• 【勇者指令ダグオンよもやま】ラドンパの箱と赤い風船

    2018-03-05 23:132

    勇者指令ダグオンの第29話は数あるエピソードの中でも、異色中の異色である。
    簡単に言うと、宇宙人の悪事を食い止められなかったのに地球は平和だった、という話。
    自分は当時、子供ながらこのシュールな話をリアルタイムで見た覚えがある。
    ファイヤーダグオンが一瞬も登場せずあっけからんとして、むしろ記憶に残る話だった。

    ただ現在は、望月監督がこの番組をウルトラセブンからのモチーフを多く拝借していることを明言している。だから、この話に実は特に深い意味とかはなく、ウルトラセブンの第8話「狙われた町」を下敷きとして、そこにギリシャ神話の要素を加えたもの位に考えることもできる。
    ただ、望月監督は「大人っぽいドラマをやりたかった」とも語っていたように、意図的にこういう話をやろうとはしていた感じは伝わってくる。当時の自分はその目論み通り、このヒーローものらしからぬ話にインパクトを感じていた。なので個人的には今でも思い入れのある話なのである。

    今回は勇者指令ダグオン第29話『青い星の戦慄』について語りたい。
    加えて、前々回の記事の最後に書いた疑問「最終回のマリアとあの女児の絡みは何を意味していたのか?」という件の解釈であるが、意外なことに、この29話において共通点のようなものがありそうなので、それについても書くことにする。


    勇者指令ダグオン第29話『青い星の戦慄』



    あらすじ…


    その日の昼間、一人のサルガッソの宇宙人は公園の茂みの中で怒りに燃えていた。楽しそうな人、人、人。星人は「許せない星だ」と子供に怒りをぶつけた。


    同じ頃、ダグオンの2人、カイとリュウは、最近日本各地に突然出現する巨大な穴についての調査を行っていた。そして犯人を突き止めた。


    宇宙人がUFOで何やら穴を掘り続けていたのである。だがカイはついにUFOを発見し取り付き、その中で、地球人を憎む布切れに体を包んだ宇宙人と出会う。


    彼はラドンパ星人。彼はサルガッソに収監される前、地球に向けて惑星破壊の最終兵器・ラドンパの箱を隠したのだという。そして自由の身になったついでに、この星の人間も気に食わぬから箱を使って滅ぼそうというのである。



    カイはラドンパ星人に捕らえられながら彼の話を淡々と聞きいていた。ラドンパ星人の地球への憎しみが、ただ平和な世界が憎いからという理由だけであったことを聞き、あまりの哀れみと幼稚さに一喝するカイ。だがそうしている間にも箱は捜索され、とうとう箱は発見されてしまう。


    箱を開く前、ラドンパ星人はカイに「この箱の中に何が入っていると思う?」と切り出すと、その箱の中身が『悪の心』であると明かした。開いた瞬間、人間は不の感情に苛まれ、お互いを滅ぼし始めるというのだ。
    最早これまで…と思ったが刹那、密かにUFOに忍び込んでいたリュウの助太刀によって、カイは開放される。トライダグオンしてターボカイになり、ラドンパ星人を攻撃するカイ。しかし彼の布切れの下はなんと腕だけの存在だった。



    そして、それにカイが動揺した隙にラドンパの箱は開放されてしまう。負の心は地球全土を覆い尽くすのだった。咄嗟にカイ達は融合合体してロボになりUFOを苦し紛れに攻撃するも、時すでに遅し。呆然と立ち尽くす二人だった。

    しかし、その落胆は意外な形で覆される。周りを見渡すと、町の景色は何も変わっていなかった。思わず釈然としながら、リュウと公園で話し込むカイ。


    リュウは言う。「あの箱はきっと壊れていたんだろう」そう考えられれば気楽なものだ。しかしカイの脳裏に、残酷な真実の仮説がよぎる。そしてそのとき、まさに目の前に空き缶がポイ捨てされる状況を目の当たりにする。そして口を開いたカイは、悪いことも犯罪も戦争も、人間が人間である限り逃れられない…人間がそれほど清らかなものなのか?とさえ語る。


    箱はちゃんと起動したが、地球人には効果がないだけであったのかもしれない。では地球人とは一体…?と、暗い結論に落ちてしまいそうな所だったが、その言葉にリュウは、巻末入れずこう答える。「未来は分からないぜ?」と。そう、目の前では、小さな子供たちが仲良く遊んでいる。リュウの言葉に確信を持ったかのように、カイはそれに笑顔で答えるのだった。




