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【ウイニングポスト8 2015】ウシでも分かる競馬講座?・7
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【ウイニングポスト8 2015】ウシでも分かる競馬講座?・7

2015-04-16 16:38

    1985年・前半

    やっと4年目。
    今年はいよいよ手駒も揃ってきたので、お守り稼ぎモードに入りたい

    ※お詫び
    SSを撮り忘れた為に年末の表彰式をリロードしたデータを誤って上書きしてしまい、
    鳳との対決馬がダイナガリバーに変わってしまいました。
    12月4週のレース結果は一切変化ありません。前記事は修正してます。

    初めての…?



    1月4週に相馬さんが来訪。
    お守り交換イベントが発動。
    赤お守り10個と銅お守り1個を交換してくれる。



    この類似イベントは毎年起きるので(発生時期は決まっている)
    上手く利用してより上位のお守りをゲットしたいところ。
    一時的に赤お守りが0個になるが…まぁG1勝てば1個増えるし。
    ちなみにお守りの上位互換?効果は無いので、
    たとえば銀のお守りで下位の銅や赤のお守り馬は買えない。要注意



    カウンテスアップがフェブラリーS優勝
    これでG1を3.5勝分





    毎年恒例、井坂さんのクラシックイチオシ馬は

    何とびっくり☆クシロキング
    天皇賞(春)を勝っている実在G1馬という
    井坂先生にしてはマトモすぎるチョイス。
    どうした?と突っ込みたくなる





    スダホークは休養明けのスプリングSで勝利するが…
    同じレースで故障し予後不良の馬が。





    予後不良
    予後不良」とは、故障が起きた時に回復が見込めない(非常に難しい)重傷で、
    薬物による安楽死の処置を施すのが適切な状態。

    競走馬は常に4本脚で立つ為、脚を1本使えなくなると
    残りの3本に多大な負荷が掛かり、蹄の病気などを併発してしまい
    最終的には立てなくなり衰弱死してしまう。
    また治療中に思うように動けないストレスで体調を崩したり、
    痛みで暴れてしまい故障箇所を悪化させたり、別な場所を故障したりもする。

    予後不良の診断が出た場合でも、稀に延命治療を行う場合があるが、
    上記のように、馬により大きな苦痛や負担を伴った結果助けられないケースが多く、
    大抵は予後不良の診断が出ると「その場」で安楽死処分になる。



    レースで予後不良馬が出ると、
    勝った後のコメントもこのように特殊なものに変わる
    調教師コメントも同様。




    史実早世馬について
    実際に行われた1985年のスプリングステークスでも、
    サザンフィーバーが直線で骨折し転倒、予後不良で安楽死処分になっている。

    ゲームではこのように史実でレース中に故障して亡くなった馬は、
    同じレースで必ず故障して死亡扱いになりゲーム内の世界から消える。
    また病気や事故などで若くして亡くなった馬も、
    史実とほぼ同じ時期に死亡扱いになりゲームから消えてしまう。

    ただし「プレイヤーが所有する」ことでこれらの死亡は回避できる。
    この「史実早世馬を救済するプレイ」が、
    ウイニングポスト8の醍醐味というか楽しみ方の一つである。
    (もちろん強い史実馬は上位のお守りが必要なので大変だが)

    ───────────────────────────────────────
    競馬今昔物語・4 ただ1頭の産駒
    サザンフィーバーの父ベストブラッドは、名種牡馬パーソロンの血を引き、
    非常に素晴らしい素質を秘めていたが、生まれつき前脚が曲がっており、
    結局一度もレースに出ることなく種牡馬入りした。
    繁殖牝馬を集めるため種付け料は無料に設定されたが、
    何の実績も無いベストブラッドの馬産地での評価は当然ながら低く、
    初年度に生まれた産駒は、なんとサザンフィーバー1頭だけだった。
    (人気種牡馬なら年間100頭以上の産駒が生まれる)

