• 依頼絵での公開資料

    2020-10-24 14:1018時間前
    東方決闘鉄_地獄編

    以下、・が付いている文章は本作及び東方決闘鉄(作:エデン氏)のオリジナル設定。

    幻想郷

    お馴染みの桃源郷。
    ただし広く認知されている幻想郷とは幾つかの相違点がある。

    ・決闘の方法は弾幕ごっこではなくMTG(カードゲーム)による戦い。
    ・10年前は、妖怪が人間を家畜同然に扱っている非常に殺伐とした世界だった。
    ・5年前の霊夢が博麗の巫女に襲名した辺りから、徐々に人妖の融和路線が続いている。
    ・八雲 紫が妖怪の賢者の座を退き、現在の幻想郷のリーダー格は八雲 藍になっている。
    ・『異変』と呼ばれる妖怪が起こした騒動に介入してよいのは人間だけだとされている。
    ・博麗の巫女と呼ばれる役職についた少女達は『高確率で悲劇的な死を迎える』。


    地霊殿

    現在の時間軸では、原作と同様に原子力発電所による配電が主な収益源となっている。

    ・別名『地底大空洞区』。
    ・10年前までは惨然獄 イザボーという大妖怪が取り仕切る、精肉の卸売市場だった。
    ・夏でも冷涼な地底大空洞区の環境を利用した合理的な商売だったが、海のない幻想郷で精肉の流通を取り仕切られるということは、社長のイザボーが全ての人間の生殺与奪の権利を握っているのに等しく、自分の財布事情で商品を不当に値上げしたり、得た利益で愛人(希少価値の高い妖怪)を大量に囲うなどやりたい放題だった。
    ・更に当時の地底大空洞区の空調や上下水道などの複雑なパイプラインを維持管理できるのはイザボーだけであったため、イザボーの顰蹙を買った地底大空洞区の住民は息をすることさえ許されなかった。


    紅魔館

    ・レミリア・スカーレットが妹のフランドール・スカーレットの死の運命を変えるために自らがその破滅を肩代わりしたため、死亡。現在の紅魔館の当主はフランドールになっている。
    ・収益源は所謂『貿易商』、外の世界からの舶来品を『安く買って高く卸す』のが仕事。
    ・ただし恐怖を利用した流通ルート独占で辛うじて成り立っているので、マフィア同然のことも割とやっている。
    ・魔理沙とは仕事の関係で知り合った。


    ブロントさん&汚い忍者

    ニコニコ大百科の東方有頂天を参照。

    ・2人は1年ほど前にヴァナ・ディールという世界から幻想入りした冒険者。
    ・ブロントさんは博麗 霊夢と冴月 麟の2人から好意を寄せられている。


    彼岸六道(東方決闘鉄にはない本作オリジナル設定)

    ・その名の通り6人組のテロリスト集団。
    ・メンバーの大半が、ヘカーティア・マレブランケによって復活させられた死者である。
    ・幻想郷に大規模な宣戦布告を仕掛けた。


    彼岸六道に支給されている自分の素性を隠す為のコートのイメージ画像。(実際はもうちょっと薄手で涼しい素材)
    メンバーによっては着崩したりワンポイントのアクセサリーをこれに加えている。
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  • 第8話、東方決闘鉄_地獄編『冒険者』

    2020-10-04 17:40


     ブロントは博麗神社の中庭に佇み、月を見上げていた。
     ブロントの故郷にも月はあったが、
     幻想郷から見えるそれは、ヴァナ・ディールのものよりもずっと大きくて美しかった。

    「霊夢は盾なんか必要としていない、か」

     虫の声の響く夜の帳の中で、ブロントはぽつりと呟く。

     わかっていたことだ、言われるまでもなく。
     昔はどうも違ったらしいが、少なくとも今の幻想郷は平和だ。
     アルタナの民と獣人達のように、戦争が起こっているわけじゃない。
     そんな世界で剣や盾にどんな意味があるというのか。

