自分がドラクエやマリオはクソゲーだと嘘をつく理由
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

自分がドラクエやマリオはクソゲーだと嘘をつく理由

2020-05-13 19:12
  • 57

※2020/05/24修正
タイトルが、釣りまがいの誤解を招くタイトルだったので修正しました。
自分を知ってる人向けの記事のつもりでしたが、ピックアップなど、いろんな人が見るという事を失念してました。クソタイトルきっかけで時間を無駄にしてしまった方、すみません。


今日もブーメランを投げる男。それが俺。


「ドラクエやスーマリはクソゲー」本気で言っていると思っている人がいてビックリした話


まず最初に、そんなこと本気で言ってる人がいたら気ちがいです。

ちなみに自分はドラクエもスーマリもどちらもクリア済みです。
どちらも最近やっとクリアしました。
自分は肌に合わないから何度も遊びたいとは思わなかったし、
他のゲームの方が10倍楽しく感じたとはいえ、
マイルストーンとなる偉大な作品だと思っています。
数々の優れた工夫が詰まっていて、のちの時代を変えた作品です。
あと、やり方がわかってみると面白い。

(ファミコンのゲームよりも、アケやパソコンがメインだったので、
「ファミコンらしいゲーム」は、自分にはなじみのない作法のゲームが多かったのです。)


ただ肌に合わないだけでクソゲーていう人がちらほらいるので、
そういう人と同じ理論で言えば、
自分は「ドラクエやスーマリはクソゲー」と言わざるを得ない。
という話でした。

自分で「いや、名作だろ」と突っ込みたいんですが、
自分突っ込みの文章って相当痛いので我慢してます。

この、強調文字沢山の文章がすでに痛い。(←ォ


86年~95年頃のゲーム雑誌・サブカルの影響

85年~95年にクソゲーという表現が流行った時期はゲームラッシュでした。
情報が大量に流れ、目新しい情報に心躍らせ続ける時代。
大量消費(次々と新しい情報を摂取しては吐き出すという行為)が繰り返されました。

その弊害として、
良く知らないのに受け売りをそのまま自分の知ってる事かのように語りたがる性格の人たちが多く量産されました。

これは雑誌を通じた友達コミュニケーションで「雑誌を読んだことを証明する合言葉」として必要だったので仕方のない事ではありましたが、弊害がいまだにあるのは困ったものです。

※ 自分もその世代なので、影響があります。
ショッキングな方が印象に残るんだけど、瞬間風速だけ求めて色んなゲームの噂を渡り歩くのって、そういうのって、体験としてはとても薄くて、あとに何も残らないよね。

楽しんでる人からすれば足を引っ張り、目を曇らせた、嫌がらせ罵倒以外の何物でもない。

つながらない。新しいものが生まれない。会話する意味がないもの。
個人の感想ならともかく、楽しむ人を萎えさせる事とか、
「言わなくて良い事」があります。

遊んでる側の立場では何も面白くない発言を、普通に続ける人。

言ってる本人だけが面白いと思ってて。
それ、つまんねーから。って言われないと分からなくて、
そういう人ほど、ずーっとそういう話題をこするんだよね。

遊ばない為の理論を面白いと勘違いしちゃってる。
ちょっと考えたら、遊んでる人にいう話じゃないし、
遊んでない人が聴いたところでそこまで面白い話でもない。

それがなぜわからないのか?

ここからは推測でしかないのだけど、
遊んでる時もきっと攻略を見ながらあらすじを辿る作業だけで遊んでると勘違いしてしまっていて、工夫して進む楽しさがわからないのかもしれない。
もしくは、それを忘れてしまったか。

忘れてるだけなら、思い出してみたら、もっと楽しめるんじゃないかしら。
少なくとも人が嫌な気分になるかどうかぐらいは分かるようになるんじゃないかしら?

そもそも、実況プレイ動画や生配信してる人は、「遊んだら面白い」というのを見せたくてやってるわけでしょう。

(罵倒したくてやってる人も一部要るけど、そういうのは特殊で、罵倒目的かどうかは見てたらわかるし、配信の説明にあるよね)


雑誌ゲーム評の信頼性

当時は発売ラッシュで、攻略も超過密スケジュールで作られたものなので、一部間違っていることも多々ありましたが、発売本数が多いわけですから、次々と出さなくてはいけない新しい情報に押されて、その後訂正されないまま流れていったものもあります。

実際、当時は楽しむために必要な知識が足りなかっただけのケースが多々あり、やり方を知った上で遊ぶと面白いゲームが、今ではたくさん見直されています。

インターネット万歳! やりこみプレイヤーの情報提供万歳! 好きこそものの上手なれ!


