ヤワラさん のコメント

タイムリーヒット
No.1
10ヶ月前
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スピーチ。 結婚式披露宴でのスピーチ。 そのマイクの前に紙を持って立つ人は多いだろう。 だが紙パック持って登場した人間を見た事があるか。 私はある。 先日行った結婚式だ。 珍しい結婚式の披露宴だった。 披露宴のスピーチと言ったら友人の出番だと思う。 思わないか? 私が今まで出た披露宴は大半がそういうパターンでな。 結婚式でカチコチに固まる友人は微笑ましいもので、 事実、これまで出席した披露宴では多くの『友人』達がマイクの前に立った。 司会進行の方の紹介で名前が読み上げられるのが結婚式。 新郎の小学生からの友達の誰それさん。 新婦の職場で一番の仲間である誰それさん。 誰もが新郎新婦とのエピソードを語るもんだ。 けれど今回の結婚式は一味違った。 「さぁ、では新郎新婦をよく知る、」 各円卓には美味しそうな料理も並びはじめ、 ナイフとフォークの出番かと言う頃、 司会進行のお姉さんの声がそう響くと、 「新郎のお兄さん、ツヨシさんにスピーチをお願い致します」 と続いたのだ。 私の横に座っていたタケヨシが身体をこっちに傾むけ、 「こういうのって普通幼馴染とかなのに、  お兄さんって珍しいね」 と囁くので私も一緒に首を頷き、 拍手をしながら前に向かうお兄さんを見たが、 叩いていた手は一瞬止まった。 お兄さんの手には紙パックが一つ握られていたのだ。 紙パック。 同棲している彼女に出かける際、 「ローソン行くけどなんか要る?」と聞いて、 「レモンティー、1000mlの」と返事が来た後、 コンビニで貴方が手にするであろうそれが紙パックである。 お兄さんが結婚式のスピーチでマイクを持参するならまだ判る。 多分あれはお気に入りのマイマイクなんだろうな、とか思う。 しかし紙パックなんて何に使うんですか。 きっと会場の誰もが思ったろうが誰もが口には出せない雰囲気。 そう、行われているのは結婚式の披露宴なのだ。 しかしそんな中私はちょっと吹き出しそうになっていた。 「どうも、新郎の兄です。  マサト、アリサさん、結婚おめでとう。  二人が結婚する事になって本当に嬉しいです。」 披露宴では聞き慣れた挨拶のお兄さん。 披露宴では見慣れない手元の紙パック。 私は新郎家族と紙パックに纏わる話を知っている。 「マサトがアリサさんを初めて家に連れてきた時の事を覚えています。  僕達の実家は恋人を連れて来ても楽しませられるような場所じゃありませんでした。  それなのにマサトがアリサさんを連れてくると言い出したので、  僕はまぁ、もうデートのネタが尽きたのかと心配しましたね。」 会場から細やかな笑いが起こった。 「ところで皆さん、  さっきから僕の持っているコレが気になってしょうがないと思うのですが」 中身は抜かれているのか、 手に掴まれた紙コップが軽快に左右に揺れるが、 どこかで見た事がある様な。 そうだ、酔っ払いの手首だ。 酒で前後不覚になった友人が多かった大学時代、 そいつらの手首を持ってふざけてバイバイと揺らしてやったよ。 道端の夜の闇の中でフラフラゆれる手首を一瞬思い出すと、 マイクの前でお兄さんが話し始めた。 内容は察しがついてた通りだ。 新郎とは古くからの友人で、 それ故に彼の家庭と紙パックの事情は幼い頃から知っている。 紙パックは注ぎ口があるだろう。 引っ張ると「やあ!」と可愛く開く注ぎ口。 その引いて開いた注ぎ口だが、 多くの人間はその引いた先端から中身を注ぐだろう。 だが新郎の家庭はその作法に則らない。 所謂紙パックの『くちばし』の先端ではなく、 その90°横にある『角』から中身を注ぐ。 子供の頃から「この人達変な事をするなぁ」と思って見ていたが、 まさかその説明を結婚式の披露宴で聞く事になろうとは。 「こうやってですね」 と空の紙パックを傾けてツヨシさんがその事を説明してると、 会場の中ではうんうん、知ってると頷く新郎客、 またはへぇ、そんな事すんの?という顔で話を聞く新婦客の二陣営。 「そんな私達の家庭に、アリサさんが来てくれました。」 それまで少し笑いながら話していた顔が、 ツヨシさんの顔がぱっと変わった。 「事前にアリサさんはリプトンが好きだと伺ってましたので、  来る前日に三パックもコンビニで買いこみました。  