    このサザンフィーバーが活躍し新馬戦ではスダホークを破り、
    共同通信杯で素質馬サクラユタカオーの3着と健闘し、
    皐月賞トライアルであるスプリングSに出走した。
    五冠馬シンザンの仔、ミホシンザンや3歳(現2歳)王者スクラムダイナらを相手に
    快調に逃げて抜群の手応えで直線を迎え、後続を一気に突き放しに掛かったその時、
    サザンフィーバーは故障を発生し前のめりに崩れ落ちた。
    レース後、予後不良により安楽死処分となるが、
    騎手をはじめ「故障していなければ勝っていた」と証言する関係者は多かった。

    この唯一の産駒だったサザンフィーバーの悲劇の快走が関係者の目に止まり、
    翌年から父ベストブラッドの種付け頭数は一気に数倍に増え、
    その中からホワイトアローなどの活躍馬を出すことが出来た。

    ただ1頭の産駒が大活躍して、父の人生(馬生?)まで変えてしまったという
    漫画のようなお話。
    ───────────────────────────────────────

    幼駒誕生
    今年も恒例、幼駒の能力(河童木と美香の印)チェック。


    それではダイワテスコから…っと

    !?(2年連続2回目)






    期待薄のモーモーカントリーは…

    ファッ!?

    これはアンジェリカに期待大!!






    ズコー
        ∧∧
      ヽ(・ω・)/
     \(.\ ノ




    世界頂上決戦



    4月1週、突然知人が集められ
    「世界頂上決戦」の開幕が告げられる







    5年ごとに欧州と米国の交互に開催される。





    対象レースは
    ・ケンタッキーダービー
    ・凱旋門賞
    ・ジャパンカップ
    は確定で残りはその都度決めるらしい。今回は上記画像の通り。
    正直そこまでの駒は揃ってないので今年は勝負にならない。

    ちなみに、対象レースの確認や途中経過は、


    「人情報」→「馬主」→「自分(プレイヤー名)」の下にある
    「決戦経過」を押せば確認できる
    結構忘れがちなので注意





    うっかりSS撮り忘れたが
    アイランドゴッデスが桜花賞制覇!
    これは正直予想してなかったので嬉しい誤算
    しかし距離適性の関係上オークスは回避





    カウンテスアップは
    かしわ記念帝王賞とG1連勝!!
    これでG1を4.5勝分





    G1勝利数について
    G1を4勝以上すると、引退時までのG1勝利数に応じて
    殿堂馬」として表彰されるのだが
    8勝 →金の像
    6勝 →銀の像
    4勝 →銅の像
    になる。(もちろん過去に解説した通り地方競馬のJpn1は0.5勝換算)
    勘の良い人ならピンと来ると思うが、
    これはそれぞれが表彰と同時に貰えるお守りの種類と同じになっている。
    つまりカウンテスアップは現時点で、
    引退時に銅の殿堂馬として表彰され同時に銅のお守りを1つ貰える事が確定している。
    カウンテスアップは成長タイプが「覚醒」なのでまだまだ現役が続けられるため、
    金の殿堂馬まで手が届く可能性が十分にある。


    復活のトーアファルコン。鍋底発動!
    ライトニングS8着→高松宮記念15着→マイラーズC17着→京王杯SC8着と
    低迷が続いていたトーアファルコンが遂に函館SSで復活勝利!



    無事鍋底発動したらしい。








    良いことがあると悪いこともある。
    ダイワテスコが二ヶ月連続不受胎
    今年は空胎となる






    所有馬の戦績まとめ
    □トーアファルコン
    ライトニングS8着→高松宮記念15着→マイラーズC17着→京王杯SC8着→函館SS1着

    □ヤマノシラギク
    クイーンエリザベス2世C5着→ヴィクトリアマイル4着

    □カウンテスアップ
    フェブラリーS1着→ドバイWC6着→かしわ記念1着帝王賞1着

    □スダホーク
    スプリングS1着→皐月賞9着→ダービー4着

    □アイランドゴッデス
    若竹賞1着→エルフィンS1着フィリーズレビュー1着桜花賞1着→NHKマイル5着

    □サクラユタカオー
    新馬1着→500万下1着→毎日杯4着→プリンシパルS1着→白百合S1着



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    競馬今昔物語・5 「三冠馬vs三冠馬」
    今回は「一挙2話掲載!」という某週刊少年漫画誌のようなお得感。…得か?


