第5話、東方決闘鉄_地獄編『極寒』
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

第5話、東方決闘鉄_地獄編『極寒』

2020-09-22 22:33


     本来だったら第6回決闘大会人里杯の4日目が始まるはずだった日の朝。
     魔法の森の奥にある八雲 紫の隠れ家である『迷い家』にて、事件は起こっていた。

     現在の紫は白玉楼に住所を移しているので、
     既にここは紫の本拠地でもなんでもないのだが。
     それでも白玉楼の静か過ぎる空気が落ち着かないのと、
     妖夢に気を使わせたくない等の理由で、
     紫はどうしても居心地のいいここについつい戻ってしまうのだ。

     その優柔不断さに天罰が降ったかの如く、迷い家は現在、散々たる有様を曝け出していた。
     趣のある茅葺き屋根も、紫がよく腰掛けて過ごしていた縁側も。
     まるでハリケーンそのものが悪意でも持ったかの様に徹底的に破壊され。
     その残骸のあちこちには、まるで雨後の筍のように氷の柱がにょきにょきと生えて、
     一面を硝子細工の針山地獄の様に彩っていた。

     そして当の屋敷の主である八雲 紫は。
     食い千切られた左腕の出血を抑えながら、荒い呼吸を立てている。

    「寒符『氷河の戦慄顎』。こんなところで悠々自適の隠居生活たあ、いいご身分だなぁ!」

     巨大な生物が空中に留まりながら、ゆらりと尾を揺らした。

     紫と対峙していたそれは、2つの意味で幻想郷には存在するはずのない生き物。
     喋る動物、それ自体は幻想郷ではそれほど珍しくはない。
     だがそこにいたのは、鮮血に牙を濡らした氷の鮫だった。
     幻想郷に海はなく、また言うまでもなく空中を泳ぐ魚などいるわけがない。

    「どーだぁ、私は強くなっただろう、紫ぃ。
     空間を上書きして局地的に紅蓮地獄を再現し、
     そこに私自身を媒介に使って地獄の魔獣を召喚する。
     極限まで研ぎ澄まされた結界術と降神術の併せ技だぜぇ・・・!」

     氷の鮫の額に罅が入り、徐々に砕け落ちていく。
     どうやらこれは身に纏って武装する為の、単なる外殻のようだった。

    「地獄に落ちた後もずっと修行してたんだぁ!!
     まさかこんな形でお披露目できるたあ、女神様には頭が上がんねぇなぁ!
     ギャハハハハハ!」

     氷の外殻が全て剥がれ落ちると、
     そこに現れたのは下半身がスラリと伸びてオール状になっている長髪の女性だった。
     一見するとその姿は人魚のようだが、見識の在る者になら直ぐに判るだろう。
     その遊泳方法はクジラやアシカが行うような縦移動のドルフィンキックではなく、
     魚類が行う横薙ぎの泳法。
     しかもその尾鰭は、明らかに肉食性の魚類が行う高速泳法に適した三日月型である。

     彼女は魚の鰓のように5重に連なる月牙が刃となった斬馬刀を振りかざすと、
     高々と笑い声を上げた。

    「気分いいぜ、紫ぃ。
     ずっと・・・ずぅーと、私はそういうテメーの苦しむ顔が見たかった!」

     そんなエキセントリックでデンジャラスな彼女の下には、
     黒いローブを羽織り、フードを目深に被った長身の男が佇んでいる。

    「暗符『影踏み』。ゴメンね、八雲さん。君のスキマ能力は封じさせてもらったよ。
     そんな風にヒュンヒュンテレポされてたんじゃあ、碌に話し合いもできないし」

    「そろそろ名乗っておくかぁ? 彼岸六道『地獄道』ぉ、魅魔ぁ!」

    「同じく、彼岸六道『人間道』、ダークネス・C・コンプレクス」

    「彼岸六道、ねぇ・・・」

     荒い息を立てて、紫は不敵な笑みを浮かべる。

    「よりによって地獄道ですって・・・。あんたにはお似合いね、魅魔・・・!」

    「言ってくれるじゃねぇかよ、
     しかしスキマ能力が使えねぇこいつを嬲るのも飽きてきたなぁ。
     オイ、人間道ォ。ちょっと影踏み解除してみろよ!」

    「いいの? そんなことしたら逃げられちゃうよ」

    「そん時はそん時さあ!
     なあ、紫ぃ。普段は余裕ぶっこいてるお前が、みっともなく敗走する所見せてくれよお!
     ギャーッハハハハハハハハハハ!」

     人間道が踏み込んでいた右足を上げると、紫の周囲の景色が揺らめき始める。
     度重なる暴虐と無礼に、とうとう八雲 紫の堪忍袋の緒が切れた。

    「生意気なのよ、悪霊風情が!!」

     突如、耳を劈く異音が鳴り響く。
     魅魔の心臓部からまるで華が開くように、8本の腕が吹き出した。
     それぞ敵の急所を内部から破壊する、箍の外れた紫の使用する一撃必殺技。

