ヤワラさん のコメント

ドア、良かったね。
No.3
19ヶ月前
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ズギも無免許の魔法使いである。 『魔法免許』がもたらす恩恵は相当なものであるが、 やはりというか、それがもたらす厄介事も皆無では無い。 恩恵と厄介事を比べてみれば恩恵の方が圧倒的に勝っている筈なのだが、 その起こりうる厄介事を嫌って免許取得をしない者も少なくないのが魔法界の現状だ。 ズギもその一人である。 魔法使いと言う神が贔屓した人種は大体が変わり者だがズギも例に漏れず、 誰も寄り付かないような岩肌の険しい崖の中に住んでいる。 よって他の人間はおいそれとズギの住処に近づかない訳だが、 何故だかズギは家の中のあらゆる物に意志を持つ魔法をかけた。 『何故だか』、という言葉の理由だが、 ズギは人間付き合いが大の苦手で、 それは周囲の人間や魔法使い達が周知する程なのだ。 こんな事はなかなか無い。 人の性格と言うのは本人や、周囲の人間で認知が完結するものだ、普通はな。 だがズギの場合は違う。 ズギ本人を全く知らない人間にまでその認知が広まっているというのだから、 ズギの性格の程度は冷静に考えてなかなかのものである。 彼の人間付き合いの下手さは他に類を見ない程であった。 そんなズギが家の中の物に意志を持たせるなど、 彼を知る人間から言わせると、 「なぜ、そんな自らの首を絞めるような行為を?」 と首をかしげるようなものだ。 お前は人付き合いが苦手なんじゃなかったの。 それなのに何故苦手事の火種になる様な魔法を使ったんだい。 きっと誰もがそう口を揃えて言う事だろう。 けれどズギも人間であった。 彼も寂しさと言う感情をうちに抱えているいるのである。 ズギは確かに人間付き合いが苦手であったが、 孤独を通して寂しさを感じない訳では無かった。 彼は人並みに他の人間との触れ合いに飢えていたし、 寂しさからくる禁断症状の様なものを覚えていた。 ズギが自らの危険を悟ったのは鏡の中の自分に話しかけた時だった。 「今日は随分と辛気臭いと思わないか。」 それは雨の日の事だった。 窓の外ではざあざあと雨が降りしきり、 家の中で誰もがどんよりと気持ちを重たくし、 それはズギだとて例外ではない。 湿気でうねった髪の毛で鏡の前に立った時に、思わずそう話しかけていたのだ。 このままではきっと不味い。 返事を寄越さない鏡の前でズギはそう思って口を手で覆っていた。 魔法使い達の中で『独り言』は破滅の予兆と目されていたのだ。 呪文を唱える職業柄、独り言は言霊の暴走に繋がると信じられており、 独り言を喋る様になった魔法使いは必ず謎の失踪をかますと噂が流れていた。 噂の真贋は定かではなかったが、 噂が流れるという事はそのような例が少なくとも一回はあったのだろう。 確率はともかく、独り言は魔法使いにとって危うい。 じゃあ独り言じゃなくすればいい。 そう思ってズギは鏡を除いた家中のありとあらゆる物に魔法をかけるに至った。 そう、物が意志を持ち、言葉を喋るようになる魔法だ。 鏡を除いたのはそれが意志を持つと危ない代物だと魔法使い達の間で既知だからである。 意志を持った鏡は人を巧みにそそのかして下手をすれば意識を乗っ取りもする。 個体によって差こそあれ、その危険度は魔法使いの師弟関係において、 師が必ず「やってはダメよ」と弟子に釘を刺す程なのだ。 それほどに危ない。 結果として話しかければ返事を返してくれる相手が出来、 これで何か呟いても独り言になる事はないだろう。 そう、これは独り言を回避する為に行った魔法、 決して寂しさから苦し紛れに唱えた魔法ではないのだ。 自分を納得させる理由とは重要である。 ともあれ、そうしてズギは喋る家財達との生活をおっぱじめるに至った。 しかし彼が魔法をかけた物の中でまずい物があった。 