そのままの温もりを
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そのままの温もりを

2018-08-04 08:40

    「おはようございまーす。」
    「あ、おはよーう。」

    訓練部屋にはドアが無いから、
    挨拶はとても大切な事だ。
    自分の存在の主張と、
    相手への礼儀を覚える。
    ここに来るまでの廊下の張り紙にも書いてある。
    『礼儀は若い時に覚えるべし』と。

    「じゃあ、はじめよっか。」
    「うっす。」

    鞄を下ろして、
    帽子を脱いで、
    靴も両方脱いで、
    部屋の中心で既に待っていた先輩の所へ。

    「はい座ってー。」
    「うっす。」

    先輩の髪の毛は腰まであるから、
    座ってると床の魔法陣まで伸びる。

    「はい、じゃあ今日は取り敢えず一時間、保持できるように頑張ろうか」
    「うっす」
    「じゃあ、用意。」

    言われて胡坐をかいた膝の上に、
    掌を上に両手を降ろし、眼を閉じる。
    余計な事は何も考えない。
    ただ、イメージ。

    「はい、やって。」
    「ん!」

    かっと開いた眼と同時に両手の上に火が灯る。

    「はい、集中。」
    「うっす!」

    空中に浮かぶ火の玉は、
    ゆらゆらと横に揺れながら光を放つ。
    そのまま30分保持。
    それが、エッペンルーヤ魔法技能校、火炎系操作科の第一段階。

    「……消えかかってる」
    「う、うっす」
    「……夜更かし?」
    「してません!」
    「……お酒?」
    「ま、まだ13歳です!気が散ります!」

    小さくなったり震えたり、
    火の玉は頼りなく燃え続ける。

    「……アタシ10歳からお酒飲んでたよ?」
    「うちは…駄目です!」
    「そう……。」

    気付くば額に汗、手の平にも汗。

    「い…今何分ですか?」
    「えーとね………。」
    「なんぷん!?」
    「……12分?」
    「え!?」

    自分の叫び声と共に、
    火は消えてしまった。

    「あーあ。」
    「……はぁ…。」
    「もう一回。」
    「うっす。」

    火がついて、
    そして消えての繰り返し。

    「…やる気ある?」

    やる気ある?と聞かれて、即座に返事が出来なかった。

    「先輩」
    「ん?」
    「先輩は何で火炎系に来たんですか。」
    「なーにそれ。」
    「なんか…俺の家、父が火炎系の特上技能拾得者で、
     それで、何か息子ならって感じで…。」
    「へー。」
    「でも何か火炎系って消失系じゃないですか、破壊系じゃないですか。
     燃やして燃やして、それで後には何も残らない感じで…。
     最近そう思うようになって、
     あれ、俺って本当にやりたい魔法どれだろうって…。」
    「ふーん。」
    「先輩、へーとかふーんとか、
     何か気の抜けない返事でお願いしますよ!」
    「しょーがないじゃんアタシこういう感じなんだから。」

    深い。
    かつて無く深いため息が肺から昇ってくるのが感じられる。

    「で、先輩は?」
    「なにが?」
    「俺の話聞いてました?」
    「だいたい。」
    「大体!?」
    「あれでしょ、何で火炎系に来たかって事でしょ。」
    「たのみますよ…。」
    「アタシさ、私生児でさ。
     んで母親からも手放されてどっかに居たんだ。
     あまり小さかったから覚えて無いんだけどね。
     それでそこを何か飛び出したっぽいの。
     昔だからあんまり覚えて無いんだけどさ。」

    先輩が人差し指をピンとつきたてる。

    「ちなみに二段階は話しながら一時間持続出来ないと実力的にキツいよ?」
    「あの…話の続きは?」
    「あー。
     で、飛び出したのはいいんだけど季節が冬でさ。
     なんてーの、アタシに言わせりゃ冬ってかなり感情下がらない?」
    「で?で?」
    「でー、
     そんなに着込んでなかったから、案の定倒れて。
     しかもさ、雪が深深と降りしきる中。
     そしたら、気を失って。
     で、気付いたら暖かかった。」
    「拾われたんですか?」
    「まぁ拾われたったら、そうなんだけど。」
    「それでどっかの家の暖炉に?」
    「うんや、どっかの馬小屋。」
    「うまごや?」
    「うん、暖炉なんて欠片もないよ。」
    「え、じゃあどうして暖かかったんですか?」
    「その人の手がね、すっごく暖かかったの。
     火炎系の応用でね、
     体の一部をある一定の温度に保つんだって。
     その気になれば全身火炎に包む事だって出来るんだって。
     それで死なないんだよ?凄くない?」
    「へぇー。」
    「それで私はその人に育てられて、今に至る。」
    「火炎系に来た理由は、それですか?」
    「うんそう。
     すっごく暖かくってさ。
     その火炎系は独自に編み出したものらしいんだけど、
     色々教えてもらって。
     で、自分でいざやってみて、ああ、凄いなって。」
    「じゃ、先輩出来るんですか?」
    「うん、覚えた。」
    「へー、やってみて下さいよ。」
    「やだよ、恥ずかしいよ。」
    「いいじゃないですか。」
    「凍死しかけたらやってあげる。」

    なんちゅう先輩だ。

    「で、今は一緒に暮らしてるんですか?その優しい人。」
    「うん。」
    「へー。」
    「結婚しようと思うんだ。」
    「へー!」
    「でも、なかなかさせてもらえないんだ。」
    「はー、仮にも育ての親だからですかね。」
    「関係ないじゃんね、そんなの。
     アタシだってもう立派な女だよ。」
    「どうするんですか?」
    「なにが?」
    「結婚できない時。」
    「娘として一生側にいる。」
    「結局側にいるんじゃないですか。」
    「当たり前だよ、何言ってんの。大好きだもん。
     ほら、休憩終わり。ほら、やったやった。」

    先輩が育ての親からもらったもの。
    火炎系の魔法が少々。
    そして、人を愛する心、大盛り。
    そんな感じに違いない。

    その人の前では笑うんですかと聞いたら、
    「うん、まぁね」と答える先輩の無表情な顔が、
    少し面白かった。


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