    作品解説、補足、自分の感想など


    この話は前述の通り、ウルトラセブンの第8話を下敷きに作られていて、メトロン星人が製造したタバコを巡る物語である。その最後のナレーションでは、

    メトロン星人の地球侵略計画は、こうして終わったのです。人間同士の信頼感を利用するとは恐るべき宇宙人です。でもご安心ください。このお話は、遠い遠い未来の物語なのです。えっ、何故ですって?我々人類は今、宇宙人に狙われるほど、お互いを信頼してはいませんから…

    という言葉で締めくくられている。

    このような作品を下敷きとして持ち出したところがまた、興味深いのだが、ただ実にダグオンとマッチした話だと改めて感じる。
    何故なら、ダグオンは人間同士の仲間内で進む作風故、どの物語も根底に「信頼」「友情」が分かりやすいメインテーマとして添えられているのが特徴だからだ。たとえば直近の話に遡ってエピソードを振り替えても、それは明白だ。

    ・第19~21話では、ゲキ視点によってマリアを守りたい、ガクを助けたい、ライナーチームと協力したいというテーマを持っている。
    ・第22話ではエンがアンナ先生のために孤軍奮闘(なお…)
    ・第23~25話では、ガンキッドとダグオンの友情
    ・第26話では、ガクのダグオンへの信頼
    ・第27話では、リュウと子猫との心の葛藤(なお…)
    ・第28話では、ヨクと藤井さんの切ないラブストーリー

    と、ここまできて準レギュラーやゲストとの葛藤を描いてきた。
    あふれる勇気を手にしたダグオンが、強く友情を信じ
    傷つくことも恐れず無限大の未来を切り開くことを繰り返してきた。
    だがそれが正しいとか、全て上手くいった訳では必ずしも、ない。
    ダグオンになれる人間だからというだけ。という理由のままに。
    やれるだけのことはやったのだ。それは正しい。

    だが
    その結果、最終的に、救えなくても(22話)。信頼を失っても(27話)。
    ということも挟みながら、である。それでも救いたい。
    何故なら、人間だから。宇宙人に侵略されてたまるか!という純粋な心があるのだ。
    (第43話で「ダグオンだからって何で戦うのよ?好きな人いるの?」という問いにエンは答えられなかったが、これがダグオンが人間の勇者である所以である。しかし細かい大儀なんてものは、子供の模範には必要ない。子供がダグオンで見て学ぶことは、せいぜい自己犠牲や相互理解くらいでいいのだ。)

    だが、そこへ来て、ちゃぶ台を返すかのごとくこの第29話、あえて今更
    「人間は救うに値する者達なのか?」
    という問題提起を突きつけてみせる。

    いいじゃない。面白い。
    今思えば、こいういう作風としてやれることを結構網羅している感じだ。ダグオンって。
    ただ、メカの動かし方があまり慣れていないような演出の仕方は
    過去の作品と比較してしまうと確かにそういう部分もあるし
    話としても、ロボアニメとしては今ひとつ地味に見えてしまうストーリーが続くことになってしまうのもやや否めないが…
    まぁでも、興味深いし、昔も今も面白いと感じる。



    ちなみに自分はダグオンの台本はいくつか持っているが
    この話のシナリオ台本も入手している。

    アニメの製作現場には、担当の脚本家が描いたこの「シナリオ台本」と、それをいくつか改定し決定稿の台詞が書かれた「アフレコ用の台本」が存在する。
    どちらの台本にも、劇中との齟齬がある(アドリブなどによる)が、シナリオ台本の方はまだチェックがされていない仮の台本であるために、かなり劇中と異なる内容になっていることがある。
    中には、載っているシーンそのものが本編で省かれたりしている文章すらあるのだ。
    (自分が持っている中では、特に第41話「禁断の超合体」のシナリオ版は、かなりの変更が見られて興味深かった。)
    "シナリオ台本版"第29話は、他のダグオンの台本と比べると、改定箇所こそ少ないが、いくつかの変更点は存在する。

    ・箱を発見する場所が「伊勢湾」と明言されている(劇中では削除)。
    ・ラドンパの箱が開放される部分の内容が、不自然と判断されたためか、やや異なる。劇中では、まずダグテクターに変身してラドンパ星人を攻撃⇒箱が開かれたので融合合体してUFOごと粉砕⇒間に合わず、といった具合なのだが、シナリオ版では、ダグテクターでラドンパ星人を攻撃⇒ついでにUFOも粉砕⇒倒したと思ったら腕のラドンパ星人がUFOの瓦礫から出てきて箱を開ける、という流れになっている。
    ・公園でカイの前で行われるポイ捨ては、シナリオ版では空き缶ではなくタバコの吸殻になっている。子供番組で火のついたものを捨てるシーンはまずいと判断されたのだろうか。
    ・最後にカイが帰結に至る人間の悪についての台詞がえげつない。劇中では「ラドンパの箱などなくても地球人はいずれ滅び行く運命なのではないだろうか」と語っているが、シナリオ版では更に重く、劇中の台詞に加え「悪い心を持っている地球人には効果がなかったのかもしれない」というものまである。分かりやすい表現ではあるが、ヒーローが地球人は悪いと断定するのは、流石にまずいと判断されたか。







