記憶銀行
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記憶銀行

2019-09-01 17:03

    ここは記憶銀行。
    預けた記憶は忘れるし、
    おろした記憶は思い出す。

    ここは記憶銀行。
    万が一、他の誰かがアナタの記憶をおろしても、
    アナタの記憶はアナタだけしか思い出せない。

    「店長」
    「なんだね」
    「さっきのお客さん夏になると必ず来ますね。」
    「ああそうだな」
    「夏に何かあるんですかね」
    「ラピュタだろ」
    「は?」
    「あのお客さん、
     ラピュタが放送される前に来て記憶を預ける。必ずな。
     それで毎回新鮮な気持ちで見たいらしい」
    「なんすかそれ、
     何度でも初恋を楽しみたい、みたいなものですか」
    「違うんじゃないか。
     恋人がデートの度に記憶喪失になってたら嫌だろ」
    「それもそうですね」


    「おい、お客さんが来たぞ。接客たのむ」
    「はい店長。
     いらっしゃいませ記憶銀行へ。
     今回はどのような御用件で。
     はぁ、自分の誕生日のプレゼントで?
     旦那さんが隠しているプレゼントをうっかり見つけた?
     その部分だけを預けたいと。大丈夫です、できますよ。
     ではこちらに具体的な日付と時間を…はい、はい。
     それではこちらへ」

    ウィーン ギュッコン ギュッコン ギュッコン

    「はい、これで完了です。
     どうも有難う御座いましたー」
    「おい」
    「はい」
    「あの奥さん、何の用事で来たって言った?」
    「自分への誕生日プレゼントをうっかり見つけたって」
    「今回で五回目だが」
    「よほど旦那が隠すの下手くそなんでしょうね」


    「ハイいらっしゃいませ記憶銀行……え。どうされたんですか?
     推しが尊くて……はぁ、いやすいませんお客様、
     ここはお客様の萌え語りを聞くお店ではなく、
     お客様の記憶をお預かりする……ええ、ええ。大丈夫です。
     はい、この写真のキャラクターの…?ええ。
     記憶を全部消して欲しい?
     お客様、お見受けしますにかなりこのキャラの事を御好きなのでは…。
     はぁ、ええ、好き過ぎて日常生活に支障が出る、
     仕事中に思い出してろくに手が動かない、
     貢ぎ過ぎて貯金がすっからかん……なるほど、命が危ないですね。
     判りました、ではまずお客様の記憶量を計測させて頂きますね。」

    ビュ~~ン カッチ コッチ

    「お客様、あの~記憶量が非常に大きくてですね、
     通常のプランだと収納しきれず、
     こちらの『大金庫プラン』でのお預かりになってしまいますが…。
     背に腹は代えられないと、ええ、仰る通りで。
     ではお預かりの手続きに……あ、はい待ちます待ちます。
     キャラの画像をスマホから消去……あっ、あっ泣かないで下さい。
     そんなに辛いようでしたら代わりに私がやりましょうか?
     自分のけじめは自分でつける……判りました、ではちょっとお待ちしますね。
     ………。
     ………。
     ……あの、終わりましたか?もうちょっと?
     ……。
     ……。
     ……あの、あ、はい、お疲れ様です、ではこちらへどうぞ。」

    ウィーン ギュッコン ギュッコン ギュッコン

    「店長、なんか凄い客が来ましたよ。
     なんか自分が好きなキャラの記憶全部消してくれって」
    「へぇ、なんで」
    「そのキャラを好き過ぎるせいで生活が危ないって。
     記憶量も膨大で久しぶりに大金庫使いましたよ」
    「ふーん。おい、大金庫、もう一個増やしといて」
    「え?」
    「その客、多分もう一回来るから」
    「えっ」


    「店長あの」
    「ん」
    「芹沢さん来ました……」
    「おー、判った、俺が対応するわ。」

    「いらっしゃいませー、ようこそ記憶銀行へ。
     今回はお預けですか?引き落としですか?
     はいお預けですね、どのような記憶を預けて頂けますでしょうか。
     ハイ、ここ一週間で旦那さんに殴られた記憶を。
     それだけで宜しいんですか?
     判りました、ではこちらの紙に必要事項を書いて頂いたら、
     奥の部屋までどうぞ。」

    ウィーン ギュッコン ギュッコン ギュッコン

    「毎度有難う御座いました。
     あ、芹沢さん。
     もしなにか辛い事があったらまたいらしてください。
     きっとお力になりますよ。
     またのご来店、お待ちしております」

    「店長店長」
    「なに」
    「芹沢さん、いい加減警察に行った方が良いと思うんですけど……」
    「行きたくなったら行くだろ」
    「いや、でも店長も見たでしょ、
     目に見える所まで叩いた跡とかあるじゃないですか芹沢さん」
    「そうだな」
    「いや、そうだなじゃないですって」
    「これは他所様の家庭には首を突っ込まない商売って言ったろ」
    「いやでも」
    「俺が初めて芹沢さんを接客した時、
     そりゃあ俺も言ったさ。預かる記憶の内容も判ってるんだ、
     ちょっと奥さん、警察に行った方が良いんじゃないんですかって。
     記憶を忘れる事は怪我が治る事とは違いますってな。
     でも奥さんがこう言うのよ。
     『ずっとあの人を好きでいたいから』って。」
    「……でもそれで死んだりしたら元も子もないじゃないですか」
    「そうなったらその時です」
    「え?」
    「俺がお前と同じ事を言ったら奥さんが言った台詞。
     そうなったらその時です、だってよ。」
    「………」
    「誰かの愛情の形を否定する程高尚な人生を送ってねぇから、
     そのまま記憶を預かった。
     もし芹沢さんに何か言いたかったら今度はお前が接客しろ。」

    ここは記憶銀行。
    預けた記憶は忘れるし、
    おろした記憶は思い出す。
    けれど預けた記憶を下しに来る客は未だ一人もいない。

    「いらっしゃいませ、記憶銀行です。
     今回はどのような御用件で。」


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