチェは焦りだけが先行していた。

これは一人ではどうにもならない。
そう悟ったネイチェは鏡に向かった。
それまで出かけるにも気にしなかったボサボサの髪の毛を正し、
目ヤニが付いていないかも十分にチェック、
服も一番見栄えが良い物を引っ掴んでいよいよ支度が整うと家を出た。
向かった先はダイスダーグという魔法使いの家。
およそ四年振りの訪問である。

「こんにち げほっ、えほえほ、 こんにちはぁ!」

久しぶりに大声を出したもので使っていない喉がびっくりしている。
かすれがかった挨拶を聞いてかドアの向こうからダイスダーグが出てきた。

「ネイチェじゃないか、どうした、何があった」
「えぇ……?」
「いきなり君が来るなんて、何事かと思うじゃないか」
「知り合いの家に来ただけで酷い言われよう」
「自業自得と思えば怒りは沸かないだろ、まあ入りな、折角来たんだ」

紅茶と茶菓子が出てきて和やかな雰囲気かと思われたが、
ネイチェの口から出てきた言葉がその全てを薙ぎ払う。

「この世を滅ぼそうと思うんだけどね」
「え?もう一回言って?」
「この世を滅ぼそうと思うんだけどね」
「俺の耳はおかしくなったか?
 君の小さな口が世界を滅ぼそうとか言ってるんだけど」
「多分正常だよ」
「とにかく話を聞こうじゃないか」
「聞くも何もこれ以上は何も出てこないよ。
 世界を滅ぼしたくて相談に来たんだ」
「俺に世界を滅ぼす相談を?」
「そうだよ」
「喜んでいいよ、君は最高の相談相手に話を持ち掛けた」
「アンタならそう言うと思ったよ」

ダイスダーグは魔法使いの村エッペンルーヤでも指折りの魔法使いだった。
それは彼の魔法技術だけの事ではなく、彼の思考回路も同様で、
彼の突飛でトンチキな発想で巻き起る出来事は度々周囲を騒がせていた。

ネイチェの読みは正しかった。
自分が途中まで行った魔法開発の研究工程を机の上に広げると、
ダイスダーグがそれをまじまじと見つめて腕を組んで無言で文字を追っている。
それが終わったのか今度は席を立って山程の本を持ってきた。

「ここはこの術式を使おう。こっちの方が変換効率が良いから」

なんて言い始めるもんだからネイチェも一層興奮してきた。
そうだそうだ、そっちがあったか、これならもっとドカンといける。それでいこう。
ソレよりもコレが良い、ここを活かす為にはこうしよう、
ダイスダーグとネイチェと本の山。次々と開発のステップが進む。
魔法使いは普段一人で魔法開発を行うもので、
事実ネイチェが誰かと一緒に魔法を開発する事はこれが初めてだった。
劣等感が強まりそうなものだったがダイスダーグのいたく協力的な姿勢に、
ネイチェは悪い気がしなかった。

たまにはしゃぎ声を上げながら開発を進める中、
何かを思いついたような顔を見せるダイスダーグがこんな事を言い出した。

「そうだ、カルヴァンにも協力して貰おう」
「カルヴァン?」
「俺の知り合いで魔法陣作製が得意な奴だ。
 ここの機構を維持する為にはあいつの協力があった方がいいんだが、
 どうだ、それでもいいか?」
「でも……世界を滅ぼす魔法の研究に肩入れしそうなやつなの?」
「魔法使いなら一度や二度は世界を滅ぼしてみたいだろ」
「あたしが言うのもなんだけどアンタやっぱりおかしいね」

「うーん、バリンテンにも協力して貰おう」
「また?」
「バリンテンは音響魔法が得意な奴で」
「知ってる知ってる、コンサートとかもやってる奴だろ?あのデカ腹の。」
「そうそう、牛肉が本当に好きな奴であの腹はその愛の証だそうだ。
 バリンテンの音響魔法で魔法の使い手の強化を」
「ちょっと、ちょっとちょっと」
「どうしたの」
「……やっぱりアタシ一人じゃ術を行うのは無理かね?」
「それに関しては何度も話したじゃないか、
 魔法使いがたった一人でこれをやろうとしたら五秒でミイラ、
 魔法をぶっ放す前に干からびて死んじゃうって。
 やっぱり最低三十人は魔法使いを揃えなきゃ」
「うーん」
「どうした」
「いや、そんな三十人も集まるかね…?だって世界を滅ぼすんだよ?」
「うん、そこで考えたんだけどな」
「なに?」
「やっぱり踊るしかないな」
「おど  は?」
「踊るしかない」
「……あたし、耳がおかしくなった?」
「この世を、踊り滅ぼす!」
「えっ、もう一回言って?」
「踊り滅ぼす!」
「……やだ、どうしよう、響きがカッコいい」
「そうか?踊り滅ぼす!どうだ?」
「踊り滅ぼす!うわ、かっこいい!いいねそれ!踊り滅ぼそう!」

