首無しリゲル
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首無しリゲル

2019-11-25 19:22

    可哀想な男だ。
    どこの性悪な魔法使いがこんな呪いを作ったんだ。

    焚き火がパチッとたまに弾ける中で、
    俺とリゲルは野宿の段取りをつけた。
    状況は夜中に迷子の上、舞台はエラメルトの森。
    不幸の押し売りが大盤振る舞いで、もうため息も出ない。

    エラメルトの森といえば夜になると踊りだす事で有名だ。
    世を呪った踊り子が憑りついただの、
    神様が夜の暇潰しで仕組んだ呪いだの、
    人間が噂する話は色々あるが、
    森の草木はそんな噂を知らぬ存ぜぬ、我が物顔で踊りだす。
    草も木も踊り狂って、こうなっては朝になるまで待つしかない。
    下手に動けば大怪我になってなりかねないが、
    こちらが動かない限りはぶつかる事も無い。
    動かない『障害物』を避けて踊るのが彼らのマナーらしい。

    とっぷり更けて夜になり、もうどれくらい経ったのか。
    辺りがドッスン、ドスンとリズムを刻み始める中、
    リゲルは寝息一つ立てずに毛布一つ被って寝始めた。
    その姿はなんかもう、惨殺死体そのものだ。

    リゲルの首には頭が付いていない。

    俺の名前はヨナ。
    俺がコイツの噂を聞いたのは三年前の事。
    首が無い身体で辺りを彷徨う化物がいるという。
    それが辺境一有名な化物、「首無しリゲル」だった。

    俺が住んでいたのはヨントという町。
    当時リゲルがいたのはサマトリ地方で、隣の山地だった。
    俺は興味本位でリゲルを探しに行ってみた。
    そしたらどうだ、びっくり仰天にも程がある。
    石の上に腰を下ろして両手を組んで、
    頭をうなだれているように肩を傾かせているリゲルがそこに居た。
    いや、頭が無いから本当にうなだれている訳では無いんだけれど、
    人間てのは背中が雰囲気を物語るもんだろ。
    もしこの身体に頭が付いてたらきっとそうなんだろうなぁって。

    「リゲル…おい!首無しリゲル!」

    初めて見た時は流石に不気味さに距離を詰め切れず、
    ちょっと遠目から大声でそう叫びかけてやった。
    でもうんともすんとも何も返事をしない。
    そうか、こいつ頭が無いから耳も無いんだ。
    口も無いからラザニアパスタを食べることすら出来ないだろうに。
    なんて可哀想な奴。着ている服も随分ボロボロだな。
    俺はリゲルの体に近づいてみた。

    「リゲル。」

    もう一度呼びかけてみるも、
    耳が無い相手から返事が帰って来る筈も無かった。
    俺は人差し指でリゲルの肩をちょんちょんと叩いてみた。
    するとリゲルはまるで鳥でも追い払うかのように手を振る。
    もう一度肩を叩いてみても同じ反応だった。
    俺はリゲルの体を両手でドンッと押してみた。
    リゲルの身体は重心を崩して後ろに倒れこんだ。
    倒れたが直ぐ起き上がって、走り出した。
    までは良かったのだが近くの岩壁にぶち当たって転げてしまった。
    それが俺とリゲルが出会った初めての日の事だ。

    「…そんなこともあったなぁ、リゲル。」

    夜の中弱く燃える火を眺めながら昔を思い出すと、
    思わず感嘆の声が出る。

    当初の事を思い出すと、随分悪い事をしたもんだと反省する。
    『頭が無い不自由』を持つ相手に色々と悪戯をしてしまった。
    人間は自分よりも弱い相手を見ると攻撃したくなるらしいが、
    まさか自分がそれをしてしまうとは、
    今思えば恥ずかしい限りだ。

    突いて、押して、石を投げて。
    長々と相手の反応を眺めながらいじめてしまった。
    『怪物』と呼ばる相手に、まるで英雄譚の勇者気分を味わった。
    でも、そんな浮かれ気分も長くは続かず。
    俺に好きなようにされるリゲルは全身を縮こまらせて丸々だけで、
    火を噴く訳でも雷を落とす訳でもない。
    目の前に居るのは首が無いだけの一人の人間だと、
    それに気付いたのはリゲルの身体が震えているに気付いた時だった。

