刃の粋 後編
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刃の粋 後編

2018-06-20 22:12
  • 3

このオハナシは続き物です。
→前編はこちらから!←
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普段なら会社へ行くのに快速電車に乗って37分。
でも、今日は車で15分、徒歩で35分、合わせて50分。

いつもなら職場で白衣の袖に腕を通し、
電動ピペッターを無闇にカチカチ鳴らすのが朝の癖。
それから液体クロマトグラフィーやドラフトの電源を付け、
社内のメールに嫌々目を通す。

でも今日は車の中で祖父がお喋りをしてくれる。
しんちゃん、エアームドってのはな、なかなか人前に姿を現さないんだ。
そう言いながら黒色のハンドルを回して、
更には会話の最中に下の歯が一本無いのを笑いながら見せてくれる。

更に祖父は話してくれる。
エアームドの血が何で出来てるか知ってるか?しんちゃん。
羽の色が赤いだろ?あれは人間と同じで鉄が血に含まれているからなんだ。
でも滅多に見ない珍しい奴は羽の色が緑で、
そいつの血は銅で出来てるんだよ、凄いだろ、同じポケモンでも血が違うんだ。

私の脳がウキウキし出す。
今は会社でしょっちゅう耳にする単語の一つも聞こえない。
インドメタシンも、タウリンも、ブロムヘキシンも聞こえない。
代わりに祖父がエアームドの話を聞かせてくれる。
いつもと違う情報を耳から入れて、脳がウキウキしているんだ。

「よし、ここからは足だ」

山の麓まで車で付けて、後は徒歩で山登り。
仕事に行くために山登りなんてした事無くて、
「これを被りな」と渡された麦わら帽子にワクワクしてしまうのは何故だ。
ただの麦わら帽子、ただの山。
それでも祖父が知らぬ世界へ手招きしてくれる。

仕事と言えば機械を使って分析データを出して、
それをまとめて研究結果として報告する事だった。
その報告には学術的な意義と、今後の展望についての考察も必須だ。

でも祖父は「さぁ行こうか」と言って私を山に連れてきた。
手にはリュックを持って、その中には祖母が作ったお弁当が入っている。
私に渡した麦わら帽とは反対に、祖父は頭に白い手ぬぐいを一つ被せてるだけ。
いつもなら仕事場の廊下は掃除が行き届いていてピカピカ、おまけに静かだが、
この山道は端の方にミミズがうねり、時折草葉の陰から物音が聞こえる。

社会人三年、他の人はどんな仕事をしているのかと気になった。
その切欠をくれたのは言わずもがな平尾であり、
今にして思えば切欠を「くれた」のか、はたまた「埋め込まれた」のか、
もう判断のしようもない。

ただ、そこは私の知らない『仕事場』だった。
ほぼほぼ山頂まで歩いた獣道、祖父が「ここだよ」と立ち止まる。
ついた場所は大きな岩が一つある場所、周りは避けるように木が生えない。
「さて」とリュックから青色の風呂敷を取り出した祖父がそれを岩の上にかけ、
「どうぞ」と促してくれたもんだから私もその上によじ登った。

「じゃあ、これから仕事です。」

と祖父が言うのだが、
パソコンも無ければコピー機も無い、
お客が来るような場所でも無いしトイレも廊下も、ドアすらない。

森の中、ここが祖父の仕事場なのである。

「じゃあしんちゃん、あとは昨日話した通りな。」

昨日話した通りとは。それは食事の席で祖父が僕に話した事だった。

エアームドは危険なポケモンであるために祖父の傍を離れない事。
近距離に遭遇する場面になっても祖父の指示無しに動かない事。
決してエアームドを攻撃的に刺激するような行動を取らない事。
トイレはそこらへんで済ます事。
それらの言葉には緊張感があった。

それとは打って変わってこの間の抜けたような空気よ。
祖父と二人で風呂敷を広げた岩の上に座り、
夏のお日様の光を受けて光合成さながらの日向ぼっこ。
もう既に登山で背中は汗がつつつと通り抜け、
最早これは、祖父とのピクニックと言っても過言ではないのでは?

