二つのリゲル
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二つのリゲル

2019-12-03 20:56

    ある旅人が立ち尽くす、一つの森の入り口で。
    森はいつでもどこからでも、
    遠慮はいらずにさあどうぞ、
    そんな感じに仁王立ち。

    朝の光に照らさしたならば、
    間の森もただの森になる。
    ようこそここはエラメルトの森。
    夜は草木の舞踏会場、
    昼間はただ森だけど。

    ある王様が昔昔にやってきて、
    このエラメルトの森を『狩ろう』としたけど、
    森一つをどうにかするなんて骨が折れる。
    焼いて、切って、一息ついて、
    日が暮れたのが反撃ののろし。
    怒り狂った森に『狩られ』て、
    王様はお城に戻らなかった。
    はてさて、どこで踊っているのやら。

    そんな言い伝えが残るのが武勲の如く、
    誰も『狩ろう』としないこの魔の森。
    人間様は誰も入ろうとしない筈だが、
    その中に入ろうと、
    首が言う訳だ。

    「ほんとにこの中か」
    「さっきからそう言ってるだろ」
    「なんかの間違いって事は無いか」
    「良いから入れ」
    「……夜になったら」
    「まだ朝だ。ほら行け!」

    リゲルがこんなに急かすのも初めての事、
    これはいよいよ首無し身体とご対面かと思うけど、
    しかし目の前にはエラメルトの森。

    「ちぃ、言い残す言葉は考えておけよっ」

    バランがそう言って森に入ろうとした頃、
    朝の支度をするヨナの隣で、
    首の無い身体がすっくと立ちあがる。

    「?おい、どうしたリゲル。ん?」

    一歩、二歩。
    三歩に四歩、
    足音重なり早さも増して、
    寝起きの人間がしていい早さじゃないぞ、その走りは。

    「おいっ、リゲル!待て!」

    こんな事になるなら入るんじゃなかった。
    そもそもヨナはここをエラメルトの森だと知って入った訳では無い、
    首同様、体も『魔』の力に惹かれる為に、
    ふらふらと森の中に入ろうとする胴体に付いて行ったのだ。
    しかし夜になって吃驚仰天、
    草木が躍って知れる、ここは悪名高いエラメルトの森。
    もう気分は悪魔の腹の中。
    草木も密に生えてるだけでなく、
    地面も上へ下へ、坂道の豪華フルコース。
    呪われているのは森ではない、
    最早この土地が呪われてやがるな、これは。
    そんな事を思いながら何日経ったか、
    なんとか木の実を頂戴して上を凌いでいるが心はへとへと、
    そんな中リゲルの身体が走り出したとあって、
    もうヨナは心で叫んでしまう、勘弁してくれよ。

    「おい、ちょっと……待て!」

    しかし今更見捨てるなんて嘘でしょう?
    天使が頭に語りかける。
    地面に転がっている旅道具を掴み上げ、
    慌ててヨナも走り出した。

    一方その頃ラバンと首も、
    いや失礼、ラバン『が』一生懸命走っていた。
    わっさわっさと荷物を揺らし、
    口だけは急かす首を抱えてウサギの如し。

    「この方角か!?」
    「この方角だ!!」
    「そっか……ちょっとっ……休憩……」
    「もうすぐだから!森が躍り出す前に合流するぞ!」
    「夜になるにはまだ時間が……っとと!
     おい!ここ行き止まりじゃねぇか!
     崖の壁だ!」
    「いや、ここでいい」
    「えぇ!?」
    「    来た」
    「え?」

    ヨナも汗をかいて走っていた。
    ラバンと同様荷物がわっさわっさと背中で揺れて、
    息も絶え絶え、口の中の苦味がつらい。
    おいリゲル、お前もどれか荷物を持てよ。
    そう叫んでも相手は耳が無いので聞こえない。
    オイオイどこまで走るんだよと思っていたら一大事、
    リゲルが向かっているのは崖の先。

    「待て!その先は!」

    言っても無駄だが声が出る。
    まるで親の言葉を聞かないやんちゃ坊主、
    リゲルはまるでそこに崖があるのを知っているかの様に宙に舞うと、
    そのままヨナの視界から綺麗さっぱり影も無し。
    見事に崖の下へと落ちて行った。

    「リゲ………!嘘だろ!?」

    ヨナが崖に駆け寄る前に下から鈍い音が聞こえる。
    バキバキ、ドン。
    どうやら地面と衝突する前に枝に引っ掛かってくれたようだが、
    それでも最後の音がなかなか派手だ、
    なにもなく無事、なんて事になる筈がない。

    崖に駆け寄り下を覗き込み、
    それまで走り貯めた汗がパタタと落ちる。
    最早汗が落ちる音も聞こえない、聞こうとも思わない。
    今、ヨナの両目は眼下にいる五体満足な人間一人、
    首の無い体が一つ、首だけの身体が一つ、
    その三つに奪われていた。

