いつかの風が吹く場所へ サブストーリー vol.11
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いつかの風が吹く場所へ サブストーリー vol.11

2014-09-15 00:00


    中学生の頃、俺は野球に明け暮れていた。

    来る日も来る日も練習。勉強の事なんてそっちのけで、とにかく野球のことだけを考えていた。

    市川「あー……疲れたー……」

    始業前の教室でだらっと机に突っ伏す。

    大会が近いというのに三人しか朝練に出てこないってのはどういうことだ。

    俺が何回朝練に出ろって言ってもあいつら言うこと聞きやしないし、顧問のハゲは部活に来ないしまったく……どうなってやがるうちの野球部は。

    健太「おはよ。めちゃくちゃぐったりしてるけど今日も随分と頑張ってたみたいだね」

    隣の席のサッカー部キャプテン様の宮原健太に話かけられ顔をあげる。

    市川「サッカー部も朝練あったんだろ。なのになんでお前そんなに元気そうなんだよ」

    競技は違うとはいえ、同じ運動部だからなのか宮原とはこうしてよく話しをする仲だ。

    健太「一応疲れてるよ? でもキャプテンだから、あんまりダレてるところ見せられなくてね」

    そう言ってへへっと笑って見せる。

    それは一応ではあるけども野球部のキャプテンである俺へのあてつけか?

    健太「どう? 今年の野球部は。結構いいところまでいけそうかい?」

    市川「どうだかなー……まぁ、俺が抑えて打てればそれなりには行けるんじゃないか」

    この辺の地区では特に敵になるようなチームはいないし、組み合わせ次第では県大会もいいところまでいけるかもしれない。

    市川「まぁあとはうちのやる気のない部員さん達がどれだけ頑張ってくれるかだわ」

    健太「じゃあ、今回も勝負しようよ。どっちが上の大会まで行けるのかをさ」

    市川「またそれかよ……競技が違うんだから勝負なんてしたって意味がないだろ」

    宮原は事あるごとに俺に勝負をしようとけしかけてくる。

    テストの順位、バレンタインデーにもらったチョコの数、新入部員の数、どれだけ負けてきたと思ってるんだ。

    健太「まぁまぁ、ちょっとしたお遊びじゃん。賭けるって言ったって六十円のアイスなんだから安いもんだろ?」

    市川「そのほんのちょっとが何十回と続いてるんだぞ? 俺が奢られた回数なんて数えるぐらいしかねーよ」

    健太「んー 奢られた数は覚えてないけど、奢った数が六個だっていうのは覚えてるよ。絶対取り返さなきゃね」

    絶対取り返さなきゃってお前……俺はその五倍以上をお前に奢っているんだが。

    市川「そもそもお前は俺が勝てない賭けばっか持ってくるじゃねーか。今回の事だって卑怯すぎんだろ」

    健太「卑怯ってなにがさ」

    市川「なにがって実績を考えればそんなの明らかだろうが」

    うちの中学のサッカー部は全国大会の常連校である。

    かたや我が野球部は俺が入部する前までは県大会すら出たことが無かったドがつくほどの弱小校で、今現在の部員も楽しくできればいいや程度の考え。

    勝負の結果は火を見るより明らかだ。

    健太「うーん……そんなのやってみなければ分からないじゃん? もしかすると奇跡ってやつが起きるかもしれないよ?」

    市川「お前いつもそう言うけど、奇跡なんて一度たりとも起きた事ねーぞ?」

    健太「そんな頻繁に起きてたら奇跡じゃないからね。僕も今まで一回だけしか奇跡に出会ったことないし」

    市川「ほー その奇跡ってのはどんなんだったんだ?」

    健太「んー……それが思い出せないんだよ」

    市川「は? 自分が経験した事なのに思い出せないのか?」

    健太「いつ、どこでどうしたっていう事は思い出せるんだけどさ、“誰が”っていう事だけはどうしても思い出せないんだよ」

    市川「なんだそりゃ」

    健太「僕にも分からない。ただ僕はその奇跡に助けられて今ここにいるって事は確かなんだよね」

    市川「不思議なこともあるもんだな」

    健太「だね。あれからしばらく経つけど今でもモヤモヤしてるんだ」

    宮原はそう言ってイライラとした様子でため息をついた。

    詳しい事はわからないけど、きっと不思議な事があったに違いない。

    奇跡ねぇ。



    おらこいやぁ!!

    そっち行ったいった!!

