第3話 東方魔導札 ―壺中の天地と緋想天―
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第3話 東方魔導札 ―壺中の天地と緋想天―

2019-09-16 11:02


     あの子のようになりたくて。
     あの子の存在に近付きたくて。


     幼き日の私は、『魔王綺譚』という一冊の本に心を奪われた。
     ジャンルは伝奇小説。
     主人公『マリー』とその仲間が力を合わせて、復活した魔王に立ち向かう英雄譚だ。
     今なお完結していない長編作品だが、その構成は比較的単純で区切りがいい。
     魔王綺譚は一巻に一章ずつ物語が分けられており、
     その章毎にゲストキャラクターとゲストキャラクターに因縁のあるボスが登場し、
     マリーとゲストキャラクターが友情を深めてボスと対決するというのが話のメインだ。
     最後の敵であるはず魔王は、その存在を匂わせるだけで未だに登場していない。
     もしもこの魔王綺譚に最大のネタバレがあるとするなら、それは魔王の正体だろう。


     物語の面白さもさることながら、私はこの魔王綺譚が、
     私と同い年の女の子が書いた物語だという事実に何よりも惹きつけられた。

     こんなに面白い物語が書ける女の子がいるんだ。
     大人顔負けの知識を持っている天才少女作家が実在するんだ。

     まるで街頭に誘引される羽虫達のように、凡人は天才に寄って集っていくものだ。
     数多の凡人達と同じように、私は博麗 玲夢という一人の天才に魅了された。

     だからこそ、同じ教導院に彼女がいたと知った時は、心臓が止まるのかと思った。
     後ろ髪を引かれるような思いで地上の教導院に嫌々入学したことなんて、
     その時だけは頭から消し飛んで、ただひたすらに興奮した。

     同じクラスに配属された時は、運命だとさえ思った。
     私は彼女と引き合わせられるのが天の意志なのだと、本気でそう考えていた。

     けれど。

    「博麗さんって、もしかしてあの博麗さん!?」
    「すごーい! 私、大ファンなんです! 魔王綺譚、全部初版で持ってます!」
    「サインしてください!」

     魔王綺譚に魅せられた羽虫は、私以外に幾らでもいた。
     天の意志なんてどこにもなかった。私はただの、みっともない勘違い女だったのだ。

     それから私は、中古のノートパソコンを買って、物語を書くことに没頭した。
     私はお前達とは違うんだ、私は魔王綺譚の光に誰よりも近付いて見せるんだ。
     まるで譫言のように、私はそう繰り返した。

     元々文章を書くことは好きだったが、本格的に物語を書くようになってからは、
     私は魔王綺譚の作者である博麗 玲夢を徹底的に研究した。
     ストーリーを解剖して、世界観を分解して、文体を統計して、インタビューを分析して、
     特に気に入っていた巻は写経さえした。

     そして私はいつしか、博麗 玲夢の完全なコピーになることが目的になっていた。

     わかっている。
     こんなの全然、アートじゃない。
     仮に博麗 玲夢と全く同じ技術を身につけられたところで、
     私は絶対に博麗 玲夢になることなんてできないだろう。

     それでも。

     せめて空想の世界の中では博麗さんの隣に並びたくて。
     せめて物語の中では博麗さんと友達になりたくて。

     そして私は1つの物語を完成させて、出版社の賞に応募した。
     タイトルは『英雄物語』。
     なんのことはない、ストーリーと登場人物以外は魔王綺譚の丸パクリだ。
     博麗 玲夢の、完全なデッドコピーだ。

     そして私は今、玄関の扉に背を預けながら、携帯電話を握りしめている。
     絶望に満ちた、惨憺たる思いで知らせを待っている。

    「馬鹿みたい・・・」

     本当に、馬鹿みたいだ。
     今日、嫌というほどに思い知らされた。
     私は博麗 玲夢になれっこないのだ。

     多分、英雄物語も落選していることだろう。
     他でもない、魔王綺譚の版権を持っている出版社が公募している賞なのだから、
     英雄物語が魔王綺譚のコピーであることなどバレないわけがない。

     それでも諦めきれなかった、どうしても諦めたくなかった。
     コピーでこそあったものの、英雄物語は私が魂を込めて書いた作品には違いがないのだ。
     評価されて欲しかった、認めて欲しかった。
     私は――

     その時、携帯電話が鳴った。

     肩が大きく跳ねて、私は慌てて画面を確認する。

    「知らない番号だ・・・!」

     まさか、まさか、まさか、まさか・・・。
     私はゴクリと生唾を飲み、通話のアイコンをタップした。

    「はい、もしもし! ひ、比那名居です!」

    「もしもし、こちら北枕社の編集部です。
     ははは。声がお若い、本当に学生さんだったんですね」

     脚が震える、呼吸が荒くなる、手にはじんわりと汗が握る。
     震える私に、電話先の女性は明朗に告げた。

    「おめでとうございます! 比那名居さんの『英雄物語』、見事入賞しました!
     私はこれからあなたの担当編集になる『胡蝶』と申します。よろしくお願いします!
     挨拶とこれからの打ち合わせに伺いたいので、ご都合のいい時間はありますか?」

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