魔女狩りの一報が届いた。
フェルマン伯の妻であるカーミラが兵を雇い、
リオーネという魔女を火炙りにしたらしい。
罪状は多数の男をたぶらかした事とある。
夜な夜な違う男を家に招き入れ、
節操も無く淫らな関係を持ち、
男達に金銭を貢がせたと報告書にはあった。
この事を確認する為、
国の中央から『覚書き』の一人、
ライエルが現地へと赴いた。
詳しい事情をきちんと書き留める為である。
ある時は流行り事のように行われた魔女狩りだったが、
いよいよ最近になっては頻度が薄れてきている。
記録として残す為に中央は記録官を出したが数が追いつかず、
魔女裁判自体もずさんなものが多かったので、
十分な記録が揃っているものは数少なく、
それらも後多いの検証が難しいものばかりであった。
その理由としては魔女が住んでいた住居も往々にして焼き払われ、
最早彼女達がどのようなコップでお茶を飲んでいたかも分からぬ程、
まるで誰かが証拠を隠滅したかのような有様であった。
ライエルが現地について裁判を行ったという教会の神父を訪れた。
裁判の記録を見せて貰うと同時にその様子も聞いた。
見せられた記録は中央へ届けられたものとほぼ同じで、
詳細部分はまるでそぎ落とされたかのような内容だったからだ。
「裁判をする前に、
カーミラ様が教会にいらっしゃいました。」
神父はライエルにお茶を勧めると、
随分と固そうな木の椅子に腰を下ろし、
普段の聖日説教でもこの口調なのだろうか、
いかにも神父といった雰囲気で話し始めた。
「一人、魔女を連れてくるから裁いて欲しいと言われ、
大変険しい表情だったのを覚えています。
私はこう言いました。その者の罪状はなんですか、と。
するとカーミラ様は、沢山の男と淫らな関係を持った、
その上金品を貢がせて、彼らの生活を脅かした、と。」
ライエルは紙の上にペンを走らせながらこう尋ねた。
それらの証拠は見つかったのですか、と。
「リオーネが教会に連れて来られた時に私が尋ねたのです。
するとリオーネが自白しました、
夜な夜な男を家に招き入れて不貞を犯したと。
そしてカーミラ様がリオーネの家から押収したという金品を出し、
その事について尋ねても認める発言をしました。
ええ、男達に貢がせたものであるとね。」
そう言えば、その金品はどうされましたか。
貢いだ男達のもとへ戻りましたか?
ライエルがふとペンを止めてそう聞くと、
意外な返事が返って来た。
「いえ、金品は今も全て、
この教会で保管をしております。」
「全て?この教会に?」
「ええ、リオーネが連れて来られた時、
彼女が罪を認めたので、
私はその金品についてこうカーミラ様に提案しました。
もし魔女にたぶらかされたと申し出る男がいるならば、
その者に金品を返してやりたいと思うのですが、如何ですか、と。
するとカーミラ様はその提案に賛成し、
ひとまずは教会に保管をする事になったのです。」
「それで、まだ誰も引き取りにはこない、と」
「ええ」
「魔女が処刑されて何日が経ちますか」
「かれこれ、二週間は過ぎました。
まぁ、名乗り出れば魔女と通じていたのがバレます。
自分も火炙りにされると思って誰も名乗り出ないのでしょう。
しかし裁判をするにも告発が必要です。
貧しいのに貢いだ愚か者が居たとしても、
神の憐憫をもって裁かずに私財を戻せるかもしれませんのに。」
神父からの聞き取りはそれまで、
一先ずペンを仕舞い紙を丸め、
ライエルは宿へと赴いて旅の疲れを癒した。
その晩の事、
ライエルがある事を閃いて、
神父にこう提案した。
「魔女が呪いを持っていたと触書をしましょう。
その呪いは一年後に腕がもげ落ちてしまうというものです。
そこで教会に来て解呪をすればその呪いから逃れられる、
