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【ウイニングポスト8 2015】ウシでも分かる競馬講座?・5
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【ウイニングポスト8 2015】ウシでも分かる競馬講座?・5

2015-04-07 17:00

    1984年・前半

    ようやく3年目前半。
    1月は所有馬のレース出走も少ない時期なので割とサクサク進む。

    春の目標は
    ・ヤマノシラギク →ヴィクトリアマイルを最大目標にマイル~中距離を
    ・カウンテスアップ →OP特別を使いながら海外遠征も視野に
    ・トーアファルコン →スプリント路線を使いつつサマースプリントに向けて準備
    こんな感じ。

    毎年恒例、クラシック戦線の井坂先生オススメ馬

    今年も開催される「全日本誰やねん選手権」

    井坂先生張り切ってる所アレですが
    距離適性1000~1900M
    って書いてますが…w



    ヤマノシラギクをドバイデューティフリーに遠征させると…

    新たな知人&嫁候補?の樫本桃子が登場。
    競馬コーディネーターらしい。

    「コーディネートはこーでねぇと」
    …すいませんでした




    幼駒誕生…そして
    今年も幼駒誕生の季節。
    とりあえずは河童木と美香の印をチェック…っと




    !?








    ファッ!?





    ダイワテスコの仔は父ヴァイスリーガル、
    アンジェリカの仔は父ノーザンテーストなので
    成長タイプが早熟の可能性は大いにあるのだが(早熟だと印は良いが大して強くない)
    そうでない場合、結構期待できる可能性が。



    4/1には今年も有馬桜子女史が来訪

    なんか知らんけど仲良くなった。







    カウンテスアップが伏竜Sを勝利後
    相馬さんの紹介で新たな知人
    岸谷みゆきと知り合いになる。





    今年の種付けは
    アンジェリカ →マルゼンスキー
    ダイワテスコ →ヴァイスリーガル
    モーモーカントリー →ヴァイスリーガル
    に決定。
    マルゼンスキーはブックフルだったのでノミネーションセールで余勢株購入して種付け


    因子の発動見てると
    やっぱりアンジェリカは繁殖能力が高そう






    カウンテスアップの出るレースが無いので、
    イチかバチかで米国三冠のベルモントSへ連れて行くと…


    新たなガチムチ系知人、高井駆が登場。

    さらにレースの翌週に牧場に現れ
    「ゲート」の建設フラグを立ててくれる。




    所有馬ではないものの、
    シンボリルドルフは史実通り無敗で春二冠を達成。








    函館スプリントステークスで
    トーアファルコンがコースレコードで圧勝!






    前半戦、所有馬の戦績
    □トーアファルコン
    クロッカスS2着→ファルコンS2着→橘S1着葵S1着函館SS1着
    そのままサマースプリントシリーズ優勝を狙いたい

    □ヤマノシラギク
    京都記念7着→ドバイDF5着→チャンピオンズマイル3着→ヴィクトリアマイル7着
    ちょっと成績に頭打ち感が…サマー2000シリーズへ

    □カウンテスアップ
    伏竜S1着→兵庫CS3着→ベルモントS6着
    3歳ダートは夏以降が本番。ジャパンダートダービーから稼いで貰う予定





    成長タイプについて

    今回の競馬解説コーナーは「成長タイプ」について。
    またしても解説が長くなってしまうのだがご了承頂きたい。
    この項目は基本的にゲームの仕様に関わる部分なので、
    「かなりゲーム寄り」の解説になる点ご了承ください。


    成長タイプに関する基本
    馬にはそれぞれ成長タイプが設定されており、ピーク時に能力が最大になる。
    成長タイプには以下の8種類があり、馬によって差はあるものの
    (順調にレースを使っている場合は)概ねピークの時期は決まっている。

    □早熟
     大体2歳~3歳一杯ぐらいまで
    □普通早め(早め) 大体3歳春~4歳一杯ぐらいまで
    □普通遅め(遅め) 大体4歳春~5歳ぐらいまで
    □晩成 大体4歳秋以降、6歳一杯ぐらいまで
    □超晩成 大体5歳春以降に完成
    □早熟鍋底 基本早熟と同じだが、一定以上衰えると復活する(後述)
    □普通鍋底 基本早めと同じだが、一定以上衰えると復活する(後述)
    □覚醒 早い時期から成長が持続し、一定以上衰えると復活する(後述)
    鍋底や覚醒、超晩成についてはマスクデータとなっていて、
    (早熟鍋底は表示上「早熟」など)表示上は別な成長型になっている。

