踊り滅ぼせこの夜に 後編
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踊り滅ぼせこの夜に 後編

2018-06-03 20:28

    このオハナシは続き物です。
    →前回を読む←
    ―――――――――――――――――――――

    「滑舌が悪いな」

    と言ったのはダイスダーグで、

    「昨日の晩に…これを全部、作ったの?」

    と途切れ途切れに尋ねたのはネイチェだった。

    二日連続でネイチェが家の外に出る事は非常に珍しかったが、
    世界を滅ぼす為にダイスダーグと約束していては仕方ない。
    鏡の前で身なりを整えるのも二日連続、これも久しぶりの事で、
    ネイチェには胸の中に風が一束抜けていくような感覚があった。

    それで出掛けてみれば挨拶よりも先に驚きが立った訳だ。
    何せ、ネイチェが歩く道の両側には張り紙がしてある。
    それだけなら良いのだが、その紙に書かれてある文字がこう言うではないか。
    『狂い踊り祭開催』とあり、それは紛れもなく例の祭りの事、
    要するに世界を滅ぼす為に計画した祭の事に違いない。

    口を開けて道中に張られている左右の張り紙を見つつネイチェが歩くと、
    それを張っていた張本人、ダイスダーグに遭遇し、
    思わず「これはアンタがやったのかい」と周りの張り紙を指さしていた。
    しかしネイチェの舌の回りが、どうにも滑らかではない。

    「滑舌が悪いな」
    「朝だから……」

    と唾を一飲みしたネイチェが大量の紙束を見た。
    ダイスダーグの太い腕に抱き込まれている。

    「昨日の晩に…これを全部、作ったの?」
    「一枚だけな。後はサルカヘの所に行って朝一番でこれだけ量産して貰った」
    「……アタシは別に早起きって訳じゃないけど…。
     相当朝が早かったんじゃないのかい?」
    「大丈夫、俺は寝起きがかなり良い。」
    「アンタじゃなくて……。
     ああ…凄いもんだ、どんどん巻き込んでいくんだね、周りを」

    それが褒め言葉かどうかは別にして、
    事実ダイスダーグの行動は迅速と強引さを兼ね備えていた。
    声をかけたのは魔法陣のカルヴァン、魔曲家のバリンテンだけではない。
    文字写しのサルカヘ、光使いのコルベリ、
    それに加えて肉屋に酒屋、パン作り達にも声をかけ、
    最後に、

    「こういう段取りが出来ているから、
     この日取りで大広間で祭りをしたい」

    とエッペンルーヤの長、ナキに申請書を放り投げ、
    「却下」なんていう言葉は微塵も言わせなかった。

    夕方になったのだが、もうネイチェは足が棒になっている。
    朝に合流したダイスダーグと宣伝紙を貼り回り、
    協力各人への訪問、そして最後にナキの所へ赴き演説染みたダイスダーグの説明を聞き、
    足に耳にもう疲労が泥山のように積もる。

    もうクタクタになった身体で帰り道を歩く中、
    横で並行するダイスダーグがこんな指摘をした。

    「なぁ、ネイチェ」
    「え……なに」
    「お前さん、今日は一日滑舌が悪かったな」
    「そうだった…?」
    「ああ、なんか言葉の節々で歯切れの無さがあったぞ、
     どうした、喉でも痛いのか」
    「いや、そんなんじゃないけど、」

    今日はとにかく疲れた。
    滑舌なんてどうでもいい。
    慣れない疲労に身体を占領されたネイチェはベッドに倒れ込むべく華麗な軌道を描いた。
    考える事をせず、水流に任せる木の葉の様にベッドの前までやってきた。
    別れ際にダイスダーグとどんな言葉を交わしたかも覚えていない。
    もう後は倒れ込むだけだが、それを制止させたのは他でもないベッドであった。

    右足、左足、ネイチェは今、二本の足で立っている。
    もう足の裏だのふくらはぎがジンジンしている。
    倒れ込めば楽になれる事はネイチェも判っている、当然。

    しかしベッドが汚い。

    カルヴァンの家はカーペットが凝った意匠だった。
    バリンテン家は大きな構えをしていたし清潔で、
    コルベリの家も光使いだけあって綺麗に輝いていて、
    お邪魔した肉屋、酒屋も客を迎える為であろう、大層綺麗だった。

    それに比べ、この我が家の汚さよ。
    汚い、本当に汚い。

    籠っている時は特に、いや、実は前から少し気になってはいたのだが、
    ベッドの上の毛布なんて毛玉がえらい事になっているし、
    枕のシーツだって、首が当たっている所が少し黄色い。
    ベッドの脇には埋もれかけの靴下だか手袋だかが助けを求めているし、