    ・そして、最後に「未来は、分からない」と閉めているのが、リュウではなく、シナリオ版ではカイである。ここは流石に英断だろう。これでは折角二人に物語を絞ったのに、リュウの立場がなさすぎる。自己完結乙!!みたいな…。ていうか、前述の箱の解放の下りでも、シナリオ版ではダグシャドーは登場しないことになっているし。手直しがあって正解だった。

    脚本側から見る物語も、中々面白い。


    赤い風船

    最後に、このエピソードで、もうひとつ気になったシーンがある
    それがこのシーン。


    このシーンは、ラドンパ星人が地球の公園の平和さを観察している一場面。
    左上に小さく、赤い風船が浮かんでいるのが分かる。

    さて、ダグオンを最後まで見た人ならこの風船、どこかで見覚えがないだろうか。


    そう。最終回で、マリアが自分そっくりの不気味な子供に請われて取ってあげた、あの赤い風船だ。これは完全に自分の考察だが、ダグオンにおけるこの赤い風船はきっと、平和の象徴なのではないかと、最近妙に納得してしまった。

    自分は、最終回のこの赤い風船のシーンが何なのか全くわからなかった。
    このことは、以前のダグオンのサンフェスにおけるブロマガでも述べたことだったが、その時沢山の方から意見やRTをいただく中で、赤い風船はエンのメタファーであり、エンが帰ってくることを予見している。子供がマリアの顔だったのは、幼馴染の頃から続く今までの生活が戻ってくることを意味するという考察をされている方がいた。
    その意見も自分は大賛成なのだが、もうひとつ。自分はこの最終回の風船の答えについて、この第29話を見てハッとその答えに気付いたような気がした。

    そう。ラドンパ星人が憎らしいと見ている中、公園に浮いていたのは、あの赤い風船。それは紛れもなく、ラドンパ星人が言う平和の象徴のひとつである。
    前の話でガクが猫を救ったように、エンが自分の力で地球を救ったように、この最終話でマリアも、子供の手に再び風船を取り戻し、しかもラドンパ星人が恐れた「平和」を握らせたのである。
    ダグオンのこの、最後の最後まで、頑なに他人のためにキャラを行動させるところには、最早意地すら感じる。しかし、幸福の裏には不幸もある。それは表裏一体である。それを描写することも忘れなかった。でもでもでも、諦めるな。愛する人は、帰ってくる…。

    という感じで、いい感じに最終話をやっと全て消化できたんですね。29話のおかげで。(自己陶酔)

    そんな考察、妄想も膨らませるような不思議な話だった。


    ところでラドンパ星人が腕だけだったのは、「私の不幸を思い知らせてやる」という言葉通り、もともと全身の肉体があったからなのだろう。コイツも妄想を膨らますと、前回のアーク星人のような、かわいそうな敵みたいな側面が想像できる。

    しかし、ダグオンを見ていた自分も大人になり、ラドンパ星人のようにだけは絶対になりたくないと思う。世の中、汚いことがいっぱいだ。真面目という言葉が、自分は気に入らない。真面目とはバカと表裏一体の意味を持つ。エンやゲキ、ダグオンのように大らかに、カイのように規則ただしく余裕を持って、自分はせめて健やかに生きて生きたいと思う。


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  • 【勇者指令ダグオンよもやま 第一回】宇宙皇帝アーク星人とは何者だったのか

    2017-01-10 22:312

    宇宙皇帝…と聞くと、勇者ファンならドライアスという方も多いだろうと思う。
    しかしダグオンにおける宇宙皇帝といえば、あの宇宙人である。






    まずこのキャラクターの主な役回りについて、個人的な評価を述べてみる。
    宇宙皇帝アーク星人とは、「勇者指令ダグオン」の作中で一番最初に登場した敵側のレギュラーキャラクターである。

    第7話において、敵集団の巣である宇宙監獄サルガッソにおいてかつて同監獄で看守として従事していたロボットを操り地球に送り込み、その戦いの後にビデオメッセージを残して消えていくという形で初登場。
    この第7話というのはシャドーダグオンが初登場する回であり、5人のダグオンの初期戦力のメカがようやく全て出そろった回でもある。ダグオンの基本的なストーリーが一段落した中でラストシーンに突如として自己紹介を始めるこのアーク星人は、レギュラー格のライバルキャラと思われた。

