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第3話:夏祭り
「どうしよう…」
私は鏡の前で溜息をついた。浴衣の帯がなかなかうまく結べない。慣れない手つきで帯を結んで開いてら悪戦苦闘すること既に10分。
「うーん…わ、できたー!」
何とも言えない清々しい達成感を感じていると、ドアの向こうで笑い声が聞こえた。彼だ。
「お前、ぶきっちょかよ」
そう言いつつ部屋に入ってきた瞬間、私を見て動きを止める。一瞬の間。
「えっ、何、めっちゃ似合うじゃん。惚れ直したんだけど」
さらっと言う彼の一言に思い切り照れる私。と、彼も一緒に赤面する。どうやら自分で言ったセリフに恥ずかしくなってしまったらしい。可愛い。
せかせかと部屋を出て向かおうとする彼を追いかける。
「わーい、行こ行こ!」
私の頭をポンポン、と撫でながら彼が頷く。今日は、約束の夏祭りの日だ。そして、私にとっては彼に思いを伝えることを決めた大切な日でもある。
夏祭りの会場は凄い人だかりだった。地方にこの規模のお祭りは珍しいので、あちこちから人が来ている。彼とはぐれてしまうのでないかと不安になるぐらいの人混みだ。
「はぐれるなよ」
彼がぶっきらぼうに手を差し出してきた。照れながらも、彼の手を握り返す。恥ずかしくて、直視できなかった。肩幅が広くて身長の高い彼は、浴衣をさらりと着こなしていた。格好いい。改めてドキドキしてしまう。
彼と屋台を一回りし、ひとしきり楽しんだ後、私たちは神社の石段に座って休んでいた。射撃や金魚すくいでムキになっては何度も挑戦し、玉砕する彼が可愛い。思い出し笑いをしてしまう。
と、そのとき__
ドンッ。と、大きな音がして辺り一面が一瞬明るくなった。花火だ。打ち上げ花火が近くで上げられているのだった。
「綺麗…」
何となく雰囲気に照れた私は、そのまま繋いでいた彼の手をぎゅっと握り返す。
「すげー幸せ」
彼が呟くように言った。普段はクールな彼の一言にきゅんとする。今だ。伝えなくちゃ。
「あのね」
神妙な面持ちの私に、彼が怪訝な顔をする。
決意を決めて、私は言った。
「大好き。私からちゃんと言ってなかったから、伝えたくて…」
「えっ…」
戸惑った表情を見せる彼。普段なかなか照れ臭くて言えない私が、こんな風に素直に気持ちを伝えるのは初めてだった。
「俺も。大好き。離れんなよ」
そう言いながら、ぎゅっと私のことを強く抱きしめる。幸せだ。彼のことが、大好きだ。
こうして私たちは、晴れて両想いになった。
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第2話:急接近
あれから夏の日差しが強まっていくのと同じように、私と彼の仲も急速に深まっていた。
「今日、会いに行くから」
彼から突然電話がかかってくる。
「えっ、ほんとに? 今日のいつ?」
すっぴんにラフな格好でアイスを頬張っていた私は焦って聞き返す。彼の前では最大限可愛くいたいから、準備は入念にしておきたいところだ。
「え、今」
ピンポーン。玄関のチャイムが鳴る。相変わらずの彼の行動の速さに驚く私。全部全部が彼のペースだけど、それも何だか心地よいのだった。
今日は珍しく彼の提案で近所のゲームセンターに行くことになった。彼はアニメやゲームが好きで、私と意外にも趣味が合う。
早く早く、と急かす彼の横で急いで化粧を済ませた私は、うっかりマスカラを忘れてしまいテンションが下がる。
「なんか、今日元気なくない?」
「だって……急ぎすぎてマスカラ忘れたー」
と、ふいに彼が立ち止まる。じっ、と私の顔を見てこう言うのだった。
「いや、お前メイクしなくても可愛いから」
ぽんぽん。頭を撫でられて思わず赤面する私。彼といると、何事もない毎日がドキドキの止まらない楽しい時間だった。
「おー、懐かしい」
寂れたゲームセンターではあるが、テンションの上がっている彼。何でも楽しんでくれるお茶目な彼が可愛かった。
「あ、あれ可愛いー!」
一昔前のアナログなゲームがズラリと並ぶ中、UFOキャッチャーのガラスケースの中に大きなクマのぬいぐるみが見えた。未だにぬいぐるみが好きな私は思わず反応してしまう。
「おし、取ろう! 任せろ!」
意気込んだ彼は颯爽とUFOキャッチャー前にかじりつく。
「頑張って!」
彼の微笑ましい様子に自然と笑顔になる私。意外と下手で不慣れな彼はボタンを覚束ない手で押しながら、真剣な表情をする。一度目はクレーンの先で軽く触れた程度で終わってしまった。
「絶対取るから、見ててな」
腕まくりをして意気込む彼。その張り切り具合とは裏腹に、二度やっても三度やってもなかなかぬいぐるみは落ちそうになかった。私が気を遣い、もういいよと言いかけた瞬間のことだった。ガタン。大きな音がして、ピコピコと陽気な電子音が鳴り響く。
「えっ……? これってもしかして……」
「よっしゃあああああ!」
