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  • CoCおぼえがき

    2021-05-28 22:34
    思えば、クトゥルフ神話TRPGをはじめてはや…何年だ?
    殊更、数字に関する記憶力の薄弱な海馬では見当がつかなかったので、discordに残された足跡を辿ってみた。
    すると、どうやら人生初のセッションが行われたのは2018/12/3のことらしい。すでにまる2年が経過しているとのことだ。
    リプレイ動画にはまり、ルールブックを買って、実際のセッションに飛びこむというイマドキの初心者にありがちな展開ではじめた趣味だが、ことのほか長続きしているし、今ではキーパーをしてみたり、シナリオを書いてみたり、最近では自らもリプレイ動画を作りたいな、などと思うようにもなっている。

    今まで、たくさんの人と遊び、つながることで、いろいろな意見を目にする機会も増えてきた。
    そして、2年間経験を重ね、いろいろなことを思考し意識していく中で、自分自身の主張というものもかなり強固に形作られた。
    そこで、今もっている意見というものを、自分も文章で出力してみようと思い、筆を執るにいたったという次第である。

    最初に断っておくが、これから書く文章は全部悪口である。
    もっとも、自分には能動的に人を傷つけようとするつもりは毛頭ない。自分の「これはつまらない」といった表現は、それが指し示すもののみをもって「つまらない」と言っているにすぎず、それ以上でも以下でもない。ましてや、「そんなものを好む奴は頭が悪い」だとか「低俗」だとかいう気持ちは微塵もない。創作物に対する好き嫌いと、良し悪しという評価はまったく別問題である。
    ただし、論理と感情の閾値の高低には個人差がある(これも悪口で言ってるつもりはない)。そのため、これから書こうとする文章は、人によっては悪口に聞こえるだろうという予測している。

    ここまでかたっ苦しい書き方をしたのは、こうした文章になじみにくい人は、もしかするとこれから書く「お気持ち表明」が、感想以上の「誹謗」に聞こえてしまうかもしれないので、文章の雰囲気から、事前に記事に見切りをつけてもらうためである。
    よって、以上の前振りが肌に合わなかった人には、とくだん読む意義のない文章であると思う。

    これらの前振りに興味をもっていただける方にとって、面白い文章になっていれば幸いである。


    ◆システムと世界観問題

     ~そもそも「世界観」が誤用だけど妥当な代替語がわかんねえ問題~

    1 世界およびその中で生きている人間に対して、人間のありかたという点からみた統一的な解釈、意義づけ。知的なものにとどまらず、情意的な評価が加わり、人生観よりも含むものが大きい。楽天観・厭世(えんせい)観・運命論・宗教的世界観・道徳的世界観などの立場がある。

    2 俗に、文学・音楽などで、その作品がもつ雰囲気や状況設定。「人気漫画の世界観が楽しめるカフェ」


    「世界観」とは、本来は上記の1の意味を持つが、2の用法もすっかり市民権を得た今日である。
    語彙が乏しく、適切な代替語を見つける時間で記事が書きあがりそうなので、今回は2の意味で用いることとする。

    Twitterでは時折「学級会」と皮肉られる紛糾がみられるが、定期的に学級会の議題として取り上げられているのが「それ、クトゥルフでやる意味ある?」問題である。

    学級会そのものに対しては、「ラーメン好きとケーキ好きが、お互いの好みをののしるだけの時間の無駄、不毛な労力」というのが個人の感想である。・・・*1
    *1・・・これは、悪口かもしれない。


    

    だがしかし but けどけれど yet (ここRAD)

    TRPGのルールブックには、大抵、冒頭に「このゲームはどんなゲームか?」という説明がなされている。
    キャラクターの目的や、舞台背景、そしてセッション参加者に味わってほしい「世界観」である。
    そこでクトゥルフ神話TRPGの第6版・・・*2 の3ページの序文を読むと、このTRPGが何を味わうために構築されたシステムなのか、次のように読み解けると思う。
    現実のはかなさに気づき、その背後に潜む真実の恐ろしさを楽しむシステム。
    *2・・・こうした論争の発端となっている人物は、6版のルールでプレイしていることが多いという個人的見解から、6版を例に挙げている。