     もう、十分だろう。

     ブロントは空を見上げる。
     台風一過の澄み渡った空気に、満点の星空が輝いていた。

    「ブロントさん」

     ブロントは振り返ると、博麗 霊夢が皿と湯呑の乗ったお盆を手に佇んでいる。
     月光に照らされた白い肌が、驚くほどに綺麗だった。

    「霊夢・・・」

    「芋名月っていうんですよ、この日は。ブロントさんもどうぞ」

    「ああ、どうも」

     霊夢から渡されたお皿には、拳大の蒸した芋が乗っていた。
     ブロントは芋を頬張りながら、月を見上げる。

     綺麗だなぁ、美味しいなぁ、などと。
     取り留めもない感想しか沸いてこなかった。

    「どこにも行かないでくださいね」

    「え?」

     ブロントは振り返る。
     霊夢は湯呑を両手に持って、ブロントの隣に寄り添った。

    「私はブロントさんが傍にいてくれるだけで満足なんですから」

     ブロントはしばし呆然とした後、芋を一口で頬張ってお茶で流し込む。
     お茶の温度は思ったより熱く、口の中を少し火傷をした。

    「すまにぃな、霊夢・・・」

     ブロントは後ろに一歩退いて、霊夢から少し距離を取る。
     もう迷わない、心は決まっていた。

    「俺はもう、博麗のLSのままじゃいられない」

     ブロントは俯き、つっかえつっかえながらも自分の言葉で霊夢に告げた。

    「ここ一ヶ月で随分思い知らされた。俺は結局、異世界から来た流れ者なんだ。
     その中でも冒険者という、戦いの中でしか役目を見いだせない類の人間だ」

     ブロントは上目がちに霊夢の顔を覗き込む。
     霊夢は縁側に腰掛けると、ただ黙って聞いてくれていた。

    「霊夢や麟みたいな真面目な女子は、
     俺みたいな不良タイポがかっこよく見えているのかも知れないけれど・・・。
     錯覚なんだよ、そういうのは。自分と違う性格の奴に憧れてるだけなんだ」

     ブロントは大きく深呼吸をする。

     情けなさと後ろめたさで思わず顔が引きつりそうになるが、
     それでも必死で真剣な表情を保っていた。

    「これから幻想郷でジョブを見つけて、霊夢と結婚して、子供を育てて・・・。
     やっぱりそんな未来、俺には想像できにぃよ。俺は、霊夢に相応しい男にはなれないんだ」

     ブロントは拳を握りしめて霊夢を真っ直ぐに見つめる。

    「でもな、霊夢。こんな話の後じゃ信じてもらえないだろうけど、これだけは言わせてくれ。
     例えブロントさんが博麗のメイン盾じゃなくなっても、お前は俺の一番の友達だ」

     ブロントはまるで叫ぶように、必死で自分の言葉を訴える。

    「助けが欲しくなったらいつでも呼んで欲しい。
     俺はお前のためなら、どんな敵が相手でも全力で戦うから!
     博麗の巫女のメイン盾じゃなくなっても、全力でお前のことを守るから!」