     魅魔は瞳孔が開き、一瞬の後に白目をむいた。
     ・・・ような演技をして、悪辣に笑った。

    「奥義『獄死妄想』」

    「ぐっ、まだそれを使えたなんて・・・!」

     紫の一撃必殺技は、文字通り空を切っていた。
     心臓部を破られたはずの魅魔は、無傷のままで笑っている。
     そして魅魔は腕を伸ばすと、
     カーテンを引き千切るような動作で、閉じられかけたスキマ空間を無理やりこじ開けた。

    「捕まえたぜぇ、紫ちゃーん。いやー前々から思ってたんだけどよぉ・・・。
     隙間ってモンがあると、何かを突っ込みたくなっちまうよなああああ!!」

     魅魔は斬馬刀を振りかざし、刃をこじ開けたスキマ空間へ叩き込んだ。
     彼女が手を離すと、何事もなかったかのようにスキマ空間は閉じられる。
     斬馬刀の5枚の刃を咥え込んだまま。

    「虐符『キリング・バイツ』」

     魅魔は最高の笑みを浮かべて、斬馬刀の柄の中に仕込まれたトリガーを引く。
     直後、紫の表情が強張り、金属を切るような悲鳴を上げた。

    「あああああああああああああっ!! 痛い痛い痛い痛い痛い!!」

    「ギャハハハハ、最高ぉ最高ぉ! もっと見せてくれよぉ、その苦しむ顔をよぉ!!」

     スキマに隠されて視認することは出来ないが、
     彼女の斬馬刀にはかなり趣味の悪いギミックが搭載されていたことは間違いなかった。

    「!」

     直後、魅魔の胸元に千枚通しのような針が打ち込まれる。
     とっさに魅魔は斬馬刀の柄でそれを受け止めてしまうが、それが不味かったようだ。
     金打ち音の鳴った一瞬の間の後、次は5本の針が虚空に撃ち込まれる。
     その一本一本が異次元を飛び回る魅魔の斬馬刀の鋸刃を的確に射抜いていた。

    「なん、だと・・・!?」

    「はあ、はあ・・・オエッ!!」

     紫は倒れ込むように屈んで嗚咽を漏らす。
     それに合わせるように虚空に力なく5つのスキマが現れ、
     血に濡れた5枚の鋸刃が吐き下されるように滑り落ちる。
     その1枚1枚には陰陽玉に彩られた長い針が突き刺さっていた。

    「博麗の封魔針か・・・、なるほどな」

     魅魔はニィと笑って、紫の方を見やる。
     そこにはまるで立ち塞がるように、
     博麗の巫女の装束に身を包んだ凛とした面立ちの少女が立っていた。
     彼女の名は博麗 霊夢。八雲 紫を守る、幻想郷のメイン盾。

    「テメーが現職の博麗の巫女ってわけか!
     反響音だけで私のキリング・バイツの場所がわかるなんて、いい腕してんじゃねぇかよ!」

    「れ、霊夢・・・!」

    「紫、もう大丈夫だからね」

     霊夢はニッコリと笑いかけて、紫へ向けて1度ウインクした。

     魅魔はトリガーを2度引くと。
     キリング・バイツと呼ばれた鋸刃は、
     まるで意思でも持っているかのように魅魔の方へ飛んでいき、再び斬馬刀を形成した。

    「はーん。昔の私ほどじゃねぇが、エラくマブい奴じゃねぇかよ。
     紫ぃ、こいつどこから拾ってきたんだ。
     戦災遺児か? 天涯孤独か?
     まさかネグレクト家庭から勝手に拐ってきたんじゃねぇよなぁ?」

    「うるさいわね、あんたには関係ないでしょう・・・!」

    「あー、そっかぁー? 失礼失礼。
     幻想郷じゃあ外の世界で暮らしてた頃の話を詮索するのはマナー違反だもんなぁ。
     いじめられっ子のマエリベリーちゃーん?」

