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自分の才能より他人の才能を知ろう!~空間認識能力皆無の男~
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自分の才能より他人の才能を知ろう!~空間認識能力皆無の男~

2018-11-15 00:27
    自分は一人しかいないけど、
    他人はたくさんいるからな!



    名言だ……




    自己分析だの自分探しだの言っても、
    そんな簡単に自分の才能だの向き不向きだのはわからない。
    自分を客観的に見ることは難しい。
    自分ができることは周りもできると思っちゃうし、逆も然り。
    今才能を活かしている人だって、多くは自分で気づいたのではなく、
    教師だったり上司だったり経験豊富な人間に、
    『お前、〇〇向いてるんじゃないか?』
    なんて言われてやってみたら『お、俺〇〇いけるじゃねえか!』
    ……てな感じに気づくパターンがメインのはずだ。


    他者を客観的に見ることは自分よりは遥かに楽なので、
    誰かの才能に気づき、誰かに才能を気づいてもらうという関係が理想ですね。
    こういった観点からも、他人の才能を知る姿勢は重要です。


    才能という言葉単体で見ると多くの人間は「ある」方の才能を連想しますが、
    当然ながら才能は「ない」「普通未満」な概念も含む。
    他人の長所を見つけて伸ばすことのできる人間も魅力的だが、
    他人の短所を知って配慮できる優しさを持った人間の方が個人的には魅力的だ。


    というわけで皆がそんな優しさを持った人間になるのを助けるべく、
    このトチクの無い才能について紹介する。






    これはなんだ!
    どう見たって腕だな!







    とまぁ、自分は絵が下手なわけだが、
    絵が下手なだけなら、

    『トチクさんって、真面目なのに可愛いところあるんですねw』

    と女の子の好感度が上がるだけで終わる。

    が、悲しいかな絵が下手な人間は他の能力も結構低かったりするのだ。
    自分が絵が下手なのは練習をしていないからというよりは、
    『空間認識能力』の欠如が大きい。
    空間認識能力はそのまんま空間を認識する能力、
    もっと単純に言えば頭の中でちゃんとモノのイメージができているか? という能力だ。


    この芸術を解説すると、
    まず腕の上側を書く。
    その後に指を描くわけだが、
    『中指が一番長い』
    くらいのイメージしかないので親指と小指が同じくらいの変な掌になる。
    そして最後に腕の下側を書くわけだが、
    『腕の太さ』はイメージしているため、それに合わせた結果
    やたら掌だけでかい変な腕が完成したわけだ。



    当然ながら手すらこの程度の適当なイメージしかできない人間、
    ましてや人間の顔を覚えることなど困難極まる。
    絵が下手なやつは人の顔を覚えられない。


    勿論整理整頓や組み立てもできない。
    箱から物を取り出した後、どうすれば元に戻るかイメージができないし、
    どう組み立てればちゃんとした形になるかがわからない。


    車の運転なども致命的だ。
    距離感は掴めないし見えない部分に何があるか? なんて想像ができない。




    そんな感じに単なる努力不足ではなく空間認識能力が壊滅的なために
    絵が下手な人間というのは、整理整頓だとか車の運転だとか
    日常生活で重要な能力も大抵低い。
    もしも皆の周りに人の顔を覚えられなかったり整理整頓が出来なかったりする人がいて、
    そいつが絵も下手糞なのだとしたら、本人は真面目にやっているので大目に見てほしい。


    本人の才能の有無を理解した上で
    『配られたカードでやるしかない』というのは構わん。

    それも一理ある。
    だが、才能の有無も理解せずに、
    『真面目にやれ』だの言うやつは
    絶対に許さん!認めん!









    他人の才能を知ることで良い指導者になれたり、
    優しい人間になれたりするわけだが、
    それ以外にもメリットがある。
    それは他人のやり方の評価がしやすいということだ。


    成功者のやり方を真似するのは普通のことだが、
    やり方をきちんと評価するためにはそいつの才能や環境も計算する必要がある。
    仮に基準を100として150の成果が出せる人間がいたとして、
    そいつの才能が150どころか200あるのだとしたら、
    やり方は正しいどころか才能を活かしきれていない可能性がある。



    逆に90の成果しか出せていない人がいたとしても、
    そいつの才能が70だったとしたら、そのやり方は真似する価値がある。
    なので成功者かどうかよりも、本人の才能と比べてどうか? に着目すべきなのだ。


    自分は自己啓発という名目で物事の捉え方などを恥ずかしげもなく書いているが、
    そこまで優秀な人間ではない。精々150程度のありふれた優等生だ。


    が、自分には『空間認識能力』が無い。
    人の顔を覚えられない、整理整頓ができない、車を運転できないという
    絶対こんなやつ社会でまともにやってけんやろというハンデがある。
    多少勉強ができたところで簡単に埋まるハンデではないだろう。


    にも拘わらず優等生ができるということは、
    それだけやり方だったり物事の捉え方だったりが優れている可能性が高い。
    恥ずかしげもなく書くのにはそういう理由もあるわけですね。







    最後に、ある才能の話なぞしても面白くないが、
    自分の才能は人間の無意識での行動だとか、自然な形で陥ってしまう考えだとか、
    目に見えない部分に対する観察力が主だ。他人の成果や才能の評価もこれに当たる。
    無意識だとか心理だとか目に見えない話をしてもいまいち伝わらないのが悲しいところだな。

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