    夕焼けに染まるグラウンドに運動部員達の声がこだまする。

    その片隅で俺はバッドを握った。

    市川「よーし! おめーら、ノックするから守備につけ!!」

    「えー……」

    部員一同から不満の声。

    市川「大会近いんだから少しはやる気出せよお前ら。守備は野球の基本だから」

    「だって、守備練習面白くないんすもん。やっぱ野球は攻撃っしょ!! 打てなきゃ点は入らない!!」

    「そうだそうだ!! 守備は市川が打たれなきゃ点は入らないんだからやる必要ない!!」

    「よって我々はたくさん点を取るため打撃練習を提案します!!」

    市川「あー……分かった分かった好きにしろ」

    「よっしゃああああああバッティングの時間だああああああああああああああああ」

    部員全員が、さっきまでのダラダラ具合が嘘のようにキビキビと打撃練習の準備を始めた。

    市川「あいつら俺の言うこと本当にちゃんと聞かねー……はぁ」

    「なーに今に始まった事じゃないだろ。俺達の部活なんてこんなもんなんだし気にするな」

    一年の頃からバッテリーを組んでいるキャッチャーがなだめるように言う。

    市川「そうだけどさぁ……」

    このチームで勝てるのか?

    こんな緩い感じで三年間やってきたけど、もう今年が最後の大会なんだぜ?

