第8話 東方魔導札 ―壺中の天地と緋想天―
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第8話 東方魔導札 ―壺中の天地と緋想天―

2019-11-17 22:19

     私達が互いのことを、『天ちゃん』『玲ちゃん』と呼び合うようになって、
     一週間ばかりが過ぎた頃。
     すっかりお馴染となった喫茶店にて、事件は起こっていた。

     私の友達、博麗 玲夢。
     私の恩人、胡蝶編集。

     その二人はテーブルを挟んで睨み合い、火花を散らしていた。
     今にも取っ組み合いの喧嘩に発展してしまいそうだ。
     惨めな私は、その二人の間で右往左往している。
     ああ、なんでこんなことに・・・。

    「博麗先生、正直に申し上げますとね」

     胡蝶さんは普段からは考えられないような厳しい目つきで、玲夢を睨みつけている。

    「酷い提案だと言わざるを得ません。読者に対する裏切り行為ですよ、これは」

    「天ちゃんが書いた作品を、私が書いたって騙すのは裏切り行為じゃないんですか?」

     胡蝶さんは苦虫を噛み潰したように顔を顰めると、深々と溜め息をつく。
     そしてまるで詰問するように、私の方へ訝し気な視線を向けた。

    「あなたはどうなんですか、比那名居先生。
     これはあなたが望んでやっていることなんですか?」

     心臓がバクバクする、足が震える。
     こんな修羅場、生まれてこの方初めてだ。

    「『魔王綺譚の著作権を、博麗先生から比那名居先生へ委譲する』。
     魔王綺譚は正真正銘、あなた自身の作品になる。
     そんなことがあっていいと、本気で思っているんですか?」

    「あのっ! わた、私は・・・!」

     玲夢もまた、ジッとこちらを見つめている。
     その真摯な視線に晒されていては、私は嘘をつくことなんてできなかった。

    「そうです。これが玲ちゃんと私で、話し合った結論です・・・!」

     胡蝶さんはまた大きく溜息をついた。


     ――


    『ねえ、天ちゃん。明日、北枕社に殴り込みに行こう。
     天ちゃんを本当の意味で作家デビューさせるために』

     玲夢の犯行予告は、昨日の夜、突然電話で告げられた。
     原稿に疲れて思考が覚束なくなっていた私は、二つ返事でそれを了解してしまったのだ。
     なにやってんだ。アホか、昨日の私。
     私は今更ながらに、後悔の念が沸き上がるのを感じていた。


     ――

     

     胡蝶さんは黄金色の髪が流れる頭をガジガジと掻くと、
     怪訝な目で零夢の方を見つめた。

    「つまり、こういうことですよね、博麗先生。
     本格的にあなたは著者の立場から身を引いて、
     魔王綺譚を比那名居先生の作品にしてしまうわけですか?」

    「はい。どうしてもって言うなら、原案とか共著に私の名前を入れてもいいですけど。
     それでも作者は天ちゃんの名義で出してください」

     玲夢は原稿に手を置き、真っ直ぐに胡蝶さんを見つめた。

    「これは、天ちゃんが書いた物語です」

     胡蝶さんは指先で何度かテーブルを叩いた後、コーヒーを一口飲んで瞳を閉じた。
     しばしの沈黙の後、胡蝶さんは薄っすらと目を開けて、私を見つめる。

    「断るなら今ですよ、比那名居先生。このタイミングを逃したら、もう後戻りはできません」

     まるで最後通牒を突き付けるように、厳かな口調で胡蝶さんは私に告げた。

    「作者が挿げ替えられたとなれば、まず間違いなく読者の目は厳しくなります。
     博麗先生と比較されますし、古参のファンからの顰蹙も買うでしょう。
     酷い批判や、炎上なんかもあるかもしれません。
     それを承知の上で、あなたは魔王綺譚の作者になりたいんですか?」

     口がカラカラだ、呼吸が苦しい。
     体の芯が鉛になってしまったかのように重かった。
     それでも。

    「私は――」

     それでも、抑えきれなかった。

    「なりたいです。この物語の作者に、私はなりたいです」 


     ――


     すっかり夜も更けてしまった。
     私と玲夢は、千鳥足で喫茶店から出て来る。

     やってしまった、言ってしまった。
     もう後戻りは、できない。

     それでも。

    「天ちゃん」

     玲夢は悪戯っぽく笑うと、私の肩を叩いた。

    「やったね」

    「うん」

     私の心は、かつてないほどにワクワクしていた。

    「絶対に良い作品にするよ!!」

     あの後、胡蝶さんは意外にもすんなりと、私達の提案を認めてくれた。
     権利関係や印税の割合とかのよくわからない話をした後、
     最後は笑顔で「頑張ってくださいね、比那名居先生」と言って。
     私達の分の会計も済ませて、喫茶店から出て行った。

    「それにしてもさ、ビックリしたよ。
     まさか本当に私が魔王綺譚の作者になっちゃうなんてね」

     冗談めかして言ってみたが、玲夢の歩みはピタリと止まった。
     何台もの自動車がゴゥと音を立てて、車道を通り過ぎていく。

    「本当はね、最初からこうするつもりだったんだ」

    「えっ?」

    「ゴーストライターに依頼するってことになる、ずっと前から。
     決めてたんだ。信頼できる人が現れたら、その人に私の夢を託そうって」

     玲夢はどこか寂しそうに、私に微笑みかけた。

    「私は物書きを辞めるよ」

    「な・・・」

     頭が一気に冷えていった。

    「なんっ、で・・・!?」

    「私はね小さい頃からずっと、作家になりたかった。
     自分の頭の中にあるこの素敵な世界を、誰かと一緒に共有したくて」

     幾つものヘッドライトが行き交った。
     その度毎に照らされる玲夢の顔は、ビックリするぐらい綺麗だ。

    「そ、それじゃあ!」

    「でもね、駄目なんだ。私は家業を継がないといけないから。
     私は博麗の家の長子で、これから立派な陰陽師にならないといけないから」

    「そんな・・・」

     私は俯き、絶句する。
     甘く見ていた、玲夢のことを。あの子は何でもできていいなって、軽く考えていた。
     違ったんだ。
     彼女は私が考えていた以上に、とんでもない重荷を背負って生きていたんだ。

    「ねえ、天ちゃん」

     玲夢はおもむろに私を抱き寄せた。
     彼女の服からは微かに、古いお香のような匂いがした。

    「あなたに預けるよ。私の夢と、私の人生の半分を。
     別に、途中で駄目にしてもいいからさ。今は何も言わずに受け取ってくれないかな」

     迷いはあった、躊躇もあった、けれども私は・・・。

    「わかった」

     私は博麗さんの細い体を、強く強く抱き寄せた。

    「約束する。あなたの夢、私が必ず叶えて見せるから!」 

     博麗さんの温かい掌が、私の髪を撫でた。

    「ありがとね、天ちゃん」


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