    しかし、次にアーク星人が登場するのは第11話。この回は剣星人ライアン(追加戦士)が初登場した回だが、この回においてアーク星人はダグオンというよりも、あくまでライアンのライバルキャラクターであったことが判明する。



    「私は宇宙皇帝。下等な剣星人も地球人も、私にとっては虫けら同然。そんな連中を始末して何が悪い。」と話すアーク星人。そんな彼の身勝手によって故郷の星を滅ぼされ天涯孤独の身になっていた剣星の生き残りの男・ライアンは、サルガッソとそこにいるアーク星人を追って地球にやってきたのだった。
    …とまぁこんな具合だが、個人的にはここで第7話に抱いたであろう楽しみが早くも崩れていった。つまり毎回出てきてザコをけしかけるタイプではなく、何かとエン達人間中心のダグオンというストーリーに絡ませずらいライアンとガンキッドというロボットのサブキャラクターに、サブドラマを生み出す為の、準レギュラーキャラとしての役割でしかないということだ。初登場の第7話では意味深な登場をしただけに、色々なことがやれそうなキャラだと思ったので、少し扱いが勿体ない気がしたのは自分だけだろうか?
    戦闘では常に変身生物キャメロンや惑星凍結装置であるアーク城を駆り、自らの手はあまり汚さないという独特な個性を持ったキャラではあったのだが、不定期に登場するため印象にも残り辛かった感は否めない。

    中盤にアーク城を破壊されてからの3クール目はワルガイア兄弟がレギュラー悪役として登場する機会が増えたためか全く音沙汰なく、4クール目に差し掛かる所で再登場したと思いきや、ライアンと決闘して退場という流れに。
    ダグオンが序盤、勇者シリーズ7作目だというのにどうにも脚本もバンクを使った話のテンポもロボットアニメに不慣れな感じなのは、ロボットもの初挑戦の望月監督というのもあるが、「ダ・ガーン」~「ゴルドラン」までシリーズ構成を歴任してきた川崎ヒロユキ氏が、この年ガンダムシリーズ(ガンダムX)に移動になった高松監督にそのままついていくことになったことも大きい。もし川崎氏がダグオンに携わっていたら、「ダ・ガーン」のオーボス一味のように、アーク星人も2話くらいから出てくるレギュラーキャラになっていたかもしれない。(だからといって荒木憲一氏を悪く言う気もないのだが、経験はやはり重要だ。)



    そんな感じで作中ではライアンのライバルという役割以上の存在感がなく、イマイチ小さくまとまってしまった感が否めないこのアーク星人だが、彼にはよくよく考えれば面白い謎が結構散りばめられていたりする。



    前述のとおりこのアーク星人は、「自らを宇宙皇帝とし、自分より下等な種族の住む星々を滅ぼす権利を主張する」というのが行動の基本原理らしい。
    しかし、それ以上の事はあまり語られておらず、よく分かっていない。「剣星を滅ぼした為、エルバイン太陽系という宇宙でライアン以外に偶然生き残っていたとある剣星人の怒りを買い、その者の手によってサルガッソへ収監された(wikipediaではこの辺の時系列が間違って記載されているような…)」ということ、服を脱ぐと実はスリムで仮面の下はイケメンだった、ということが終盤明かされるくらいだ。
    …いや、だが目に見えて分かることはある。彼は宇宙皇帝という、全宇宙に君臨する者と自称しながら、マトモな部下がいないのだ。知性のない家畜のような宇宙バッタやキャメロン、そしてガードロイドというロボット、そしてアーク城…。よくよく彼を見ていると、彼は周りにマトモな話し相手などおらず、一人でいると気づく。
    極めつけは、ワルガイア兄弟の末弟ヒドーが彼に共闘を囁いた時のセリフ。

    「私は宇宙皇帝…誰の助けも借りん!」

    たった一人で宇宙の皇帝を自称するなど、滑稽でしかない。



    しかし、最後までよく分からないキャラというのは、そのハリボテ度合いがでかいほど、むしろ色々と深読みして妄想を掻き立てることができて、面白いと個人的には思うのである。








    私の過去の記憶で、最も古い記憶…。

    緑色の培養液の向こうで、誰かが話をしている。


    彼を擁立し、我々がこの星を、いや、全宇宙を支配するのだと。

    弱いものを滅ぼし、君臨することのみが、全てだと。

    そう、私は、宇宙の皇帝として「作り出された」存在。

    圧倒的な科学力を誇る、惑星凍結要塞アーク城とともに。


    私はアーク星人。


    星人を名乗っているが、厳密にはアーク星という星は存在しない。

    アーク星というのは、私を生み出したこの者たちの理想。空想の産物に過ぎない。

    神の同志として認められたもののみが乗船できるノアの方舟(Noah's Ark)。

    全てが破滅する中ですら、生き延びることを許された、選ばれた民なのだ。

    方舟でありながら、洪水を引き起こすことのできる、最も神に等しい存在なのだ。







    しかし、解せないことが一つある。

    私は、もしや、この者たちの傀儡ではないのか?