    自分の部屋なのに、
    なんだかここに居たくない。

    そしてダイスダーグ家のドアが叩かれたのは日が沈み切る寸前の事だった。

    「はいはいどなた…あれ、ネイチェじゃないか、どうした」
    「……今晩泊めて」
    「……ええ?」
    「ちょっと今日は家に居たくなくて……」
    「……ええ?」

    ダイスダーグはそこまで笑っていたが目の前の女がどんよりとしていた為、
    キリ、と表情を切り替えて頭を回転させた、それはとても早く。

    「……家に大蜘蛛でも出たの?」
    「ちがう……」
    「……じゃあ俺と男女の仲になりにきたのか」
    「なんでそうなる……一晩泊めて欲しいだけ…」
    「いや、ちょっと待て。待って。
     俺はね、女性を家に泊める時は相手といかがわしい事をする時なの。」
    「なにそれ……」

    只でさえ疲れた身体を更に引きずってきたのだ、ネイチェはフラフラ。

    「君は俺とそういう事がしたいのかい」
    「そうじゃない……」
    「じゃあ帰りなさい。」
    「ええ……ちょっと一晩、ソファーの上で良いから」
    「帰りなさい。」
    「………」
    「ネイチェ、君は今何歳だ」
    「確か19……」
    「帰りなさい。」
    「………………」

    それ以上の言葉の応酬は無かったが、
    首をガクンと下に折ったネイチェがまたトボトボと家に帰って行った。

    家の中に入ると、変わらず汚い。
    童話で魔女の家がある森はおどろおどろしい様相だと聞くが、
    この家の中は最早その森の様ではないか。
    魔女の家の中なのに、外の森の様な様相とは。

    もう、判った。今日のアタシには成す術が無い。

    誰に宣言する訳でも無かったが、
    そう心の中でつぶやいたネイチェがベッドに倒れると、
    余程疲れたのかそのまま真っ暗闇の夢の中に頭から落ちて行った。

    夢はクッション、緩衝材。
    一日と一日の間を飛越する人間を一旦受け止める。
    だが常にその緩衝材がある訳では無い。
    ある時にはすっかり丸々準備されてない事もあり、
    その場合、人間は日々を休みなく送らねばならなくなる。

    この日のネイチェもまさにそうだった。

    ベッドに倒れた筈なのだが外が何やら賑やかで、
    子供が笑いながら走って行ったような騒音で意識がガチリと戻った。

    家の外は朝なのだろう、雨も降ってないようで人々が賑やかそうだ。
    だが家の中は魔の森の如し。
    あんなに汚く思ったベッドで眠りこけ、
    寝起きになれば慣れた物、別に嫌悪感も抱かない。
    そうそう、そういえばいつもこんな環境だったじゃない、なんて、
    そんな事を思ってしまっては、
    外が本当に煩わしく、いや、恨めしくなる。

    今日は一日引き籠りたい。そんな事をネイチェが思えば、
    部屋もそれを後押しするかのように陰険さを増す。

    そうだそうだ、もう一眠りしろよ、しちまえよ。
    日光なんぞ浴びたら、目が焼ききれそうだ、ほら見ろ、あの窓から漏れてる光を。
    もう今日は良いじゃん、昨日も一昨日も頑張ったよぉ、
    今日は一日、このいつものお前の部屋で、ゆっくりとしちまおう。

    部屋が、怠惰が囁く。ネイチェに囁く。
    慣れは油断、油断は怠惰。
    部屋中にこびり付いた長年の怠惰の結晶達が撫でまわす様にネイチェに纏わり、離さない。

    そうだよね、もう今日は寝ようよ。

    『怠惰』の細い人差し指がネイチェの瞼を優しく閉めにかかったその時、
    彼女の瞼が勢いよくバチ!と開いた、両方共だ。

    誰かが叩いたのだ、ドアを。
    声が読んだのだ、彼女を。

    布団を退けるように横にやり、
    靴下を履かない足の裏をぺたぺたと鳴らしてネイチェがドアを開けた。

    「   ダイスダーグ」
    「おはよう、本当に朝は早くないんだな!」
    「  えっ 今日も何かやるの?」
    「何を言ってる!今日は祭じゃないか!」
    「   今日?」
    「今日だ!」
    「   あたし、何日寝てた?」
    「昨日は君に会ったが?」
    「   なにした?」
    「君が泊めてくれと押しかけに来た」
    「  それって昨日の事?それで今日が祭の日?」
    「そうだよ、ほら」

    これで顔を洗え!
    そう言わんばかりの勢いでネイチェの顔に紙が一枚。
    それを拭うように手に取ると、それはあの宣伝の紙ではないか。

    「そこに、今日やるって、書いてあるだろ」
    「………」
    「ネイチェ?」
    「   今日、祭?」
    「そうだ」

    ―――――――――――――――――――――
    終編へ続く
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