    この序文を読むに、映画や小説、マンガでも題材となっているホラーがこのシステムの主題であることがわかる。
    よって、恐ろしさを演出する意図のないシナリオやセッションが、「それ、クトゥルフじゃなくてもいいじゃん」という感想を生むのは当然のことである。

    (注)…今書いた一文は、「『それ、クトゥルフじゃなくてもいいじゃん』という感想が生まれるのは当然のことである。」という意見以上でも以下でもない。
    この一文に、「だから、ホラー要素のないクトゥルフ神話TRPGのシナリオを作るべきではない」という存在しない行間を空目した人には、それが錯覚であることをご理解いただきたい。

    とまあこのように、システムにはそれが意図する楽しみ方というのが確実に存在しているのである。
    以前、システムをテレビゲームのハードウェアにたとえ、「バイオハザードをPS4でやるか、Xboxでやるかにこだわったことはない」といった発信を目にしたことがある。同一のストーリーを遊ぶのに、操作方法の如何は問わないといった意味だと思われる。
    しかし、TRPGのシステムをハードウェアにたとえるのは、いささかズレている。これをTRPGに置き換えると、「クトゥルフ神話TRPGをオンラインでやるか、オフラインでやるかにこだわったことない」というのが適当な置き換えだろう。

    TRPGのシステムはハードウェアのように汎用性の高いものではない。システムが意図する楽しみ方というものが存在する以上、これを味わえないシナリオは、むしろ「バイオハザードのつもりで買ったらアマガミだった・・・*3」ぐらいの衝撃を与えかねないのではなかろうか。

    *3・・・筆者はバイオハザードもアマガミもよく知らないので、語弊があったら謹んでお詫び申し上げます。

    シナリオに表記された「クトゥルフ神話TRPG」というシステム名を、テレビゲームにおける「グロテスクで恐ろし気なパッケージ」だと思って手に取る人もいるという知見が広まれば、悲しむ人は減るだろう。
    そもそもTRPGのシステム自体が、その世界観を楽しみやすくするために最適化されたルールであるであることを考えれば、むしろそうした選び方のほうが理にかなっているのである。



    ◆俺の世界観とクトゥルフ神話

    そうして、自分もまた、「システムが前提としている世界観」が嗜好に合致しているからこそ、このシステムを好ましいと思っているわけである。

    そもそも、自分の世界観とは何か?

    それすなわち、「人間とは、生き物の一種にすぎず、ほかの生物と共存する宇宙の中では、常にミミズ、オケラ、アメンボと全く価値の等しい生き物」という世界観である。

    個人的に、人間社会には「人間は特別である」といった無自覚かつ無根拠な価値観が根強いように感じられる。

    折に触れて言いふらしているが、この最たる例が「残念な生き物事典」という書籍である。
    ここからは完全な悪口なのだが、

    なんと! この本! ホモ・サピエンスが掲載されていないのである!!・・・*4

    *4・・・
    これは、純然たる悪口である。


    あの! 道徳と美徳を謳うのと同じ口で! 異端者をなぶり市民を虐げるための理論を唱えるあのホモ・サピエンスが! なんと「残念」の烙印をまぬがれているのである!! なんとも驚異的なことである!!!

    きっとこの本を純粋な気持ちで読める人は、人類史において、生かしたまま人の手足を切断したり、子供を殺すことを命じたり、家族間での近親相姦を強要したりするような出来事があったなんて、夢にも思わないのだろう。

    しかし自分は、こういった歴史的背景ゆえに、「人類はクソである」と述べたいわけではない。

    先述した通り、ヒトは一種の生き物に過ぎない。どんな行為もそれを可ならしめる生物物理学のスケールに収まっているし、いかな動機も生理的欲求なしに存在しえない。
    先述のような残虐非道な行為も、ドーパミンの多量分泌に伴う快感によって後押しされた動機と、共感対象や度合いを選択できる能力によって説明可能な、生物学に準じた現象にすぎない。
    同様に、他者を悼み同胞をいつくしむ感情もまた、生物学的に説明可能な現象である。