「じいちゃん」
「ん?」
「じいちゃんてカタナしか作った事ないの?そういえば。
 他の普通の刀は作った事無いの」

カタナとは。

遥か昔の話である。
とある大男が死闘の末に野生のエアームドを締め上げ殺した。
その羽がとても尖っているので知り合いの刀鍛冶の所へ持っていくと、
その鍛冶屋はエアームドの羽から三本の刀を作ったという。

話はここで終わらない。
その三本の切れ味は恐ろしいものでその上硬さも並ではない。
その噂を聞きつけた近くの偉い殿様が刀鍛冶を呼びよせて刀を披露させた。
実際に殿様自身もエアームドの刀を手に試し切りをしたところ、
これがびっくりする位によく切れる。
殿様秘蔵の刀と斬り比べてもその差は歴然としたものだった。
その余りの素晴らしさに殿様がこう仰った。

「これぞ、カタナよ。」

刀と言えばこれを指す。
世に刀と言えばこれの右に出るものは無く、
刀と言えばこれを頂点にして他に無し。

「殿、よろしければこの刀を、カタナと呼ぶ事をお許し頂けるでしょうか」
「わしが許す、この刀をカタナと呼べ、
 聞けば他にも同じような代物が二本あるとか。
 この刀だけではない、同じようにして拵えられたもの全てをそう呼ぶ事、
 今ここにわしが許す。」

そのようにして、エアームドの羽から作られる刀はカタナと呼ばれるようになった。
その刃物としての完成度は長い歴史が証明している。
事実、このカタナという覇王称号にも似た呼び名を覆せる刃物は、
これまでの歴史で現れなかったのだ。

だが完成度が高ければいいというものではない。
相手はあのエアームドである。
歴史書を紐解けばエアームドの羽を手に入れるのに多くの人が命を落としたとある。
しかしそれでも何人もの人間がエアームドの羽を手に入れる事に命をかけた。
それはまるで毒を持つフグを食べる為に大勢が命を落とした歴史のようである。

他の刃物の追随を許さないカタナはその完成度と強度から現存数は多い物の、
長い歴史の中の生産数という観点で見れば決して多いとは言えない。
エアームドの羽を手に入れる事は至極難題、
それが打ち手の減少を引き起こす。
滅多に作れない為に生活を維持できない状態に引きずり込まれるのだ。
結局作り手はエアームドの羽を買える財力のある者か、
さもなくば独自に手に入れる伝手を持つ者だけだったらしい。

ゆえに、祖父に問う。
普通の刀は作った事が無いのかと。

「あったよ」
「あったの?」
「あったあった、じいちゃんのお父さんがエアームド(カタナの事)打っててな、
 じいちゃんはそれを習ってたけど、若かったなぁ、痺れが切れた。
 なかなか羽が手に入らまないもんで、ほぼほぼ仕事にならないと思った。
 だからちょっと修行に行くと言ってな」
「修行?」
「そうそう、そう体面を作って飛び出した。」
「……それで?」
「御覧の有様よ」

夏は天が季節のかなめ。
上を見ようものなら目を焼かれ、
俯いても全身に陽が刺さるだけ。

日が、段々と高くなってきた。
ジリジリと日差しの鋭さが肌に抉る様に降り注いできた。

「また、戻ってきた。このカタナを作る所に。」
「それはどうしてか、聞いて良い?」
「ははっ、そりゃあしんちゃん、きまってらぁ。
 これが一番だからに、決まってる。
 自分の中で一番じゃないと思うものを作ったって、何も面白くねぇもんだ。」

祖父は話してくれた。
カタナではない刀を振ってみて、その違いをまず知ろうと思った。
色んな刀を沢山振るったのだけど、
結局それは何が一番優れた『もの』であるかを確認する作業に過ぎなかった、と。

「名刀と言われるものを沢山触らせて貰ったけど、
 どれもこれも駄目だった。
 それで結局な、」
「……手早くこっちの世界に戻ってきたってことね」
「はは、そうそう、いやいや、カッコ悪い話だろ」
「別に、そんな事無い」
「……この場所にな、三匹、やってくるエアームドが居る。
 まどかに、るりに、あやだ。」
「なにそれ?名前つけたの?」
「美人な名前だろ」
「全部メスなの?」
「いや、全部オス。」
「はぁ?」
「折角の仕事『仲間』だからよぉ、
 少しぐらい艶っぽい名前で呼んだ方が仕事にやる気が出るだろ。
 ばあさんには言うなよ?ははは」