    □主人公その1
    ミスターシービー
    1983年のクラシック三冠馬

    五冠馬シンザン以来、19年ぶりの三冠馬となる。




    □主人公その2
    シンボリルドルフ
    1984年のクラシック三冠馬

    2年連続で誕生した三冠馬
    史上初めて無敗で三冠を達成する



    この2頭はまさに対照的だった。まず産まれ
    1976年1月31日の新馬戦。逃げ切った後の名馬トウショウボーイ
    後に牡馬相手に毎日王冠をレコードタイムで逃げ切った名牝シービークイン(5着)
    この2頭の間に産まれたのがミスターシービー
    食パンくわえて走って登校中の少女とぶつかった同級生が
    紆余曲折でくっついたみたいな感じ。
    ちなみにシービークインがこの世に残した産駒は
    繁殖事故などの影響もありミスターシービーただ1頭だった。
    またこの新馬戦には、後に菊花賞や天皇賞などを制し、
    トウショウボーイのライバルとなるグリーングラスも4着に入っていて、
    後に3頭が重賞勝ち馬となったこのレースは「伝説の新馬戦」と呼ばれている。
    …と、生まれる前からドラマティックだったミスターシービー。

    片やシンボリルドルフ。兄に重賞勝ち馬シンボリフレンドを持ち、
    名種牡馬パーソロンの仔として生まれる…という割と普通感溢れる素質馬。

    次に脚質
    快速逃げ馬の両親を持ったミスターシービーだったが
    レースぶりはどん尻からの追い込みという全く正反対なもの。
    届くか届かないか見るものをハラハラさせ、
    競馬のセオリーを無視するその破天荒なレースぶりは「天衣無縫の三冠馬」と称された。

    片やシンボリルドルフ。道中は先行し
    好位置に付けて直線早めに抜け出して後続を突き放す
    というレース展開の影響を受けづらく、ロスや不利が少なくなりやすく、
    最も勝つ確率が高い戦法を常に選択するという、まさに「効率厨
    隙が無く安定したレースぶりとその圧倒的な戦績から付けられた異名は「皇帝
    馬なのに、である。

    さらに戦績
    スタートでの出遅れ癖を繰り返し、騎手の言う通り動かず、
    敗戦を糧に一歩一歩強くなり春の二冠を制したミスターシービーだが、
    生来の蹄の弱さに加え夏風邪などで調子を崩し、菊花賞の前哨戦で4着と敗れる。
    そして復調した本番の菊花賞では「ゆっくり上ってゆっくり下る」がセオリーの
    京都競馬場第3コーナーの坂で一気に先頭に躍り出る。という奇策に打って出て、
    そのまま逃げ切るという物凄いレースを見せて見事19年ぶりの三冠を達成する。


    片やルドルフ。名伯楽・野平祐二調教師や名騎手・岡部幸雄をはじめ、
    厩舎や牧場スタッフらによる英才教育を施され、
    デビュー戦からダービーまでのスケジュールやレース内容なども全て計算され
    見事その期待に応え、史上初めて「無敗での三冠馬」となった。

    この対照的な2頭はファンの支持も「シービー派」と「ルドルフ派」に大きく分かれた。
    実際は「どっちが強いか」というより「どっちに勝たせたいか」的なところもあり、
    レースぶりも相まってファンの人気はシービーの方が上で、
    実際初めての直接対決ではシービーが1番人気、ルドルフは4番人気と差がついていた
    (当時はレーススケジュールが現在と違い、
    菊花賞からジャパンCまでは中1週しか無かったので、
    厳しい間隔で挑むルドルフの評価は低めだった)

