いつかの風が吹く場所へ サブストーリー vol.12
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いつかの風が吹く場所へ サブストーリー vol.12

2014-09-22 05:32


    遠くでセミの声が聞こえ、庭先では愛犬が気だるそうに小屋の中でその身を伏せている。

    昔は夏の暑い日でも散歩に連れて行けとうるさいぐらいに吠えていたのに、お前も歳を取ったんだな。

    時の流れというものは早いものだ。

    庭先から見えるあの桜の木もついこの間まで薄紅色の花を咲かせていたと思ったら、今は深緑の葉っぱをつけている。

    そして秋になったら紅葉し、冬になれば新芽に次の命を託し散っていくのだろう。

    まるで人生のようだ。

    「あなた、あなた」

    奥井「ん? どうした?」

    家内がパタパタと廊下を走ってきた。その手には電話の子機が握られている。

    「日菜子から電話よ」

    奥井「おお日菜子からか、こっちに着いたから迎えに来いっていう電話かな」

    一人娘の優季が今日家に帰ってくる予定になっていた。

    久しぶりに我が子の顔や孫の宏太が見れる事に朝から心が躍っていた。義息子の和也君と一杯飲める事も楽しみだ。

    家内から電話を受け取る。

    奥井「もしもし日菜子か?」

    「あ、お父さん? あのね、帰る件なんだけどね……」

    なんだか暗いな、なにかあったのか。

    ……

    奥井「そうか……分かった。いや、気にするなまた次の機会もあるだろう。ああ、また今度」

    通話を終える。

    「優季、帰れなくなったの?」

    奥井「うむ……なんでも宏太が友達と遊んでる時に骨折したらしくて、帰って来れなくなったそうだ」

    「あらー……それは残念ねぇ……」

    家内が心底残念そうにため息をつく。

    娘が帰ってくるという話を聞いてから、何日も前から張り切っていただけに落胆もひとしおなのだろう。

    奥井「まぁ、また次の機会があるだろう」

    「それはそうなんだけど……困ったわ……男の子もいると思ってお寿司もたくさん予約しちゃったんだけど、どうしましょうかね」

    奥井「キャンセルはできないのかい?」

    「出前をお願いしてた時間がもうすぐなのよ。きっともう準備は済んでるだろうし今更キャンセルなんて出来ないわ」

    奥井「それは無理だねぇ」

    私が若ければ、多少無理をすればどんなに量があったとしても平らげられたけども。年老いた今ではさすがに無理だ。

    「今はどこのお家も、お夕飯の準備を始めてるでしょうし、もったいないけど、食べきれない分は捨てましょうかね」

    奥井「いやいや、せっかく君が誰かに食べさせたいと思って用意した物だ、それを捨てるなんてとんでもないよ」

    「あなたがそう言ってくれることは嬉しいんだけどね、他に何かいい案がありますか?」

    奥井「うーん……」

    なにかいい考えはない物かな。

    奥井「……そうだ、若い子達に食べてもらうっていうのはどうだろう?」

    「若い子達? もしかして優奈ちゃんの事を言ってるんですか?」

    奥井「ちょっとだけ正解だな。まぁ、私に任せてみてくれよ。さて、そうと決まればあれを持ってこなくては」


    優奈「おっじゃましまーすっ」

    玄関の引き戸が開き、梅津優奈が家の中へと軽い足取りで入ってくる。

    「おじゃましまーす」

    それに続くように、陸上部員数人の子達がゾロゾロと入ってくる。

    皆、私が呼んだ子達だ。

    片っ端から部員に電話をかける私に、家内はそんなに呼んで大丈夫か言われてたけど、まぁ現実的な人数が集まったようで良かった良かった。

    奥井「やぁやぁよく来たね。遠慮しないで上がってくれ」

    優奈「お寿司食べられるなんて聞いて、遠慮なんてする訳ないじゃん。ほら皆あがってあがって」

    「ゆーな、ここはあんたんちじゃないんだし、流石にそれは遠慮しなさすぎだよ」

    「ははっ 梅津の辞書に遠慮なんて言葉あるわけないだろ。こいつは欲望の権化だぜ?」

    優奈「あぁん? もっぺんいうてみぃ?」

    「お? やるかこら。言っておくけど俺はお前を女子扱いできないからな」

    「あんたら人んちでやめなよ……」

