いつかの風が吹く場所へ サブストーリー vol.8
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いつかの風が吹く場所へ サブストーリー vol.8

2014-08-25 05:20


    隼人「いいんちょ、いいんちょこれ」

    放課後の教室、遠野君がわたしの目の前に一枚のペラペラの紙を差し出す。

    美弥子「なにこれ? 進路調査の紙? それだったら期限は昨日だし、提出先は委員長の鈴田さんにだよ?」

    そう、私はいいんちょというあだ名で呼ばれはいるけど、このクラスの委員長ではない。

    隼人「なに言ってんだよ。いいんちょは委員長ではないけど、ほぼ委員長みたいなもんだろ? なぁいいんちょ」

    何言ってんのという言葉そっくりそのまま返してあげたい。

    隼人「それに鈴田はさ、いいんちょと違って頭が固いから絶対遅れて出す事グチグチ言うじゃん……」

    美弥子「それは遅れて出す方が悪いんだよ……少し反省しよ」

    隼人「えー……」

    うわぁ、すごく不満そうな顔だぁ。

    隼人「なぁ、いいんちょ頼むよ。いいんちょは鈴田と仲がいいだろ? どうにかうまくやってくれない?」

    美弥子「鈴田さんに出すのが嫌だったら、先生に直接持っていけばいいんじゃない?」

    隼人「あの人に持って行ってみろ、もっと小言を言われるに決まってるだろ」

    美弥子「えー……」

    普段なにやってんのよ遠野君。

    隼人「というわけで頼んだいいんちょ!! 俺ちょっと用事があるから」

    グイッ

    用紙を押し付けられ、遠野君は逃げるようにして教室を出て行ってしまった。

    美弥子「え、あっ ちょ、ちょっと……もぅ」

    手元に残された彼の進路調査の紙に視線を落とす。

    “進学か就職のどっちか”

    ……これ、多分どっちにしろ小言コース待ったなしじゃないかな。

    遠野君のこういう所の適当さは一年の頃から変わらないなぁ。

    ふと一年前を思い出してみる。

    そういえば、私がいいんちょと呼ばれるきっかけを作ったのは遠野君だったんだけど、覚えてるのかなぁ。


    ――秋、私達のクラスは文化祭の準備に追われていた。

    “一年の俺達がすげー事やって、三年を驚かせてやろうぜ!!”

