首だけリゲル
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首だけリゲル

2019-11-28 20:14

    宿屋の小僧は知りたがりな性分で、
    親父と御袋が切り盛りする宿屋の客が大好きだった。
    もちろん、中には堅物で無口な客も居るのだが、
    アタリの客は酒が入ると色んな事を聞かせてくれる。
    遠くの国の御姫様や大きな山に住む巨人の話、
    たまに親父が話を止めに来るような話もあったが。
    ほら、男が女を追いかけ回す様な話とか。
    女房に逃げられたと泣くながら話す男の話とか。

    「そういうのは大人になって聞く話だ」

    親父はそう言って小僧をその場から立ち去らせた。
    いや、別にオイラは聞いても具合を悪くしないのだけど。
    そんな事を思いながら小僧も親父の顔を立てていた。

    しかし最近どうも面白い話を客が喋る。
    どの客もだ。

    「そうそう、首無し男の噂、知ってるかい?」

    そんな語り出しで毎回同じ内容を聞く。
    なんでも首から上が無い男の身体が彷徨っているとか。

    「そんなの、嘘だぁ。
     おじちゃん俺が子供だからってからかってら、
     オイラこれでも11歳だぜ。」
    「からかってなんかねぇよ!
     俺が来た西の方ではこの噂で持ちきりさぁ。」

    旅の宿は夫婦二人で切り盛りしてる割には賑やかで、
    夜になると御袋さんの特製夕飯が振る舞われる。
    一階の広間に客がこぞって集まって、
    懐かしい味に舌鼓を打ちながら話し合うのが慣例だ。

    「俺のダチの妹のダンナが実際にその怪物を見たってんだ。
     怪しげなローブを頭に被ってるように見えてよ、
     ちょっと顔を見ようと、こう、ローブを捲ったらよ」

    何でもその首無し男、
    頭があるように見せかける為に木の枝で『形』を作り、
    その上からローブを被って普通の人間だと思わせて、
    問いかけにも身振り手振りで答える徹底ぶりらしい。

    「でも、頭が無かったら耳が無いだろ、
     何も聞こえないのにどうやって身振り手振りで返事するんだい」
    「それ!それだよ領主様良く聞いて下さいました!」
    「オイラ領主じゃないやい」
    「こういうのは囃し言葉だよ……小僧にゃまだ判らないか」
    「それで、なんだよ」
    「あのな、その首無し男の横にはもう一人男がいるんだよ。
     そいつが操って首無しの方に合図を送ってるんだよ!」
    「へぇー!じゃあそいつは魔法使い何かか!?」
    「ああ、そうだという専らの噂だ!
     何でも死んだ人間を生き返らせる事も出来るらしいぞ!」
    「すげぇ!」
    「そうだろそうだろ!
     おうおかみさん!お酒お代わり!!」

    宿に出入りする客の話を聞き続けると、
    どうやらその首無し男と魔法使い、
    宿のある地方のすぐ横、シュポリアン地方へと進行中。
    もしかしてこの町にも来る事があるかなぁ。
    どんな奴なんだろ、一目見てみたいぞ。
    小僧は首無し男の事が気になって、
    宿に来る客に手あたり次第話をせがんだ。

    「おい、聞いたか?」
    「ああ、首無し男だろ?」

    そしてその日が来た。

    「そう、アイツだよ首無しリゲル。」
    「今どこに居るんだって?」
    「シュポリアン地方の南東付近らしいぞ。」
    「南東?川一つの向こうじゃねぇか。」
    「つい最近現れたらしいぞ」

    宿は客が四組も入って賑やかだ。
    小僧も客が多くていつもより興奮している。
    御袋さんに頼まれた皿や酒を運びつつも客の間に入り、
    今最も熱い首無し男の話を聞き耽った。