(最近の世代の人のほうが偏見なく楽しむ姿が見かけらられますね)
だいたい、雑誌一つで1ゲームあたり1~2人程度の担当者。雑誌の数分しか視点の違いはないわけですし、過密スケジュールですから、掘り下げるのにも限界があります。締め切りまでに気づけるかの運も絡みます。
それをそのまま受け入れてたのは、今思うとなかなか怖い話ですよね。

「クソゲー」という概念の更新

消えつつある、古い「クソゲー」基準
①同時期のS以上タイトルに比べて見劣りするだけでクソゲー
②味があっても微妙に癖があるとクソゲー
③ボタンの(ジャンプと攻撃)AとB逆なだけでクソゲー
④他のゲームの攻略法でごり押ししようとしてできなかったらクソゲー
⑤おつかいゲーはクソゲー
⑥すぐ即死するゲームはクソゲー
⑦長すぎるのはクソゲー
⑧短すぎるのはクソゲー
①は勝ちハード負けハード論争と同じく、ゲームの面白さや良さと無関係な無意味な価値観ですね

④に当てはまるのがスペランカーアクトレイザーですね。
ダウボーイも実はやりかたがわかると面白いので、
動画か攻略ガイド見てやってみるといいかも。

⑥なんかはスーパーマリオは?って思うし。

④が一番多い気がしますね
ファザナドゥとかマドゥーラの翼魔鐘なんかも
突き詰めてみると楽しいゲームなんだなと、人のプレイをみると思います。
FC版魔界村とかも、難しいは難しいですけど、いうほどクソじゃないし。

このあたりは、現在では多数のファンが面白さを証明する配信や動画を上げてるゲームですが、未だに昔の良く知られてない頃の風評を鵜呑みにしてクソゲーと決めつけている人はいます。

他のは、それぐらいでクソゲー認定とか安易すぎだし個人の好みや主観ですね。
最近では、注釈として、●●基準だと長い/短い/面倒 みたいな書かれ方になりますね。
比較の話は、あくまで参考情報として分けて語られるようになってきてますね。


今も昔も、

やりこまないで噂してるだけの人、投げ出して文句言うだけの人より
やりこんだ人の情報、楽しんだ人の話のほうがおもしろい。
ってことですね。

つまり、本当にクソゲーなら話題に出す意味が無いという事です。

こきおろし話なんて一発ギャグと同じジャンルなのに、
通じない内容だったら、どうしようもない。

じゃぁ、どういえばいいの!?

変に評論ぶらなくていいのです。
でも、そもそも
求めてられてない感想とか言うのってどうなの?
って話になります。

わざわざ人に言うのなら、少し考えよう。
ということで。
言わなくてよい事、言ったら面白そうな事。少しは考えればいいと思います。

丁寧な考察でも相手が聴く意味あるのかどうか考えないなら
ただのノグソ。
広告
他47件のコメントを表示
×
好意的に見れば、多分言ってることは筋が通ってる、と予測できる。
だけれども、記事の前提となる部分がいつどこでの発言かが説明されないし、書き方も下手。文字フォントの大小なんかもインターネット黎明期のケバケバしいサイトデザインを思い出す。
何を言おうとも、伝える努力がズレていれば無駄、という例示になっている。
2ヶ月前
×
色々感想有難うございます。

タイトルで釣る気はなかったので、指摘通り誤解されないように修正しておきます。
タグも支離滅裂以外は、タイトル理由での反応だと思うので、一旦消させてもらいました。

テーマも区切るほうが良さそうではありますが、とりあえずこのままで。

最初の見出しの
「そんなこと本気で言ってる人がいたら気ちがい」「感情論でクソゲーって言い張るおじさんやばいよね」って話です。
クソゲーの話は基本的につまらないと思っていただけたなら、自分の意図は伝わっていると思います。

あと、不快に思った方はごめんなさいね。90年代のゲーム論サイトに多かった好き嫌いの出やすい文章を再現しているので注意書きをしておくべきだったかもしれません。

コメントなんて来るわけがないと思っていたので、わざわざ真面目にコメント頂いて驚いています。
重ね重ね、ありがとうございます。

2ヶ月前
×
あと、好きなゲームの話しろよってコメントの人と、強い言葉を使うなよの人。好きです。
2ヶ月前
×
そもそも、これを読むようなアクティブなゲームユーザーのほとんどはこの話に当てはまらないのに、
ソコを意識することが抜けていました。