    実際の競馬でも「早熟、普通、晩成」ぐらいは使われるが、
    競走馬の成長は割と結果論な事が多く、親や兄弟から推測する程度である

    当然3歳クラシックを狙うなら「早熟」や「普通早め」の馬でなければ厳しいし、
    育て方やレースの使い方である程度衰えるのを遅らせられるとは言え、
    早熟や普通早めの馬を5歳や6歳まで使い続けるのは厳しい。


    成長関係のマスクデータ
    ゲーム内部には以前も軽く触れたが
    競争寿命」「成長度」「成長力」という隠しパラメーターがある。
    基本的にゲーム中の馬ステータス画面上でこれらを確認することはできない
    (エディットモードで現役馬エディットの時には見られるが史実馬のみ)


    競争寿命について
    最大値は100だが、馬の成長力と成長度(後述)によって初期値に差がある。
    競争寿命はレースに出走したりすると減っていき、基本的に回復はしない
    (牧場施設の「温泉」で若干減り方が緩やかになる)
    また月替わり(月末)に厩舎にいるとわずかだが減る。
    これを逆手に取って、月末だけ1週放牧に出す事で競争寿命の減りを抑えられるが、
    1週放牧を繰り返すと馬の「レース勘」が鈍るという悪影響もある。

    レース出走時の競争寿命の減り方はレースのグレードが高いほど大きく
    国内よりも海外遠征した方が減りは大きい。また疲労の溜まり具合にも影響される。

    競争寿命が尽きる(0になる)とレース出走等で競争寿命の代わりに成長度が低下していき、
    それに従い能力もダウンしていく。
    極端に言えば「早熟型の馬が5歳になっても競争寿命が残っている間は衰えない」と言える。
    上にも書いたが、通常は一度競争寿命が尽きた馬の衰えを避ける事はできない。
    これを回避できるのが「鍋底」「覚醒」の特殊成長型の馬達である。


    成長度について
    成長度の値は簡単に言えば「元々持っている素質の発揮度合い」である。
    成長度の初期値はある程度成長タイプによって決まり、
    2歳馬の入厩時期やデビュー戦の時期はこの成長度によって変わる。

    基本的には成長タイプに応じて伸びていき、成長ピーク前なら放牧中でも上がる。
    レースに勝利するとより大きく伸びるので、
    成長ピーク前は「競争寿命を消費して成長度が上がる」と思ってよい。
    成長のピークを過ぎてしまえば成長度は伸びなくなる。

    成長度の最大値は馬によって100~110とバラつきがあるが、
    史実馬は全て最大値が110固定になっている。
    成長度は成長タイプに応じて増えていき、それに従って馬の能力が伸びていく。
    当然だが成長の最大値はマスクデータなので架空馬は実際育ててみないと分からない。


    成長力について
    成長力は成長度や競争寿命とは別で、
    「持続」「あり」「普通」「なし」の4種類がある。

    ・競争寿命の減り方
    ・能力や成長度の伸び方
    ・初期競争寿命
    と密接に関わっている。成長力無しの馬は
    「育ちきる前に競争寿命が尽きる」などまさに悲惨の一言。
    持続タイプは衰えが緩やかなので長く活躍できる。
    当然マスクデータで確認が出来ない上に、子供に遺伝しやすいので気をつけたい。


    特殊成長について
    ただし特殊成長型である「鍋底」や「覚醒」は例外で、
    「早熟鍋底」なら4歳の1/1~12/1までに成長度が80未満&競争寿命0
    「普通鍋底」なら5歳の1/1~12/1までに成長度が80未満&競争寿命0
    「覚醒」は6~7歳で成長度80未満&競争寿命0?(覚醒は条件未確定)
    上記の条件を満たすと成長度と競争寿命が復活する。
    復活する数値については成長力などの影響によって変わる。
    分かりやすく言えば「二段階成長」すると思えばよい。

    普通鍋底の場合、若いうちから意識して使い詰めていかないと
    期限内に競争寿命と成長度を削れず、せっかくの鍋底成長が発動しないまま終わる
    という事があるのでやや注意が必要。
    早熟鍋底や鍋底はある程度普通に使っていけば発動するだろう。

