パッションドリーム 前編
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パッションドリーム 前編

2019-09-23 07:43

    夢に付ける調味料は無い。
    なので日本の夢は不味い。
    本当に不味い。

    フランス、イギリス、ドイツにスイス、
    アメリカ、メキシコ、オーストラリア、
    ブラジル、カナダにモンゴル、ロシア。
    各国が口を揃えて吐き捨てる。
    日本の夢は不味い。

    日本人の見る夢は不味い。
    食えたもんじゃない。

    年に二度のみ世界のバク達が夢の中で繋がり合える日がある。
    そこで誰しも一度は耳にするのが、

    「日本人の見る夢は世界一マズい」

    という言葉だ。

    バクの中にも色んな人間がいる。
    取り分け美食家(グルメ)と評される方々は世界を飛び回り、
    各地の夢を食べ歩く。

    明かりを蝋燭に頼っていた時代に比べ確かに技術は発展したが、
    それでもやはり海外旅行はお金がかかる。
    日本からアメリカなんて相当なもんだ。
    必然、バクの美食家達は財力の関係で極少数に留まるのだが、
    その彼らが口を揃えてこう言うのだ。
    ジャパンの夢はいつ喰いに行ってもマズイ。本当に不味い。

    通常、バクが夢を食べに行ける範囲には限界がある。
    頭を枕に預けて眠りについた場所からおよそ半径100メートル。
    その射程内で寝ている他の人間の夢しか食べられない。
    当然個体差があるので凄いバクは半径キロ単位まで食べに行けるらしいが、
    そんなのは極稀で、世の中の大半のバクは近くの夢をパクパク食べている。

    近くにいるバク同士は仲が良い事が多い。
    夢の中で繋がれるからだ。
    バク同士が夢の中で接触する場合は範囲が半径キロ単位に伸びる。
    夜に夢の『道』で出会うと挨拶をして、
    今日の御飯は如何ですか、なんて世間話をする訳だ。

    食事範囲よりも接触範囲が広いのは歴史がそうさせたらしい。
    数百年前に世界的な『バク狩り』横行した時、
    バク達はどうにかお互いの情報を共有し合おうと接触を試みた。

    バクが夢を食べるのは土を掘ってじゃがいもを取る様なものだが、
    他のバクを探して交流するのは地上を走る様なものなのだ。
    端的に言うと、食べるのと他のバクを探すのでは、

    「勝手が違うし探す方がやり易い。」

    秘密裏に情報を交わし合ったバク達は現代まで生き残り、
    バク狩りは後世に魔女狩りや異教徒狩り等と呼び名を変えられ伝えられた。

    そんな過去もあり、
    バク達は自分がバクであると死んでも言わない。
    例えそれが結婚相手であってもだ。

    よく耳にする話が、

    「結婚には愛があるだろう?
     自分の素性を明かしても良いじゃないか。」
    「結婚は離婚に変わるかも知れないだろう?」

    という、これは古くから使われているバクジョークだ。
    ジョークの古さから大昔に何があったのかが推察できる。

    年二回の世界のバクが繋がる日があると先に述べたが、
    バク狩り全盛期においてこれは役に立たなかった。
    春と秋、夜の長さが一日の丁度半分になる日がそれにあたるが、
    毎日狩られる可能性があるってのに、年二回だけじゃ意味が無い。
    しかし平和になった今では年二回の大行事として楽しみにされている。

    この世のバクの数は決して多くは無いだろう。
    しかし一堂に会すると賑やかさが大変な事になり、
    さもオリンピックの入場式みたいな様相を呈する。

    だが、
    そこで語られる日本人の夢のマズさ。
    特にイギリス人に不味いと言われると怒りを覚える、腹が立つ。
    あちらも日々散々「イギリスの料理は不味い」と言われてるからだろうか、
    ここぞとばかりに罵詈雑言で日本の夢をコケにしてくる。
    日本人の夢は不味い、本当にマズイ。
    一体毎日何して暮らしてんの?と。

    まぁ、同じ事だろう。
    日本人が見る夢の全てが不味い訳では無い。
    中には勿論幸せな気分になれる美味い夢もある。
    それはイギリス料理も同じ事だと冷静に考えればわかる事だ。
    イギリス中の店を食べ歩けば、

    「もう一度食べにくるよ!」

    とドアを閉める前に一声かけたくなる店も当然あるに違いない。
    しかし、それ以上にマズイ飯を出す店が多いのだろう、
    風評でイギリスの飯は不味いと言われているが、
    要するに日本人の見る夢もそういう事なのである。

    悲しい事に日本のバクは母国の夢の不味さを言われても反論しない。
    何故なら日本のバクはほぼ夢を食べないからだ。

    皆さん、『食あたり』という言葉を御存知だろうか。
    体内に取り込むべきでない物を経口摂取した場合に、
    体調をくず

    え?あ、なに、知ってる?

