いつかの風が吹く場所へ サブストーリー vol.6
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いつかの風が吹く場所へ サブストーリー vol.6

2014-08-11 00:00


    奥井「それじゃあ、遠藤君は田中さんを丸谷さんは市川君を……それから星河さんは遠野君を起こしてくれるかな」

    美弥子「だってよ? ほら、遠野君起きて」

    ゆさゆさ

    隼人「んー……」

    いいんちょに後ろから揺すられて、寝ぼけ眼で顔をあげる。

    隼人「おはよ……いいんちょ」

    美弥子「もうお昼すぎだからおはやくはないけどね。ほら、とりあえず消される前に板書しようよ」

    隼人「うん……」

    いいんちょに促され、自分のノートと向き合う。

    ミミズが這ったような古代文字がノートに記されている。

    いつの間にこんなの書いたんだ俺……

    奥井「それじゃ消しますよー」

    隼人「え、あ、ちょ……」

    サラサラ

    “待ってくれ”その言葉を発することも許されないうちに、世界史担当教師、奥井が瞬く間に板書した内容を真っ白にする。

    隼人(まぁ、どうせ元々まともにノートなんて取ってないんだし今さら気にしなくてもいいか)

    奥井「この辺は今度のテストに出すからちゃんと復習しておいてね」

    隼人「ちょっ……」

    そんな重要な内容だったらせっかく起こしたんだし、寝ていた生徒を配慮して少しぐらい待ってくれてもいいじゃないか。

    奥井「でもなぁ、テストに出るからっていうから勉強するってのはなんだかもったいないと思わないか?」

    奥井「それで君達からよく質問されるんだけど、歴史なんて勉強して何になるのかってね」

    隼人(また始まったよ)

    奥井さんの授業はこういった具合に突然脱線していく。

    それにプラスしてこの柔和なゆったりとした喋り方のせいでそのまま眠りに落ちていく生徒は多い。

    奥井「最近孫が産まれてね、これがまた可愛いんだ。こう手の中にすっぽりと収まって娘が産まれた日のことを思い出したよ」

    奥井「あの子を見た時、愛おしいと思ったのと同時にいよいよ私の歴史も終わりに向かいつつあるんだなって感じたねぇ」

    あれ? 世界史の話は?

    奥井「歴史はね、ご先祖様が今の私達が歩く道を照らしてくれている物なんだよ。歴史があるからこそ私達は迷わずまっすぐ歩くことができるんだ」

    奥井「どんなに命が尽きようとも、その人は世界からいなくなったわけじゃない。歴史の光としてずっと優しく私達を照らしてくれるんだよ」

    そうなのか。

    話が壮大すぎていまいちピンと来ない。

    奥井「だから歴史を知るという事はその光を知り、自分が新しい光となる方法を知ることなんだ。私達教師も似たようなものだね。君達の進む道を照らしてあげることが私達の仕事だ」

    奥井「ただ、こんな短い時間で君達に伝えられる事は驚く程少ない。もっと教えたい事があるけどそれをやっちゃうと三年じゃ足りないからね」

    奥井「三年の間にだって君達は様々なことを体験し、悩み、解決していくことになるだろう。歴史はそうやって積み上げられて来たんだよ」

    定年間近の老教師は自分の歴史を振り返るように目を細めながら外を見る。

    奥井「私と違って君達にはこれから長い人生の道が待っている。だけどその道を歩けるのは後ろから光を照らし続ける歴史があるからって事を忘れないでいてほしい」

    な、長い……この話いつになったら終わるんだ。

    危うく寝落ちしかけたところをなんとか踏みとどまる。

    奥井「いい天気だねぇ。こんな日に狭い教室で試験の為だけに勉強するなんてもったいないよ。こういう日は皆でピクニックでも行きたいものだ」

    おいおい、教師がそれを言っていいのか。

    奥井「少々話がそれすぎたねいかんいかん。それじゃあそろそろ授業に戻ろうか。じゃあ教科書の――」

    暖かな日が差し込む、午後の授業で、ゆったりとした時間が流れる歴史が紡がれ始めた。


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