第10話 東方魔導札 ―壺中の天地と緋想天―
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

第10話 東方魔導札 ―壺中の天地と緋想天―

2019-12-08 22:58



    「う、うわあああっ!!」

     身の毛がよだった。
     突然のイレギュラーな事態に理性を失い、私は半ば反射的に緋想の剣を振り回す。

     けれども刃は虚しく空を切るだけだ。

     彼女は5間ほど離れた場所へ再び瞬間移動し、
     まるで舞いを踊っているかのように優雅に着地した。

    「雑な斬撃ですねぇ。兵士なんてやめて、作家に専念されたらどうですか?」

     こいつ・・・っ!

     私は昂ぶる気質を呼吸でどうにか整え無理に笑みを作ると、
     緋想の剣を上段に構えた。

    「そりゃあ失礼、何分斬ったり突いたりは不得手なものでね。
     緋想の剣は・・・、こう使うんだから!」

     周囲の気質が渦を巻くように緋想の剣に吸い込まれていく。
     紅い刃は煌々と輝き、熱を帯びた。

    「壱の太刀――」

     私は柄を握る手に力を込めると。
     スカした表情の彼女へ向けて、思い切りその刃を振り下ろした。

    「緋想天!!」

     緋想の剣が巻き込んだ気質が、まるでオーロラの如き光を放ち、
     極大の光線となって、地面を穿ちながら彼女の元へ突き進む。
     だが私の渾身の一撃を見てなお、彼女の余裕か崩れることはなかった。 

    「羅門遁甲、和しぐれ」

     彼女はぐるりと回るように両手の鉄扇を煽ると。
     緋想天はそのド派手なエフェクトがまるで嘘のように、
     あっさりと鉄扇の起こした微風によって吹き消されてしまう。
     その様子はさながら、火焔の山を鎮めた芭蕉扇のようだった。

    「これも得手ではないようですね。さて、それは一体どう使うんですか?」

    「ぐっ・・・!」

     私は歯ぎしりをして、食い入るように彼女を見つめる。

     そんな馬鹿な、私の奥義の緋想天があんな下級の魔法で相殺されるなんて・・・。
     いや、違う。
    『緋想天だから打ち消された』んだ。

     私は慌てて周囲に気を張り、状況を確認する。

     やっぱり・・・。ここは、夢幻園は気質が薄すぎる。
     気質を吸収して放出する緋想天が、まるで威力が出ないんだ!

    「はっ、はっ・・・」

     落ち着け・・・。ここで動揺したら、それこそ彼女の思う壺だ。
     周囲の気質が薄いだけなら、他にも戦いようはある。

    「それならこれはどうかしら」

     緋想の剣からまるで絵の具が流れ落ちるように赤みが抜けていき。
     その刀身は、硝子のように透き通った空色へと変化する。

    「悟の太刀、色即絶空!!」

     何も存在しない場所でこそ真価を発揮する、第五の秘剣は不発に終わった。
     いや。不発どころじゃない異常事態が、私の目の前で起きていた。

    「え・・・?」

     霞の構えで握られた緋想の剣は、文字通り霞の如く私の手から消え去った。
     そして、目の前の彼女の右手には。
     ご丁寧にもしっかり色変わりのした緋想の剣が握られていたのだ。

     無刀取り、された・・・。あの一瞬で!?

    「アメィジーング、色変わりする剣とは世にも珍しや。
     いや・・・、大して珍しくもないですかね?
     似たようなのが150年程前にも、あったようななかったような」

     彼女はまるで珍しい玩具でも手に入れたかのように、
     面白そうに緋想の剣の刀身を透かして夕日を眺めている。

     自分の武器が相手に奪われる、剣士としては最低最悪の事態だ。
     けれど重要なのはそこじゃない・・・。
     あいつ、あの場から全く動かずに緋想の剣を奪った!!
     まさかテレポーテーション(瞬間移動)だけじゃなくて、
     トランスポーテーション(物質転送)も使いこなせるのか!?

     私の動揺を見透かしたかのように、彼女はこちらを見つめてにんまりと笑った。

    「おやおや、比那名居先生。私の術が気になるようですね。
     教えてあげましょうか? 言っておきますけれど催眠術だとか超スピードだとか・・・。
     そんなちゃっちいモノじゃあ、断じてないんですよぉ」

     彼女の背後に、まるでワームホールのように5つの穴が開く。
     学校、自宅、行きつけの喫茶店、朧書店、バクバク亭。
     私にとっては見慣れた光景が、
     まるでスクリーンショットでも貼られたかのようにそこに広がっていた。

    「私ができるのは『レイヤー編集』です。
     時空を超えて、地平を超えて。
     私はいついかなる時でも、誰かの背後に存在することができるんです」

     余りにも突飛な話に、理解が全く追いつかなかった。
     レイヤー? レイヤーって何だ、もしかしてあのレイヤーのことか?
     ちょっと待って、それってつまり――。