彼が大声でガッツポーズをする。私も思わず彼とハイタッチして喜んでいた。大きなクマのぬいぐるみが受け取り口から狭そうにこちらを見ている。
「ありがとう! すっごいじゃん! めちゃくちゃうれしい! 大事にするね!」
ギュッとクマのぬいぐるみを抱きしめながら言う私を見て、彼がふと顔を背ける。戸惑っていると、彼がこっそり赤面していることに気づいた。可愛い。
「……お、喜んでくれて良かったよ」
彼はクールに早口で言うとそそくさとゲームセンターを去ろうとする。後ろを追いかけながら、私は自然と彼と腕を絡めた。
「ねぇねぇ、今度夏祭り行かない?」
私、彼のことが大好きだ。毎日一緒にいることが当たり前になった私たちだが、私自身の気持ちはしっかり伝えられていない。今度の夏祭りが絶好のチャンスだった。
「お、いいね!」
じゃ、指切りだねと言う私に、恥ずかしそうに応じる彼を見ながら、私は願った。
この幸せがずっと続きますように。今年の夏も、来年の夏も、ずっとずっと__彼も同じ気持ちでありますように、と。 -
第1話:出会い
「今日から俺がお前の彼氏だから」
クールで、しかも何故だか上から目線で……でも、何だかめちゃくちゃ気になる。
コクリ、と頷きたい気持ちを抑えて、胸の高鳴りを隠して、私は言った。
「……それも、悪くないかも」
こんなんじゃ可愛くないなぁ、なんて思いながら。
こうしてこの夏、私は運命のヒトに出会ってしまった。
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絶賛干物女子満喫中。他人になんて到底見せられない、すっぴんに寝起き頭にジャージで、私は夏休みの一週間目を浪費していた。
ああつまらない。友達は気を遣うから疲れるし、彼氏なんてできそうもない。
とはいえ、まだまだ夏休みは長い。
「ふぅ……」
真っ白なカレンダーを見て、ため息をつく。去年の夏もこうだった。
今年の夏も、来年の夏も、こんな風に過ぎていくんだろう。
そういえば、もう昼だ。いつまでもこんな恰好をしてベッドでグダグダしているわけにはいかないと、自分を叱る。
「うーん……」
外は暑そうだ。アスファルトに反射した初夏の日差しがなおさら眩しい。深緑が一層青々と、この夏を謳歌していた。
「アイスでも買いに行くかぁ」
やっぱり自分には甘い私。いや、私は自分にだけでなく他人にもばっちり優しいのだ。昔から面倒見が何かとよくて友達のペットにもよく懐かれてたし、ご近所のお婆ちゃんお爺ちゃん方の評判も上々だし、この前なんてカブトムシを助けたりもした。ご褒美も大事だよね、暑いしなんて言いながら最低限の身支度を整える。あー、そろそろ彼氏欲しいなぁ。
「超絶タイプな彼氏、落ちてないかなぁ」
独り言を言いながら家を出た。今年も退屈な夏休みが始まる…その期待は、いい意味で裏切られることとなる。
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コンビニのアイス売り場にふらっと立ち寄ろうとすると、一瞬で目が奪われた。
「えっ、あんな人、うちの近所にいたっけ……?」
そこだけ異世界だった。というのも大げさかもしれないけど。色白で背が高くて、ほっそりとした美少年がそこにはいたのだった。それほど人が多い街というわけでもないので、大体ご近所さんぐらいは顔見知りの筈だった。にしても、なんて美少年なんだろう。思わず見とれていると、彼も視線に気づいたようだった。
「あ、すみません。どぞ」
彼も気まずかったのか、早口でボソボソと話すとその場をそそくさと立ち去ってしまった。なんだか名残惜しい気持ちで、適当に手前にあったスイカ味のアイスを選ぶ私。あー、悲しいなぁ。
「……素敵だったなぁ」
彼が脳裏に焼き付いて離れない。彼のあの早口を何度も脳内でリフレインしながら、コンビニを出ようとした。時だった。
「あ、スイカ味」
「……え?」
彼だった。
コンビニを出たところで、帰り支度をしていた彼。なんでこんなにいちいち私のツボを突いてくるんだろう、この人は。仕草一つ一つがクールで、絵になる人だった。
「いいな。俺、買いそびれた」
「あ……要りますか?」
とっさに口をついて出た私の言葉に、彼がふっと笑う。クールな印象なのに、こんな風に笑う人なんだ。何だかうれしくなった。思わずニコニコしてしまう。
そして彼は、次の瞬間信じられないことを私に言ったのだった。
「ふふ、その笑顔なんかいいね。ずっと見てたい」
「!?!?」
えっ。今なんて言った?初対面なのに、なんでこんなに積極的なんだろう。いやいや、今時の男子は皆こんな感じなのか?頭の中が混乱の嵐の私に、彼はさらに言葉を続ける。
「今日から俺がお前の彼氏だから」
彼のこの言葉で、私の夏が始まる気がした。
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