ダイスダーグが両の掌を机に押し当ててこう言った。

魔法の流れはこうだ、ネイチェ。
カルヴァンの敷いた魔法陣の上で三十人程の魔法使いに踊り狂って貰う。
しかもそれを一週間ぶっ通しでだ。一週間かけて術式機構を動かす。
魔法陣には魔力補助と半発狂を、バリンテンの音響魔法で体力強化を、
それで入れ替わり立ち代わり他の魔法使いにも加わって貰って、
最早これは祭と言っても過言ではないだろ、
だから皆には『踊り狂う魔法祭』を開くと言い広めるんだ。
これなら皆協力してくれる!

「そうか!すごい!」

それを聞いたネイチェも、もう興奮で発狂しかねない。

「じゃあカルヴァンとバリンテンの所に行こう」
「行ってらっしゃい」
「何言ってんだ君も行くんだよ」
「あたしはヤダよ…そんなに二人と親しくないし」
「俺の家に勢いよく尋ねてきた元気はどうしたの」
「いや、それとこれとは」
「それに世界を滅ぼしたいって言ったのはネイチェだろ、
 言い出しっぺの本人が動かなくてどうすんのさ!」
「ああう」

もう夕方を越えていて、
あちらこちらの家から良い匂いが漂ってくる。
こんな時間にお邪魔しても相手はご飯を食べているのでは。
そんな心配を他所にダイスダーグがカルヴァンの家のドアを激しく叩いた。

「うわ、とんでもない客が来た」
「とんでもないとは酷い、お前の心の友ダイスダーグだぞ」
「黙れ。
 ん、そこのもう一人は」
「あ、どうも…ネイチェよ」
「ちょっと協力して欲しい魔法があってね、来たよ」
「来たよって……まぁ、お前達運が良い、
 今晩は肉の塩漬けを大量に仕込んだところだ、喰ってけよ」
「いや、そんな悪いわよ」
「こんな時間に来といて何言ってんだ、さぁ、上がった上がった」
「元よりそのつもりだとも!」
「ダイスダーグ、お前は本当に黙れよ」

三人以上で食卓を囲むなど、ネイチェには何年振りだろうか。
蝋燭の前に用意される皿を前に少しばかり気後れする中、
ダイスダーグが会話の口火を切った。

「実は今度祭りをやろうと思ってな」
「へぇ、どんな祭りだ?」
「ずばり、踊り狂う」
「踊り狂う?」
「ああ、踊り狂うんだ世界を滅ぼす程にな」
「ぶふっっ」
「どうしたネイチェ、スープが熱かったか?」
「いや、喉にちょっと……」
「そこでカルヴァン、お前に魔法陣を張って欲しい。
 踊っている皆の魔力を高めてしかも気分が高揚するような」
「精神を弄る感じか」
「そうだ。しかも魔力も高まれば更に気分は高揚する」
「発狂してしまわないか?」
「発狂しない程度のさじ加減をして貰う為にお前にお願いしに来た」
「なるほど」

判った、お前達の為に一肌脱ごう。
カルヴァンが快く引き受けた事もありネイチェの顔は晴れ晴れとした。
御馳走様も良い終わり、さあ今晩はもうこれまでかと思った矢先。

「バリンテンの所にも行くぞ」

いや、待てダイスダーグ。
もう夜だ。夜も夜だ。

だが夜だ昼だと気にかける様子もなくダイスダーグの歩は進む。
世界を滅ぼすつもりなのに昼夜如き気に留めるな。
まるでそう鼻で笑うような歩調であった。


―――――――――――――――――――――
後編へ続く
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やったー魔法使いだー!

…ん、エッペンルーヤ? 聞き覚えならぬ見覚えがあるような…
20ヶ月前
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>>1
Tyrol様

流石Tyrol様、二年以上前の作品でも覚えて頂けるとは書き手として感無量です。後半の最後にでもリンクを張っておきますので合わせて楽しんで頂けたらなによりです。
20ヶ月前
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