    「また、この術。応用の幅も大変広く――」

     私の後ろから、全く同じ声質が響いた。

    「こうやって少しタイムラインをズラせば」

    「同じ時間軸に同時に存在することもできるんですよ」

     私の背後には、右手に緋想の剣を持っていないこと以外、
     目の前の彼女と全く同じ姿の存在がいた。
     声や外見どころか、こちらへ伝わる気質まで全く同じだ。

    「そん、な・・・」

     血の気が引いた。
     レイヤー編集って、それはつまり。
     物質を介する事象に対して、ほぼ全知全能ってことじゃないか・・・!
     馬鹿げている。勝負はおろか、お話にもならない。
     レベルどころか次元が違う・・・!

    「さて。手品のタネも明かしましたし、そろそろお開きにしちゃいましょうか」

     見知らぬ暗黒空間へ繋がるワームホールへ緋想の剣を投げ込むと。
     彼女は私の背後にいた分身を消し、私ににじり寄ってきた。

    「お覚悟を、比那名居先生」

    「だ、誰か、助け――!!」

    「無駄ですよ、だぁれも来やしません」

     彼女は無駄にテレポーテーションを使用して距離を詰め、
     みっともなく逃げ惑おうとする私に足を引っ掛けた。
     足のもつれた私は盛大にすっ転び、公園の地面へ叩きつけられる。

    「だってあなたに話しかける前に、この公園に人払いの結界を張っておいたんですから」

     背中にずっしりとした重みを感じる。
     おそらく私の背に膝を乗せて、抑え込んだのだ。

    「とっくに織り込み済みだったんですよ、あなたのクーデターなんて」

    「そんな・・・」

     嘲笑うような粘着質な声色を響かせながら。
     彼女は私の帽子を剥ぎ取ると、頭蓋骨を鷲掴みにした。

    「さようなら、幻想郷の比那名居・天子。今日があなたの命日です。
     享年215歳、ご臨終。眠るような安らかな最期でした」

     ああ、終わった。
     ただただ、そう思った。
     その感覚は、まるで暗い海に投げ出されたかのようだ。
     絶望も恐怖もない、ただただ空虚さがあるだけの――。


     ――


     けれども、そんなちっぽけな死の覚悟は。
     突如響き渡った明朗な叫びによって、あっさりと吹き飛ばされた。

    「博霊流、封魔針!!」

    「がはっ!?」

     いきなり私の背中から重みが消え去る。
     訳も分からぬ私が起き上がると、彼女は苦しみ藻掻いていた。
     その横っ腹には巨大なまち針のようなものが突き刺さっており、
     まるで標本にピンで留められた蝶のように空間へ固定されている。
     
    「あんたの存在を『完全定義』したわ。
     それが本当に次元を超越する類の能力なら、これでもう使用できないはずよ。
     ご丁寧にべらべらと解説してくれたお陰で、簡単に対策が見つかったわね!」

    「あ、あ・・・っ!」

     私は安堵の余り、幼子のような呻きを上げていまう。

    「街のど真ん中にえらく強力な結界が出現したかと思ったら、
     中はとんでもないことになってるじゃないの」

    「れ――」

     そこにいたのは、威風堂々とした佇まいで。
     腕を組んで彼女を睨みつける、私の親友がいた。

    「これはどういうことかしら! 納得のいく説明をしてくださらない、胡蝶さん!!」

    「玲ちゃんーーー!!」

     彼女は怒りに満ちた表情で玲夢を睨みつけるが、
     どうやっても横っ腹に突き刺さったまち針を外せないようだった。

    「う、うぎぎぎぎぎ・・・。博麗、先生ェ・・・!!」

     そんな彼女の様子を尻目に、玲夢は私の方を見つめると。
     気さくに笑いかけて、右手を上げた。

    「やっ、天ちゃん。災難だったね」

    「玲ちゃん、ありがとう・・・!」

     玲夢は手を取ると、尻餅をついていた私を引っ張り上げる。
     そして私の両肩に手を置き、上から下まで視線を動かすと。
     ほっと安心したかのように息をついた。

    「うん、よかった。怪我はしてないみたいだね」

    「玲ちゃん・・・」

     玲夢はゆっくりと振り返り、まち針を必死で引っ張って、もがいている彼女を見据える。
     刺さった箇所から一滴も血が滲んでいないところを見るに、
     どうやらあれは単なるエフェクトで、本質はもっと高度な結界術のようだった。

