ユーザーブロマガは2021年10月7日(予定)をもちましてサービスを終了します

【番外編】「ペルソナ3」というゲームについて 感想&レビュー
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

【番外編】「ペルソナ3」というゲームについて 感想&レビュー

2017-11-24 21:28
    (11月28日 後日談に関する部分をかなり訂正しました。)

    特に何かキッカケがあってという訳でもないのですが、ペルソナ3というゲームの感想といいますが、再評価をしていきたいと思います。
    いやそれはちょっと違うんじゃないの? などの意見ございましたら、ぜひコメントして頂ければと思います。
    最新作のペルソナ5ももちろんクリアしましたが、それでもやはり僕の心に鮮烈な印象を残すのはペルソナ3なんですよね。

    このゲームは僕にとって思い出深い、とても特別なタイトルです。
    たまにネットでペルソナ界隈の話を覗き見たりなんかしてるんですが、ついつい「ペルソナ3と比べて」とか「やっぱりペルソナ3が最高とか」そういうタイトルの記事に惹かれてクリックしてしまいます。

    僕がペルソナ3に出会ったのは、振り返れば中学生の頃です。
    このゲームを買った時は僕にとって”初めて”づくしでした。
    ゲームを中古ではなく新品で買うのがまず初めてでしたし、ゲームを発売当日に買うなんて経験も初めてでした。近くのトイザらスで買ったことも、どんな感じで陳列されていたかすらも覚えているほどです(笑) 

    でもよく考えてみると2006年発売のゲームですから、もう10年以上昔のタイトルということになります。そんな昔だったのかと、時の流れがなかなか恐ろしくもありますね(笑)

    けれどもこのゲームも面白さは、それだけの時間を経てなお、決して色褪せることはないと思います。コミュシステムとカレンダーシステムはもはや「発明」と表現しても良かったぐらいです。
    以下、本編のレビュー

    使い古されたターン制のコマンドバトル。一本道のライド的なストーリー。グラフィックも普通。よく言われる音楽が良いという点も、ともすれば完成度の低いゲーム評に使われる言葉です。でもペルソナ3はもちろん、そこから始まった新ペルソナシリーズは面白い。

    かなり面白い。

    それはなぜなのか。

    僕が考えるに、ペルソナ3はRPGそのものの面白さを、トコトン突き詰めていたからだと思います。

    そもそもRPGとはなにか?
    僕は”自分を含めた限られた仲間”で、”世界の危機”を救う。簡単に言えばそんなセカイ系のゲームだと思っています。そんな彼らに成りきって、ロールプレイングしながらするゲームだからRPGです。
    であるならこの2つにいかに感情移入させるか、いかに魅力的にみせるかが、RPGの面白さのキモになってくると思います。

    その為に、いわゆる洋ゲ-は世界をオープンでリアリティあるものにすることで、全てのキャラクターをゲームのくびきから自由にし、キャラクターと世界観に同時に命を吹き込もうとしました。
    いわゆる和ゲーはキャラクターに愛されるデザインと豊かな性格を与え、彼らに感情移入することで自然に世界とストーリーを愛してもらおうとしました。


    振り返ってみると、ペルソナ3はこの”キャラクター”と”世界”を愛してもらうために非常に巧みにゲームが作ってあります。

    舞台が現代だというのもそうです。私たちが生きているこの世界を舞台にすることで、色々なものを省略しつつ、それでも圧倒的な没入感を与えてくれています。

    BGMも現代的で何度も聴きたくなるものばかりです。
    思わず「絶対に倒さないと!!」とゲームであることを忘れて気持ちが入ってしまいます。

    カレンダーシステムはゲームを不可逆的にして、ゲーム中の時の流れ、ストーリーの流れとのシンクロを高めてくれています。

    なにより忘れてはいけないのはコミュシステムですね。これが素晴らしい!
    キャラクターをより魅力的にし、世界観に深みを与え、そしてそれは最終決戦においての原動力にもなります。現金な話、ペルソナの強化にも大いに役立ちますしね(笑)
    まさに良いことづくめ。


    そしてこれらの布石があってこそニュクス・アバター戦、ひいてはニュクス戦に最大のテンションで臨むことができるのです。

    とにかく、ペルソナ3は全てがこの最終決戦につながっています。
    ラスボスからエンディングまでの流れはペルソナ3が良いなんかと言われたりもしますが、そう言われるためにはその場限りの演出ではダメだったはずです。

