いつかの風が吹く場所へ サブストーリー vol.5
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いつかの風が吹く場所へ サブストーリー vol.5

2014-08-04 00:04


    『暖かな光がこぼれ、まるで皆さんの新たな日々を祝福するような素晴らしい空模様で……』

    市川「はい、間に合わなかったー……」

    体育館から校長のありがたいお言葉が漏れて聞こえてきたところで、ずっと走らせてきた足を止め、天を仰いだ。

    入学早々遅刻確定。

    どうしてこうなった?

    母ちゃんが起こしてくれなかったからなのか、もう少しだけ寝るを二桁単位でやってしまったからなのか。

    原因はいくつも思い浮かぶが、すぐに考える事をやめる。今はそんな場合ではないのだ。

    市川「これってどうすればいいんだ?」

    こういう場合は素直に謝って式に参列すべきか、それとも忍者のようにこっそりとバレないようにいくべきか。

    なんにせよ決断は早めにしなければいけない。

    隼人「あー……やらかした。もう式始まってんじゃん」

    隣を見ると、真新しい制服を着た男が、眉をひそめながら体育館を見つめたままため息をついていた。

    隼人「今日母さん来るとか言ってたから、花穂にバレるよな。なにか言い訳考えねーと」

    隼人「登校中に産気づいた人を病院まで送ってた……ありきたりだな。宇宙人にさらわれたシリーズは前に言ってドン引きされたし……」

    何かを考えているようで独り言を繰り返している。

    市川「大変そうだな」

    隼人「うわっ!? びっくりしたぁ……」

    俺がいることに気づいてなかったのか、必要以上に驚かれた。

    隼人「……もしかして先輩ですか? すみません、少し遅れましたけどちゃんと式には出るから見逃してもらえませんか?」

    市川「何を勘違いしてるのかは知らないが、俺もお前と同じ新入生だよ……それも遅刻組というところまで一緒だ」

    隼人「へ? 君も新入生の遅刻組!? 本当に!? よっしゃ!! さすがにこんな事やらかすの俺だけだと思ってたのに安心した」

    男はニヤリと笑みを浮かべて軽くガッツポーズをする。

    隼人「いやー 本当に仲間がいてよかった。一人じゃ心細かったからさ。あ、俺は三組の遠野隼人って言うんだけど君は?」

    市川「俺は市川智。俺も三組だ」

    隼人「クラスまで一緒とか、俺達中々気が合うんじゃないか?」

    市川「そうかもしれないけど、今はそんな事より早く体育館に入らないか?」

    隼人「なんで?」

    市川「なんでって、式には参加しないと色々とまずいだろ」

    隼人「ああ、あんなのどうでもいい話を聞いて、立ったり座ったりを繰り返すだけだろ? 気持ちだけあればどこにいたって同じだろ」

    遠野は体育館の壁にもたれかかって腰をおろした。

    さっきお前式に参加するとか言ってなかったか?

    隼人「退場してくる時、どさくさにまぎれて列の中に入っちまえばいいんだよ。お前も座ったらどうだ? 桜がきれいだぞ」

    体育館のそばに生えた桜の木々は満開の花を咲かせ、さわさわと風に揺られて花びらが空を舞う。

    市川「お前はひょっとすると不良っていうやつなのか?」

    隼人「俺が不良? 人生で初めて言われたけど、そう見えるか?」

    市川「入学式をサボるなんて不良のする事じゃないか」

    隼人「不良っていうのは、人と違う事をして、目立ちたいやつの事を言うんだぜ? 俺は目立ちたくないから体育館に入らないのさ」
    隼人「まぁ、お前がそんな恥ずかしいっていう思いをしてまで、あんなつまらない式に出たいのであれば俺は止めはしないけどな」

    市川「う……」

    そんな言い方をされると、なんだか式に出るほうが間違ってるいるような気分になってきた。

    なにか騙されているような気がしないでもないけど、ここはおとなしく隣に座っておくことにした。

    隼人「これが隣に座るのが可愛い女の子だったら最高だったんだけど、俺よりでかい男に座られてもなぁ……身長いくつあんだよ?」

    市川「180」

    隼人「結構でかいな。制服の上から見ても結構筋肉あるように見えるし、運動部なのか?」

    市川「小中とずっと野球部。もちろん高校でも野球をやるつもりだ」

    隼人「三年間野球漬けの青春をおくるってわけね」

    市川「俺がこの高校を甲子園に連れて行くから見とけよ?」

    隼人「じゃあ、将来の甲子園に行くスター選手と会話できてラッキーってわけだ。今のうちにサインもらえるか?」

    市川「俺がプロ入り決まった時にサインやるよ。お前はなにか入る部活決めてるのか?」

    隼人「俺は特に何もだなー。将来の夢とか特に無いし、この三年間でなにか将来の目標が決まればラッキーぐらいに考えてるよ」

    市川「中学時代はなにもしてなかったのか?」

    隼人「一応陸上部には入ってたけど、元から才能なかったのに怪我までしちまって大した成績残せないまま引退。高校ではもういいやって思ってな」

    市川「陸上続ければいいじゃないか。才能が無くたって努力をすればそれなりの結果残せるだろ」

    遠野の瞳がどこか憂いをおびたものに変わる。

    隼人「いや陸上はもういいよ。できれば今度は戦わなくてもいいような事を見つけていきたい」

    市川「戦わなくていいっていいって意味だったら文化部とかか?」

    隼人「んー……文化部によさげなのがあればな。なにもなければバイトだってあるし、別の趣味見つけるって道もあるしな」

    なるほど、そういう生き方もあるのか。

    俺の場合は今まで野球しかして来なかったから、これからもずっと野球をしながら生きていくのだろうと漠然と思っていた。

    もしこの先俺が野球を諦めるような事があったのなら、俺はどうなってしまうのだろう。

    今まで考えもしなかっただけに少しだけ不安になった。

    隼人「俺は遅刻っていうミスおかしたけど、ミスしなきゃこの桜をじっくり見る機会がなかったかもしれないだろ? それにこうして市川と話す機会がなかったかもしれない」

    市川「そうだな」

    隼人「だからこうやって失敗しながら色んな道を見つけて行くのが俺の人生……なんてな、偉そうに語っちまった」

    市川「でも、そういう生き方もかっこいいな」

    隼人「どんな生き方が正解なのかは分からないけど、とりあえずお互い三年間頑張ろうな」

    市川「ああ!!」

    力強く頷く。

    変わった奴だけど、なんとなくこいつとだったら三年間上手くやっていけるそんな気がした。

    『新入生退場』

    隼人「お、式終わりじゃんそろそろ人ごみに混ざる準備するぞ」

    「その必要は無い」

    隼人「え?」

    不意に第三者の声が聞こえ、二人で恐る恐る声がした方を振り向く。

    中年の白髪混じりの厳格そうな教師がそこには立っていた。

    熊谷「どうも初めまして、生徒指導の担当の熊谷だ」

    隼人「あ、ど、ども」

    私もね君達と仲良くしたいからちょーっとこれから生徒指導室でお茶をしようか。大丈夫夕方には帰れるようにしてあげるから」

    市川「ハ、ハハやったぁ」

    乾いた笑いしか出てこない。

    前言撤回。こいつとの三年間はきっとこういう面倒な事ばかりが起こりそうだ。


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