    「さて・・・。胡蝶さん、でいいのよね?」

     玲夢はつかつかと彼女の元へ歩み寄ると、
     ジロリと彼女の顔を見上げるように、懐へ詰め寄る。

    「あなたには恩があるし、本当は悪い人じゃないのも知ってる。
     手荒な真似はしたくないから、大人しく白状してくれると嬉しいんだけれど」

     彼女は額に脂汗を浮かべながら、皮肉的な笑みを浮かべる。

    「何を話せと? この世界の真理を話したところで、あなたは信じれくれるんですか?
     ていうか、私に質問する前に。そこにいる比那名居先生に話を聞いてみたらどうですか?」

     玲夢はこちらを振り返るが、私は思わず目を逸らしてしまった。
     言えるわけがない・・・。
     あなたは私が見ている夢の登場人物の一人です、なんて。

    「そう、それじゃあ尋問でもしちゃいましょうか――」

     玲夢はニヤリと笑い、鞄に手を突っ込むと。
     まるでとっておきの切り札でも見せびらかすように、『それ』を取り出した。

    「これでね!」

    「それは・・・」

    「MTG!?」

     私は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
     意外な、余りにも意外な物を玲夢は取り出した。
     それは紛れもなく、MTGのデッキだ。決闘ルールは夢幻園でも有効だったのか!?

    「デュエルよ、胡蝶さん!
     私が勝ったら、なんで天ちゃんを襲ったのか、洗い浚い話してもらうんだから!!」

    「ま、待って・・・!」

    「天ちゃん?」

     私は慌てて懐に手を入れる。
     あった! まさか使うことになるとは思わなかったけど!
     幻想郷のことを思い出してから、私は肌身離さずこれを持ち歩いていたんだ!

    「私も戦わせて!!」

     私も玲夢の前へ、自分の分身とも言えるデッキを取り出した。

    「ここであなたにだけに頼ったら、私はきっと一生後悔する!
     だからお願い、私にも戦わせて・・・!」

    「天ちゃん――」

     玲夢はしばしの間黙りこくると、力強く頷いて、私に微笑んだ。

    「わかった、頼りにしてるよ」

    「玲ちゃん!」

     玲夢はデッキを右手に持ち、彼女の方へ向き直った。

    「そういうわけよ、胡蝶さん。二対一になるけど、構わないかしら?
     元々あなたが仕掛けてきた戦いだもんね」

    「ええ、そうですね、構いませんよ。
     じゃーなーくーてー・・・。うん、そうだね! 構わないとも!」

    「!?」

     突如、まるで空が落ちてきたかのような、巨大なプレッシャーが辺りへ降り注ぐ。
     彼女はまるで化けの皮でも剥がれたかのように、
     今までとは全く気質の異なった笑顔を浮かべると。
     あれほど苦戦していたまち針を、あっさりと握り砕いた。 

    「暴力を振るいたくないのは、こちらも同じだからね♪」

    「なっ!?」

     彼女は眼鏡を外し、後ろ髪を結わえていた紐を解く。
     たったそれだけで、まるで別人に見えるかのように外見の印象が変わった。

    「選手交代だ、次はこの私が直々にお相手しよう。
     此処から先の戦いは、『羅門衆の胡蝶』では少々荷が重いようだからねぇ」

     彼女はレディーススーツのジャケットを脱ぎ捨てて、それをワームホールへ仕舞い込むと。
     背後に橙色の羽織を出現させ、滑り込ませるように白いYシャツの上から袖を通す

    「それでは私が勝ったら、君達は我々に都合の悪い記憶の一切を忘れてもらおうか。
     後は何もいらないよ。
     ああ、ちょっと待って。この姿で自己紹介するのはまだだった?」

     彼女は白々しく微笑むと、わざとらしく戯けて見せる。
     男装の麗人を連想させるような凛々しい雰囲気も相まって、
     その笑顔はゾッとするくらいに美しかった。

    「我が名は隠岐奈、摩多羅 隠岐奈。夢幻園を管理する、羅門衆の頭領だ。
     お手柔らかにね。玲夢、天子♪」

     彼女はまるで鼓を担ぐように左肩へ山吹色のワームホールを出現させると、
     恐ろしく強大なフィールを放つデッキをそこから取り出す。

     呑み込まれてしまいそうな威圧感に、私は多少の躊躇いを覚えるが、
     玲夢の横顔を見てすぐに思いを改める。

     負けてたまるか、この程度で! 私には玲ちゃんがいるんだ!

    「上等よ!」

    「私達は絶対にあなたに負けない!」

    「よろしい、それでは――」

     皆が皆、誰に教えられたわけでもない動作でデッキをセットすると、
     空中に見慣れた決闘用のデバイスが出現した。

     私と玲夢のデバイスのアイコンは、『博麗の所属』を示す鳥居形。
     そして彼女のアイコンは・・・。

    「いざ尋常に、決闘」

     燃えるような、不定形の炎の形をしていた。

    広告
    コメントを書く
    コメントをするには、
    ログインして下さい。