    ニュクス・アバターのアルカナシフトが燃えるのも、ニュクスとのイベントバトルでその命を対価にするのも、全てはプレイヤーがペルソナ3という世界を背負っているからに他なりません。しかし、プレイヤーに世界を背負わせるためには、ゲームデザインとして様々な工夫が必要です。プレイヤーは自分の命と引き換えに世界を救うわけですから、それなりに価値がある世界であってくれないと困ります。
    ゲーム的に言えばそこで一気に冷めてしまうわけです。
    例えば「大いなる封印? 意味は分からんが、これで倒せるんだな?」○ボタンをポチー。
    となってしまっては、せっかくのゲーム体験が台無しです。

    その点について、ペルソナ3は完璧と言っていいほどの下準備がありました。
    特にキャラクターデザインは、この最後をかなり前提にして考えられていると思います。

    例えばコミュですね。
    彼らは時に生き急ぎすぎていたり、自分を圧し殺していたりなどしています。あるいは何か大切な気持ちを置き忘れてきていたり……。
    けれども、主人公がささやかなお手伝いをすることで、彼らは大切な何かを得ます。
    そうすると、主人公を介してプレイヤーは何か一つでも手助けになれたような気がして、またこの世界観にハマっていきます。


    またペルソナ3の仲間がよく”ギスギスしてる”と言われるのも、この最終決戦に繋がったキャラクターデザインゆえだと思っています。
    実際、彼らの関係は明らかにギスギスしています。特に序盤は。

    なぜギスギスしているのでしょうか?
    それは彼らがひとりひとり、別々の目的あるいは悩みを持って、シャドウ討伐に参加しているからではないでしょうか? 彼らにとっては、仲間と仲良しであること以上に大切なことがあるのです。

    美鶴の桐条グループの贖罪や、ゆかりの父親の死の真実を知ること。
    あるいは真田の弱者でいたくないという気持ち。
    順平は逆にシャドウ討伐を始めたことにより、他のメンバーの覚悟や主人公の能力の高さにコンプレックスを抱き、自分がやりたいことってなんだと考え始めます。
    他のメンバーも全員が何かしらの目的意識を持って、シャドウ討伐に参加しています。
    結果として、時に彼らの考えや利害は対立します。
    譲れないものがあるわけですから、仕方ありません。
    でも彼らだって、本当の意味で仲が悪いわけではありません。
    彼らは心の中ではお互いを認めあっています。
    例えば、順平もゆかりも美鶴に対して苦手意識を持っていますが、それは美鶴が嫌いだからではなく、美鶴のあまりの心の強さに近寄り難さを感じている部分が大きい。
    そういうところも見ていくと、このギスギスはコミュニティの成長過程の一つであって、ずっと続くものではないことが分かります。
    そうなってくると、もう逆にちょっとギスギスしてるぐらいが微笑ましいというか(笑)
    何ごとも思い通りにならないからこそ、上手く行ったときに心地良いんですね。

    つまり、ペルソナ3ではコミュや仲間を含めた、登場する全てのキャラクターは、誰もがこの世界で必死に生きようとしています。それがストーリー終盤において、シャドウ討伐隊としての活動、あるいは主人公とのコミュニケーションによって、やっと各々が自分の中のわだかまりをどうにかすることが出来ます。

    しかし、その「これから」という時にニュクスが現れるのです。

    死という絶対的なもの。これは人間である以上避けられない宿命です。
    でもそれは未来に訪れるべきもので、決して今ではないはずです。
    そうでなければ、この一年間でコミュの人々が積み重ねてきたものはなんだったんだという話になりますし、特にシャドウ討伐隊のメンバーはゆかりや美鶴などを始めとして、やっとスタートラインについた感すらあります。
    前述の通り、彼らは完璧ではありません。
    でもそういう弱いところも、強いところも持った人間を、全員ひっくるめて守らなければならない。主人公はそう思い、それができる力を手にした。
    その結果があの結末なのです。

    そして少しだけ猶予を得た主人公は、仲間との約束を守り、アイギスの膝の上で静かに息を引き取ります。そしてエンディング。
    ここで流れる「キミの記憶」が本当に切なくてね……。
    切なさと希望を滲ませた良い歌ですよ。

    僕はこれはハッピーエンドだと思っています。
    ゲーム中で望月綾時は

    彼は…”命の答え”に辿り着いたんだ。
     ただそれが、君たちより一足早かった…
     それだけの事さ。」


    と言っています。

    死は倒すべき敵でもなければ、乗り越えるべき壁でもないはずです。
    大切なのは死際に満足できるかどうかです。

    ペルソナ3の主人公はプレイヤーが主人公という構図の、いわゆる無個性主人公です。
    しかし、人格がないわけではありません。
    私たちプレイヤーに与えられるのは、たまに現れる簡単な選択肢のみです。
    洋ゲ-のように人殺しから盗みまで”なんでもあり”ではない。
    ゲーム内での事象に対するリアクションも、プレイヤーが選ぶことはできない。
    あたりまえですが、この主人公は明らかに人格があります。