    その一言から始まり、議論に議論を重ねた結果、私達のクラスは仮装喫茶という出し物をすることが決まった。

    仮装するのは店員だけではなく来店するお客さんにもちょっとした小物を貸出をして仮装してもらって楽しんでもらう。

    そういったコンセプトから始まったのだが。

    「星河さーん、衣装の素材なんだけどさー」

    美弥子「うん、どうしたの?」

    「あ、星河さんこっちもちょっと見てもらってもいい?」

    美弥子「うん。こっち終わったらすぐ行くから待っててね」

    「美弥子ちゃーんこっちも見てくれない」

    美弥子「あーうん……ちょっとだけ待っててね」

    ……ちょっと忙しいなぁ。

    頼りにしてもらえる事は嬉しいし、頑張ろうって思える。

    だけど、どうしてそれがクラス委員長でも文化祭実行委員でもない私なのだろう。

    思えば、見せてもらった企画書に意見をしてしまったのがそもそもの間違いだったんだろうなぁ。

    当初から作業が難航し、最初からこれじゃあ……と、頭を悩ませている実行委員の友達の子に相談され企画書を見てみた。

    最初に企画書を見せてもらった時、納得がいった。

    どう考えてもこの計画通りやると、とても短い準備期間じゃできないし、予算だってオーバーする。

    それに最低限決めておかないといけないところでさえ曖昧で、これでは失敗することになるのは火を見るより明らかな事だった。

    だから私は、ここをこうしてみたらと意見してみた。

    すると難航していた作業は潤滑に進み、ようやく作業は軌道に乗り始め、友達には物凄く感謝され誇らしい気持ちになったのだけれど

    それ以来、たびたび相談を受けるようになり、他の皆も作業に行き詰まった時私の事だけを頼るようになってしまったのだった。


    美弥子「えっと、これで大丈夫だよね?」

    外がすっかり暗くなり、皆が帰った後の教室で最後の点検をする。

    本来これも実行委員かクラス委員長の仕事なのだろうけど、何故かこれも私がやってしまっている。

    隼人「あれ? 星河まだ残ってたんだ。おつかれさん」

    帰ったはずの遠野君が教室に戻ってきた。

    美弥子「うん。ちゃんと片付けておかないと明日困るからね」

    隼人「んなの気づいたやつにやらせればいいじゃん。もしくは実行委員の奴にやらせるとかさ」

    美弥子「そうかもしれないけど、気づいた人がやるのが一番早いと思うんだ」

    隼人「だからって無茶しすぎだろ。皆、星河にばっか頼りすぎで自分で考える事放棄してるよな」

    美弥子「そんな事ないよ。私が好きでやってる事だから」

    隼人「その点俺はまだ星河に頼ってないぜ? なんせ皆が作業している姿を傍目から見ているだけだからな!!」

    美弥子「そ、そうなんだ……」

    そんな事を誇らしげに言われても反応に困るよ遠野君。

    美弥子「そういえば遠野君忘れ物でもしたの?」

    隼人「ああ、そうそう。弁当箱忘れちまったら、妹から今すぐ取りに行けって言われて戻ってきたってわけ」

    美弥子「妹さんいるんだ」

    隼人「うん、一個下のな。俺が適当なのに妹がしっかりしてるから家じゃ立場ないんだよ」

    美弥子「それはお兄ちゃんだからしっかりしないといけないね」

    それはいつも自分に言い聞かせてるいる言葉だ。私は光凛が誇れるような、しっかりとしたお姉ちゃんでないといけない。

    隼人「耳が痛いな。けど、俺からすれば星河はしっかりしすぎだと思うぜ? もっとわがままになってもいいぐらいだ」

    美弥子「そんな事ないよ。私なんてまだまだだよ」

    隼人「そんな事あるって。いつも誰かに頼られてさ、今日だって皆は実行委員に聞けばいいような事まで星河に聞いてたじゃん」

    隼人「信頼だの頼るのはいいんだけどさ、それが過度になると押しつぶされるだろ? もっと星河の事を考えてもいいと思うんだ」

    美弥子「そしたら遠野君も作業を手伝ってくれると嬉しいんだけどな?」

    隼人「ゴモットモナハナシデスネ」

    美弥子「でも私の事を心配して言ってくれたんでしょ? それは嬉しいな。ありがとね」

    隼人「星河はさクラス委員長じゃないのに委員長みたいだよな。なんで委員長にはならなかったんだ?」

    美弥子「私は生徒会に入ってるから、委員長は兼任できないんだ」

    隼人「そうなのか。じゃあ、これからは俺がいいんちょと呼んでやろう」

    美弥子「え? なんで?」

    隼人「尊敬の念を唱えて?」

    美弥子「そんな疑問形にされてもわからないよ……」

    隼人「ほら魔王の後ろには大魔王がいるのがRPGじゃよくあるじゃん? じゃあ、裏委員長とでも呼ぶか?」

    美弥子「それもっと嫌! それだったらまだ、いいんちょと呼ばれた方がマシだよ」

    隼人「じゃあ、これからはあだ名がいいんちょで決定な」

    なし崩しで決まってしまったというかどっちも嫌だっていう選択肢はなかったの。

    美弥子「……ところでなんで委員長じゃなくて、いいんちょなの?」

    隼人「そっちの方があだ名っぽくていいだろ? それに“う”を読まかったら“長”にならなくて少し責任が軽くなる感じがしなくていいだろ?」

    美弥子「うーん……そうのかなぁ」

    隼人「まぁ、あんま深い意味は無いから気にするなって。これからよろしくな、いいんちょ」

    そう言って彼は笑った。

    それが遠野君とちゃんと話した最初の記憶だった。

    それ以来私は席が近いということもあり、遠野君とよく話すようになり、彼は宣言通り私の事をいいんちょと呼ぶようになった。

    最初は彼だけだったそのあだ名が、男子の間でいつの間にか流行り、ついには女子の間でも私にはいいんちょというあだ名がつくことになった。



    そのあだ名が出回り始めた当初は戸惑いがあったけど、今ではすっかりなれ愛着すら湧くようになった。

    けど

    美弥子「そのあだ名つけた人が責任押し付けるってどうなの遠野君」

    押し付けられた用紙を見ながらそう呟く。

    ……なにかおごってもらおう。

    そのぐらいの事はしてもらわないとね。

    私にわがままになっていいって言ってくれた彼にはワガママを言わないとね。

    そんな事を思いながら私は委員長の鈴田さんに進路調査の用紙を持っていくのだった。





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