魔女と関係を持った者はこの呪いからは逃れられない。
そう広めれば魔女と関係を持った男が判ります。
そうすればこの金品も返せるでしょう。」
「嘘の触書きを出せ、と?」
「あらかじめ、
これは新たな裁判を引き起こす為のものではない、
と断りの文章も入れておくのです。
まぁ、嘘ですよ。しかし悪い嘘ではありません。
金品を元の持ち主に返す為の、良い嘘です。
しかし金品目当ての輩が現れては元も子もないので、
あくまで解呪だけが目的の旨を書きましょう。」
「なるほど判りました、きっと主もお許しになるでしょう。
協力させて頂きます。」
教会によって近隣には漏れる事無く触書きが張られた。
『魔女と関係を持った者は呪いがかけられている為、
その解呪を教会にて実施する。
解呪しなければ一年の後に腕が腐り落ちてしまうだろう。
これは決して魔女と関係した事を責める為に非ず。
教会の門は昼夜問わず開け放ち、来る者を拒まない。』
恐らく夜中に人目を忍んでやってくる者が多いだろう、
そう踏んでいた神父とライエルだが、
これが不思議な事に三日経っても誰も現れない。
「ライエル殿、皆やはり、恥じているのでしょうか、
魔女と通じたという自分の過去の所業を。」
「そうだとしても触書には責める為ではないと書きましたし、
その上一年経てば腕が腐り落ちるとあるのです、
誰もが我が身が可愛いでしょうに、
今は呪いがかかった事に心が動転しているのかも知れません。
もう暫く待ってみましょう。」
しかし合わせて一週間が経とうとしても誰も解呪にはやってこなかった。
ライエルの駐留期間は十日を与えられている。
残りが二日になった所で胸騒ぎがライエルを襲った。
ライエルは教会に保管してある金品を引っ張り出すと、
神父の立会いのもと、その全てに目を通し始めた。
どれもこれも見事な品だ、
中にはよもや民衆が手に入れられないような品もある。
貴族の身分の男も魔女と通じていたのだろうか。
そう考えると、教会に夜こっそりと来れないだろうとも考えられる。
机の上で輝く品々を一つ一つ手に取ってみていると、
一つの指輪が寂しげにコロン、と佇んでいた。
他にあるものは金のコップや燭台、首飾りなど。
いや、確かに他の指輪もあるにはあった。
しかしそれらはどれも宝石を咥えているような豪華なもので、
ライエルの目に留まった指輪は、
特別な装飾の無い、素朴な銀色の指輪だった。
「いかがしましたか?」
「あ、いえ。」
ライエルがそう言って指輪を手に取ってみた。
確かに素朴な指輪だった。表面に模様の一つも入っていない。
こんな指輪だ、
どこかの貧乏な男がなけなしの金で送ったのだろう。
そう思い机の上に置き直そうとした時、
その内側に、何か模様のようなものが見えた。
なんだ。
ライエルが指輪を持ち直して内側を覗くと、
「カーミラ」という文字が掘られてある。
「カーミラ」
「は?」
「ここ、指輪の内側、カーミラと彫ってある」
「失礼……確かに。玄人の字ではありませんな。
鋳造の素人が後から自分で掘ったものでしょう。」
「……神父、魔女の名は?」
「先程も申し上げた通り、リオーネです。」
「フルネームは?」
「リオーネ・ウィルト」
「告発したフェルマン伯の奥方の名前は?」
「……カーミラ様ですな。」
「神父、ここ周辺の住民票を見せて頂きたいのですが……」
いかに魔女と言えど、
わざわざ会いに来るのに遠方からの御足労は無い筈。
そう思ってライエルは神父に頼み込んだが、
神父は身動き一つせず。
「その必要はありません。」
「え?」
「この一帯でカーミラという名前は、
フェルマン伯の奥様しかおりません。
彼女は別の地方からの嫁入りでして、
カーミラというのはこの地方の名前ではないのです」