    「……リゲル!おま  身体だ!身体!」
    「おう……はは、お前、そんな顔してたんだな!」

    声に導かれて視線を動かすと、
    地面に転がった首がニタリと笑ってこちらを見ている。

    「えっ、うわっ、首が……バケモンか?」
    「黙れ!お前だって首無しの化け物と一緒に居たくせに!!」
    「おう、あーえっと……ちょっと待ってろ!
     すぐそっち行くから!」

    崖の上でバタバタと足音がする最中、
    『身体』を受け止めきれなかったラバンは目を回していた。

    「かぁ……おぉ……取り敢えず……身体か!?
     本物なのか?おい」
    「本物も本物だ!俺の身体だ!あー!」

    ラバンより先に起き上がった身体は、
    目も無い筈なのに迷うことなく首を拾い上げた。

    「あー……身体だ……おい、ラバン。」
    「ん?」
    「ありがとう。本当に、ありがとう。
     この言葉に嘘偽りはない。
     心から、ありがとう」
    「……ああ、良かったな。
     ほら、念願の身体だろ。早く元に戻れよ。」
    「いや、まだ役者が揃ってない」
    「ああ、体と一緒に居た奴か。おーイテテ」

    ヨナが駆け付けた。
    背中の荷物の重さは変わらない筈なのに、
    まるで羽でも生えたかのような身軽さだった。
    何しろ探していた首がついに見つかり、
    首無しリゲルは、首有りリゲルに戻る。
    いや、こんな良い方はもう無粋か。
    元の、ただの人間に戻る。

    「はは、そんなに急がなくても。
     もう見える場所に居たんだ、逃げやしない。」

    首を脇に抱えた身体がヨナに近づくと、
    リゲルの手がヨナの肩を叩いた。
    タン、タタン、タン。
    それだけで、首もニコリと笑って何も言わない。

    いつもこの合図だった。
    ヨナがリゲルに送る合図は決まってこれだった。
    起こす時も、道を変える時も、雨宿りする時も。
    ヨナとリゲルを繋いでいたのはタン、タタン、タン。

    「……良かったな、やっとだ。」

    ヨナもリゲルの肩を叩き返した。
    タン、タタン、タン。

    リゲル深く息をついてヨナとラバン、
    二人から丁度真ん中の位置に立ち、満面の笑みを見せた。

    「聞いてくれ、
     俺はずっと呪っていた、この二つになった身体を。
     首と体に別れて、それぞれ上手くいかなくて、
     きっと何年も恨んでいた。恨み続けていた。
     俺にこの魔法をかけた魔法使いもだ。
     でもな、聞いてくれ。
     一つだけ、こうなって良かったと思う事がある。
     それは、良い人間に二人も会えた事だ。
     身体が二つになったから、二人に会えたんだ。
     俺は本当にお前達を……――
     ――ありがとう、
     化物と呼ばれても良くしてくれたお前達に、
     何でこんなに良くしてくれた?なんて聞くのは野暮だよな?
     俺は知ってるよ、実はお前達が底抜けのお人よしって事を。
     ラバンは首の方だったから話が出来たが、
     お前の方は……。
     そう言えば、お前の名前を教えてくれ。」
    「ヨナだ。」
    「ヨナか、そうか……もっと早くお前の名前を知りたかった。
     もっと何度もお前の名前を口にしたかった。
     言葉も喋れないのにこんなにしてくれてありがとうな。
     お前は良い旦那になれるよ。
     お前と添い遂げると誓った嫁は幸せ者だ。
     きっと足が萎えて歩けなったとしてもヨナ、お前がいる。
     お前と結婚する女は老いてなお幸せになるだろう。」
    「おいおい、俺はどうなんだよ。
     ずっとお前の首を持ち歩いてやったんだぜ?」
    「ラバン、お前も本当にありがとう。
     お前は良く喋る女が良いかもな。
     お前と喋ってるのは本当に楽しかったよ。
     たまには喧嘩もしたけどいつもお前から謝ってくれた。
     馬鹿みたいな話も沢山したがそのどれもが面白かった。
     お前と結婚する女は幸せ者だ、
     きっと老いても笑いが絶えない生活を送るだろう。
     俺は本当に幸運だった。
     最高の男に、二人も出会えた。
     本当にありがとう、今まで、良い旅だった。」

    リゲルの言葉はそこまでだった。
    森の上を小鳥が飛んでいる。
    風が草の上を走っている。
    夜が来るにはまだ時間がかかる。

    「……リゲル、じゃあ元の身体に戻ろう。
     このエラメルトの森、今日こそ抜け出さないと。」

    ヨナが背中の荷物をよいしょと跳ねさせ、
    ようやくその時が、と目を見開いた。

    「ああ、その前にもう一言だけ。
     良く聞いておいてくれ。
     ヨナ、ラバン。
     俺は本当に最高の友人達を得られた。
     苦難も多かったが良い旅だった。
     今まで本当にありがとう。

     ありがとうな。」

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