    「それにしてもシュポリアンか……。
     南東と言えばエラメルトの森があるだろ」
    「ああ、リゲルの奴、
     頭が無いから森の中にでも迷い込んでるんじゃないのか?」
    「ははは、そうかもな」
    「そんな訳無いよ!
     だって首無し男には魔法使いがついてるんだから!」

    それまで話していた客がぎょっとした。
    振り返ってみると小僧が一人、
    酒の入ったコップを持って立っている。

    「魔法使いが居るからエラメルトの森には入らないよ!」
    「魔法使い?」
    「はいこれご注文のお酒!」
    「お、おお……」
    「首無し男には魔法使いがついてるからね!
     だからエラメルトの森に入る様なヘマはしないよ!」
    「おお、おお……そうかもな……。」
    「なんだ小僧、首無しリゲルについて物知り顔だな、
     今まで客達にどんな話を聞いてきた?」
    「えっとね!」

    そんな事を言われたのは初めてだった小僧、
    息巻いて知る限りの話を披露する。
    首無し男の話だけではない、
    それまで多くの客達から聞いた話を片っ端から話して見せた。
    それを聞く客達も上機嫌で、

    「こいつぁ面白しれぇガキだ!」

    お酒を次から次へとお代わり、
    厨房には親父も入って大忙し、
    宿屋の中も客達の声で大賑わいとなった。

    だが小僧は気になっている客が一人いた。
    他の客達とは絡まず、
    広間の片隅に身を寄せてチビチビと酒を飲み、飯を喰う。
    他の客は小僧の話でこんなに盛り上がってるというのに、
    あのお客さんたら顔色一つ変えずに座ってら。
    オイラの話は面白いだろ、こっち来て一緒に笑えよ。

    「お客さん!」

    子供は感情に素直な生き物、我慢が出来ない。
    賑わってる大人達から離れて広間の隅へと行き、
    (広間と言えど、実際はさほど広くない。)
    静かにやってる客に話しかけた。

    「首無し男の話を聞いた事がある?」
    「あるよ」
    「どんな話を聞いた!?」
    「首が無いんだろ」
    「他には!?」
    「それだけ」

    つるっつるの返事しかしてこない、この客。
    つるつるし過ぎて、とっかかりが何処にも無い。

    「お客さんもあっち行こうよ、
     皆で居た方が楽しいよ!」
    「ボウズ、俺は何に座ってるか判るか」
    「?イスだね」
    「そう、俺は椅子に座っている。
     ここに置いてあった椅子だ。
     ここにあったと言う事はここに座っても良いって事だ。
     俺はここに座っていたい。
     文句があるならここに椅子を置いたテメェの親父に言え。」

    子供に言うには辛辣な言葉だっただろう。
    だが調子に乗った子供には辛辣な言葉位が丁度良い。
    小僧は仕返しに思いっきり口をへの字に曲げて見せ、
    足をドスンドスンと鳴らしてその場を去った。

    その客は確かに変な客だった。
    宿に入ってきた姿をちらっとだけ小僧は見た。
    旅行用の鞄とは別に、もう一つ別の袋を持っていた。
    変なのは、晩飯時にもその袋を持ってきた事だ。
    他の客が宝でも入ってるのかとからかっていたが、
    それ対する返事も「そうだ、だから触るな」といったもので、
    辛味を覚える様な緊迫した佇まいに他の客も寄り付かなかった。

    だが子供の嗅覚は逃さない。
    なんせ子供は知りたがり。
    知りたがりの上、力づくなところがある。
    一度は頬を怒りで膨らませた小僧だったが、
    子供の勘が視線をその客に集中させて、
    他の大人達と話している最中もチラチラと視線を絶やさなかった。

    その何度も送った視線の一つが見てしまった。
    皿の上に乗ったソーセージ、
    それにフォークを差して口に持っていくと思いきや、
    傍らの袋の中にそっと差し入れたのだ。
    引き抜いたフォークの先には何も付いておらず、
    間違いない、あの中には何か生き物が入っている。