     霊夢は何も言わなかった。
     ブロントは大きく息をついて、意気消沈したように肩を落とした。

    「なんか、上手く言えなくてごめんな・・・」

    「そうですか」

     霊夢はゆっくりとお茶を啜って湯呑を空にすると、お盆の上に戻した。

    「それじゃあ、仕方ないですよね」

    「本当にごめん・・・」

     ブロントは心の底から悲しくなる。
    『甲斐性なし』、今の自分に相応しい言葉はそれしかなかった。

     霊夢は縁側から立ち上がると、トコトコとブロントの傍へ歩み寄る。

    「ねえ、ブロントさん。私が助けを呼んだらいつでも来てくれるんですよね?」

    「あ、ああ・・・。勿論だべ!!」

    「それじゃあ、もし。私が一人ぼっちで寂しくて、眠れない夜があったら」

     霊夢は艶っぽい表情でにっこりと微笑むと、下からブロントの顔を覗き込んだ。

    「一緒に眠ってくれますか?」

    「え? あ、いや・・・! そ、それは・・・!」

     ブロントはぐるぐると目を泳がせながらも慌てふためくが、
     やがて凛々しい表情になって霊夢の方を見つめる。

    「も、もちろ――」

    「冗談ですよ」

    「へぁ!?」

     霊夢はニヤニヤと笑って、誂うようにブロントから一歩離れる。

    「本当に男の人ってしょうがないですね」

    「うう・・・。そーだな、本当にしょうがにぃよな・・・」

     霊夢は自信に満ちたような表情でブロントに笑いかける。
     かつて『人形』とまで呼ばれた、自我のない少女の儚さはなかった。

    「ブロントさんの話はわかりました。でも諦めませんよ、私。
     どれだけ時間がかかっても、絶対にブロントさんを手に入れてみせますから」

    「気持ちは嬉しいけど、もったいない気がするべ。霊夢はもう人里でも大人気だろうに」

    「それはあなたのお陰ですよ、ブロントさん」

    「俺なんかしたっけ・・・?」

    「私に人を信じるということを教えてくれた。
     紫以外の誰かにも心を開いてもいいんだって、そう思えるようになりました」

     安堵を隠しきれないような緩んだ表情のブロントに、霊夢はウインクした。

    「だから私が少しだけチャーミングになれたのは、あなたのお陰です。
     本当にありがとう、ブロントさん」

    「霊夢、本当に――」

    「もういいですってば、私は感謝してるんですから」

     ブロントの謝罪を遮ると、霊夢は再び縁側に腰掛けてデッキを取り出した。

    「戦うんでしょう、ブロントさんと同じ世界から幻想入りした人と」

    「多分な」

     ブロントもまた湯呑を置くと、霊夢から少し距離を取って縁側に腰掛けた。

    「あいつ、俺の仲間だったんだ」

    「らしいですね」

     ブロントは空を見上げ、一つだけ深呼吸した。

    「あいつらが故郷に残って地獄を見ていたのに。
     俺はそんなことも露知らず、幻想郷で楽しく過ごしてた。
     霊夢や麟達と新しくLSを作って、自分は正しいことをやってるんだって信じて戦って、
     こんな充実した幸せな生活がずっと続いてくんだって、そんな風に考えながら生きてた。
     情けねぇべ、結局俺は一番守らなきゃいけないものを守れてなかった。
     こんなの盾でもナイトでもにい」

    「しょうがないですよ、幻想郷はそういう所なんですから」

    「そおだな・・・。
     でもブロントさんは幻想郷の住人のである前に、ヴァナ・ディールの冒険者だから。
     喧嘩チームDRAKの、メイン盾だから。
     だからあいつとは、ちゃんと戦って決着を付けなきゃいけないんだ」

     ブロントは鎧の内ポケットに仕舞っていた一冊の本を取り出す。
     その本のタイトルを何度か見返すと、自分に言い聞かせるように言った。

    「これは全部、俺が始めた物語だから」

     霊夢はしばし黙りこくると、ブロントへ微笑んで手をひらひらと振った。

    「いってらっしゃい、ブロントさん。頑張ってくださいね」

    「おう、いってくるべ!」


     ――


     月の美しい夜だった。
     博麗神社の屋根の上に、3人の人影がある。

    「盗み聞きたあ、いい趣味してんじゃねぇかよ。萃香ちゃん」

     その中の一人、長身の男が小柄な少女に軽口を叩いた。

    「変な言いがかりつけんなよ、忍者野郎。
     私はたまたまここで酒飲んでただけだから。
     なのにあいつらが下で勝手におっ始めて、気を使って隠れてただけだし。
     それを言うなら、そこの妖怪は何なんだよ」

    「私は盗み聞きが趣味だもん」

     屋根の上の盗聴三人組。
     汚い忍者、伊吹 萃香、八雲 紫が互いの顔を見合わせた。
     萃香は瓢箪から酒を煽ると、ニヤニヤと笑って紫に声をかける。

    「ちょいとばかし紆余曲折はあったが、思惑通りあの首長が霊夢を諦めたなぁ。
     お前にとっては万々歳だろ? 紫」

    「ええ、そうね・・・。でも、今更ながら、ちょっとだけ見直したわ。
     幻想郷に来ても故郷のことを忘れずにいられるなんて、中々できることじゃないから」

    「ははは、違ぇねえ。私はそんなの無理だったしな」

     萃香は月を見上げると、再び瓢箪から酒を煽った。

    「私は自分が外の世界でやってきたことなんて忘れて、幻想郷で楽しく酔っ払ってたよ。
     外の世界に残してきた仲間のことなんて、とっくの昔に忘れちまった」

     萃香は1つしゃっくりをすると、とろんとした目でぽつりと呟いた。

    「羨ましいな、正直。私もそんな風に生きたかった」

    「へっ、かっこつけてくれるじゃねぇか」

     忍者は満足そうに笑うと、黒塗りの目線を取り外した。

    「暗黒のことは頼んだぜ、リーダー」


  • 第7話、東方決闘鉄_地獄編『休憩室にて』

    2020-10-04 00:02


     その日は土砂降りの雨だった。
     早朝未明、第6回決闘大会人里杯の4日目の予定が急遽延期されたとの報が伝わった。

     幻想郷の政治の中枢機関『七夜殿』。
     普段はだらだらと取り留めのない議論を続けていた賢者達だが、
     本日は火急の様子で集まり、緊急会議が開かれる。