    自分が不可解だと思うのは、こうした視点を持っていない人が、殊更ヒトを尊び、その情動を高尚なものに位置付けている点である。
    同族意識は群れをなす動物に共通であるし、情動の重要視はより魅力を感じる異性を優遇する繁殖期のメスと等価である。
    なのに、人間が人間の感性のみを無根拠に特別視しているということが、主観の無批判性という点で実に動物じみているなあと思うわけである。


    話は逸れたが、他の動物と同様に主観的認知を盲信するしかないヒトが、まったく理解の超えた脅威に接触することで存在を客体化するという構図が、クトゥルフ神話、ひいてはSFにおいて自分が好ましいと感じる部分である。
    言い換えると、捕食者に追われるウサギが、なんとか身を守ろうとしたり、強大な相手に立ち向かったりする姿に感銘を覚えるのと同じ理屈である。


    脱線するが、怪獣映画においては「人 対 人」という構図がクッソ下らねえなと思っている。
    合理的に表面上で協調するような知性も、目的のために感傷的な欲求をコントロールする理性も持ち合わせていないバカの行動である。
    そしてそんなバカをしていられる余裕があるということは、相対する脅威のスケールもたかがしれているのである。
    (強大な脅威を目の前にしてなお対立しているとしたら、それはもはや正真正銘のバカである。映画「クローバーフィールド」でしょーもない口論をしている愚民に感じるのと同種のストレスしか感じない)・・・*5

    *5・・・これは、シナリオの構図に対する好みを申し上げているのであって、こうした構図を好む人への批判でも否定でもない。




    ◆局地的ルールの共用? 強要?

    何かのグループ分けの際、握った手と開いた手の2種類の状態をもって集団を2分化するという手段は日本全国で普遍的にみられる。
    しかし、手の形を明示する際の掛け声は、地域によって種類が異なっている。
    「ぐっとっぱ」「ぐっとっぱーでわかれましょ」「ぐーぱーじゃす」etc etc ・・・。
    この多様性に対し、何か一種をもって「これが正しい」などというのは馬鹿げている。

    一方、殺人は日本のどこであっても違法である。
    東京では違法だが大阪では合法などという道理は存在しない。
    なぜなら、それは日本国の刑法で規定されたルールであるからだ。故に、日本国であれば、いつでもどこでもこのルールが適用される。

    では、TRPGにおけるルールとは何か?
    実に簡単。ルールブックに記載された内容である。
    ルールブックは、地域によって内容が異なるなどということはない。参加する人が共同で一つの物事を成すためには、共通の理解をもたなければならないからだ。
    言い換えれば、一人ひとりがもつ価値観、語彙、尺度といった個性には差異があるから、画一的なルールが要請されるのだ。


    裏を返せば、ルールに明記されていないことは、参加者の共通理解ではありえない。


    本来共通理解でもないことに対し、「準じないのは間違っている」などというのは、あまりにも横暴が過ぎる。
    横断歩道を歩いているだけで、突然、「白線でないところ踏むのはおかしい」などと糾弾されるのは、あまりに理不尽なのだ。

    極端なたとえだと思うかもしれないが、明文化もされていない、社会通念でもないことを他者に強要するという行為は、それくらい暴力的だと思う。

    何が言いたいかというと、定義もされていない「推奨技能」などという概念をもちだし、「これに準じていないキャラクターでプレイするのは悪」とのたまうのは、人にはそれぞれの価値観、語彙、尺度が存在しているという大前提を看過あるいは無視しているのだ。

    このことを考えると、わたしは怒りすらふつふつと湧いてくる。個性には差異があるというこを知らないということは、他者の個性を容易に踏みにじれるのだ
    冷酷な物言いかもしれないが、個性の差異に気づかないのは他者に興味がないからだし、個性の良し悪し区別できるのは、他者の痛みに鈍感だからである。
    そうした視野狭窄な人物が、感動的な物語、いわゆる「エモさ」を信奉しているのを見るに、人類から差別や偏見、戦争をなくすのが、生物学的にいかに困難であるかを痛感させられる。