    じゃあ話は早い、
    バクでも同じ事が起きる、という説明だけで事足りる訳だ。

    『不味い夢』は往々にして『夢あたり』を起こす。

    不味い夢を喰った次の朝は最悪だ、
    二日酔いなんて可愛く感じる位に身体の調子が悪くなる。
    一日中腹にムカデを百匹飼っているような感覚で、
    頭の中に細い針を千本刺されたような痛みを感じる。
    これも人によって症状は千差万別だが、
    少なくとも僕はコレ。

    でも悲しい哉、バクは夢を食べたい生き物。
    夢を喰わねば腹が減るのだ。

    人の夢が不味いと言われるこの日本、
    もはや夢あたりの大盤振る舞い。
    日ノ本のバク達はいつも夢を喰わずにじっと夜をやり過ごし、
    腹を減らして朝を迎えるもので、
    大抵のバクはいつもイライラしている。

    中にはそんな境遇を気に入っている馬鹿も居て、
    その馬鹿は僕の従兄のタカシ兄ちゃんの事だ。

    「俺は雷禅だ」

    と昔の漫画で断食の末に餓死した大妖怪の事を引き合いに、
    いつも腹をグルグルと鳴らしている。

    だが機能としてバクの食事は生死にかかわるものではない。
    通常の人間でいう性欲と同じ。

    性欲は睡眠、食欲と違い解消されずとも死には至らず、
    バクの食欲も悪化すれども死までは至らない。

    ただかなりの欲求があり、
    いつも限界がくるとついパクリと食べてしまうのだ。
    例えそれが不味い夢だろうなと思っていても。
    大体三か月であろうか。魔が差して手を伸ばした夢を食べ、
    案の定『夢あたり』を起こして次の日は酷い事になる。

    いつもそうなのだ。
    今回は大丈夫かな?と思って口にしてみるも大丈夫な訳は無く、
    大概が酷い不味さで体に口が付いている事を後悔するハメになる。

    なんだ、よほど日本のバクは苦労してるんだなと御思いだろう。
    まぁ、そうなんです。
    けどもたまに良い意味で大当たりの夢にありつける事もある訳で。

    以前は腹を壊す不味い夢を見ていた人が、
    ある日気紛れで夢をつまみ食いしてみると、
    こちらの脳味噌が蕩ける様な美味い夢を見てる事があるんです。

    例えば、もう明日死んでも良いと思えるような事があったとか、
    これまでの人生、生きてて良かった!と思えるような事があったとか、
    詳しい事情は人それぞれですが、
    劇的に変わる事があるんです。

    それもあってか要らぬ期待をしてふいに手を伸ばし、
    期待外れの『夢あたり』をする事もあるんですけど。
    仕方ないんですよ、だってバクは神様じゃないから。
    いつ誰にどんな良い事があったのかなんて判らないし。

    しかしそれでもたまに流れてくる情報がある。
    それがアンパッションドリームと呼ばれる飛び切り美味い夢。

    これが『出た』という情報を聞いたバク達はもうお祭り騒ぎ、
    バク伝手にどんどん情報は広がり伝わり、
    美味い夢を喰いたくて越県してわざわざ寝に来るバクも現れる。

    久しぶりの事だった。
    父と一緒にいつも通り、腹を鳴らして夜の夢を歩いていたら、
    遠くからドタドタと忙しい足音がやってくる。
    現れた隣の地区の多賀さんが肩で息をしながら切れ切れの挨拶も無しに、

    「豊島さん、出た、出たってよ!」

    このように仰る。
    多賀どうしたの、ゴキブリでも出たの。
    父が笑いながらそう言うと、

    「アンパッションドリーム、出たよ!」

    多賀さんが笑いもせずに大きな叫び声をあげた。

    今の日本、
    長い横文字は略される傾向がある。
    最早言葉の原型が判らない事もままある。

    だが、アンパッションドリームは略された事が無い。
    間違っても聞き間違う事が無いように、
    アンパッションドリーム、一字も落とさずそう話す。

    それほどに貴重な事なのだ。


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