    今回のプレイ日記中で私が所有する馬にも実はこの鍋底型や覚醒型の馬がおり、
    ・ヤマノシラギク →普通鍋底
    ・トーアファルコン →早熟鍋底
    ・カウンテスアップ →覚醒
    となっている。これらの特殊成長型の馬は再成長をさせる事ができれば
    非常に長期間活躍してくれるので序盤のお守りや資金稼ぎには便利。

    この辺りは私が前作(ウイポ7)経験済であったり、
    史実での成績から推測可能だったりするので、
    競馬初心者から見るとややズルいと思うかもしれないがご容赦いただきたい。

    興味があれば、ヤマノシラギクやトーアファルコン、カウンテスアップの
    実際の成績を調べて頂けると、特殊成長型になった理由が分かるかもしれない


    晩成と超晩成
    上記を踏まえて晩成馬の育成法を考えると、
    成長がピークを迎える前は、能力に蓋が掛かって力を十分発揮できないので
    若いうちは無理使いせずにコツコツ条件戦を勝ちあがり、
    なるべく競争寿命を温存しつつオープンクラス入りを目指そう。

    また放牧中でも成長度は上がり、月末に厩舎に居ると競争寿命は減るので
    レースに出さず長期間放牧に出すというのも一つの手段である。

    ────────────────────────────────────────

    競馬今昔物語・2 「マルゼンスキー」
    競馬今昔物語の2回目は、ゲーム中でこの年アンジェリカに種付けした種牡馬
    「マルゼンスキー」の紹介。

    1974年生まれで、父馬はイギリス三冠馬ニジンスキー、
    母馬も名牝Quill(クィル)と名馬バックパサーの子、という良血馬。
    生涯戦績は8戦8勝、内訳は今で言うG1レースを1勝、G3を1勝した程度。
    だが30年近く経った今なお、この馬を史上最強馬に挙げる競馬ファンや関係者が居る。
    それは何故か。

    マルゼンスキーを語る時に必ず「悲運」という枕詞が付いて回る。

    □マルゼンスキーの悲運その1
    マルゼンスキーは母馬のお腹の中にいる状態でアメリカのセールで日本人に買われ
    日本に渡って来た後に産まれた。これは以前記事で解説した「持ち込み馬」に該当する。
    これより昔は持ち込み馬には出走制限は無かったのだが、
    ちょうどこの時期だけ、持ち込み馬にクラシックや天皇賞への出走権が無かった。
    そしてマルゼンスキーの引退後に再び持ち込み馬の出走制限は撤廃された。
    まさに悲運。

    持ち込み馬でクラシックにも天皇賞にも出られず、ジャパンカップも当時はまだ無く、
    短距離~マイル路線の大きなレースもダート路線も整備されてなかったため、
    マルゼンスキーが出られる大レースは、
    朝日杯3歳ステークス(現・朝日杯FS)と宝塚記念、有馬記念ぐらいしか無かった。

    余談だが、マルゼンスキーの母馬をセリで購入した日本人の娘が
    スピードスケートの五輪メダリストで国会議員の橋本聖子氏である。

    □マルゼンスキーの悲運その2
    マルゼンスキーは幼少期から飛び抜けて素晴らしい才能を見せていたが、
    一つだけ大きな弱点を抱えていた。前脚が外に曲がっていたのだ(外向という)
    強い負荷を掛ければいつ爆発するか分からない爆弾を抱えたままで
    恐る恐る調教するしかなく、100%の状態でレースに出られた事は
    とうとう引退するまで一度たりとも無かった。まさに悲運。

    結局デビュー戦は6割程度の仕上がりで出走し、なんと大差勝ち(10馬身以上)
    2戦目の条件戦も余裕残しの仕上げで9馬身差の圧勝。
    マルゼンスキーは両方とも逃げ切り勝ちだったが、
    スタートしてから別にダッシュを付けて逃げたわけではなく、
    持って生まれたスピード能力の絶対値の違いで先頭に立ってしまい
    そのまま後続が勝手にぶっちぎられてしまうだけだったのだが、
    3戦目の府中3歳ステークスでは将来を考え、逃げずに道中抑える競馬を試みたところ、
    マルゼンスキーが戸惑ってしまい完全に作戦が裏目に出てしまう。
    結果前を行くヒシスピードを辛くもハナ差捉えて勝ったが、
    以後は無理に抑えず馬の行く気に任せるレースをするようになる。

