昨今のクラウド(笑)に見るネット世界
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昨今のクラウド(笑)に見るネット世界

2013-09-10 02:17
    クラウド、という言葉は、ネット住民にとってどう聞こえるのだろうか。
     私からすれば「馬鹿馬鹿しい」の一言だ。が、運用の仕方によっては、私たちの生活もといネットライフが捗ることになるだろう。そんなクラウド技術について、ちょっと書き綴ってみようと思う。


     そもそも、クラウドとは何だろうか。
     これは広義と狭義のふたつの意味がある、と私は思っている。ここから先はあくまで個人的な意見になるし見解になるであろうことを、予め断っておく。
     
    ・ファイルやデータといった情報(以下「資源」と表現する)を、インターネットに接続しさえすれば、いつでも、どこでも利用可能になる。(広義のクラウド)
    ・それら資源を、自分だけでなく、複数の人と共有することができる。閲覧権限があれば、他者のデータを見ることもできる。(広義のクラウド)
    ・アプリケーションを複数人(例えば会社やサークルなど)で利用する。(狭義のクラウド)
    ・デスクトップ環境が、1マシンに依存しない。(狭義のクラウド)

     ざっくりとした見解は、こんなところだろうか。無論、クラウド技術は「インターネットに接続している」ことが前提だ。
     さて。たとえばファイル共有ソフトウエアは「広義のクラウド」に該当する。誰かが作成した資源を、誰でもアクセスできるようにしているのだから、広い意味でのクラウドに該当するだろう。ただ「狭義のクラウド」には該当しない。アプリケーションをクラックしたり無断で配布するのはライセンス違反だし、そもそも違法だ。
     重要なポイントは「狭義のクラウド」のほうにある。アプリケーションの共有は言わずもがな、デスクトップ環境までがインターネットによって支えられている。前にどこかの会社か大学が、そんなシステムに関することをやっていた気がする。もっとも、Linuxあたりだと確かある程度実現できていたような。

     つまり狭義のクラウドがどういうことか、というと、手元にあるマシン(これはノートパソコンだろうとデスクトップだろうと、タブレットであっても構わない)は最低限の機能しか有していない。オペレーティングシステムが載っていて、ヒューマンインターフェイスデバイスがくっついていて、インターネットに接続できていれば、それだけで良い。ユニーク(唯一)なユーザーIDひとつで、どのマシンを利用しても、ユーザーデータをマシンに保存せず、サービス提供元のサーバに保存すれば良い。そうすれば、どのマシンであっても(例えレンタルしたマシンであっても)即座にカスタマイズした自分の環境を再現できる。使用するマシンがデータの保存をしないハードウエア(例えばOSのみが搭載されていて、データの保存機能を内部に有していない)ならば、セキュリティ面の不安もかなり解消されるだろう。そもそも記憶媒体・記憶装置が回転するなんて、この時代においてはナンセンスだ。ハードディスクドライブなんぞ要らない。

     さて。何故私がクラウドをせせら笑うのかというと、「広義のクラウド」ばかりが広まってしまっているから、だ。別にいいじゃないかと思うかもしれないが、広義のクラウドというのは、つまりファイル共有をしているだけなのだそんなものはFTPでレンタルサーバにデータをアップロード・ダウンロードしているのと、何も変わりはしない。
     私は自宅のマシンとモバイルマシン、職場のマシンをVPN接続している。自宅の旗艦マシンは常時電源投入状態で、VPNサーバとなっている。出先や職場で何かデータが必要になったら、自宅マシンにアクセス。必要なら仮想ディスク(ネットワークディスク)としてマウントして読み書きさせてしまえば、それだけで良い。ほら、広義のクラウドに当てはまるだろう?
     まぁ、iPhoneなどとリンクさせる為もあり、DropBoxも利用しているが……正直あまり使っていない。精々写真の共有くらいだろう。iPhoneにもFTPクライアントを導入しているので、DropBoxで手に余るようなら(そんなことは滅多にないが)FTPでレンタルサーバにファイルをアップロードしてしまえば良い。
     だから、わざわざ「似非クラウド」と契約して、高いお金を払って運用している人がいると、なかなかに癪に障る。そんなことしなくたって別にいいじゃないか、とね。

     だからこそ、「狭義のクラウド」に関しては興味深い。
     いつでも、どこでも、ネットに接続できさえすれば、自分専用の環境で作業ができる。素晴らしいではないか。

     ……でも、この夢は正直、すぐには叶いそうにない。
     例えばコンピュータ。オペレーティングシステムは代表的なものだけでも、WindowsにLinux、Mac OS、あと……Androidもデスクトップ版があるのかな。(追記:と思ったら、Androidより先にChromeがあったね、忘れてた・・・けど、どうなったんだろう)それぞれが違うオペレーティングシステムなので、環境を統一にすることができない。同じアプリケーションを使いまわすことができない。タブレットになれば、尚のこと、だ。
     次にネットワークインフラ。自宅には光ファイバーを導入しているし、もちろん職場にも光ファイバーを通している……のだが、遅い。どこがボトルネックになっているかは分からないが、4000×3000ピクセルの写真を1枚開くのに、10秒位、待たなくてはいけない。起動してログイン、自分の環境をダウンロードするのを待機。次に何かアプリケーションを起動するなら、それをダウンロードするまで待機……これでは折角のクラウド技術もストレスの塊になってしまうだけだ。
     そして資源の互換性。仮に同じアプリケーションを複数環境で使えても、データに互換性がなければ使いようがない。OpenOffice(今はLibreOfficeかな?)のようなものなら多少マシかもしれないが、フォントデータやイメージ、ムービー、その他ストリームがすべて対応できなければ全く意味がない。「互換モードで読み込みますか?」ではなく、見たまま、編集したままで動作しなくては意味がない。
     最後にセキュリティ。クラウドにするのであれば、データをどこかに預けなくてはいけない。その預けたデータの使われ方が問題だ。所謂「ビッグデータ」の取扱いのように、個人を特定しないとはいえ勝手にデータを使われてしまったり、某大手検索サイトの運営する似非クラウドのように検閲じみた行為を行われてもまずい。(子供の写真を預けたらポルノだと言われて消されたり、データの所有権が自分ではなく預けた会社側のものにされてしまったりな)
     保全面の問題もある。折角データを預けても、データセンターで火災が起きたとか、間違った操作をしてしまった、とかで全データロストしてしまいましたごめんなさい、みたいな、どこぞの会社みたいなことが起きてもらっては不味い。「雲のように」を主張するのであれば、預けたデータを分散させ、さらに複製しておく、というような冗長性をもたせる必要があるわけだ。


     ……ここまで書けば、いくらなんでも無理があるだろう、と感じませんか?
     どんなシステムも「完全無欠は有り得ない」。しかしユーザー視点からすれば「完全であること」「利用者の不利にならないこと」が前提条件なわけで。これらを実現しようとすると、コストが幾らあっても足りない。
     高くて高信頼性のものをとるか、リーズナブルだけど運用に不安があるものをとるか。
     食べ物にしても住環境にしてもそうだが、コストパフォーマンスの区切りをどうするか。

     ネット世界は、確実に、私たちの「リアル」を踏襲しているのだ。

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