それがドアである。 ズギの家は崖の一部を魔法でくりぬき、 そこにハメ込むように家を建てた。 二階建てで階段は一つ、 一階と二階を貫通している穴が一つ。 窓が二階に四つ、一階に三つの計七つ、 そして外部に通じるドアが一階に一つ。 このドアが厄介物であった。 そもそもズギの家にドアはこの一つしかない。 二階にドアは無く、一階のドアは家の中と外を繋ぐこれきり。 家の中は必要最低限の壁以外は全て空間がぶち抜きになっており、 『部屋』と言う概念が無いかのようだ。 要するにこの家のドアには同類がいない。 それが仇になったのかも知れない。 ズギの家の中の物達が意志を持って暫く、 それでもズギが外に行かなくて良くなった訳では無い。 ズギも物を食べるし、険しい谷では自給自足もままならぬ。 そういう訳で一週間に一度は人の賑わう町へと繰り出さなければならなかった。 「行ってきます」とズギが言えば、 「いってらっしゃい」とドアが送る。 そうして物が意志を持って初めてズギが家を出て行った時、 何かがこう呟いた。 あーあぁ、行っちゃった。 落胆の感情が籠ったその言葉は一階の玄関を中心に、 割と広い範囲に伝播していき、 他の物達も連動する歯車の様に、 「行っちゃったね」 「早く帰って来ないかなぁズギ」 と口々に言葉を喋る。 彼らは寂しくて悲しかったのだ、 ズギの力を借りないと動けない彼らにとって、 ズギは友であり主人であり、神にも近かった。 そのズギが出て行ってしまったのだ、 誰も彼もが心を締め付けるような感覚を味わったであろう。 ドアとて例外では無かった。 自分のノブに温かいズギの手が触れた時に何とも言い難い感情の波が押し寄せた。 温かい掌で触れられる事はドアにとって官能に近いものがあったが、 それに勝る不安感があった。 だが、何に不安を覚えているのであろうか。 もやもやとした気持ちがドアの中で巡る中、 玄関の靴ベラがその不安の正体を見抜くような事を言った。 「もし、ズギが帰って来なかったらどうしよう……」 そう、それだ。 もしこのままズギが帰って来なかったらどうしよう。 それだ、そんな事を直感的に思ったから、こんなに不安になったのだ。 他の時計やカーペットが「そんな事ある訳ないだろ」と茶化す中、 ドアだけは言い知れぬ不安を抱いていた。 その日、ズギはいつも通りだと言った顔で帰って来たが、 初めての帰宅に家の中は賑わった。 おかえり、おかえり、ああ、無事で良かった。 これまでに受けた事も無い歓迎具合に思わず苦笑いするズギ。 しかしその端っこでドアだけが静かに鍵を閉めていた。 ズギにとって人付き合いとは人間の形をした相手と交流する事である。 人の形をしたものが表情を巧みに変えて感情の交わし合いを図ってくる様、 どうやらそれがズギにとって苦手だったようだ。 事実、物達との交流はズギにとって苦ではなく、 寧ろ兄弟達と言葉を交わすようであった。 ハサミや窓、机などは特によく喋る。 魔法をかけて一月経つ頃には、 コップが「どうすれば椅子を口説けるか」などと相談してきて苦笑いするほどだった。 そうこうして三か月。 ズギはというと、外に出るのが嫌いになっていた。 家から出たくないのである。 けれど彼の命がそれを許さない。 腹は減るし、靴下にもついこの前穴が空いた。 そろそろ石鹸も無くなりそうだし、いや、それ以上に腹だ、空腹が耐えられない。 出掛ける支度をしてドアの前に立つがズギの口からため息が漏れる。 原因はドアだ。 ドアノブに手をかけようとすると自然にため息が出る。 それでもやらない訳にはいかないのでノブに手をかける訳だが、 「触らないで!」 と最近は毎回叫ばれる。 ドアにだ、ドアに叫ばれる。 それを聞いて「またか」と思わずズギの口からため息がもう一つ出る。 「また……またなの?」 この「また」を言ったのはズギではない、ドアの方である。 