緑と黒と緋色の制約
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緑と黒と緋色の制約

2019-08-22 12:08

    ある所に森がありました。
    森には沢山の木と草が生えていました。
    その木にはリスが住んだり鳥が止まったりして、
    虫たちも木の液を吸いに沢山集まってました。
    そんな森の常連の中に、一人の女の子がいました。
    女の子の家は森の近くにあって、
    朝ごはんを食べると女の子は決まって森へ入って行きました。
    女の子は木とお喋りする事ができました。
    木に話しかけたり、話しかけられたり出来たのです。

    「あんまり行っちゃ駄目よ、危ないんだから。」

    お母さんは森に行こうとする女の子にいつもそう言って聞かせました。

    「大丈夫だよ、皆がいるもの。」

    女の子は決まってそう返事して、森に行くのでした。

    ヘンドリクスという名前の木が森の中に居ました。
    女の子が一番好きな木です。
    女の子が森の中に入って迷子になってしまった時、
    ヘンドリクスが一番に女の子に声をかけました。

    「君の家に通じる道はここから右だよ。」

    ヘンドリクスが女の子にそう一言かけたと思ったら、
    周りの木達が口々に言いました。

    「おいおいおいおい、喋っちゃ駄目だろう!」
    「ちょっと何やってんだお前!」
    「とかいうお前も喋ってるじゃねぇか!俺もだけどよ!」
    「とにかくお前達落ち着け。」
    「まーまー、子供が迷子になったんだから、
     助ける為には喋っても良くない?」

    女の子はあと一息で泣きそうでしたが、
    突然賑やかになった回りの木々達を見て、
    驚きのあまり涙が引っ込んでしまいました。

    「ヘンドリクス!」

    お陰でその日は無事に家に帰れた女の子。
    それからというもの、毎日森の中に入って木達に会うようになりました。
    中でもヘンドリクスは一番のお気に入り。
    森に入ってヘンドリクスに会わない日はありませんでした。

    「ね!お話の続きを!」
    「おーおー来たかい。どこまで話したっけねぇ?」
    「悪魔が雲の上で寝ていたんだけど、雨と一緒に海に落ちちゃった所!」
    「あーあー、嘘つきフォルンか。本当にあいつは面白くてなー。」

    木たちはとても長生きなので色んな話を知っています。
    女の子はその話を沢山してもらうのが大好きでした。

    女の子の毎日は朝に森に入る事から始まり、木達と話をする。
    女の子はその時間をとても幸せに思ってました。
    いつまでも続けばいいと、思ってました。

    ある日の夜、
    女の子がお風呂に入って歯を磨いて、
    もうウトウトしながらベッドの中に入って暫くしてからの事でした。

    何かがずっと聞えます。
    人の話し声のような、
    それとも風のうねり声のような音が、
    ずっとずっと聞えている事に、女の子は気付きました。

    ヨタヨタした足取りで立ち、音の鳴る方を測ってみると、
    どうやら窓の外から聞えるようでした。
    何の音だろうと、女の子が窓のカーテンを横に流しました。

    夜、真っ暗闇な空。
    その黒い色の下で、赤い炎がメラメラと燃えていました。

    森が燃えていました。

    「……何?火事!?」

    女の子はパジャマのまま家を飛び出して、
    森の中へと突っ込みました。

    「いやーこりゃあ全部焼けるな。」
    「なかなか長い時間を生きたなぁ、俺も。
     かれこれ200年は生きたぞ。」
    「そんなにか。俺はまだ120年位だ。」
    「あら、私なんか300年は」

    女の子が燃える森の中を走ってる中そんな声が聞えてきました。

    「なに悠長な事を言ってるの皆!
     焼けちゃうのよ!?
     死んじゃうのよ!?」

    と女の子は走りながら周りの木々に叫びました。

    「いやぁ、俺達は長生きするからなぁ。」
    「ああ、できるなら早く神様に会いたいんだよ。」
    「これは確実に会えるな。」
    「うん、そうだな。」
    「……!!!」

    女の子は走りました。
    ヘンドリクスです。
    ヘンドリクスだけは燃えて欲しくない。
    だってヘンドリクスの事が大好きなんだもの。
    せめてヘンドリクスだけは、残って欲しい!

    「……ヘンドリクス!!」

    女の子が見つけたヘンドリクスは、
    半分火に包まれていました。
    その紅く燃えるヘンドリクスの横で、
    黒くて長いローブを着た人が、一人立っていました。

    「そうか、お前もここまでか…。」
    「おっと、待ってくれフォルン、今しがた困った事になったぞ」
    「ん?」
    「さっき言ってた嬢ちゃんが、ここまで来てしまったよ。」

    ヘンドリクスが火の中をやってきてしまった女の子に気付きました。
    黒いローブを着た人も女の子のほうを向きます。

    「だめだ、お譲ちゃん、帰りな、熱くて死んじまう。」
    「でも、だって…ヘンドリクスも焼けちゃう!」
    「待て、近寄るな」

    ヘンドリクスに触ろうとした女の子を、黒いローブの人が遮りました。

    「何するの!?」
    「一緒に燃えて死ぬぞ。」
    「構わない!」
    「おやおやお譲ちゃん、それは駄目だよ。
     お嬢ちゃんが死んだら俺が悲しい。
     俺達は木だからもう逃げられないけど、
     お譲ちゃんは人間で、走れるんだ。
     助かる可能性のあるお嬢ちゃんが死んだら、
     俺達はとても悲しい。」
    「悪い冗談だな、ヘンドリクス。」