    もちろん、こうした独善的な物差しに怒りを覚えるわたしの感想もまた主観にすぎず、偏狭な視野も一つの個性である。

    あくまで、自分の好みにそぐわない個体に対しストレスを感じるという動物的な生理現象に過ぎないし、ストレスを感じている側が正義・正論であるという道理はない。
    だから「間違っている」と言いたいのではなく、「ムカつく」と言っているだけだ。


    要は、個人的に、人間として気にくわねえというだけである。


    ◆まとめ

    いろいろ書いていて何が言いたいのかわからなくなってきたが、要は以上が自分の好みであるということである。
    はなから、良し悪しという問題ではない

    というか、明文化されたルールあるいは社会通念でもないかぎり、正誤など判断しようがなく、好き嫌いの話にしかならない。
    それに対し、ルールとして明文化された根拠が存在するのであれば、それに照らし合わせて
    正誤の判断が可能である。

    だがしかし but けどけれど yet

    論理と感情の閾値の高低にも個性がある以上、結局ここまでこねくり回した理屈ですら、万人で共有することは不可能なのである。


    ゝ、ヒトの、なんと無力、非力なことだろう。


    やはり、無欠の合理にしょせん遠く及ばないヒトは、はじめから理性や理論などに執着するべきではない。



    秩序など空想、宇宙はエントロピー増大の熱力学に服従しいずれ無秩序へと還るのだ。




    いあ いあ んぐああ んんがい・がい!いあ いあ んがい ん・やあ ん・やあ しょごぐ ふたぐん!いあ いあ い・はあ い・にやあい・にやあ んがあ んんがい わふる ふたぐん よぐ・そとおす!よぐ・そとおす!いあ!いあ!よぐ・そとおす!おさだごわあ!








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  • 【お知らせ】これからの動画について【キモ注意】

    2019-07-29 05:12
    いつも動画のご視聴、コメント、マイリス、広告、ありがとうございます。
    ゆっくり怪談33本目にご広告していただいた方は下記の通りです。

    しまぱんださん
    siki0さん
    Ludaさん
    イズルさん
    ささもんさん
    ととりさん
    (2019/7/29 現在)

    1シーズンに1本くらいのペースになってますが、これからもお楽しみいただければ幸いです。

    で、タイトルなんですが、もちろん怪談シリーズはぬるっと続けていこうと考えています。
    が、現在、他にドハマりしてしまったジャンルがありまして。

    ずばりMMDです。

    MMD全部が好きって訳ではないんです。今までは、ある作品にハマるとそのジャンルを漁るということをしてました。
    以前までは、Fate/MMD が1番お気に入りでした。

    そして、最近新たにハマったのが金カムです(一応検索除け)

    ていうか、金カムに関してはきっかけからしてハマり方が尋常ではなかった。
    Abemaで見てから「ふーん面白いじゃん」→「最終話のあとの続き気になるなコミックレンタルするか」→「えっっなにこれ超面白い」→「新しい方の3冊を3回読み返したけど飽きない」→「手元に欲しい!!」→「全部買うか!!!!」→「わああああああなにこれどうなるの? はよ!!」→「本誌、最新話を寄越せ!」

    これを2週間くらいで達成しました。こうなりふり構わないというか、好きになったものに躊躇ない感じが完全にオタクですね。

    しかし面白すぎて、原作最終話、アニメ3期、これのおかげで延命できていると言っても過言ではない。

    そんでもって、MMDを見つけてしまったんですね。

    もうね、素晴らしい。

    ていうか、シリアスもギャグも全力なのが金カムの魅力の一つだと思うんですけど、MMDはどっちもできちゃうんですよね。ていうか原作からしてマタギが少女団入ってるからね。

    お気に入りの動画を、出勤日の朝の憂鬱な気分の時に見るだけで、もうウッキウキな気分で布団から起きられる。そしてMMDのお陰で久々にボカロを聞く、良曲に出会える。
    推し作品は精神衛生、肉体健康を促進してくれるんだな…というのをひしひしと感じます。