この家に住む魔法使い、ズギは外に出るのが嫌だ、ドアのせいだ。 「また出かけてしまうのね……」 ドアの声は今にも泣きだしそうだ。 それを聞いてまたズギの口からため息が出てしまう。 「お願いだ、通してくれ」 「いやよ」 「でももうお腹が減ったよ、もうパンも無い」 「いやなの、ここにいてよ」 「無茶言うな」 ズギは週に一回買い出しに行く。 その度に家の中の物達は口々にこう言った。 「あーあ、行っちゃった」と。 時計も、カーペットも、コップも、 別にズギの心配をしている訳では無い。 ただ自分達の主が出掛けてしまった事を口に出しているだけなのだ。 だがその言葉を深刻に受け止める物がいる。 そう、ドアだ。 あーあ、行っちゃった。 その言葉はまるでドアを責めているようだった。 いや、断じていう。誰もドアの事など責めてはいないのだ。 軽口の様なもので、つい口からポロと出るような言葉に過ぎない、 それは家の中の誰もが判っている事だが、 ドアにはそうは聞こえない。 何故なら、ドアが最後にズギの事を送り出す役を負っているからだ。 ズギはドアをくぐって家を出る。 要するに、ズギが家の中から居なくなるのはドアのせいだと思っているのだ。 自分をくぐって外に出たズギ、 それを惜しんで「行っちゃった」と物達が、少なくとも寂しそうに言う。 それはまるで、外に出してしまったあたしが悪いって言うの? ズギが外に出る回を重ねるにつれてドアのその思いは募っていった。 寂しさを勝手に背負う、それがドア。ズギのドア。 行っちゃったという言葉が火を点けて、 ズギに外に行って欲しくなくなって、 いつしかそれは不可解な欲求になった。 物だもの。 やっぱり主人には触られたい。 でも触られる時は、ズギが外に出る時。 また寂しさがこみ上げて、責められるように感じて、 今度こそ本当に帰って来ないのではないか、なんて要らぬ心配が脳裏に過る。 厳密に言うと過る脳味噌なんてないのだが、 それでもドアには心がある。 そう、ズギが与えたのだ。 そうしてドアは「触らないで」と言い始めた。 「……じゃあ、もう判った。  今日は窓から出ていくよ。」 「えっ」 ドアとの問答も何回目だろうか。 外に出るためドアノブに触れる度に触らないでと言われる始末。 もう恒例となったやりとりに疲れたズギはそう言ってノブを離した。 「いや、うそ、待って!ズギ!」 男に捨てられたような女の声みたいじゃないか。 そう言う靴ベラの声がドアの悲鳴に混じって聞こえた。 一階に窓は三つある。 一番大きい窓から外に出よう、鍵はいいや、どうせ誰もきやしない。 よいしょと窓の鍵を外そうとした時、 ガタン、ガタガタン!と勢いよく窓が震えた。 「おいおい、俺は御免だ、ごめんだね!」 窓が張り上げたような声を出すではないか。 「俺に間男のような真似をさせるってのか?」 「何の話だ、何言ってる?」 「ドアの方から出たくないからって、  だから俺から出て行くっていうんだろ、  そんなのタダでさえ行儀が悪い上に、  俺が後々ドアに怖い目で睨まれちまう。  夜中なんかにネチネチと、あの時よくもズギを通したわね…なんて言われてみろ、  もうストレスがたまってきっとガラスにヒビがはいっちまう!  勘弁してくれ、俺は嫌だ、他を当たってくれ!」 ズギが反論をする暇もなかった。 隣の窓も、その隣の窓も口を揃えて、 「俺達も嫌だからな!  不倫相手みたいになってドアから責められるのはごめんだ!  ただでさえそいつは嫉妬深いのに!」 と騒ぎ立てるのでズギはもうポカンと口を開けてしまった。 「待って!お願い!」 三つの窓が騒ぎ立てる声を貫いたのは、やはりドアだった。 「窓に貴方の身体をくぐらせるくらいなら私から出て行って……」 そう言ったドアがカチャカチャと鍵を開け、 ガチャ、とノブを一回しする。 ズギは思った。 僕は離婚でもするんだろうか。 ただ、パンを買いに外に行くだけじゃないか。 