     信仰を得るための神々の祭事は、今やテロリスト集団『彼岸六道』に完全に乗っ取られた。
    「これは人々の厭世観に漬け込んで信仰心を得ようとした神々への、天罰なのだろうか?」
    「人妖の閉塞感を放置したが故に、本当に幻想郷を滅ぼす存在が現れたのだろうか?」
     そんな終末論じみた意見が、大真面目で展開されていた。

    「馬鹿みたい」

     証人喚問として七夜殿へ招集されていた博麗 霊夢は大きくため息を付いた。
     腰掛けたパイプ椅子がギシリと鳴って、寒々しい休憩室を余計に広く感じさせる。
     会議ではうんざりするくらいに質問攻めに遭ったが、
     賢者達は霊夢の質問には一切答えてくれなかった。
     まるで自分以外の全員が、はっきりと思い当たる節があるように。

     否、馬鹿は自分だ。
     異変の兆候は明らかにあった、それを調査するだけの十分な時間も。

     けれども自分は出遅れたのだ、楽しいお祭りに浮かれて。
     気後れて、出遅れて、手遅れになって。彼岸六道に先手を取られた。
     その結果、一歩間違えば紫は殺されていた。
     あれだけ必死になって守った自分の家族の命を、あっさり奪われていた。
     その事実が霊夢の精神を重々しく苛んだ。

     実のところ、彼岸六道の襲撃と現在人里を襲っている厭世観に
     ほとんど因果関係はないのだが、勝手に事象を結び付けて自分を責めてしまう程度には、
     霊夢も今回の事態を重く受け止めていた。

     コンコンコンと、虚空にノック音が響き渡る。
     何も知らない者が見れば正体不明のラップ現象だが、霊夢はこれの正体をよく知っていた。

    「いいわよ、紫。入ってきても」

     遠慮がちに虚空に裂け目が走り、スキマが開かれる。
     そこには負傷した左腕に痛々しく包帯の巻かれた、
     今にも死にそうな顔の大妖怪・八雲 紫が立っていた。

    「霊夢、やっぱり私は考えたんだけれどね」

     紫はどんよりと曇った表情で、霊夢の向かいのソファーに腰掛ける。
     その様子から、紫が片腕を失う以上に深刻な秘密を抱え込んでいることは明らかだった。

    「彼岸六道との決闘、辞退してもいいのよ。あなたが戦う必要なんて無い」

    「駄目よ、紫。他のみんなはともかく、私だけはそれをやっちゃ駄目。
     博麗の巫女が異変を真っ先に投げ出しちゃ示しがつかないわ」

     霊夢は痛いくらいに真っ直ぐに、死んだ魚のような目をした紫見つめた。

    「異変の解決が博麗の巫女の最大の役目なんでしょう?
     何だったら、彼岸六道の全員を私が倒すべきなんだから」

    「それはそうだけれど・・・。
     世間体の話をするのなら、私が彼女と・・・『地獄道』の魅魔と戦ってもいいの。
     それなら誰も文句は言わないはずよ」

    「紫、魅魔さんって博麗の関係者なんでしょ?」

     それは図星だったようで、紫が悲しげに眉を顰めた。
     こんなの直感に優れた霊夢じゃなくてもわかる。
     妖怪の賢者達は、魅魔の存在を隠蔽したいのだ。

    「教えて、紫。どうしてあの彼岸六道・・・魅魔さんはあなたを襲ったの?」

    「私が恨まれるようなことをしてきたからよ・・・」

     紫は重々しく口を開き、懺悔にも似た様子で霊夢に語った。

     悪霊、魅魔。
     彼女の生前の名前は、博麗 未(はくれい ひつじ)。
     彼女は20年前の、霊夢から数えて3代前の博麗の巫女だった、と。

     紫は深いため息を1つ付いた後。
     今にも泣きそうな顔で、霊夢を見返す。

    「彼女は多少性格に難はあるものの、実に優秀な博麗の巫女だった。
     けれども優秀すぎた、そして幻想郷を愛しすぎた。
     彼女は世代交代の時期に入っても、
     頑として博麗の巫女の座を後継に譲ろうとはしなかった。
     ずっとその地位にしがみつき、『時間切れ』を迎えてしまった・・・」

