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底辺辞めたいならadblock辞めろ
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底辺辞めたいならadblock辞めろ

2018-11-11 14:23
  • 1
『動画を無料で見る対価として広告を見る』
という簡単なギブ&テイクすら受け入れられないやつが
まともな社会に属せるかよ!



我ながら美しい三行だ……


類は友を呼ぶ。実に素晴らしい言葉だ。
このトチク、現実世界での他者からの評価は、
『熱く』
『(興味のある分野には)クソ真面目で』
プライドの高い』人間だ。

なかなかウザったい人間だな!

故に、そこらの人とはあまり馬が合わぬ。

その代わり、似たような人間とは馬が合うし話も弾む。
舞台が学校の教室から社会になったとしてもそれは変わらない。
会社の同僚や取引先という相手だって、単なる金のためだけには動けない。
それなりに気が合うからこそ、円滑な協力ができるというものだ。


これは類友の、
『自分と似たような性格の人間が集まり、効率的な行動をする』
という良い面だが、類友には悪い面もある。

『自分と似たようなやつを否定できない、看過できない、距離をおけない』

自分がダメ人間だとして、自然と周囲にダメ人間が集まったとする。
そこで『こいつらダメ人間だし距離をおいてエリートの集団に入ろう』
なんて判断をして、エリートに仲間として認められるような人間になるべく
努力することができるのは一握りの人間。

大半の人間は自分と同レベルのダメ人間を拒絶できない。
それをやることは、現在の自分を否定することに繋がるからだ。
現在の自分を否定して未来に進むというのは非常に難しいことだ。

ただ、『このままじゃダメだとは思ってはいるんだけどなぁ』
程度の迷いだったら時間が経ったりちょっと相談するだけでどうにかなったりする。

もっとまずいのは、否定できないではなく看過できない、つまり、
『こいつらも俺もダメ人間じゃねーよな』
『こいつらダメ人間だけど俺は普通。環境が不幸』

という発想に至る人間だ。
特に後者は『世の中馬鹿ばかりで疲れる』と勝手に心に傷を負う危険な人種だ。
自分が同レベルだと自覚できなければ、
馬鹿だと思っている連中から距離を置くために行動することは難しいのだ。




ようするに世間でブラック企業だの言われている底辺みたいな職場にいる人間は、
大抵本人も底辺なのである。ここまでは普通の話だ。
(そうだけど俺は違う!とか言いながらどう違うのか証明しようとせんやつはもう知らん。好きにしろ)


自分は底辺を底辺たらしめているのは、社会に対する理解度だと考えている。
「営業が仕事取ってきたり仲介するから技術屋は目の前の仕事に集中できる」
「将来会社に給料以上の貢献をしてくれることを見込んで、新人にもそれなりの給料を払っている」
「客はこっちの事情なんか知らんし金を払ってる」

こんな感じの社会の仕組みみたいなものをきっちりと理解していなければ、
すぐに理不尽だと言いながら仕事をやめてしまったり、
責任のある仕事から逃げ続けて何もできなくなってしまったりして、
年齢だけが増えていき、どうにもならなくなってしまう。



その『社会の仕組み』の根本がギブ&テイクであり、
自分が考えるその象徴が、テレビや動画と広告の関係
adblockは社会の仕組みを理解する、体感することを阻害する悪なのだ。



動画を見るためにちょっとの広告を見ることすら嫌がるような人間は、
既に重度のクレーマー気質なのだ。(自分からすりゃあ)
だから真っ当な企業に入れたってすぐに文句を言ってやめてしまう。
そして社会的な信用を失って、どんどん環境が悪くなる。
自分が子供の頃はCMを見ることは当たり前だったが、
今は録画して広告をカットする機能だってある。
小中学生もyoutubeとかの動画サービスを愛用しているが、
ネットで調べたり友達に教えて貰ったりでadblockを使うのは珍しくないだろう。
毎日毎日動画を見て、毎日毎日広告をカットしていれば感覚がマヒする。
最終的にはそれを指摘されたとしても、
「広告なんて出しても逆効果だし」とか、
「そもそもこの〇〇動画自体違法だし広告で儲けるのは許さん」とか、
そんな方向に自己肯定をし始める。
漫画やアニメを無料で楽しむことには多少の罪悪感を覚えることができても、
こういった根本的な部分で罪悪感を覚えることができないのなら意味が無い。
いや、むしろ『お金が無いから無料で楽しむ』=お金が溜まればちゃんと買うという前向きな姿勢があるかもしれない前者よりも、
『お金(時間)はあるけどで無料(広告0秒)で楽しむ』後者の方が悪質かもしれぬ。


こんな連中が社会に出てクレーマーや嫌な上司、同僚と直面するのは、
何らおかしなことでも理不尽なことでもないんじゃねえのか?





聖人君子になる必要はない。自分も聖人ではない。
だが人間そんな要領良く立ち回れん。
匿名だからとクズをやっていれば、いずれは現実でもクズになる。
現実でうまくやってると思っているのは自分だけで、案外皆にばれている。
人の目を気にせずにすむネットの、匿名の世界だからこそ、
現実世界でなりたい自分の姿を追い求めて、
現実世界での自分をそれに近づけるのだ!
広告
×
広告を対価とみるのは社会通念上、良いとして。というか当然ですね。

主題が発散しまくってる上に小難しいこと書いててよくわかりませんが、acblockが開発された経緯をまず理解すべき。
記事本体より膨大な通信を強制したり、情報密度を低下させたり、あまつさえブラウジング性能を大幅に低下させるような広告が氾濫し、もはや、ユーザビリティの観点からみて害悪でしかない種類の広告を許可している運営者がいることを忘れちゃいけませんよ。
クリエイタがユーザビリティを損傷していいよって視点は非常に良くないことで、これはgoogleを含めた今日のウェブを策定している方々が提唱してるわけです。adblockの本来の目的は、押し付けがましい最悪な広告表示ルールをコーディングするクリエイタに対して、ユーザが取れる少ない対抗手段であるということです。
社会の構図を語るなら、そういう理不尽なルールを課しているクリエイタ側も合わせて指摘すべきで、誰かが作ったルールを従順に守れ!というのは、脆弱だとかすぐブラックだとレッテル貼りをしたがるとかいう以前の問題です。
マスター側が妥協したコンテンツを生成したばかりに、スレーブ側に我慢を強いているケースが多くなったことが、結果としてadblockが広まった現状に至っているのです。

そんなわけで、無茶苦茶な広告表示ルールに対抗する手段として利用してる層もいるので、底辺やめるのとadblock使うのは、一括りにしていいほどの関連性は認められません。題を改めることをオススメいたします。
29ヶ月前
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