続・首だけリゲル
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続・首だけリゲル

2019-12-02 18:58

    御客達の騒ぎ声も鳴りやんで、
    そろそろ宿の二軒隣の家で飼っている馬鹿犬が鳴く頃か。
    宿屋の主人が女房と一緒に片づけをしながらそう思ったが、
    今日はなかなか聞こえてこない。
    おや、あの馬鹿犬、今日は喉の調子でも悪いのか?
    そんな事を思いながら皿をフキフキ、
    ふと窓の外を見てみるとポタリポタリと雨の始まり。
    そうか、雨のせいで馬鹿犬も今は小屋の中という訳か。
    納得した店主が皿を一枚戸棚に仕舞うと、
    空の向こうで雷が寝返りを打つ音が聞こえた。

    天が味方した。

    小僧がある客室に連れ込まれる頃だろうか、
    見計らったように雨脚が強まり、
    首だけ男と五体満足男が小僧と一緒に、

    「しぃー!」

    と言った言葉はうまく隠さた。

    宿の外は夜に雨が加わり見通せぬ程まっくろけ、
    かたや小僧は『首だけ男』に目が光り、
    その輝きを前に、
    大人二人は悩んでいた。

    部屋の中に攫いこんだのはいいものの、
    所詮は子供よ、口止め等は出来ぬだろう。
    色んなものを聞いて色んな事を喋ってしまう。
    それが子供と言う生き物だと大人達は重々承知、
    自分も子供だった時代を経験したのは伊達ではない。

    「あのな、ボウズ」
    「うん!」
    「俺達は悪魔じゃない、悪者でもない」
    「うん!」
    「ただ、この首だけの奴のな」
    「うん!」
    「身体を探してるだけなんだ。
     さっきも言った通り身体が戻れば首とくっつく。
     牛を丸のみになんかしないし、
     豚を盗んだりもしない。」
    「うん!うん!すげぇ……!触って良い?」

    小僧の目は好奇心で眩いばかり、
    それに見つめられる首は眉を歪ませるが、まぁそうだろう。
    明らかに小僧の目付きは面白い玩具を見つけた『それ』で、
    指の一本でも触れられたが最後、
    あれもこれもと何をされるか判らない。

    「駄目だ、触るな」
    「えーいいじゃん、ちょっとだけ」
    「お前さっき首なしリゲルの話をしていたな。
     魔法使いが同行しているって言ってたろ」
    「うん!」
    「こいつもな、魔法使いなんだ。そうだろ?」
    「お?」

    話を合わせろ。
    首がそう目くばせをする。

    「俺達が宿に来た時は俺が袋に入ってたろ。
     俺には呪いがかかっててな、
     そんじょそこらの人間が触っちまったら肌が腐っちまう、
     例えばお前がその可愛い小さな御手てで俺を触るだろう?
     そしたらその指の先から腐って、手首までもげちまう」
    「ええ?」
    「この男は魔法使いだからその呪いが利かない。
     旅先で出会う外の人間に迷惑がかからないよう、
     こうやって窮屈な袋の中で我慢してるんだ。
     そんな気遣いを、お前は台無しにするってのか?
     お前が手が腐ったと大騒ぎして親父と御袋に駆けよったら、
     それを触った二人も肉が腐っちまうぞ。」

    当然嘘である。
    嘘も嘘、真っ赤っか。
    よくもまぁ、こんなにスラスラ適当な言葉が出るもんだ。
    五体満足な方の男は感心して首と小僧を眺めていた。
    小僧はもう首だけの奇怪な生き物に夢中のご様子、
    横顔だけでも興奮しているのが手に取るようにわかる。

    五体満足は思った。
    もし、自分にも子供がいたら、
    土産に玩具でも買い与えたら、こんな感じなのだろうか。

    窓の外の雨よ唸るな、この子の眉が歪まぬように。
    窓の外の闇よ脅すな、この子の夢が暴れぬように。

    「身体が元に戻ったら、またこの宿に来てやるよ。」

    ふと、
    そんな事を言ったのは五体満足の方であった。
    首は思わず目を開いて声の方を見たが、
    そこに立っていたのは優し気な顔の男が一人いるばかり。
    どういう事だ、とそれまで吐いていた嘘も一休みし、
    事の成り行きを任せる事にした。