    「とーちゃん、とーちゃん!」
    「なんだよ、今忙しい、見りゃ判るだろ」
    「あのね、あのね、」
    「なんだよ、聞こえねぇ」
    「しーっ!
     あのね、あのお客さん、袋の中に生き物入れてる」
    「……何度も言ってるだろ」
    「犬じゃない、きっと猫だよ。珍しい猫なのかな?」
    「おい、聞け」
    「はい」
    「客の事は詮索すんな。」
    「はい」
    「ったくお前、返事だけは一丁前なんだから」

    眠気が客達を枕へ運ぶ。
    一人、また一人と、いや、無理もない。
    旅人は疲れを背負いこんで宿へとやってくるんだ。
    疲れと酒と夢への調べ、
    三つ揃えば抗えない。

    静かになった宿の中で小僧も寝る前のトイレへ。
    宿の中で歩く時は静かにと躾けられた事もあり、
    足音を殺して帰りの廊下を歩いていると、
    ある部屋から話声が聞こえてきた。
    それはあの『袋持ち』の客が止まっている部屋だ。

    おや?おかしい。
    あの客、一人でこの部屋を使ってる筈なのに。
    他に誰か、外から連れ込んだのか?
    だとしたら追加料金取らなきゃ。
    そう思って親父に言いに行ったのだけど、

    「いんや、今夜は客以外に入ってきた奴はいなかった。
     だから何かの聞き間違いだろ。
     お前、やたらウロチョロするんじゃねぇぞ」

    そうは言うものの、オイラ絶対聞いたもん。
    あれは誰かと話してる声だった。
    確かめる為に部屋の前にもう一度行ってみると、
    確かに袋の男と、別に男の声が聞こえる。
    ドアの隙間から中を覗いてみると髭が見える。

    隙間と言うのは意地悪なもので、
    除き側に視界の自由を与えてくれない。
    なんか、髭は見えるんだけども、
    どんな顔をしているのかも見えやしない。

    子供は素直、知りたい事は知ってみたい。
    見たい事は見てみたい。

    そっと、
    音を立てないようにドアを開けてしまうと、
    小僧の口は大きく開いた、
    なんと机の上に、人間の首だけが乗っているではないか。

    「――だからよ、今回ばかりは仕方ないって。」
    「いや、そうは言っても森に入るなんて」
    「そこに居るんだよ、あのな――お?」
    「ん?   あ」

    首が小僧の覗き見に気付くと、
    五体満足の方も少し開いているドアに気付き、
    小僧と目が合うや否や、大慌てで小僧を部屋の中に攫った。
    そんなに力強く持ち上げられたのは、小僧も親父以外に居なかった。
    一瞬の空中遊泳を楽しんだ小僧、
    そのままポンとベッドの上に座らされると、
    首だけ男と五体満足男、二人の視線にじっと見られる。

    「……」
    「……」
    「……」

    首だけ男も、小僧も、五体満足な男も、
    皆同じく口を大きく開いて固まった。

    「……どうすんだっ、オイ」

    五体満足が首が喋る。

    「いや、どうするって、どうすんだよ。
     お前の声がデカいからだろっ」
    「しーっ!しーーーーーーっ」

    小僧が口の前に人差し指を立て、
    口論しかけた五体満足と生首に静かにしろと促した。

    「し、しー……」
    「しー……」

    いや、お前がそれを言うのかよ。
    とは首も五体満足も思った事だろう。
    だが五体満足も小僧と一緒に人差し指を立て、
    首だけも口をすぼめて小僧と「シ」の三重奏を奏でた。

    「……ねぇ、首だけで動いてるの?それ」
    「……コレか?ああ、そうだ。」
    「首だけリゲルって噂聞いた事あるだろ。
     あれは俺の身体だ。」
    「へぇー……すっげぇー……!」
    「首と身体がくっつくとな、元に戻れるんだ」
    「へぇー!!すげぇー!!!」
    「「しぃーーーっ!!!」」

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