    手にしていた石を捨てて、
    次にした事はリゲルと向かい合って長時間座った事だった。

    コイツ、実は悪い奴じゃないんじゃないか。
    怪物なんて呼ばれてるけど、
    ただ首が無いだけじゃないか。

    そう思った俺はリゲルをほっとけず、
    ゆっくりと近寄ってポンポンと丸くなって震える肩を叩いた。
    近くに寄ってみると服の汚れは血が固まったものも多く、
    服の下がどんな痛々しい肌だろうかも判った。

    一回の呼びかけではリゲルは体の守りを解かなかった。
    全身を岩の様に丸め、手もぎゅっと握り込んでいる。
    すまない事をしてしまった。
    リゲルは怯え切ってしまっている、
    いや、生命の危機すら感じているだろう。
    どうしたら彼の警戒を解けるだろうか。

    今度は丸まった背中をさすってみた。
    俺も子供の頃は泣いている時に母親にそうされたのを思い出したんだ。
    長い時間背中をさすっていると、
    リゲルの身体がゆっくりと開いてきた。震えも収まっている。

    次はどうしたら良いだろうか、
    と考えた時に思いついたのが手だ。
    まだ握り拳の形をとっているリゲルの手に、
    人差し指を差し込んでみた。
    するともう固く握り込んでいなかったせいで、するりと入る。
    そこから一本一本、握り拳を開く形へ、
    最後には指がリゲルの指の間全てに入る様に組んだ。
    リゲルもこれには敵意が無いと理解してくれたのか、
    指が絡んだ手をゆっくりと確かめるように握り返してくれた。

    そこからが大変だった。
    思い返すだけでも気が遠くなる。
    まず二ヶ月かけて手話を教え込んだ。
    正規の手話程良く出来たもんじゃない、独自の付け焼刃だ。

    最初は大変だった。
    手を握ったことで俺が人間ということはなんとなく解ったらしいが、
    一旦時間を終えて再接触をするとえらい抵抗を受けた。
    目が無いから昨日と同じ『俺』が触ったと判らないんだ。

    抵抗を受けてもリゲルへの哀れみは消えず、
    何度もリゲルに優しく接した。
    『俺』が触ったと判る様に肩を決まったリズムで叩く事も閃いた。
    タン、タタン、タン、って感じにな。
    そんなこんなでなんとか独自の手話を教え込むにまで至った。
    骨が、折れた。

    やりとりが出来るようになると、
    俺の中でもうリゲルは化物じゃなくなった。
    コイツは人間だよ。首が無いだけなんだ。それがよく判った。

    人間なんだから人間らしい生活もさせてやりたい。
    そう思って山地を出て町にリゲルと入ったが、あれは悪手だったな。
    もう町中大騒ぎ。
    悪魔が来ただの、悪霊が来ただの、ワーキャーワーキャー。
    老人は唾を飛ばして母親は子供を家に仕舞い込んでさ。
    頭がある俺まで悪魔の使いだとか言われて、酷いもんだった。

    リゲルは呪いをかけられた首が無いだけの人間なのによ。
    町の奴らは誰もその事を理解しようとはしなかった。
    俺達は町の奴らに石を投げられながら外にはじき出されちまって、
    それからというもの、ヨントの町の中には一度も入っていない。

    「…お前、首はどこにあるんだろうねぇ?」

    首無しリゲルはどういう訳か食べ物を食べない。
    色々運動もしているってのに、それだけは不思議な事だ。
    何よりもリゲルの首が戻って、再び一つになったら、
    リゲルはどうなるのか、俺は良く解らない。

    「…本当に性根が腐った奴だな、お前にこの呪いをかけた奴は…。」

    リゲルの首を捜してかれこれ一年半。
    未だに見つからない。

    後何年この旅が続くのか。
    さぁ、何で俺の愛想が尽きないのか。
    自分でも判らない不思議さが、今夜も俺の頭に募るわけだ。
    そう、今夜も。


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