    そして迎えた大目標の朝日杯3歳Sのレース映像がこちら↓

    前走で接戦だったヒシスピードに13馬身差の大差をつけて圧勝。
    この時マークしたコースレコードタイムはその後14年間破られることがなかった。

    □マルゼンスキーの悲運その3
    こんなレースを見せられては、他の馬が逃げてしまう。
    この後、マルゼンスキーの出走予定レースは回避馬が相次ぎ、
    危うくレース成立に必要な5頭を下回りそうになることもあった。
    やっぱり悲運。

    その後マルゼンスキーはオープン特別2レースを経て
    日本短波賞(現・ラジオNIKKEI賞・G3)に出走。

    このレースでは3コーナーを過ぎた辺りで突然スピードを緩め止まろうとしている。
    レース前の返し馬(下見)で、騎手が3~4コーナーの馬場の荒れ具合を調べるために
    一旦止まっていた事を馬が覚えていて、同じ場所で止まろうとしたという説がある。
    その後再加速したマルゼンスキーは後続をちぎり捨て7馬身差で圧勝した。
    この時の2着馬が後の菊花賞馬プレストウコウだったため、
    よりマルゼンスキーの評価を高める一因となった。

    □マルゼンスキーの悲運その4
    その後マルゼンスキーはもう一つの大目標である「有馬記念」への挑戦を表明。
    このレースには年上でこちらも日本競馬史に名を刻む名馬中の名馬、
    トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスの通称「TTG3強」が待ち受けていた。
    クラシックにも天皇賞にも出られなかったマルゼンスキーは、
    遂に国内トップレベルの馬を相手に存分に実力を試すことが出来る場所を得た。

    …が、その場所に辿り着く事は叶わなかった。
    騙し騙しだった脚元の爆弾がとうとう爆発したのである。
    この故障により現役引退に追い込まれ種牡馬入りとなった。まさに悲運。

    マルゼンスキーが不在となった有馬記念は、未だに語り継がれる伝説の名勝負となった。
    もしもマルゼンスキーが出られていたら、どんなレースになっただろうか。

    □マルゼンスキーの悲運その5
    そのあまりの強さのせいで、彼が出走できなかったクラシック戦線は
    完全に「敗者復活戦」扱いとなり、引退後も種牡馬としても、
    この世代の三冠レース勝ち馬は全くと言って良いほど評価されず、
    散々な余生を送る羽目に。まさに悲運(マルゼンスキーじゃないけど)

    □マルゼンスキーの悲運その6
    種牡馬としてのマルゼンスキーは、ダービー馬サクラチヨノオーを筆頭に
    G1勝ち馬を何頭も送り出し、孫の世代からもG1馬を多数輩出した。
    誰もが認める名種牡馬の地位を確立したが、
    遺伝とは恐ろしいもので、子供達にはその類まれなスピードと共に、
    脚元や体質の弱さもかなりの確率で受け継がれてしまった。

    しかし種牡馬として成功しながらただの一度も
    リーディングサイアー(子供の獲得賞金で算出した年間種牡馬ランキング)の
    タイトルは取れずに終わる。
    さらに数年後に輸入される事になる「ある1頭の種牡馬」によって
    マルゼンスキーの後継種牡馬達は根こそぎ淘汰されてしまい、
    現在では直系の血は途絶えてしまった。最後まで悲運。

    マルゼンスキーが生涯僅か8戦で2着馬に付けた着差の合計は推定「61馬身」。
    競馬にタラレバは禁物と言われるが、
    30年近く経った今なお、この馬を史上最強馬に挙げる
    競馬ファンや関係者が居る理由の一端だけでも伝われば幸いである。

    日本ダービーの前、主戦騎手である中野渡清一騎手が言った
    28頭立ての大外枠でいい。賞金も要らない。
    他の馬の邪魔をしないから
    ダービーを走らせてくれ

    という名言が今も残っている。

    ────────────────────────────────────────

    成長システムに関してはウイポの仕様上での話がメインになってしまったので
    ちょっとややこしい点も多いかと思うが、前回までのローテーションと並んで
    ゲーム中でも非常に重要なポイントなので是非理解しておきたい。

    初プレイ時など史実馬を所有する場合、上手くピーク時期が被らないよう、
    各路線ごとにG1を勝てる馬を入れ替わりで確保するようにしたい。

    ではまた
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