    そして、自分の場合、あるジャンルにハマると「自分も作ってみたい」という気持ちが湧いてくる。
    怪談シリーズもそんなきっかけで始めました。

    という訳で、前置きが長くなりましたが、MMD動画を現在制作中です。勝手がまるで分からずクオリティもだいぶあれですが、完成したものについてはこのアカウントのまま投稿していく予定です。

    ですので、これからは、いつもと違うジャンルの投稿があるかと思います。もちろんタイトルで判断できるようにはしているので、苦手な方は回避していただければ幸いです。

    それでは、また次の機会にお会いしましょう。






























































    ↓↓↓↓以下ネタバレありオタクの気色悪い考察です。本当に気色悪いですがもしかしたら同好の士と出会えるかもと思って備忘録をしたためておきます。本当に気色悪いです。(カプ要素とかはないです)↓↓↓↓




























































    【オタク特有の早口】
    話が面白いのは当然としてキャラクター一人ひとりがものすごい魅力的すぎる捨てキャラがいないそしてそれぞれにそれぞれの過去や願いや祈りがあってああああみんな幸せになってくれだから箱推しだけど一番好きなキャラは白石です流血前提のシリアス作品において愛嬌キャラは最高ですね攻殻のタチコマとかクリマイのガルシアとか最高だよそこに白石が加わったよもちろんお茶目で愛嬌があるのは最高としてでも杉元との約束を義理堅く守るところとか日頃のおバカっぷりとのギャップでものすごく映えるねで一番すきなのは白石なんだけど推しいや箱推しなんだけど推しキャラは尾形ですよねだいたいなんだよ公式でもイケメン設定なのかよ公式Q&Aで「空前絶後のセクシー上等兵」とか呼ばれてるの大草原不可避金カムは役目を見つける物語ということだけど尾形の役目はたぶん「他者を祝福すること」だと思うんですよね「祝福される」んじゃなくて可哀想だけど「呪われ」てしまった人間が他人から無償の愛を与えてもらうっていうのは現実でも相当厳しい実際相当殺してきてしまったわけだしだからその呪われた宿命を覆すためには与えられなかった人間が無からなにかを他者に与えることだと思うんです現実でもそれはすごく難しいことなんですけど「与えられなかった」故に「呪われ」てしまったからこそ「与える」ことで運命づけられた「呪い」を真っ向から打ち砕くことができると思うんですよねまあ本誌の内容知るまではてっきりアシリパさんを守って死ぬみたいな展開だと思い込んでたんですがでもあの展開あれはあれでものっそいしんどいよね母に見向きもされず父に呪われてしまった尾形の中には多分「哀しい」がいっぱい詰まってるんですよでも愛情不足によって「哀しい」を感受する感覚器官が育たなかったから自覚はできないそれって痛覚がないだけでハラワタこぼれてるようなもんじゃんだから腹の裂けていない人を見るとつまり愛情を注がれて心が満たされている人間を見ると相対的に自分の「欠落」に気づいてしまうそして自分がものすごく「哀しい」ということを目の当たりにしなくちゃいけないから「祝福された人間」が嫌いなのかっていうか勇作もその言い方は正直ないだろ生い立ちのことがなくても狙撃手相手に「罪悪感ないやつはひとでなし」って軍人が軍人に言うか普通お前は正直ないわだから個人的には勇作に比べるとアシリパさんには心を開いてたんじゃないかってちょっと思ってるで不信感のある相手に対しても不殺を通そうとしたアシリパさんの健やかな心に相対した時自分の「哀しい」に打ちのめされそうになってあくまでアシリパさんの手を汚させようとしたんだと思うでもそもそも状況が状況だったとはいえ他の誰でもなく自分自身を殺すよう仕向けたのってやっぱり清い魂に自分の存在で一生遺る傷をつけられるのならしかも相手がアシリパさんなら尾形はもう自分の命なんかこれっぽっちも惜しくなかったんだろうなと考えるとつれええってかこの辺ちゃんと読めてないから早く9月になってくれというか19巻収録内容だよな次巻で確認できなかったら耐えられないみんな幸せになってくれ