    「時間切れ、か・・・。未さんって、ずいぶん長いこと博麗の巫女をやってたのね」

    「ええ、そうね・・・。私の知る限りでは最長記録だわ。
     あなたも知っているでしょうけれど、博麗の結界術の才能には期限がある。
     博麗の巫女は成年を迎えた辺りから徐々に力が弱まっていき、
     やがて完全に普通の人間に戻る。
     多少、例外のある者はいたけれど、彼女は例外ではなかった・・・」

     紫は悲しげに俯き、どこか懐かしむような様子で言葉を続ける。

    「晩年の彼女はほとんど結界術を使えず、腕っぷしだけで妖怪と戦っていた。
     博麗の巫女である自分が、力を失って普通の人間に戻ってしまう。
     彼女にとってそれは死ぬより辛いことだったのでしょうね。
     彼女は幻想郷の『禁忌』に手を染め、自らの魂を妖怪へと転生させた」

    「ああ、なるほど」

     霊夢は頷き、優しく相槌を打った。

    「隠蔽したくもなるわよね、そりゃ」

    「当時の私は激怒した。
     徹底的に彼女を叩きのめした後、博麗の巫女の地位を剥奪して、人里へ追放した。
     人里が彼女を受け入れることはなかった。
     人間達は彼女を『化け物』と恐れて、石を投げた。
     かといって・・・、彼女は妖怪や神格達にも受け入れられなかった。
     当時の博麗の巫女は、妖怪達から酷く憎まれていたから。
     彼女はその後、八つ裂きにされた死体で発見されるんだけれど、
     それをやったのが人間なのか妖怪なのかも定かではないわ・・・」

     紫は開き直ったかのように嘲笑を浮かべる。

    「失望した? でもわかったでしょう。これは全部、私の因果応報なの。
     時代は変わった。価値観も、博麗の巫女のシステムも。
     だから霊夢、これはあなたには全然関係のない話。
     私が過去の罪を精算する、かつての幻想郷の欺瞞と決着をつける」

    「駄目よ、紫。そんなの。死ぬことは、罪滅ぼしになんかならないわ。
     あなたは魅魔さんと戦わせてあげない、だって最初から負ける気で挑むんでしょ?」

     それもまた、彼女にとって図星だったのだろう。
     紫は戸惑うように慄き、視線を泳がせた。

    「そんなことは絶対にさせない、私達が必ずあなたを守る。
     紫にはまだまだ、いっぱい楽しいことをして欲しいから」

    「霊夢、私は――」

    「もう行くね、また出遅れるわけにはいかないから」

     縋り付くような様子の紫を残し、霊夢は休憩室から出ていった。

     ・

     正門へと続く七夜殿の長い長い廊下の途中で、霊夢は独り言にも似た様子でポツリと呟く。

    「橙、やっぱり来てくれてたんだ」

     するすると空間に裂け目が入る。
     現在の博麗の巫女の担当である猫又の大妖怪、八雲 橙が顔を出した。

    「にししししっ! やっほ、霊夢さん!
     そろそろ私のスキマ能力をご用命なんじゃないかと思ってね」

    「流石、あなたは優秀よね。早速、連れて行って欲しい場所があるんだけど」

    「うんうん、あそこだよね!
     それじゃあ『ちぇんちぇんどこでもドア』、1名様ごあんなーい!」

     悪戯っぽい笑みを浮かべた橙は、抱きつくようにして霊夢を引っ張り上げる。
     宙に浮いたスキマの中に、二人の姿は消えていった。


     ――


     不気味なくらいの静寂が続いていた。
     各勢力の有力者達が、彼岸六道に宣戦布告を受けてから3日後の夜。

     証人喚問で散々質問攻めをされた後のブロントは、休憩室の机に座ってため息を付いた。
     異世界の彼岸六道の関係者と言うだけあって、
     ブロントの証人喚問は他の者達よりもずっと長かった。

     コツン、と音がして机に何かが置かれる。
     それは七夜殿の自販機で販売されているコーヒー牛乳の瓶だった。

    「よぉ」

    「忍者か・・・」

     そこにはかつての自分の宿敵、汚い忍者がいちご牛乳の瓶を片手に佇んでいた。

    「一服していいか? なんか色々疲れちまってよ」

     忍者は返事も聞かず、壁にもたれかかっていちご牛乳の蓋を開ける。

    「おもえ、知ってたのか? 暗黒のこと」

    「んなわけねぇだろ。ヴァナがあんなことになってるなんて知ってたら、
     テメーの首に縄を括り付けてでも、一緒に帰ってたぜ」

     忍者は瓶を煽ると、一息でいちご牛乳を飲み干してしまう。
    「んだよ、思ったより量ねぇな」と、どうでも良さそうに空になった瓶を振った。

    「おもえ、今までどこ行ってたんだよ。
     暗黒のこと話し合いたかったのに、全然連絡つかにぃし」

    「そりゃ悪かったな。八雲に土下座して、ヴァナのことを探って貰ってたんだよ。
     あいつが俺達よりも先に幻想郷に来てたってことは、
     もしかしたら時間の流れが逆行してんじゃねぇかって思ってな。
     過去と未来が逆になってるんじゃねぇかって、
     今からヴァナに戻れば間に合うんじゃねぇかって。
     そうであって欲しかったぜ、切実によ・・・」