    そうした今までの主人公の立ち振舞いを踏まえたうえで、ニュクスを封印しようとした時の主人公は、一体何をどう考えていたでしょうか? 全ては完全な推測でしかありませんが、それは決して自分の運命を呪ったりするようなものではないように思えます。
    色々なコミュを進めれば進めるほど、主人公の人の良さが際立ちます。
    彼の行動は押し付けがましい善意ではなく、非常に純粋な善意によって行われています。
    そんな主人公ですから、むしろ打つ手があったことに安心すら感じていたのではないでしょうか? 完璧な結末ではないにしても、ほぼ満足していたと、僕はそう思います。


    また、ここで賛否両論のfesに触れたいと思います。
    個人的にはそこまで叩かれる必要はないと思っています。
    ただ、正直に言えば、言いたいことはあります。

    ペルソナ3の本編において、主人公とプレイヤーは死に対する結論を出したわけですが、fesのEpisode Aegisにおいては、仲間たちが”過去に改竄の是非”を問われます。(もっとも実は問題提起としては破綻しているのですが……。)

    これは非常に重要で、ある意味本編で問われた”死”と向き合うとは? ということよりも遥かに困難な問いです。
    生と死のシステムへの是非は命が何億年も重ねてきた歴史があり、それが私たちに何をもたらしたかを考えるのは、実は案外難しくないように思えます。
    しかし、”過去の改竄”はまだ夢の世界であり、仮に行えたとしてそれが実社会、あるいは個々人にどういう影響をもたらすのかなどは全く不明です。

    だというのに、タイムリミットがあるとはいえ、彼らのやり取りは非常に性急です。
    そもそも彼らは本来主人公ではありませんから、主人公不在になった後日談ということなら、彼らに対して主人公足り得る作りこみが必要だと思います。これは進歩や成長とは必ずしも同じである必要はないですが、とにかく何かしらの形で変化が必要だったと思います。

    結果として、チグハグな流れで仲間同士の戦闘に突入します。
    最終的に腕力に物を言わすことになるのは、仕方ないシチュエーションだと思います。この切迫した状況ではやむを得ません。(本当に余談ですが、この時のゆかりの「マジにぶっ壊す気でいくんだから!」という台詞は、決してアイギスを機械扱いしているわけではなくて、逆に人間扱いしているからこその煽り文句です。念のため。)
    けれども、それまでの過程はもっと丁寧であるべきだと思います。
    例えばコロマルは蚊帳の外ですし、風花もなし崩し的にアイギスの味方をすることになります。(ハンデってなんだよ!! 従う風花もなんだよ!)
    しかも、それだけのことをさせておきながら「結局戻っても変えられなかったんだね。」という前提を破壊する流れで物語を落としにいくのはあまりに杜撰です。

    ストーリー自体はペルソナ3のキャラクター性を活かした、かなり突っ込んだ素晴らしい切り口の後日談になっていて、見応えはかなりあります。しかし途中経過はボロボロです。
    賛否両論になるのは致し方ないところかなと。

    けれども、ペルソナ3の本編を台無ししたかというと、そんなことはないと思います。
    命と引換えに世界を守った主人公が、fesにおける仲間の様子を仮に見たとしましょう。
    どう思うでしょうか。
    なんだコイツらと怒るでしょうか?
    命捨てなきゃ良かったと後悔するでしょうか?
    後日談の光景は決していい気持ちのするものではありませんが、彼らは彼らなりに現実や、あるいは主人公を大切に思うがゆえです。
    そういった気持を踏まえれば、決してしないと思います。最終的に彼の選択を尊重したしね。
    エンディングで感動こそありませんでしたが、トータルで見れば好きな後日談です。
    こういう挑戦的な切り口は大好きです。


    ということで、最高のゲームなんてものは何か分かりませんが、僕に最高のゲーム体験をさせてくれたのは間違いなくペルソナ3です。もちろんこれから先は分かりませんが……。
    それはペルソナ6になるかも知れませんし、もっと違うゲームかも知れません。

    個人的にはぜひペルソナ6、あるいは同じアトラスのPROJECT Re FANTASYの新作であってほしいなと思っています。
    広告
    コメントを書く
    コメントをするには、
    ログインして下さい。