    シービー側から見れば
    「せっかく19年ぶりに達成した快挙を翌年あっさり達成しやがって」だし
    ルドルフ側から見れば
    「無敗の三冠という歴史的快挙なのに去年と比べてレース内容が地味扱いされる」だしで
    お互いに「目の上のタンコブ」的なところがあった。

    この2頭が1984年のジャパンカップで初めて直接対決することになった。
    当時のジャパンカップは外国馬に席巻され、日本馬は一度も勝ったことがないレースだった。
    ファンも関係者も「三冠馬が2頭も居ればどちらかは勝てるだろう」と思っていて、
    「今年勝たなきゃいつ勝つの?」「今で(ry」と言わんばかりの期待度だった。

    結果、ルドルフは中1週の強行軍がたたったのか伸びを欠き3着、
    シービーに至っては全く伸びず10着と惨敗。
    三冠馬2頭が揃って負けたものの、伏兵カツラギエースが何と逃げ切って
    日本馬初のジャパンカップ制覇を達成するという、ファンとしては嬉しいやら悲しいやら。

    次走の有馬記念ではルドルフが完勝。
    シービーはまたしてもカツラギエースの後塵を拝し3着と敗れる。

    捲土重来を期してシービーは天皇賞(春)で三度ルドルフに挑む。
    三冠を取った菊花賞の時のように京都競馬場の3コーナーで仕掛けルドルフを揺さぶるが、
    ルドルフは全く動じず直線でシービーを突き放して完勝。
    シービーはルドルフから10馬身以上ちぎられた5着と完敗を喫し、
    後に故障を発生し、結局このレースを最後に現役を引退。


    結局シービーとルドルフの直接対決は3戦して全てルドルフが先着。
    ルドルフはJC3着→有馬1着→天皇賞1着だったのに対し、
    シービーはJC10着→有馬3着→天皇賞5着と接戦にも持ち込めずまさに完敗に終わった。

    競馬の常識を覆し続けた、天衣無縫の三冠馬ミスターシービー
    生涯戦績15戦8勝、クラシック三冠に加え天皇賞(秋)も制し四冠を達成した。
    1歳年下のルドルフには遂に一度も勝つことは無かったが、
    だからこそシービーはファンに愛されたのかもしれない。
    83年、菊花賞。

    その馬は、タブーを犯した。

    最後方から、上りで一気に先頭に出る。

    そうか、タブーは人が作るものにすぎない。

    その馬の名は…ミスターシービー


    ─2012年JRACM 菊花賞より

    ルドルフはその後も勝ち続け、生涯戦績16戦13勝(うちG1レース7勝)という
    前人未到の大記録を残し「日本競馬史上最強馬」という評価を得て現役を引退した。
    そのあまりの強さと安定感から昭和の大横綱・北の湖のように
    「強すぎてつまらない」と評価をされてもいる。
    85年、ジャパンカップ。

    ある男が言った。

    競馬に絶対はないが、”その馬”には絶対がある。

    勝利より、たった三度の敗北を語りたくなる馬。

    シンボリルドルフ

    永遠なる皇帝。

    その秋、日本は世界に届いていた。


    ―2013年JRACM ジャパンカップより
    引退後、種牡馬となった2頭はそれぞれ活躍馬を出したが、
    やはりここでもシービーはルドルフに遅れを取っている。

    19年ぶりにようやく誕生した歴史的な三冠馬が
    2年続けてしかも無敗で誕生するという稀有な時代。
    この後、現在(2015年)に至るまでクラシック三冠馬同士が
    同じレースで直接対決した事は一度も無い。(牡馬三冠vs牝馬三冠の対決はあった)

    現役中も引退後も事あるごとに比較され続けた彼らの奇妙な「縁」は、
    彼らの息子達の世代でも奇妙な繋がりを見せるのであった。

    ───────────────────────────────────────


    それでは
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