    「約束をしよう、ボウズ。
     噂じゃここいらに胴体もあるってんだ、
     もう捜し歩くのにそう時間もかからない筈だ。
     それで首と胴体が一緒になったら、またこの宿にきてやるよ。
     その時はあの客達が喋ってた話より、
     もっと面白い話を聞かせてやるから。
     だから、今晩の事は秘密にしてくれ。どうだ?」
    「うん!」

    約束を交わして、もう夜も深い事を小僧に教える。
    自分の寝床へお行きと促された子供は、素直に帰った。

    首はたしなめた、適当な約束をするもんじゃないと。
    俺の意見は全く聞かずに勝手に言いやがって。

    「おいラバン、聞いてんのか」
    「もうちょっと静かに話せ、雨が降っているとはいえだ。
     それに、寧ろよくやったと褒めてもいいもんじゃないか。
     あの子供に上手く口止めできた。
     殺すなんて野蛮な事が出来るか?しかもここは宿だ、
     あっと言う間に騒ぎになって身体探しどころじゃ無くなる」
    「まぁ、今回はお前の顔を立ててやるよ。
     身体が近い事に免じてな。」

    身体が近い。
    その言葉を聞いた男、名をラバン。
    この男ももう長らく首だけのリゲルと旅をしている。
    それが身体が近いと聞いて、首をぐるっと回した。

    「なにか感じるのか?」
    「かなり近い。
     こんなに体の感覚がモロに来るのは初めてだ。
     肩が冷たい、雨に打たれてるな。」
    「肩だけ…?どこかに雨宿りしてるのかな。」
    「気に雨宿りしている。
     あと今なら手の感触も少し伝わってくる。
     手がゴツゴツしてるものに触った、木だ、この感触は。」
    「てことは……」
    「まぁ、十中八九エラメルトの森の中だろうな。」
    「あぁ……やっぱり入らないと駄目か。」
    「諦めろ。」

    ラバンの故郷で『ジルヴェの滝』といえば有名で、
    水の流れが緩やかな時に耳を澄ますと、
    人の声が聞こえてくるという奇怪な場所だった。

    ある日ラバンは恋人に振られた腹いせに、
    滝に向かって石を投げていたが、
    高い所、滝の中腹目掛けて石を投げ込んだ時に変な声が聞こえた。

    「危ねぇぞ、何をするんだ」

    という男の声だった。
    ラバンも当然滝の噂は聞いている。
    しかし何であそこに石を投げ込んだら、声が?
    はて、と思ってもう何度か石を投げ込んでみれば、
    三個目で再び声がする。

    「止めろ!馬鹿!」

    馬鹿と言われて少し腹が立った。
    ラバンの心の中には怒りが少々、興味本位が大盛。
    この滝本当に喋るんだな、初めて聞いたぞ。
    ラバンは滝に近寄り石を放った高さまで近づいてみた。

    「おおい、誰だ?誰かいるのか?
     まだ今は昼だ、幽霊さんだったらまだ早いからな!」
    「幽霊じゃねぇよ!似たようなもんだけど!」

    そんな返事が聞こえてきたので、
    ラバンは一層興味を引かれた。
    会話が出来る相手なのだ。
    これは、何がどうなってやがるんだ。

    「おい、どこだ!」
    「近くだ!」
    「だからどこだって聞いてる!」
    「滝だ!滝の裏だ!頼む!俺を見捨てないでくれ!
     話が出来るまで近くに来たのはお前が初めてなんだ!」
    「見捨てやしない、滝の裏だって!?」
    「そうだ!この滝の裏に空洞があって俺はそこにいるんだ!」
    「動けないのか!?勇気を出して飛び込んでみろ!
     この滝は底が深い、地面にぶつかって死ぬ事にはならないから!」
    「動けないんだ!」
    「動けない?怪我でもしてるのか!?」
    「怪我って言うか、まぁ怪我みたいなもんだ!」
    「はぁ……?どういう事だよ。」
    「お願いだ、助けに来てくれ!!」
    「あーもう、乗り掛かった舟だ、毒を喰らわば皿までとも言うしなっ」