タイトルが釣りになってしまっていた事を重ねてお詫びします。
コメントされてる方は至極まともな内容なので、それを見て気づきました。

この記事は、読んでくれた方の殆どは知らなくて良い、負の歴史の話となっています。

今の人は、プレイ動画や生放送というリアルタイムだったり新鮮な情報交換をベースに、(昔の評価と関係な)く実際に色々試して自分の手で評価をしているので関係ないし、知らなくていい話でありました。

たまに「この人何いってるの?」って思う人を見かけたら、この記事で書いてるような事が(もしかしたら)関係あるのかな?と思うぐらいの流しで丁度良いと思います。


■ 記事のきっかけを補足

配信ではレトロゲームをやっている関係上、半分引退している人もコメントしてくれるのですが、又聞きやうろ覚えの上に、KOTYが見直される前の知識や思考回路で止まったままなので、会話がかみ合わない事がたまにあります。

そういう人がどういう人かというのを再現・解説してみた記事になります。

ブログが主流になる前、HTMLで直接ホームページをつくって時代の個人のゲーム記事では、雑誌の記者が決めた価値観や、自分の勘違いを疑わずにそのまま決めつけ評価をしているものが散見されました。

geocitiesやinfoseek消失で、良質なゲーム記事と一緒に、そういう闇に近いサイトもかなり消えましたが、
検索すればたまに生き残っているものも見つかるかもしれません。

このブログみたいに大きな文字を多数入れ込んでる記事があったら即ページを閉じても良いと思います。
2ヶ月前
×
真面目に、文章の構造と伝えたいことの相性の悪さを指摘したり、
俯瞰する形で全体を見てくださった方が何人もいて、
ちゃんと見てくれていることに対する嬉しさと同時に、強い申し訳なさを感じました。

コメントで自分が言って欲しい事をスパッと簡潔に書いてる方も何人もいて、
嬉しいと同時に申し訳ないですね…。

とにかく「ごめんねありがとうね」という気持ちです。

あと、これまたコメントで指摘されましたが、
フォロワー以外の人の目の触れるところにピックアップされると思ってなかったので気を付けます。
特にタイトル。
(日記帳感覚だった)

コメントくれた方々はもちろん、
最後まで見てくれた方も、
途中まででも見てくれた方も、
お付き合いいただきありがとうございました。
2ヶ月前
×
補足もう少し。

昔は、ある程度の攻略やレビューであれば、流行雑誌を回し読みしてペラペラめくるだけの受動的な方法でいろんな情報が入ってきました。

今は自分で能動的に検索しないと見つからないという点で、大きく違います。
(少なくとも、ページへのリンクが回ってきても、自分の意思を持ってリンクをクリックしないと内容は見られません)

そんな、自分の意志でブログを読むようなしっかりした人に、こんな記事を読ませてはいけなかった。
という申し訳なさです。

(自分を知ってる人向けのネタまとめ記事のつもりでも、いろんな人が見るんだよという指摘。ありがとうございます。本気で考えてなかった…)
2ヶ月前
×
真面目にゲーム評価を考えている人しか見ていないようなのですが、
普通の話を少し。

以前リスナーさんやtwitterで教えてもらって知ったのですが、
「ゲームカタログ@Wiki ~名作からクソゲーまで~」さんには、
ゲーム評価手法の改善の歴史が埋まっているとのことで、
時々興味深く見ています。

https://w.atwiki.jp/gcmatome/pages/821.html

より正確により役立つ記録をするための変更の努力が
リアルタイムで記されていて、
20年前、セガ掲示板で無益な争いがされていたころとは、
もう時代が変わったというのを実感できますね。

量が量だけに、古いまま放置された記事には、
「クソゲー煽りwikiだったころの、ウケねらい文章」が
まだまだ埋まっているとのことで、
確かにその様子がうかがえます。