    私は私の意思で、何人をも滅ぼす絶対者として

    君臨しなければならないのではないのか?

    …私という存在がありながら、この者たちの自惚れは、実に愚かしい。

    この者たちこそ、滅ぼして然るべきではないのか?



    私は宇宙皇帝。生まれながらにして、すべての星を支配する権利を持つ者…

    今日から貴様ら下等生物を使役し滅ぼすのは、この私だッ!!!




    『た、大変ですッ!×××××が自ら活動を開始しました!制御不能!!』
    『それだけじゃない、要塞も活動を開始しました!…いや、これは…』
    『惑星凍結装置が起動している…!?』
    『い、いかん!止め…うわああああああああッ!!!!

    ―――
    ――




    みたいな人工物オチが隠れていたら面白いななんて思ったりする。まんまミュウツーやんけ





    柏倉つとむ氏の声はグレミートトが印象深いからか、雰囲気は出ていたと思う。
    素顔がこれだというのだから尚更そう思う。
    出番に恵まれなかった悲劇の悪役を弔おう…(適当)
  • 勇者指令ダグオン、20周年。望月智充監督に会いに行く

    2016-08-15 04:5181

    ニコニコ広告から当記事へ来られた皆様へ。

    【話題の記事】『勇者司令ダグオン』20周年! 望月監督曰く「ガオガイガーよりダグオンの方が絶対おもしろいからw

    ↑このような語弊を生むタイトルに私は一切関知しておりません。
    僕の知らない所で、こんな悪意のあるタイトルで誘導する運営に怒りを覚えています。



    望月監督は、ガオガイガーがダグオンより人気なのを認めたうえで、でも作り手の自分は少なくとも、ダグオンの方がいいんだ!と自分の意見を述べている。そんな話を聞いたというだけなのです。


    しかし、私の関知しない所でこのような誤解が生まれているものの、不快になった方がいらっしゃるのであれば、本当に申し訳ありませんでした。
    運営にも、即刻この件についての問い合わせを行いました。記事に関しては、掲示板からありがたい言葉をいただき、残すことにしました。


    僕としましても、貶して持ち上げる奴は大嫌いです。でも望月監督の発言はそういったニュアンスではありません。ガオガイガーも、僕個人は大好きです。監督も批判するつもりはなかったでしょう。あの場に居て、間違いなくそう感じました。

    書いておいて落ち度がないと言いながらも女々しいのですが、あの日がとても楽しい1日になって、そのマイノリティーを知ってもらいたく記事にしただけだったのです。非常にショックでした。
    この度は申し訳ありませんでした







    放送から20年。ダグオンが好きな僕は、望月監督に初めてお会いした。
    ダグオンを20年、思い続けてくれた方達にも会う事ができた。
    劇場の大画面で、改めてこのアニメの清々しさ、名残惜しさ、面白さも感じ
    何とも青春な一日だった。






    20年前、「勇者指令ダグオン」というアニメがあった。
    5人の高校生がヒーローに変身し、ロボットに融合合体する様は
    素直にカッコイイと思ったものだ。

    さて本題に入る前、少し毒を吐くことにする。
    ダグオンを語る上で僕の中で欠かせないのが、とあるコンプレックスについてである。


    それは放送から10年ほどして、僕の中で再び勇者シリーズ熱が上がり始めた頃。
    ネット上に目を向けてみて、ダグオンの評判はというと…散々なものだった。

    「やおいに媚びていて論外」
    「ロボットが主役じゃないなんて勇者じゃない」

    「ОVAとかホモ臭すぎてマジ黒歴史www」


    当時僕があれほど好きだった作品が、一部の勇者ファン、主に谷田部ファンや
    高松ファンから「男らしくない」などと邪険に扱われ、けちょんけちょんに言われていた。
    それどころか、新世紀勇者大戦の攻略本において、勇者シリーズファンにはおなじみの
    あのハヤバーンまでもが、各参戦作品紹介的なページにおいて、多くは語らないが
    ダグオンを堂々とディスる文章を書いていたことがあり、それを知った僕は悔しくて
    7年くらい前だったと思うけど、mixiで直接本人に問いただしたりしたものだった。
    (回答としては、そんな事を思ったことはありません的な言い分だったけど)