    「お前・・・!」

     いつになく殺気立った紫が満身創痍の身で再びスキマ能力を発動しようとしたが、
     霊夢はそれを左手で制した。
     そしてそんな霊夢を更に庇うように、
     なんかいきなりPOPしてきた白い鎧に身を包んだ騎士が魅魔に叫ぶ。

    「おもえ、一体何なんだよ!?」

    「うるせぇ、外野は引っ込んでろ!! そもそも誰だテメェは!!」

    「ブロントだぞ、謙虚だからさん付けでいい!」

     魅魔はブロントを無視して、何事もなかったかのように紫に語りかける。

    「紫ぃ、知っての通り私は腹芸とか苦手だからよぉ。結論からさっくり話すぜぇ。
     私の代わりに地獄に落ちろ、面の皮の厚い偽善者が!!」

    「ああ、そう・・・。いいわね、わかりやすくて助かるわ」

     紫はありったけの軽蔑と怒りを込めて、魅魔へ言い放った。

    「お断りだ、この出来損ないが!!」

    「やめて」

    「霊夢!!」

     紫と魅魔の間を遮るように、霊夢は両手を広げて立ち塞がった。

    「あぁん、なんだよチンチクリン。大人の話し合いに口を挟むんじゃねぇよ」

    「今のやり取りのどこが話し合いなのよ。
     第一あれだけ派手に暴れ回っておいて、関係ないってことはないでしょう。
     博麗の巫女の前で殺人事件を起こす気?」

    「そいつは人間じゃねぇ、妖怪だ!
     妖怪同士の抗争で弱者が死ぬのなんて自己責任だろうが!」

    「紫もまず落ち着いて、いつものマイペースっぷりはどうしたの?」

     紫は忌々しそうに魅魔を睨みつけた後、1つだけ大きく深呼吸をした。

    「はじめまして、当代博麗の巫女、博麗 霊夢です。
     えぇと、魅魔さん? 取り敢えず、あなたがやってることって立派な異変よね。
     そうなってくると博麗の巫女に介入の権限が発生するの。
     私にはあなたを制圧する権利があるんだけれど」

     霊夢は御幣を振りかざして魅魔を牽制する。
     だが魅魔は不敵に笑って、斬馬刀をクルクルと弄んだ。

    「は? 勝手に決めないでくれますか、別に異変じゃないんですけど。
     単なる身内同士の喧嘩なんですけど。
     公権の民事不介入の原則知らないんですか? それでも公務員ですか?」

    「腹芸が苦手っていうのは本当みたいね・・・、じゃあもうはっきり言うわ」

     一呼吸の後。
     霊夢は目を見開き、空間が震えるような怒気を放って左手で印を結んだ。

    「よくも私の家族に手を出したわね!! 夢想封印!!」

     魅魔は嗜虐的な笑みを浮かべて、尾鰭を動かす。
     秒速で何度も空間に狙いを定めた封印術が発動するが、魅魔の高速移動はそれ以上だった。

    「こんなもんが今の博麗の結界術か! ギャハハハハハ、トロいトロい!
     こんなんじゃ雑魚狩りもできねぇぞ、オイ!」

     夢想封印を逃れながら、魅魔は空中で氷の外殻を纏い、再び氷の鮫を作り出す。
     そしてクジラのブリーチングのように空中高く飛び上がった。

    「攻撃スペルっていうのはなぁ、こう使うのさ! 瀑符『アヴェンジ・アバランチ』!!」

     突如として上空で氷の鮫は砕け散ると、
     外殻を形成していた氷はまるで散弾のようになって地上へ降り注ぐ。
     霊夢は後ろに紫がいることを確認すると、御幣を振りかざして守りの術を発動する。

    「夢想天生!!」

    「獄死妄想ォ」

     とっさの判断、いわば直感だった。霊夢は反射的に御幣で首筋を守る。
     直後、視界の眩む砂埃の中から、5重に連なる刃が霊夢の首筋を目掛けて飛来した。

    「!?」

     御幣と刃がぶつかり合い、鈍い金打ち音が鳴り響く。

     無敵の夢想天生が、破られた。
     信じられない光景に、傍らでそれを見ていたブロントは絶句した。

    「ヘイヘイ、どうした霊夢ちゃん!
     テメーの使う、その夢想天生は無敵の結界術なんだろう!
     なーんで、こんなショボい鋸にビビっちゃってんだよォ!」

     御幣を必死に抑えながら、霊夢は思考を巡らせる。

     こいつ・・・、間違いない・・・!
     一瞬だけ私と同じ夢想天生を使って、私の結界の中に割り込んできた!