    と黒いローブの人が言いました。

    「何がだ、フォルン。」
    「まさかこの状況で、この子が逃げられるとでも思ってるのか。
     お前は木だから判らないだろうが、
     火の手の回りが十分すぎる。
     逃げるにはもう間に合わないだろうな」

    女の子はそこで改めて気付きました。熱い。
    森に入る時にも感じた事ですが、
    黒いローブの人に言われて更に熱くなりました。

    「本当に駄目なのか?
     どこかに火の抜け道とか無いか」
    「周りの風を感じてみろ。
     この女の子がここまで来ただけでも俺は凄いと思うがな。
     逃げ場なんてもう無いさ。」
    「フォルン。
     何とか出来ないか。」
    「悪魔が奇跡を起こす時には代償が要る。
     それが悪魔の制約なんだが、ヘンドリクス。
     今から死ぬお前に、この女の子の命に代償できる事が何かあるか。」
    「別にいい!そんなのいい!
     ヘンドリクスが死ぬなら、私も死ぬ!」
    「おいおい」

    ヘンドリクスから困ったような声があがりました。

    「お譲ちゃん。」
    「今ここで私が生きても、
     ヘンドリクスが焼けちゃうなら、
     そんなに悲しい事は無いわ。
     これから私が生きる数十年も、
     ヘンドリクスの話が聞けないのなら、
     それはただ虚しく過ぎる時間に過ぎないのよ。
     それくらいなら!」
    「あ、そうだ、フォルン。」

    と、ヘンドリクスが何かを閃いたようでした。

    「お譲ちゃん、俺と一緒にいたいかい?」

    ヘンドリクスが女の子に聞きました。

    「うん!」

    女の子は半べそかきながら返事をしました。

    「判った、でもな、俺はもう半分位は焼けちまった。
     もうこの身体のままどうこうするのは無理がある。
     だから一度は全部燃えて無くなってしまうが、また俺は生えてこよう。
     それまで待てるかい?」
    「どれ位かかるの!?」
    「お譲ちゃん、俺達がまた会うにはそれしかないんだよ。
     俺がまたお譲ちゃんと話せるようになるまで、
     それまでの時間を待てると約束できるかい?」
    「する!約束する!ヘンドリクス!」
    「フォルン」

    女の子は黒いローブの人が悪魔なんだと知りました。フォルンです。
    いつかのヘンドリクスの話の中に出てきた、嘘つきフォルンです。

    「この子の『待ち』を代償に、
     この子をこの火事の中から助けてやってくれ。
     俺がまた新しい木になって生えてきて、またこの子と会う時まで、
     この子の死は何者にも侵されない。
     それが代償だ。」
    「……なんだか上手く言い包められたような気もするが、
     まぁ、良いだろうそれで。
     しかし会うだけなら生えるだけで十分だ。
     ヘンドリクス、お前が喋れるようになって何か話を一つ、
     この女の子にするまでを期限としよう。
     それまで、」

    君は死ねないよ。

    そこで、
    女の子は燃え盛る森の中からいなくなりました。

    朝、女の子は気付いたらフカフカの自分のベッドの中で眠ってました。
    ビックリして森のある場所に行ってみると、
    もうそこには以前まで綺麗だった緑色の草や木はなくて、
    全部燃えて黒くなった炭ばかりでした。


    「はい、という訳で、その女の子は今となってはおばあちゃんだけど、
     ヘンドリクスと話が出来て無いからなんとまだ、生きてるんだそうです」
    「うそだー!」
    「うそだー!」

    椅子に座っている男に、小さな子供たちが一斉に叫びます。

    「本当だって!だって僕はそのおばあちゃんに会った事があるもの」
    「ほんとにー?」
    「うそだー」
    「はい、じゃあこれでオハナシは、おしまいー。」

    語り聞かせの男が振り払う。
    子供は思いの外強欲、もっともっと別の話を聞かせてくれよ。
    でも、今日の仕事はここまでだから、もうダメだよ。
    そういって子供から逃れた語り部が家に帰ると、
    開口一番こう言った。

    「ただいまー。かあさーん、ばあちゃんはー?」
    「森じゃないのー?」
    「そうじゃないかと思った」

    男が、森の中に入っていくと、
    そこには一人のおばあちゃんが立ってました。

    「どう?今日は。」
    「あら、ヘンリー。
     駄目ね、もう少しかかりそうよ。」

    おばあちゃんが立つ場所の前には一本の木が生えてます。

    「まだ話せそうに無いの?」
    「生えて暫くしないと、木は喋れないらしいからね。」
    「暫く?暫くって、かれこれ三十年は経ってるんでしょ?」
    「もう、時間の感覚なんて忘れたわ。
     毎日朝が来て、そして夜になる。
     生きてるって、そういう事よ。」

    かつて女の子だった女性は、
    結婚して、
    子供を生んで、
    その子供も子供を生んで、
    その子供もまた子供を生んで、
    ひいおばあちゃんになりました。

    かつて女の子だった女性は毎日のように、
    新しく生まれたヘンドリクスの場所に行きます。
    たまに肥料を持っていったり、水をさして上げたり。
    そんなところを子供たちに見られると、
    すこし恥ずかしいように、笑いながら彼女は決まってこう言うのです。

    「まだ駄目ね。
     レディーをこんなに待たせるなんて彼も罪な木だわ。
     私はもう少し、生きなきゃいけないみたいね」


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