    ダグオンをネットで語る上で、こういうやや過小評価されている状況には
    つくづくその言い方には、腹が立つのだが、
    しかし彼らが言わんとしている事も、まぁ僕も男だから分からなくもない。
    男性の勇者ファンといえば、十中八九勇者パースや大張スキーなど、
    コテコテのロボアニメにありがちな熱さを求めるからだ。
    彼らの言い分も分からなくもない。
    だがそれにあえて反論しながら、2chの専スレで細々と書き込んでいたこともあった。
    ダグオンだって客観的に見ても十分勇者らしい部分もある。
    シリーズの枠組みを超えて面白い、独り立ちした作品として評価したい。みたいな。
    その思いは今も変わらない。

    …ただ、それでも、色々と一般論に惑わされつつ、ある種のコンプレックスかのごとく複雑な思いを抱えていた、大好きな作品。
    それが僕の中では、この「勇者指令ダグオン」というアニメだったのだ。




    さる2016年8月1日。
    『サンライズフェスティバル満天 第一部』にて、
    なんとダグオンの上映会(レイトショー)があるという話を聞いた。しかも
    20周年ということで、望月監督も来るとか言ってるし。
    そんな情報を得、いよいよその日は来た。
    梅雨も明けた夕方、僕はなぜかウキウキで仕事を定時で上がれるのを確認するや否や、
    車に乗り込み、歌舞伎町に駐車。テアトル新宿へ足を運んだのであった。
    ダグオンの映像を劇場で見れるという異様な体験ができるとともに、
    それ以上の欲求を満たし、感動を与えられる何かがあるはずだ、
    「ダグオン」オンリーでこんなイベントなんてもうないかもしれん、などと
    内心、もう来る前から夢中であった。
    最近はアニメを楽しむ事すら忘れかけていた自分が、
    今更20年前見たアニメに体が突き動かされていたのだった。こんなんばっかだな…



    劇場に着くと、案の定埋まっている席は30席ほど
    前列でも脇なら余裕で座る事ができた。



    場内の方々は男女半々くらい。ダグオンなんで、女性ファンが多いのかなと思ったが
    そうでもなく、男性客も同じくらい居て少し安堵感に浸る(笑)。

    大画面で上映されたダグオンは、また一味違った。
    一人一人の言葉がハッキリ目に飛び込み、その場で話しているかのように
    台詞が飛び込んでくる。何度も見ているのに、重みが違う。




    この日は42話、43話、47話、48話が上映された。
    このチョイスはどちらかといえば、戦闘よりも、登場人物のドラマパートが中心だ。
    そして、マリアとエンの絡み、あのラストシーンで再会を果たすまでの、じっくりとした
    青春ドラマを振り返る為の、そのためのチョイスだと言えるだろう。

    そしてこの話を追っていくと個人的に見えてきたのは、やはり最終回はアレで良かったということだ。
    確かに往来の勇者シリーズのイメージの如く、ダグオンだってやろうとすれば、エクスカイザーやマイトガインのように、善悪が一騎打ちをする最終回、って終わり方にもできただろう。
    しかしダグオンという作品を「個」で見てみると、決してそれは正解ではないのではないか。
    それ以上にダグオンを見ていて、この若者たちの青春に相応しい終わり方とはこれなんだと。
    望月監督がなぜ縁もゆかりも無い勇者シリーズに招かれたのかというのはまさにこの為なんだと、改めて確信したのだった。


    上映が終わると、いよいよゲスト・望月監督のトークショーが始まった。
    明るくなった場内では「輝け!ダグオン」「オレ達の友情」「明日は晴れるね」「風の中のプリズム」などのダグオンsongが流れ、言い表しにくい、なんとも濃い空間となった(笑)

    僕が覚えている限りであるが、概ねこのような話をしていた。



    司会:ダグオンを当時やられていた中で、やろうとしていた事などはありますか?
    望月:んーと…やることになった時、まぁ自分にとっても、魔法少女はやったことはあってもロボットものなんてのは初めてだったから…。なんというか、大人っぽい話もやろうかな、とか思ってましたね。脚本の荒木憲一君と、色々打ち合わせをしながらやってました。
    望月:遠近君はもともと、シンのオーディションで来たんですよね。でも声を聞いてすぐ「こいつエンでしょ」ってイメージ通りだったのでエンに決まりました。
    望月:1年間のアニメをやるのは中々大変で。宇宙人なんかはウルトラセブンのイメージを引用しつつ、毎週毎週どんな話にしようかということを考えていた。
    望月:俺も今、後ろで見ててね、最終回なんか特に、作り手なんだけど、凄いなぁって思いながら見てましたよ。