その三匹がこの岩場に時たまやってくる。
その時たまやってくる時の、ほんのたまに毛づくろいして羽が落ちる時がある。
それを拾うの『まで』がじいちゃんの仕事だ。

途方もない話である。

そもそもエアームドは人目を嫌うし、
羽も一年に一度しか生え変わらないと学会では言われているし、
その上雨の日には絶対と言って良い程巣穴に籠る。

だが祖父は言う。

「これが一番良い物だと知ってる以上は、
 これを作る事に心血を注ぐ、人生を賭ける。
 だってなぁ、一番じゃない物作っても、自分が面白くないだろ?
 そうだろ、しんちゃん。
 好きでもない女と付き合っても面白くねぇし、
 愛してもいない女と結婚してもどうしようもねぇだろ?
 こういう本当に大事な事は、みんなどこかで通じるものがあるもんさ。」

その日、エアームドが私達の前に現れる事は無かった。
だが祖父は「今日の仕事はここまで」と言って腰を上げた。
この先羽が手に入る日が来るのなら、この一日は決して無駄ではない。
今日のこの日を怠けたら、恐らく次の羽は手に入らない。

エアームドは怠惰な心を好まない。
実直な者に、興味を示す。

「俺の父ちゃんがそう俺に教えた。何度も聞いた。
 今度はじいちゃんの番だなぁ。
 しんちゃん、本当に良い物はな、実直な心から生まれるんだよ。
 それが一番大切なことさぁ、ははは」

この夏、ついぞエアームドを見る事は無かった。
三日間、じいちゃんと一緒に同じ道を歩いて山に登り、
同じ岩に風呂敷を敷いてその上に座り、
あとは陽に焼かれて二人でじりじりと汗を流しただけ。

けど、それを知りたかった。
劇的で派手な仕事を見たかった訳じゃない。

長期休暇が終わりまた仕事場に向かう為快速電車に乗る日々が始まった。

一番最初に職場で捕まえたのは平尾だ。
休暇中にカナズミに向かった事とそこで見聞きした事をありのままに話すと、
平尾は一言、

「いいなぁ、俺も一緒に行きたかった」

と心底羨ましそうな顔をしてくれた。
あの平尾がだ。
私はもう、それだけで満足だった。

長袖の白衣の下、
祖父と一緒に焼いた日焼けがこすれて、少し痛い。


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ごちそうさまです、今回はシンプルでしたね。色違いの変色の理由って深く考えたことなかったな…今度没入してみるかな。バトルの仲間を選別する時に(厳選と言います)種族の中でも色違いが綺麗って理由で、わざわざ探し出して育てたりするのですが。脳内設定が膨らみそう
粋。『気持ちや姿が垢抜けていて色気を持っている事 道に通じ物わかりの良い事』仕事に対する感情は金勘定とは別物で、そうだな…誇りとか…拘り…魂の根元に自ら結び付けたもの…?世界の違う他者との接触とは、その人の粋に触れることなのかな。結果的に相容れずリカイフカノウだったとしても。ポケモンの世界にも、色々な楽しみ方をするトレーナーがいて、時々バトル以外の争いになったりもして…。
作中、「色んな所に行って人やポケモンに会うことで人生は面白くなる」という印象深い台詞があります。主人公は各地を訪ね、様々な体験をして、最後は実家に帰ってくるのです。
18ヶ月前
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あ、そうだ、ぴーえす、追伸。
魔法の舞踏会の話の途中で、昔に書いたエッペンルーヤの話へのリンクを貼ると聞いていたのですが、見当たらないでござる。アレ?
18ヶ月前
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>>2
Tyrol様

やっべ、すっかり忘れてたでござる。貼っておきますね。
いざ仕事をしてみると思いがけず多くの方の口から「私はこの職場しか知らないから」という言葉と共に自己否定の様な会話を繰り広げられることがありました。要するに皆さん、色んな職場を知る事が結構大切だと思っているのです。でもそれは実際かなり難しい事です。何故なら転職とはとても精神とエネルギーが必要な事であり、その上以前の職場で積み上げたものを捨てなければいけない行為だからです。
だったら見学とかすればいいじゃん。そんな事を思って書き始めたのが今回の話です。正直エアームドは絡まなくて良かった(!?)。でも本当にこういう事は大切だと思うんですよ、色んな所に行って色んな人やそれこそ色んなポケモンに会う事は人生の大切な糧となるでしょう。
今度の夏休暇、いかがですか。けんいちろうでした。
18ヶ月前
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