コメントにもありましたが、
感情論や煽り目的でのクソゲー判定は、
こうやって努力を積み重ねて修正されている。

また、同時にそういった過去の安易なクソゲー判定が
後の世代に迷惑をかけている。

という感想を持ちました。

そもそも、今回この記事を読んでくれた人は、
その「迷惑をかけられている側」の反応なので、
色々と申し訳なく。

「安易なクソゲー判定のダメさを分かってほしい対象」は、
こういうとこ見ないよなーとも思いますし。

色々考えさせられますね。
2ヶ月前
×
記事にコメントしたのに、返信にコメントしないというのもあれなので、クソゲー論について自流ではあるが考えを述べておく。
まず、クソゲー問題の根本にはユーザーが望んだクオリティ、あるいはそれ以上のクオリティのゲームをユーザーが手にする事ができるとは限らないという問題に端を発するものである。
ユーザーがそのゲームを手にする前にそのゲームの質を推し量れていたのなら、それこそクソゲーマニアでもない限り無視をすれば済む話である。
「安易にクソゲー判定するな」という側の言い分も、要するに自分に合ったゲームかどうかも事前に判断つかぬトーシローがクソゲーかどうか語るなんて百年早いというものである。
が、しかしメーカーの側が意図的に名作と騙してトーシローに品質の低い凡作ゲームを掴ませようとしていた場合はどうだろうか?
感情的にクソゲー認定するなと言っても、それは難しい事であるし、ユーザーの望んだ品質とゲームの品質のギャップがクソゲーという物を生み出しているとするならば、それはメーカーが意図的にクソゲーを作り出しているとも言える。
クソゲーマニアの尺度で品質面からクソゲーか否かを判定する試みはKOTYなどで洗練され一定の完成度を得たと評価するが、その一方で多くのユーザーがクソゲーと判定してしまう程のストレスをゲームから受けるような環境・その時の状況という物はまだまだ認知も評価もされていないし、研究されていないというのが自分の持論である。
また品質面のみを見たクソゲー判定というのも実は課題がある。
というのもゲームユーザーの求めるゲーム品質が時代とともに変化していくし、またゲームユーザーの多様化により求める品質が多様化しているからである。
これらを評価するには、そのゲームはどういいうユーザーをターゲットにしたものなのか、そのゲームの発売した時代にユーザーはゲームに何を求めていたのかまで見なければならないが、それを全て追うのはゲームの歴史が長くなればなるほど難しくなるだろう。
今から100年後のゲームユーザーが我々がどういう趣向を持ちゲームに何を求めていたか、どういった層のゲームマニアがいたかを正確に把握できるとは限らないのである。
2ヶ月前
×
上記に関して追記しておく。
例えば100年後にドルアーガの塔がクソゲー呼ばわりされたとして、それが名作ゲームであった事を説明するには当時のゲーマー達の価値観から説明する必要があるし、当時のゲーマー目線での評価が正しいと言えるだろう。
では、3歳児向けのキャラクターを使ったゲームで、コアゲーマーでなければついていけないような難易度のゲームを作った場合の評価はどうなるだろうか?
本来のターゲット層である3歳児目線でゲームを評価するのが正しいのか?それともコアゲーマー視点で評価すべきなのか?
発売前の広告で嘘を垂れ流し多くの人を釣ったゲームの場合は、釣られた人目線でみた方がよいのか?それともそのゲームのメインターゲット層から外れていたとしても最初から冷めていた人目線でみた方がよいのか?
簡単に言うと、上記はこういった疑問への自分なりの回答である。
当事者目線を離れたゲーム批評はいかに優れていようとも自己満足に過ぎぬやもしれぬ。
2ヶ月前
×
おお、丁寧なご意見有り難うございます!

考古学と同じで、価値観、基準というもの、背景が大事ですよね。
どういう基準で判定したかなどもそうですね。

どう楽しめば面白いのかというヒントも、あると無いとでは大違いですし。

どういう議論がされたか記す活動、また、常に更新していくという意識が今あると思うので、
大事に応援していきたいと思っています。

ドラクエなども、
考える事が多いと当時はファミコンユーザーが付いて来れないと判断して、
わざと簡易化したところから少しずつ要素を増やしていった。
という作者側のインタビューなども今では有名だと思いますが、これもいつか消えるかもしれませんね。

基本的に、判断を止めて切り捨てたらそこで終わりかな。
というのが自分の危惧するところでした。

(優れたレビューや攻略も、それを読む人が読んで理解しなければ、良さが分からないという点では同じですし)

発売ラッシュが落ち着いてしまった今だからこそ冷静に、
丁寧に触れるような流れになってきたとも言えますが、
「まだまだ面白い物は眠っているのでは無いか」
という気持ちが盛り上がってくれればいいなと考えています。

本当に興味深いコメントありがとうございます!

論理的なご意見のあとに恐縮ですが、自分の感じた所を投稿致しました。
自分が読み切れていない部分はあると思いますが、何度か読み返させて頂きたいと思っています。

(例えば「品質」という判断基準そのものの問題提起など、最近ではゲーム記者の方々も仰っていますね。)
2ヶ月前
コメントを書く
コメントをするには、
ログインして下さい。