    水が覆う岩肌を慎重につかみ、横移動。
    岩肌を登る事も珍しいのに、
    その上滝の中にまで入るなんて、
    多分生きてて今だけだろうな。
    うっぷ、うぷ、水で口を塞がれながら、
    手足を滑らせない様に進むと、なるほど、確かにくぼみがある。

    「ぷっは!」

    ラバンが身体を空洞に転がり込ませると、
    何かにドン、と当たった。

    「うおあ!」
    「ん?おお悪い、そこにいたのか。
     って、え!?」

    振り向いた先には髪の毛も髭も伸び放題、
    まるで毛玉の様な風体の首が一つ、
    今にも泣き出しそうな顔でラバンを見ているではないか。
    かつてない程の驚いた声を上げてラバンが身じろぐと、
    首が情けない声でこう叫ぶ。

    まて、逃げるな、俺を見捨てないでくれ、
    ずっとここで一人だったんだ。
    ある魔法使いに身体と首をバラバラにされて、
    首だけここに置き去りにされて、
    もう何回朝と夜が変わったかも覚えてないし、
    お前が久しぶりに見た人間だ、
    お前以外に助けに来てくれた奴なんて居なかったんだ、
    頼む、俺をここから出してくれ……!

    よく見ると、
    目の下にはカサカサの肌の上、筋のようなものが見える。

    涙の痕だ。
    今だけじゃなく、ここできっと何度も泣いたんだ。
    鼻の下だって、子供の様な鼻水の通り道がある。
    この滝の裏には、孤独しかなかったのだろう。
    腰を抜かしたラバンは落ち着きを取り戻した。

    「……その、身体って言うのはどこにあるんだ?」
    「え……いや、わからない」
    「そうか……ん、でもお前が首だけで動いてるって事は、
     その身体の方もどっかで動いてると思った方が妥当か。
     よしここまで来て知らんふりなんて嘘だろ。
     お前の身体、探してやるよ。」
    「本当か!!!!」
    「でかい、声が。
     そんなに叫ばなくてももう聞こえるよ。
     俺達は目の前にいるんだ。」

    それが全ての始まりだったが、
    身体探しは順風満帆には行かなかった。

    首だけリゲルは魔法がかけられている為か、
    何かを感じてその都度あっちへ行け、こっちへ行けというのだが、
    大体それは他の呪われている人間だったり、
    呪われている物だったりする訳で、
    肝心の身体だった事は一度だってなかった。

    西へ東へ、東へ西へ。
    あっちへ行ってこっちへ行って、
    下手な冒険家よりよっぽどこの大地の事に詳しくなった頃、
    いよいよ入ってきたのが『首無しリゲル』の噂だった。

    噂の発生源を突き止める為、
    首を袋の中に隠して人間の中を聞き込み続け、
    ようやく、手が届きそうなところまでやってきた。

    「毎度あり
     それじゃあお客さん、近くに来たらまた寄ってね。」

    昨日の雨はすっかり晴れて頭の上は眩しい青空。
    店の玄関で宿泊客が次々と出て行く中、
    客達に店主がそう挨拶する横で、
    小僧もしっかりと声を張り上げた。

    「おじさん!約束だからね!また来てよ!」

    袋を背負った男は笑わなかった。
    ただ手を二回だけ振った。
    小僧にはそれだけで十分だった。
    袋の中が、一回もぞっと動くのが見えた。

    「やっぱり猫かね。」

    宿屋の親父も袋の動きに気が付いてそう言ったが、
    小僧が得意そうに顎を吊り上げて見せ、

    「違うもんねっ」

    とだけ小声で言い、その言葉は親父に聞こえただけ。
    ラバンはもう振り返る事をしなかった。

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