  • クトゥルフ オンラインセッション日記【3卓目】

    2019-01-14 21:18
    いつも動画のご視聴ありがとうございます。


    最近、動画編集のほかにも趣味ができまして、以前ブログでも書いた通りクトゥルフTRPGのオンラインセッションにハマってます。
    いやー、ほんとにめちゃくちゃ楽しいです。「実はめっちゃ面白いクトゥルフ神話TRPG」が入り口だったんですが、ほんとにめっちゃおもしろい。来月も卓予定が入ってニッコリ。





    今回参加させてもらったシナリオは「バスルームの真相」リンクはPixiv)というシナリオです。
    自分の大好物、推理要素が非常に大きく、とってもワクワクしました。
    気分はクリミナルマインド、BAUよろしく行動分析官になったつもりで探索してました。防御傷とかためらい傷とか気にしてました(笑)。

    謎解きめっちゃ面白い!!

    全体としてはサスペンス調なんですが、遊べる要素も随所にあったり。
    私はカントリーマアムを2つ食べました。ごちそうさまでした。

    ロストありきで作ったPCが思いのほか成長したりもしたので、これから参加する卓が楽しみです。目星ファイアー!(86%)

    これでTRPGのセッション自体は3回目になりますが、どのセッションも本当に面白かったです(ここまで面白いしか言ってない)。
    なので、宣伝になるかはわかりませんが、TRPG(特にクトゥルフ)の布教の一環のつもりで、TRPGの面白さを記録していこうと思います。



    1、小説の登場人物になれる

    TRPG、つまり Table Role Playing Game とは、読んで字のごとく役を演じるゲームです。
    日本でRPGと言えばTVゲームのカテゴリですが、そもそも欧米ではTRPGの意味が主流だそうです。
    TVゲームと何が違うかというと、ゲームソフトは必要なし! 与えられた条件下で、自分のキャラクター(PC)を口頭、もしくは文章で操作し、ゲームをクリアする部分が大きく違います。

    で、このシステムの最も魅力的な部分は、ゲームというよりは、むしろ小説の登場人物になったつもりで、自分が物語に登場できるという点です。

    ちなにみロールプレイ、役を演じるわけなので、どっぷりつかってキャラクターの口調、癖、思考を演じることも可能です。
    しかしそこまで演技らしい演技をしなくても、自動的にキャラクターになれるんです。

    というのも、キャラクターが見聞きすることは、プレイヤーにとっても初めて知る知識なので、自動的にプレイヤー自身が出来事の視点人物になるんですね。
    なので、キャラクターを意図的に操作し物語を作っていくというより、自分自身がその出来事に遭遇するような感覚になります。
    自分が視点人物になるので、そこで行う動作も次第に、キャラクター操作というより自分自身の行動のように感じられます。この辺はFPSゲームの感覚が近いかも。

    通常のゲームなら、出来事はすべて既定の出来事ですし、小説なら、物語の流れを傍観することしかできません。

    主体的に、一人称視点で物語を体験できるという点が、TRPGならではの醍醐味だと思います。

    小説やストーリーものの作品(映画、ドラマ、アニメ等)が好きで、かつ、他人と会話することが嫌いでない人なら、新鮮で、かなり楽しい感覚だと思います。


    2、初対面の人がみんな親切

    おそらく日本においては、TRPGは一般的な知名度が低く、どちらかと言えばサブカル的な遊びだと思われます。
    ニコ動が好きな人なら、TRPGとは耳慣れた言葉かもしれませんが、普通の一般人にはそもそもニコ動が縁遠いということを、オタクはつい忘れがちです。

    ですので、身近にサブカル好きな友人がいれば友人同士で遊ぶことも可能なんですが、普通に社会人してると、そんな知人とはなかなか巡り合えません。

    となると、遊び相手を探しにネットの海を彷徨うことになります。その際、一緒にセッションする方々が初対面ということはよくあることなのですが、ゲームマネージャーも含めてみんなことどごく優しい人たちばかりなのです。