それをなんだ、こんな離縁状を役所に取りに行く旦那に縋る様な事を言われて。 パンだ、パンだぞ? たかが町までちょいと行ってヒュンと帰ってくるだけじゃないか。 何をこんなに五月蠅くする必要があるってんだ。 まるで何も判らない。 ズギが外に出るべくドアノブに手をかけた時、 カーペットが呆れたように、 「今日は八分で済んだな、いってらっしゃい」 と見送りの言葉を添え、 箒に跨ったズギはそれはそれはげんなりした気分だった。 もうこんなに疲れるのはこりごりだ。 そう思ったズギはありったけの干物肉と腐らない程度のパン、 そして水を樽で一つ買いこんでふらふらと帰路を飛んでいたのだが、 たまげたのは我が家が見えた時である。 なんとドアが無いではないか。 「えっ!?」 びっくり仰天、箒の尻を引っ叩いて速度をあげると、 今まで見せた事も無いような速さで家の前に降り立った。 「どどどどうしたのコレ!?え!?泥棒!?」 ズギはすっかり気が動転していた。 少し考えればこんな険しい崖まで泥棒しに来る物好きはいないと判る筈。 しかし家のドアが外れて何処にも見当たらないという異常事態がズギの心を乱した。 家の中を杖片手にバタバタと走り回るズギだが、 一階にも二階にも泥棒さんのお姿は見当たらない。 なんで、いや、泥棒はいる筈だ。 未だ頭の中が混乱するズギだが、なにやら声が聞こえる。 一階からだ、おーい、ズギと声がする。 駆けつけてみればズギを呼ぶのはカーペットだった。 「なに!?」 「ドアだけど」 「ドア!?泥棒に壊されたんだよね!?」 「いや、自分で外れた」 「……え?泥棒は?」 「泥棒なんてそもそも来ちゃいないよ。  こんな危ない所までわざわざ仕事しに来る泥棒なんざそもそもいないだろ」 そう言われりゃ、そうかも。 ようやくズギは少し落ち着いて手にしていた杖を壁に立てたが、 しかし聞こえた言葉がまた不思議だ。 ドアが外れた? 「外れたって、またどうして」 「……ドアの奴から直接聞いた訳じゃないけど薄々理由は判る。  けれど俺の口から言う訳にはいかない」 「……その、肝心のドアは何処に行ったの」 「見事なもんだったよ。  器用に蝶番(ちょうつがい)を外したと思ったら、  飛び跳ねて正面の谷へ。」 落ちたってのか。 箒に跨って言われた通りの谷の中へと下ってみると、 そこには腹から真っ二つに割れてしまったドアが無残にも転がっていた。 「お前、どうしてこんな!」 「ああ、ズギ……帰って来たのね……」 ドアの下半分からは気配を感じない。 ズギの与えた魔力は辛うじて上半分に残っているだけのようだ。 「カーペットからお前が飛び降りたって聞いたぞ」 「ふふ、あのお喋り……私の事なんて放っておけばいいのに」 「そんな訳に行くか」 「私、ただのドアよ」 「何言ってんだ、知ってるよ」 「ただのドアだけど……私が必ず出掛けるズギを最後に見送ってたわ。」 「そうだね、ドアだからね」 「帰って来たズギに最初に触られるのも、絶対私だったわ。」 「そうだね、ドアだからね」 「……私が貴方を送り出していたのよ、ズギ」 「知ってるよ、何がいけなかった?」 「……あのね」 「うん」 「貴方が私をくぐって外に出る度本当に寂しかったし、  貴方が私をくぐって帰ってくる度本当に嬉しかったわ。  私だからよ、ドアである私だからそう感じる事が出来たの。」 「うん」 「貴方が外に出たいからとノブを握る度にいつも切なかったわ。  出て行く度に、今度こそ帰って来ないんじゃないかって思った。」 「ええ?ちゃんと帰ってくるよ、竜を退治しに行った訳じゃないし。  ただ買い物をしに町に行っただけだろ」 「そうよ。そうだと判ってるけど。  でもいつも心配なの、今度こそ帰って来ないってそう思うの!」 「判った判った、ごめんよ……でも今日も帰って来た」 「そう、おかえり……帰って来てノブを回してくれる度に幸せだったわ。  