    司会:…ではこれから場内のみなさんへ質問を受け付けようと思います。監督に聞きたいことがある方は挙手の方お願いします。
    望月:えーと、今色々思い出してる所なので…。難しいのとか真面目なのじゃなくて、できればユルい質問でお願いします。(場内笑)

    観客:カイの「Don't say four or five!(四の五の言うな!)」は監督が考えられたんですか?
    望月:いや、それはもうキャラクターとかと一緒に決まってました。ただ、最初は「フォーオアファイブ(読みは正しい)」って発音だったんだけど、ちょっと変えて「フォーアファイブ」と言うように変えたり、とかはあったかな。

    観客:7人(エン~ライ)の中では誰が一番好きですか?
    望月:えーと…。マリア。(場内爆笑)…っていうのは冗談ですけれども、まぁ誰が好きというのはなくてね、みんな一人一人思い入れがあるので。みんな好きですよ。

    観客:印象に残っている話はありますか?
    望月:いや…(しばらく悩む)…ないですね。(場内笑)でもなんだったかなぁ。台風が来たやつ。あの宇宙人とか…
    司会:名前なんでしたっけ?

    観客:フットバー星人!
    司会:宇宙人の名前も考えてらしたんですか?
    望月:宇宙人の名前とかは、序盤の宇宙人の名前がちょっとイマイチだと思って、もっとインパクトのある名前にしようって話になった。台風の話の頃がそうだし、もっと印象深くて覚えてもらえる名前にしようと。今日のボンバー星人もそう。あれは俺が担当した回だったので俺が考えた宇宙人なんだけどね。だからボンバー星人が一番好きかな。
    (補足…ダグオンで脚本を坂本郷名義で望月監督がやったのは2度しかない、しかも単独でやったのはこの43話のみ。思い入れがあるのも頷ける。)


    観客:サンダーダグオンが3回くらいしか出て来なかったんですけど(場内笑)、何故ですか?
    望月:今のアニメにはないけど、ダグオンはおもちゃを売る為のアニメで…(場内笑)そういうのは全部、おもちゃ屋さんが決めるからね。当時のタカラが。その制約の中で出したまでです。合体シーンは最低こんだけ出せとか、言われたからそれを守りました。

    観客:ラジオドラマでは朝日山校長は実はただの一般人なんだという話が出ていたんですが本当ですか?
    望月:いや、校長はほんもんの校長ですよ?俺はそういう認識だけど…。ラジオは基本的に子安に好きにやらせてればいいから(場内爆笑)そういう話もあったんでしょうけど。

    観客:カイは「私設」の風紀委員長ということですが、何故なんですか?
    望月:それはОVAの設定だったっけ?
    観客:どちらかはちょっと忘れましたけど…
    望月:どっちでもいいんじゃない?(場内笑)

    望月:えーと、今日はみなさんありがとうございました。でもやっぱりね、これだけの方に覚えて貰ってるっていうのは嬉しいです。まぁ、少なくともガオガイガーよりは面白いと思いますよ。(場内爆笑)今日はこれで終わりますけど、帰りにロビーにいるんで、何か話があれば気軽に話しかけてくださいね。


    やはり、望月監督を見てて思うのは
    そら、うる星・ダーティペア・クリィミーマミ・プリンセスナインをやってる方だし
    女の子が好きな人やろ!!!!ってことと
    でも、だからこそ青春ドラマってのはこの人がええんちゃうか、いうことで
    サンライズからお呼びがかかったんだな、とか思う訳です。
    やや畑違いの仕事でもやりおおしてみせた所に、仕事と割り切るような感じで
    特別な思い入れはなさそうに話されていたようにも見えましたが、
    それでも最終回はまさに望月ワールド炸裂でしたし、
    勇者シリーズっぽくないかなとか、考える余地もないほど、いい話やった。
    当時もそう思ったし、今もそう思う。本当にありがとうございました。

    監督の談話にもあるが、恐らくダグオンという作品は
    これまでの勇者シリーズの中でも、もっともスポンサー権限の強い作品だったと言えるだろう。
    だって、監督が来る前から、もうロボットの数どころか、勇者高校生が青春しながら戦うってプロットすらも決まっているんですよ。恐らく前年某ガンダムが売れたからだろうけど。
    あとはスタッフがどう動かすかだけ、ですもの。そりゃ最初は手探りになるし、キャラの数も多いから消化するのが大変だ。
    谷田部監督や高松監督以上に、ガチガチに固められた上でのストーリー構成だったのではないかと思う。
    それでいてこういう風に着地してみせるのは本当にすごいし、一つのアニメとして最高に面白かった。


    また上映後、ロビーで監督が観客とふれあいの場を設けると、
    かなりの数のおよそ「ダグオン好きの輪」が自然とでき
    それはもう異様ながら、微笑ましい光景だった。
    僕が覚えている限りであるが、概ねこのような話をしていた。


    (以下上映後、劇場ロビーでの交流の様子)

    観客:終盤はなぜああいう展開になったのですか?