    それどころか、初経験者大歓迎! ツールの使い方から教えます! というような募集がよくあります。
    初心者に優しく、お互いに楽しめるような雰囲気がつくられている、これもTRPGの大きな魅力だと思います。

    ※中には、ひどいプレイヤーと遭遇したという経験談もありますが、少なくとも自分は出会ったことがありませんので、体感的には100%みんないい人です。


    3、無力な人間が、理不尽な状況下で何を選択するか

    最後に、これは個人的かつクトゥルフ特有の楽しみ方なのですが、クトゥルフTRPGで用いるキャラクターは、基本的には現実に存在しているような、ごくごく普通の生身の人間です。

    アクション系FPSゲームのように、銃をぶっ放してゾンビ倒したり、武器を使って敵と戦ったりということは、ほぼ不可能です。
    (戦うこと自体はできますが、大体の場合敵が人外になるので、人間の能力では全くと言っていいほど歯が立ちません)

    つまり、状況に対してはほぼ無力な人間が、何を思い、何を選ぶかという疑似体験ができるんですね。

    で、これって、まんま現実世界と同じだと思うんです。

    今生きている人間も、気づいたら生きていて、自分の名前や生まれさえ決めることができず、素質や形質のほとんどを生まれついての遺伝子によって決められている。一説によっては、知能は半分以上が遺伝子によって決定されていて、人格すらその知能との相関関係にあるといわれています。
    人格形成には遺伝子以外にも、社会的要因、環境的要因などが関わりますが、それらも自分の好きなように決めることは、ほぼ不可能です。生まれる国や経済状況などの後天的要素によっても、人間の運命はほぼ決められていると言えると思います。

    つまり考えようによっては、現実世界というのはめちゃくちゃ理不尽な状況なんですよね。
    否応なしにステータスを決められ、参加させられている舞台なわけです。

    そこで、自分自身で意図的に運命を変えようとするなら、その運命下にあることを自覚したうえで、何かを選択していかなければならないわけです。

    極端な例えをすると、過度なストレス状況下で育ち、自身を理性的にコントロールする能力があまり発達しなかった人がいるとします。
    こうした運命に生まれつけば、何かのはずみで、カッとなって傷害事件を起こしてしまう可能性が高くてもおかしくないわけです。

    ですが、その運命を自覚すれば、積極的に治療をしたり、理性を訓練したりという選択が可能になります。こうして初めて、運命を作れる、運命に抗えるというわけです。
    (この例え自体、クリマイの影響が強いですが)

    そしてこういった、選択しようという意思そのものが、いわば魂と言えるような、人間の尊さの本質だと思うんですよね。

    選ぼうという意思さえあれば、理不尽な運命に、わずかでも抵抗することができる。
    クトゥルフ神話TRPGは、そのことを再確認させてくれる、そんなゲームだと思います。

    こうやって書くと、よっぽど生まれや環境に不満があるんだろうなと思われそう。
    まあ生まれはともかく、環境にはめちゃくちゃ不満がありますけど。
    とにかく可及的速やかに5億円をくれ、話はそれからだ。




    だいぶ大仰なこと言いましたが、要はクトゥルフ神話TRPGはめっちゃ面白いということです。
    上記以外にも、キャラクターを創作するのが楽しいとか、人と話をするのが楽しいとか、楽しみ方は何通りもあります。

    先に述べた通り、知名度が低い分未経験者には敷居が高いかもしれませんが、上記のように親切な人たちばかりです。
    初対面の人と話すのがよほどストレスでない限り、強くお勧めできる趣味です。
    ていうか、初対面初対面書いてますが、WEB上でのオンラインセッションなら、実際に会うわけですらないし。
    自分も相当人見知りですが、SNS上の友人とのやり取りに近い感じなので、ほとんどストレスはありません。

    興味がありましたら、是非ルールブックをご購入ください。
    そしてTRPG人口が増えて、遊ぶ機会がもっと増えますように。

    現場からは以上です。