    俺達が引退したらこのチームは本当に何も残らないのに、そしたら勝つ喜びだって味わえなくなる。

    けどあいつらにそんな事言っても伝わらないし、俺のキャプテンは本当に肩書きだけだな……。

    健太「足を止めるな!! 止めたらもっと苦しくなるぞ!!」

    宮原の大声が聞こえ、その声の方を見やる。

    サッカー部がさっきからずっとボールを持たず延々と校庭をランニングし続けてる。

    その輪の中で一人誰よりも速い速度で宮原は走り続けている。

    健太「いいか! 苦しくなったら僕の背中を見ろ!」

    それ以上の言葉を言わず、ただ黙々と誰よりも速く走り続け、発破をかけられた部員達も再び走る気力を取り戻した。

    ただ走ってるだけなのにあいつらやる気がすげぇな。

    それから宮原かっこいいじゃねぇか。

    やっぱり、リーダーっていうのはああいう奴の事を言うんだろうな。

    ぐっと拳に力が入りかかったが、すぐにほどく。

    まぁ、今更俺達があんなのを目指しても手遅れだけどな。

    「しゃあおらああああああああああああ」

    野球部員達の楽しそうな声と共に、カキーンと小気味の良い打撃音が俺の耳に虚しく響いた。


    それでも俺達はだましだましながら地区予選、県大会も勝ち進み、準決勝までやってきた。

    相手は去年の全国大会出場校。

    過去の対戦では一度も勝てていないチームだ。

    試合前の練習一つ一つ見ても俺達と動きが違う。なんというか格の違いというものをむざむざと見せつけられてる感じだ。

    「こんなチームに勝てるのかよ……」

    そんな相手チームを見て、うちの部員は完全に萎縮していた。

    市川「同じ中学生なんだ。そんな差はねーからもっと伸び伸びやろうぜ」

    勝てば奇跡。誰も俺達が勝つことなんて予想していない。

    だとすればそういう下馬評を覆すのには最高のシュチュエーションじゃねーか。

    だが、実際相手は強かった。

    攻撃では相手のエースピッチャー相手に三振の山を築かれ、守っては少しでも甘いコースに投げれば簡単に球はヒットにされた。

    何度もピンチを背負ってはギリギリのところで踏ん張り続け、コントロールが効かなくなってきても気合で乗り切ってきた。

    “勝ちたい”ただ、その一心で投げた。


    だが、その夏一番の暑さを記録したその日の最終回、七回の表。

    朦朧とする意識をはっきりと覚醒させたのは痛烈な打撃音だった。

    俺が投げた球はキャッチャーのミットに届く事無く、ライトスタンドへと吸い込まれ、ついに均衡が破られた。

    しかしまだたったの一点差。攻撃のチャンスも残されている。

    だけど、今日相手投手から一本のヒットも打てていない俺達にとってその一点は絶望とも言える点差だった。


    七回の裏。

    あっという間にツーアウトを取られ、ランナーも無し。

    絶体絶命な状況だ。

    ……宮原、頑張ってみたけど、奇跡ってのはやっぱりそう簡単には起きないらしいわ。

    最後の瞬間が見たくないが為に俺は顔を伏せた。

    キンッ

    味方の攻撃時にほとんど聞こえなかった快音が響き、顔をあげる。

    信じられない事に、ここまで完全に押さえ込まれてきたうちの打線が相手のエースからヒットを放ったのだ。

    そして続くバッターも

    キンッ

    これも外野へと抜けていく。

    「しゃああああああああない続けよ打線 ここまで市川に一人で頑張らせてきたんだ!! ここで打たなきゃ男じゃねぇぞ!!」

    「打撃練習だけはどこよりもしてきてんだから、打撃で負けんじゃねぇぞ!!」

    味方の声援が大きくなる。

    完全試合達成目前でヒットを打たれた事に動揺したのか相手ピッチャーのストライクが入らなくなり、ボールが先行し

    「フォアボール」

    塁が全て埋まり、ツーアウト満塁。一打サヨナラの場面へと変わった。

    勝敗が決まるこの大事な場面で、打席に向かう三年間バッテリーを組んだ相棒。

    あいつは俺のピッチング練習に付き合い続けたから打撃練習をほとんどしていない。

    その為公式戦で今の今までヒットの一本も打ったことがない。

    つまりここで打つことは、ほとんど奇跡に等しい。

    だけどここまで来たら信じてみたい。その奇跡の存在ってやつを。

    「打てよー!!」

    「先輩頼みます打ってください!! ダメなら当たってください!!」

    声援が一層大きくなる。

    ここに来て初めてチームが一つの方を向き始めた。そんな気がしてきた。

    だからこんなところで終わりたくない。

    これからこのチームで行けるところまで行ってみたい。


    勝負は1球で片付いた。


    相手ピッチャーが投げた初球。甘い球。

    迷わずバットを振り抜いた。

    ボールは快音を残し、内野の頭を越えっ……


    バシィッ!!


    ボールは、内野手のグローブの中へと吸い込まれていた。

    喜ぶ相手チームのナインに対し、俺達は呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

    奇跡を信じた俺達だったが最後は皮肉にも自分たちが捨てた守備に阻まれ、夏を終える事になった。



    試合が終わった後は落ち込んでいる暇なんていうものが無かった。

    「ぐふっ……ぜんばい、今まで、ずびばぜんでじだ……」

    市川「そんな泣くなよ、お前には来年があるだろ? またここに帰って来ればいいじゃん」

    初めて勝ちたいと思えた。負ける事が悔しいと思った。後輩たちが次々に俺に泣きながら謝罪を始め、それをなだめるのに精一杯だった。

    顧問まで俺の頑張りに胸が熱くなった。これからは本気を出して指導するなんて言う始末だ。

    最後の最後、もう終わってしまったけれど俺の思いは届いたようだ。

    きっと来年、再来年はこのチームはもっと強くなる。そう感じさせてくれるようだ。


    部員全員が帰った後、俺はポツンと座り込んで空を見上げていた。

    健太「よっ お疲れ」

    制服姿の宮原が片手をあげゆっくりと歩いてきた。

    市川「なんだよ……早くもアイスたかりにきたのか」

    健太「おいおい、さすがに僕もそんな鬼じゃないよ。労いの言葉をかけに来ただけって」

    市川「そか……悪いなわざわざ」

    一瞬の沈黙。

    市川「……終わっちまったよ」

    健太「うん、しっかり見てたよ。惜しかったね」

    市川「あとちょっとだったんだけどな……届かなかった」

    健太「うん、最後の打球は抜けてもおかしくなかったよ。球場の皆のため息がすごかった」

    市川「本当に……あとちょっとだったんだよ……」

    ガマンしていた涙がじわりと目尻に浮かぶ。

    本当にあとちょっとで一つになれたチームでもっと先まで戦う事ができた。

    だけどもうそれは叶わない。

    市川「もっと早くあいつらと一緒にチームとして戦いたかった」

    健太「うん、残念だけどそれはもうできないね。そればっかりはしかたないよ。だから前を向くべきだと僕は思うな」

    健太「市川にはきっと先があると思うよ。だって野球のこと全然分からない僕の事でさえ、こんなに熱くさせたんだもん」

    健太「君がする野球には人を熱くさせる力があると思う。だから次のステージ、高校でまた皆を熱くさせてよ」

    市川「うるせぇ……カッコつけんなばーか……そういうくさいセリフは彼女にでも言えってんだ」

    健太「う……彼女なんていないよ。どうしてか分からないけど、小学校の時から好きな子ができないんだよ」

    そんな事知るかばーか。


    俺の人生には野球しかない。宮原に言われなくても俺はこれからもずっと野球を続けていくだろう。

    その中で今度こそ俺はつかみ取れるだろうか奇跡というものを。

    そしてその時は今以上にもっと信じ合える最高の仲間と再び巡り会える事を信じたい。



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