ああ今日も無事に帰って来たって。もう涙が出るくらいに」 「眼は無いけどな」 「樹液なら出るわ」 「勘弁してくれ、ドアがドロドロになる」 「好きなの」 「え?」 「ごめんなさい、好きなの、貴方が好きなの。  他の誰もいないこの谷底なら、今なら言えるの。  ズギ、好きよ。  ごめんなさい……」 確かに、誰もいない。 コップも椅子も時計も。 カーペットも靴ベラも机も窓も。 今この谷底に意識を持つ者は、ズギと、彼が命を与えたドアだ。 「ありがとう、今まで楽しかった、  本当に楽しかったわ。  このまま叩いて砕いて。  こんな変なドアに好かれて困る貴方を見たくないわ。  本当にごめんなさい、砕いてズギ。」 か細い声でドアがそう呟く最中、 初めてズギは他人の感情を理解しようとしていた。 厳密に言えばドアは人ではないがそんな些細な事は問題ではなかった。 カーペットが、ドアが落ちた理由を言わなかった訳も悟った。 ドアがどうして自分なんかに好きだと言ってくれたのかも必死に理解しようとした。 人の道理ではない、ドアならどのように考えるのだろうかと必死に思案した。 決して、 「ドアが人間に恋だなんて、  そんな、馬鹿な。」 なんて言葉を言いたく無かった。 ドアのノブが幽かにだが、震えていたのだ。 チリチリとまるで小さな鈴が鳴るかのような震え。 それは寧ろドアの感情からくる震えを必死に抑えているのではないか。 この真っ二つに砕けた身で尚、自分の事を思いやってくれているのではないか。 ズギ、心の中でドアになる。 自分がドアだったら。 ノブを触られたら。 くぐられたら。 ただいまと言われたら。 行ってきますと言われたら。 窓から出ようとされたら。 いつもより主人の帰りが遅かったら。 心配していた相手が帰ってきたら。 足元のカーペットが茶化して来たら。 出掛けてしまう相手を、 主人とは言え好きになってしまったら。 日が傾き始めていた。 谷の底は深いので暗くなるのが速い。 「暗くなると危ないわ、ズギ、早く砕いて」 ドアはそう言った。 だがズギの行動は違った。 拾い上げたのだ、ドアの半分になった身体を。 箒に跨りドアを崖の上まで連れて行くと、 もう半分を取りに下に下った。 破片も拾い集めると家の中に入り、明かりを灯し、 時計やコップ達が「大丈夫か、大丈夫か?」と尋ねる中、 静かに破片を組み合わせ始めた。 ドアの上下を繋ぎ、破片を組み合わせ、 丁寧に丁寧にドアを直す仕草はまるで夫が妻の背中を揉むようだと、 家の中の物達は声には出さずとも心のうちで思う。 もう誰もドアが飛び降りた事について尋ねようとはしなかった。 砕けた部分をズギが釘とトンカチで治していると、 ドアが言った。 「ズギ」 「ん」 「私、今が一番幸せ」 「そりゃあ良かった」 「でも私――」 「待て、言うな」 「え?」 「良い考えがある」 切り立った崖に近い町。 それまで魔法使いのズギの姿を二週に一回程の頻度で見かけていたが、 つい最近は三日に一回程になったよ、と町の老人が言うらしい。 昔に比べたら目を見て話すようになったし、 とっつきにくいって事もあまり感じなくなった。 それにしても気になる事が一つあるんだ、 昔は魔法使いらしく箒に乗って来てたが、 今は何故かドアに跨って町に来る。 ドアだぞ?ドア。 本当に魔法使いって奴らは変な事をするもんだ。 と、町の人間達の話題に一役買っている。 普通の人間が知りうることはそれ位だが、 他の魔法使い達は噂ながらに知っている。 ズギが家に帰るとそこに家のドアは見当たらず、 代わりの様に家の中に人影が一つ、増えるらしい。 いまはむかしのものがたり
この人生、誰を恨むでもない。

所詮は書かずにおられぬこの身よ。

言葉を作るのではなく、

言葉によって生かされている。



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