    「あらあら、皆よく来たわね。ささ、もうお寿司届いてるからあがってあがって」

    優奈「あ、おばあちゃんこんばんはー」

    「あら優奈ちゃんよく来たわね。またおっきくなった?」

    優奈「あいにく胸も身長もでかくならないんだよ。態度だけはでかいって言われるんだけどね」

    「あらやだもー」

    優奈君は以前からちょくちょくうちに遊びに来た事もあり、家内とは顔見知りだ。

    優奈君の人懐っこい性格もあり、二人は本当の祖母と孫のような関係だ。



    優奈「じいちゃんの家、本当におじいちゃん家って感じの匂いがする。なんか落ち着くわー うちフローリングだからなぁ」

    梅津君が荷物を置くと同時に畳の上をゴロゴロと転がる。まるで本当に自分の家に来たかのようだ。

    「奥井先生の家、広いですね。奥さんと二人暮らしなんですか?」

    奥井「うん? ああ、そうだね。一人娘が嫁いで行ってからずっと家内とふたりっきりだよ」

    「わんっ!!」

    外から自分を忘れるなという風に鳴き声が聞こえた。

    わかってるよ君も立派な家族の一員だよ。

    「そういえばあなた、昔はよくこうやって教え子達を集めて一緒にご飯食べてたわよね」

    家内が奥から味噌汁を運びながら言う。

    奥井「あー……そういえばそうだったね。最後にこうして教え子が集まってくれたのは何年ぶりだろうねぇ」

    優奈「じいちゃん思い出話は食べながらでいいから、早く食べようよ。うちお腹すいちゃった」

    奥井「それもそうだね。それじゃあ諸君、箸と飲み物は行き渡ったかな?」

    “はーい!!”

    元気のいい返事が来るが、もうすでに、皆、目の前の寿司に目が釘付けになっている。

    若者らしい、素直なその態度を見て口元が緩む。うんうん、子供というのはこうではなくちゃな。

    奥井「それじゃあ食べよう。いただきます」

    “いただきます!!”

    解き放たれた野獣の如く、箸が素早く動き回る。

    「あ! 俺のマグロ取りやがったな!?」

    「バカだなぁ。あんた、こういうのは最初に自分の食べるものをこうして皿に……ない!? あたしのイカがない!?」

    優奈「どひたのー?(やたら膨らんだ口)」

    「あんたうちのイカ食ったな!?」

    優奈「な、なんの事かなぁ?」

    「おいこら、視線を合わせろ」

    優奈「いーやーでーすー」

    「ふふっ 賑やかねぇ」

    奥井「そうだね毎日こうやってたくさんの孫に囲まれているみたいで僕は幸せだよ」

    「あらそうなの? じゃあ私も今から先生になってみようかしら。こう見えて昔は成績優秀だったのよ?」

    奥井「それも面白いかもしれないねぇ。君だったらいい先生になれると思うよ」

    「冗談のつもりだったのに、あなたって昔からそうやって冗談も全部、真にうけちゃうんだから」

    「でも、あなたのそういう所好きになったんだけどね、どんな事でも否定しないで、やりたい事を後押ししてくれるその優しさにね」
    奥井「よしてくれよ……照れるじゃないか。私の方こそ君には随分助けられたよ。君のお陰で自分のやりたい事をやれる素敵な人生を歩めたよ」

    「あら、まだ六十半ばでそんなセリフ言う? これからの人生まだまだ長いんだから、お互いやりたいことやって幸せに生きましょうね」

    奥井「うん、そうだね」

    優奈「ちょっとじいちゃん、ばあちゃん聞いてよ!! こいつらがうちが食べようとしていた寿司食べたんだよ!! 怒ってよ!!」

    「あらあら、うふふ」

    奥井「よし、これから他人の寿司を盗ったやつ子は明日から練習メニュー二倍にしてやろう」

    “えぇー!?”

    優奈「そうだ! お前ら覚悟しておけよ」

    奥井「君も対象に含まれている事を忘れないようにな優奈君」

    優奈「へーい……」

    「ざまぁ」

    優奈「あぁ!?」

    この子達は今まさに芽吹こうとしている新芽達だ。

    すでに枯れた私はこの子達に次の時代を託し、木を離れていくだろう。

    でも、枯れて地に落ちたとしてもこの子達が立派な花を咲かせるその時まで、私は土に還るつもりはない。

    願わくは君達に幸福な日々が訪れることを先に去る者としていつまでも願い続けるよ。


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