マサトにそんなに飲まないよと言われたんですけどね。  それで来てくれたアリサさんにまぁまぁと言いながらコップを出して、  それでこうやって注いだんですよ、僕が。  いつものように。」 ツヨシさんは『くちばし』を横に倒して、 90°横の角から注ぐ仕草をした。 「するとマサトがね、あっ、って顔をしたんですね。  えっ?と思ったんですが直ぐに察しがつきました。  こいつ、アリサさんの前ではこの入れ方をした事無いなって。  嫌われたくなかったんですかね。  いや、紙パックの注ぎ口が90°傾いただけで嫌われる事も無いと思うんですが、  でもね、やっぱりアリサさんが僕の持つ紙パックをじっと見てるんです。  初めてのものを見る目でしたね。  それからアリサさんのコップに僕が注ぎ終わると、  あっ、お兄さんには私が注ぎますよって僕の紙パックを取ったんですね。  それから信じられない事が起こりました。  なんとアリサさんが僕の真似をして、こうやって注いだんですよ。」 マイクよりも高い位置で90°横向きで傾斜する紙パック。 それを見た会場からクスクスと細やかな笑い声が立つ。 「凄い事でした。  僕はもう、びっくりしましたね。  何故だか皆さん判りますか?  僕のコップに家族以外でそうやって注いだのは、  アリサさんが初めてだったからです。」 ツヨシさんの言葉が切れた。 すると会場の笑い声も止んだ。 沈黙が二秒。 皆の沈黙は、 それからツヨシさんが何を言うんだろうと思った表れだったのだろうか。 「僕がびっくりしてる間にコップはナミナミになって、  アリサさんがニコって笑ってくれたんですね。  その日アリサさんを駅まで送って家に帰って来たマサトに、  結婚するならあの子にしろって言いました。  あんな柔軟で相手の事を偏見無く受け入れる子はそういないから、  お前があの子と別れるような事があったら俺が付き合うって言いましたね。  まぁ本日無事に結婚の運びとなり、そんな危険も避けられましたが。」 危険ってお前。 壇上のマサトの声が聞こえる程に会場は静か。 「人は、  自分と違うものを見ると、なんかおかしいと思います。  それが世間と違うという認識だと、馬鹿にすることもあります。  事実僕もですね、この注ぎ方をして沢山言われてきました。  お前なんでそんな注ぎ方するの?  お前のそのやり方、ちょっとおかしいよ。  アリサさんが家に来てくれた時僕はもう働いてましたが、  それまで一度も僕と一緒の注ぎ方をしてくれた人は居なかったんです。  それまで付き合った彼女も何人かいましたが、  誰も同じ注ぎ方をしませんでした。  別に付き合ったから同じ注ぎ方をしないといけないなんて言いません。  前から注ごうが横から注ごうがその人の自由ですし、  その人その人それぞれが育って覚えたやりかたです。  でもアリサさんはわざわざこちら側の世界に来てくれたんですね。  それ何変なの、とか一言も言わずに、  僕の注ぎ方を見た五秒後には同じ事をしてくれました。  いやー、こんな子なかなかいないなと思いました。  他人の世界観に自分を溶け込ませる事が出来る凄い子だなって。    アリサさん、改めてマサトと結婚してくれて有難う御座いました。」 そう言えば僕、マサトの紹介でここに立ってるんですが、 一言で言って弟はひねくれ馬鹿、変な所でへそ曲がりです。 でも面白い奴です。そして努力の仕方が上手いです。 きっと、アリサさんと二人で笑える男ですので、 皆様どうか、二人の事を宜しくお願いします。 そのツヨシさんの言葉に緩やかに拍手が沸いた。 良い結婚式だった。 良い言葉を沢山聞けた。 最後にツヨシさんが短くまとめた言葉が一番胸に残る。 「注ぎ口がたった90°違うだけで、  人は差別が出来ます、偏見ができます。  でも、注ぎ口をたった90°変えるだけで、  その人の世界に馴染む事が出来るんです。  ほんの少しの事で誰かを遠ざけてませんか。  きっと簡単な事です、」 どうか心を『90°だけ傾けて』みて下さい。 それだけで誰かを幸せに出来るかもしれません。 良い結婚式だった。
この人生、誰を恨むでもない。

所詮は書かずにおられぬこの身よ。

言葉を作るのではなく、

言葉によって生かされている。



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