いつかの風が吹く場所へ サブストーリー vol.7
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いつかの風が吹く場所へ サブストーリー vol.7

2014-08-18 18:10


    美弥子「あ、これ可愛い。この洋服、光凛にすっごく似合うと思うんだけどちょっと試着してみてくれない?」

    光凛「う、うん。いいよ」

    お姉ちゃんの手から水色のワンピースを受け取り、本日五度目となる試着室の中へと入る。

    はぁ……さっきから自分で全然服選べてないよぉ。

    試着室の鏡を見ながら、受け取った服を体に合わせる。

    これもなんだか子供っぽいなぁ。

    六月も半ばの日曜日、家で暇を持て余していたわたしはお姉ちゃんに引きずられるように洋服屋に連れてこられた。

    お姉ちゃん曰く“夏服買いたいから付き合って”という話だったのに、そのお姉ちゃんは入店と同時に

    “これは光凛に似合うよね……いや、でも、こっちの色の方が可愛いなぁ”

    自分の服そっちのけで、わたしの服を選び始めたのだった。

    光凛「お姉ちゃん、着てみたよー」

    水色のワンピースに身を包み、試着室のカーテンを開ける。

    美弥子「どれどれ? ああ、やっぱりすっごく可愛い。やっぱり光凛はそういう可愛い格好がすごく似合うよ」

    光凛「ありがとね。でもさっきからなんだか子供っぽい服ばっかじゃない?」

    美弥子「そう? どれも可愛いと思うんだけどなぁ」

    光凛「可愛いのはいいんだけど、お姉ちゃんが選ぶ服はどれも子供っぽいの。少しはわたしにも選ばせてよ」

    美弥子「えー……」

    お姉ちゃんは困った顔をする。

    美弥子「前に光凛が自分で服選んで持ってきた時、動きやすいのがいいんだって男の子っぽい服ばっか選んだじゃん」

    光凛「それ何年前の話だと思ってるの? 小学生の時の話だよそれ」

    お姉ちゃんはわたしが服を自分で選ぶというと決まってこの話をする。

    あの時は男の子と走り回って遊ぶ機会が多かったから、ひらひらした服より動きやすい服の方がよかっただけだよ。

    美弥子「成長してたとしても光凛に似合うのはこういう可愛い服だって。無理して背伸びする必要はないよ」

    光凛「背伸びって言ったって、わたしもう高校生だもん。もう背伸びじゃなくて大人の格好してもいいと思うんだ」

    美弥子「大人っぽい格好っていうけど例えばどういう服を着てみたいの?」

    光凛「えっと……えああいうの」

    店内に設置された、黒のVネックにミニスカのファッションに身を包んだマネキンの一体を指さす。

    美弥子「あれ、結構胸元が空いてるけど、多分光凛が着ると胸元がスカスカで余計子供っぽく見えると思うよ?」

    そんな事……

    否定をしようとする前に、自分があのVネックのシャツを自分が着ている姿を想像してしまった。

    すかすかっ

    光凛「う……」

    想像の中でその服はダボ付き、袖からは手を出すことできず、なんだかとても悲しい気持ちになった。

    美弥子「ほら、光凛には光凛の似合う服があるんだから、変に大人ぶらないでこっちの服を買お?」

    光凛「……うん」

    わたしには頷くという選択肢以外存在しなかった。


    光凛「はぁ……」

    日課となっている夕方のランニング。

    いつもだったらなにも考えず楽しく走れるのだけれど今日はなんだかすごくもやもやする。

    光凛(結局、今日買った服も全部子供っぽい可愛いやつだったな)

    わたしがどんなに大人みたいな格好を望んでもお姉ちゃんみたいにはならないんだろうなぁ……。

    光凛「あーもー!!」

    やめだやめ! マイナス思考禁止!!

    せっかく楽しいランニングの時間なのに、わざわざ落ち込むような事考える必要はないよ。

    そうだ、今日はお気に入りのあの場所に行こう。そしたらきっと気分がよくなるに違いない。

    余計な事を考えないように走るスピードををグンと上げた。


    光凛「ただいまー」

    日がすっかり暮れた頃、少しすっきりとした気持ちで家の玄関のドアを開けた。

    やっぱり嫌な事があった時は走るに限る。

    美弥子「おかえり光凛。今日も頑張ったみたいだね」

    光凛「あ……」

    お姉ちゃんがさっそく今日買っていた服でわたしを出迎えてくれた。

    ネイビーの落ち着いていて、なおかつ上品に見える服で、お姉ちゃんにとてもよく似合っている。

    光凛「むむむ……」

    せっかく少し気分がはれたのにまた思い出しちゃったよもう。

    美弥子「んー」

    光凛「な、なに?」

    お姉ちゃんはおもむろに屈んで、わたしの事をじーっと注視してきた。

    走ってる時にどっか汚れちゃったのかな?

    美弥子「え、あー その服似合うなぁって思ってね」

    光凛「え?」

    美弥子「光凛はさすごく可愛いじゃない? だから服も可愛い系のものが一番似合うと思ってたの」

    美弥子「でもそれは勘違いだったみたいだね。光凛は陸上の服着ている時が一番輝いてて似合ってるよ」

    光凛「そ、そうかな?」

    美弥子「うん、私達が服を選ぶみたいに服も人を選ぶんだよ。光凛が着ている服を着てもきっと私は似合わないだろうし羨ましいよ」
    お姉ちゃんがわたしの事を羨ましいと思うなんてあまり想像できないな。

    美弥子「光凛はさ、その服好きでしょ?」

    光凛「うん」

    このウェアはもう何年も着ているものだから愛着がすごくある。

    美弥子「きっとその服も光凛の事が好きなんだよ」

    だから、と一拍おいて

    美弥子「だから普段着る洋服も、光凛が本当に好きになれるようなお洋服が見つかるまで、無理して背伸びするような服を買わなくていいと思ったんだけど」

    美弥子「光凛が頑張って好きな服を探そうとしているの邪魔しちゃってごめんね。お姉ちゃん反省するよ」

    光凛「え、あ、ううん。別にあの服は好きな服だからで選んだわけじゃないから。お姉ちゃんは正しいと思うよ」

    お姉ちゃんは微笑んでわたしの頭を撫でる。

    美弥子「今度行く時はちゃんと一緒に決めようね」

    光凛「うんっ」

    美弥子「それじゃあ、そろそろご飯できるから先にお風呂入ってきちゃってくれる?」

    光凛「はーい」

    背伸びをするような服かそれはちょっと違うかもしれないなぁ。

    わたしはきっと大人っぽい服を着たかったわけじゃない。

    “お姉ちゃんみたいな服が着たかったんだ”

    今は背伸びしてもお姉ちゃんに届かないけど、いつかお姉ちゃんに届くぐらい大きな人間になろう。

    そう誓いながら自分の大好きな服を丁寧に洗濯機に放り込んでいくのだった。



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