     魅魔がニタリと笑って、斬馬刀のトリガーに指をかけた時。
     見るに見かねたブロントが拳を握って飛び出した。

    「メガトンパンチ!」

    「ぶべっ!」

     振るった拳は、見事に魅魔の顔面にクリティカルヒットしていた。
     魅魔は数メートル先まで吹っ飛んだ後、怒りに震えた表情で姿勢を取り直す。

    「テメェ・・・。鉄甲着けた手で女のツラ殴るたぁ、いい度胸してんじゃねぇか!」

    「うるさいよ、リアル犯罪者! さっきからやりたい放題やりやがって!
     霊夢に怪我をさせてみろ! お前をバラバラに引き裂いてやろうか!!」

    「はっ、面白ぇ。やれるもんならやってみな!!」

     その一瞬が、魅魔にとって致命的な油断だった。
     直後として魅魔の胴部を、光り輝く太極図が捕らえる。

    「しまった!!」

    「夢想封印。ヘイト集中流石ですね、こんなトロい結界術でもバッチリ決まったわ」

     霊夢は必死で封印を破ろうと藻掻く魅魔の前につかつかと歩み寄り、
     眼前に御幣を振り下ろした。

    「あんたの異変はもう終わりよ、魅魔」

    「くそっ・・・!」

    「ストップ、皆さんこっちに注目」

     振り返った霊夢とブロントが驚愕する。
     彼女達は思い出す、敵は魅魔だけではなかったことを。
     あろうことか本来の護衛対象である紫から注意を外してしまったのは、
     迂闊としか言いようがなかった。

     そこには『人間道』を名乗った、黒いローブを羽織った彼岸六道がいた。
     羽交い締めにするように左腕を回して紫の口を抑え、
     妖しく黒光りするナイフを紫の首筋に押し付けている。
     紫が逃れられないところを見るに、ばっちりと『影踏み』は成功しているようだった。

    「何やってるのさ、地獄道。もう滅茶滅茶じゃないか。
     せっかく手に入れた第二の命を、こんなしょーもないことで無駄遣いするつもりかい?」

    「ぐっ、悪かったよ。調子に乗りすぎた・・・」

     人間道は穏やかに説き伏せるような口調で霊夢に語りかける。

    「博麗さん。僕達もう暴れたりしないから、その封印術を解いてもらえない?
     ほら、彼女も反省しているみたいだし」

     霊夢は魅魔と人間道を交互に見返す。
     一瞬の躊躇いの後、霊夢は御幣を振り下ろして印を解いた。
     拘束から解除された魅魔が、抜け目なく高速で霊夢から距離を取る。

    「ありがと。君、優しいね」

     人間道は特に騙し討ちを仕掛けるような様子もなく、紫の羽交い締めを解く。
     そして慣れた動作でナイフを鞘に仕舞うと。
     先程の非礼を詫びるかのように、紫に1つお辞儀をした。

     気不味い沈黙がしばし流れた後、
     人間道は穏やかな口調のまま、ブロントを真っ直ぐ見つめて語りかけた。

    「ところでブロントさん。
     さっきのメガトンパンチすごかったね、思わず見惚れたよ。流石はヴァナのメイン盾。
     すごいなあ、憧れちゃうなあ」

    「えっ、いや、それほどでも・・・っていうか、お前――」

     ブロントの思考に緊張が走る。
     なぜ、今ここで、ヴァナという単語が出てくる・・・?
     ブロントの疑問に答えるように、人間道は話を続けた。

    「君のことは知っているよ、ブロントさん。君が幻想入りする、ずっと前から」

    「どういうことだってばよ・・・? おもえ、まさか・・・」

     俺と同じ、ヴァナ・ディールから来た人間か?
     そう言いかけたブロントは息を呑んだ。
     人間道は目深に被ったフードを取って、素顔を顕にしたのだ。
     尤も、その隠された素顔とやらも無骨な鉄仮面だったが。

    「久しぶり。また会えて嬉しいよ、リーダー」

    「暗、黒・・・!?」

     彼岸六道『人間道』、ダークネス・C・コンプレクス。
     かつて謙虚なナイトであるブロントさんが率いていた冒険者キャラバン
    『喧嘩チームDRAK』にて、暗黒と呼ばれていた男だった。


    広告
    コメントを書く
    コメントをするには、
    ログインして下さい。