     忍者は自嘲するように笑うと、空の瓶で壁をコンコンと叩いた。

    「俺達があいつより遅れて幻想入りしたのは、単なるタイムラグなんだと。
     偶にあるらしいぜ、その世界で存在が幻想になっても、
     噂やら伝説やらで中々忘れ去られずに、幻想郷で実体化するのが遅れるってことは。
     ヴァナの様子は、あいつの言ってた通りだったよ。もう手遅れみてぇだ、何もかもがな」

     忍者は乾いた笑いを上げると、背にした壁に体重を預ける。
     壁に擦れながら、忍者の身体が少しずつ滑り落ちてく。

    「そりゃ、わかってたさ。ヴァナはもう長くねぇって。
     けどまさかあいつら諸共、全部消えてなくなっちまうなんて思わねぇじゃねぇかよ・・・」

     忍者は滑り落ち、やがて壊れた玩具ように床に尻餅をついた。

    「笑えてくるぜ、マジで。
     こんなことなら、ずっとあの偽物の幻想郷に引きこもってりゃよかった」

    「忍者・・・」

    「ははは、ははははは・・・。お前も笑えよブロント。
     俺達がやってきたこと、全部意味のねぇ茶番劇だったんだぜ」

     忍者は壁に後頭部を預け、天井を見上げた。

    「俺は古明地を守るために惨然獄をぶちのめす、そういう契約だからな。
     その後はどうなろうが知ったこっちゃねぇし。
     だがブロント。お前の場合は、ちっとばかし事情が違ってくるよな」

     忍者はブロントの方を真っ直ぐ見つめて、黒塗りの目線を外す。
     目線の外れたその瞳は、自棄と確証が混ざりあったような複雑な色合いをしていた。

    「あいつが闇の王になるのを、指を咥えて見てるのは論外だがよ。
     博麗を諦めろっていうあいつの提案に乗るのは、正直、俺はアリだと思うぜ」

     ブロントは冗談めかして笑う。

    「はwww? おもえも嫉妬ですかwww?
     自分にリア女の彼女いないからって僻むなよwww」

    「博麗は強い、俺達みたいなチンピラなんかよりもよっぽどな。
     博麗に勝てる奴なんて、もう幻想郷には存在しねーんじゃねぇのか?」

     忍者はブロントの言葉を無視し、話を続ける。

    「本当はとっくに気付いてんだろ、博麗は盾なんか必要としてねぇって。
     なあ、いつまで腰巾着やってるつもりなんだよ、ナイト様。
     今回の異変も博麗のケツを追っかけて参加すんのか?
     博麗を守るため幻想郷を守るためで、あいつのこともぶちのめしちまうのか?」

     忍者は空の瓶を握りしめると、ブロントを真っ直ぐに見つめて問いかける。

    「今のお前にとって、あいつはもう、ただの敵でしかねーのかよ・・・」

     長い長い沈黙が流れた。
     返事のないブロントに愛想を尽かしたように、忍者は軽く笑って立ち上がる。

    「へっ。悪い、言い過ぎたな。ただの八つ当たりだ、忘れてくれ。
     俺も実際の所、かなり参ってるみてぇなんだ」

     忍者は照れ隠しのように黒塗りの目線を付け直すと、休憩室の入口へ向かう。

    「足を引っ張るようなこと言って悪かったな、あばよ」

    「忍者!!」

     ブロントは机を叩いて勢いよく立ち上がる。

    「彼岸六道なんかに負けるなよ! おもえはまだ死んでいいやつじゃない!」

     忍者は肩越しに振り返ると、小憎たらしい笑みを浮かべて額当てに人差し指を当てた。

    「はっ、誰に言ってやがる。テメーこそ変な仏心出して足元掬われるんじゃねぇぞ」

     忍者は休憩室から出ていく。
     ブロントはただ立ち尽くして、ずっとその背中を見つめていた。