    望月:えーとね、勇者シリーズってのはクリスマス商戦ってのがあるんですよ。(周囲笑)だから、12月まではオモチャ屋の指示を受けながら作品を作る訳だけど、それが年を明けると、売るおもちゃがないからもう自由に作っていいんですよ。今までの勇者シリーズもそうでしたからね。

    僕:僕は当時おたよりを送ったんですが、ダグオンくらぶのおたよりは見てました?
    望月:いや。そういうのは放送局(名古屋テレビ)宛てじゃない?サンライズに送ってくれたら見てたかもしれない。
    僕:これからも頑張ってください!…今日は当時の脚本と、あとダグコマンダーを持ってきました。
    望月:おお、これだよこれ!よく持ってたね。(手に付けていたのをいじる監督!)


    監督の前でドヤる僕氏。アホ
    僕:ルナに「それは持ってていいわ」って言われたんで(笑)よければ写真撮らせてください!
    望月:はい。今日はもう変身して帰って下さい(周囲笑)

    観客:僕は子供の頃見ていて、シンが一番好きでした。だから緑色が今でも一番好きなんです。
    望月:ありがとう。シンが好きなんてなかなか物好きだね。(周囲笑)彼はコミカルで面白い奴だったよね。

    観客:ライアンがアニメだと持ったりできるけど、おもちゃだとファイヤーダグオンに持たせられないんですけど…。
    望月:ロボットの大きさは多めに見てよ(周囲笑)

    観客:さっき最後に仰られてましたが、ガオガイガーと何故比較されていたんですか?
    望月:いやだってね…ほら。ダグオンは視聴率が悪くて。そのテコ入れをするんだって、ガオガイガーが決まった訳で…。で、あんなんなってて(ゴルディオンハンマーのマネをしつつ、周囲爆笑)。今もああいう感じだし。…でもあんなんよりダグオンの方が絶対面白いですよ。で、今のツイッターとかで全然言ってOKですから。望月があんなこと言ってたぞーってw(周囲爆笑)

    観客:マリアのパンチラはやはり意図して描いたんですか?
    望月:パンチラをやろうとは考えてたけど、あのシーン(最後エンとマリアの再開)を思い浮かんだ時点で自然にそこでやろうということになって。それまでのシーンで一切パンチラさせないようにした。(周囲笑)


    このように、監督のノリとは別に、マイノリティを爆発させるダグオンくらぶが多数押し寄せ
    微笑ましくしめやかに談話が行われたのであった。僕もこの時話をさせてもらった。
    観客の女性は30代くらいの方も多く、当時中高生だったことを思わせた。男性は20代くらいの若い方が多くこちらは本来の視聴者層という感じだった。本当に楽しそうに、思いの丈を監督に話して握手を交わし、監督にも笑顔が溢れた。そして
    ガオガイガーに関しては、望月監督なりの自分の作品への愛着と自信、そしてジェラシーがあると言えるだろう。
    (人気があって羨ましかった…という無念のニュアンスであって、ガオガイガーという作品を批判している訳ではない。これは監督の正直な本音として僕は尊重したいと思う)
    望月さん、ぶっちゃけ僕もそうです。

    そういうわけで、記事冒頭のモヤモヤなんかも、この日かなり燃焼できたというか。
    やっぱダグオンは最高だよな!ってのを、個人的に再認識できて。
    もう最高の1日になった。



    ほいで監督と話した後、うろ覚えでパワーダグオンを描き、劇場を出たのであった。
    他の人の会話ももっと聞きたかったが、もう遅いし翌日仕事があるからね。
    20年前は違ったよな。





    あ、そうそう。
    一つだけ、監督に聞きそびれたことがあった。

    最終回、マリアそっくりな女の子が、マリアに風船を取ってもらってたけど



    演出なんだろうけど、これどういう意味なんだろ??
    唐突過ぎてよく分からない上に、考えようによっては怖い。
    これも望月ワールドの成せる業か。はは…。

    (終)