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  • おかえりモネの三おとこ

    2021-06-14 00:54
    日本のドラマは大河が一等、予算とスタッフを使って一番勢いと力量のある俳優を揃えている。
    しかし、日本の斜陽と共に、ロケのスペクタクル場面の縮小が顕著になると、どうも鬘を被ったおしゃべりが多くなって辛い。朝ドラはその点、今の日本の経済力のマッチしたプラットフォームのような気がしてきた。

     僕は俳優を追いかけてドラマを見る。「エール」を野間口徹さんと仲里依紗を目当てに見だしたように、「おちょやん」では主演の杉咲花を、そして、モネでは清原果耶を観ている。清原さんは、土曜6時台の時代劇枠で、螢草 菜々の剣を観た。この子躰動くな、と感心した。女でアクションできるのはそうはいない。ましてや殺陣など。木刀持って、一生懸命に手足が動くさまが好感が持てた。朝ドラのヒロイン奪取と聞いて、ガッツポーズ取るに至っては、応援団気取りだ。

     19歳の大阪女の若さはもう、眩しい限りだが、オジサンとしては第18話の家族の喧嘩の場面が白眉であった。このドラマでは漢振りの良い3人の俳優が味があってよい。おじいちゃん役の藤竜也さんが、連れ添った伴侶の初盆に、あと少しで涙が落ちそうな顔で浜に跪いたかと思えば、喰ってかかる孫に「誰が柱立てるんだ」(俺だろうが、お前はできねえだろうが)と厳然と立ちはだかったり。嗚呼、いい海の男。

     内野聖陽さん扮するお父さんがまた良い。娘に詰め寄られて言葉を失う場面だ。安いドラマなら、生意気な横面を叩いて黙らせるところ。しかし、お父さんも友人である及川の境遇に責任の一端を感じていてぐうの音も出ないのだ。わかる。お金のことで責められるのは、男として一番つらいのではない?いろいろ言い訳はできても、自分の力不足に忸怩たる思いをする。
    困惑の表情、及川に少し皮肉られて言葉に詰まる口元。キレないのは、彼の器の大きさと信じたい。

     浅野忠信の演じる漁師の及川も切ない。才気溢れる男が思わぬ天才に足元を掬われて身を持ち崩す。まだ描かれてはいないが、船も嫁も津波に持っていかれたのではないか。息子に謝りながら、べろんべろんになっているのを見るのはつらい。

     この男三人の結着は、おじいちゃんは孫の後継者を得、お父さんはなんとか及川の事情を改善するように段取りするところになっていくのではないか。僕の目下の興味はそれである。

     ああ、モネはなんか気象予報士になるらしいぞ。
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  • プリンプリン物語での勘違い

    2021-06-09 00:29

    今北産業

    主演の石川ひとみと倉田まりこを混同していた僕は
    倉田さんのスキャンダルで番組が終了したものと思っていた
    ウィキペィアでその誤りを知ることになる

     プリンプリン物語は600こちら情報局の後にあったnhkの人形劇でした。
    1979年4月2日から,1982年3月19日まで,全656回。月曜から金曜の午後六時二十五分-四十分の十五分番組。

     ニュースでは大平正芳首相が顔を出し,クイズ百人に聞きました,が始まっていたり,夏休みには映画で銀河鉄道999がエライことになってたりしてました。秋には近鉄西本監督と広島古葉監督で江夏の21球が大阪球場で繰り広げられた年。

     その日は毎日のように遊んでいた幼なじみの女の子の家にずうずうしくも,六時二十五分を過ぎても居残っていたのだった。足をぶらぶらさせて,堀りこたつを囲んで,何をして遊んでいたのだろう?ふと,女の子の目線がテレビに釘付けになった。その先に,軽快な音楽に乗って映ったのは「プリンプリン物語」の白いタイトル文字だった。僕が物語の楽しさに触れた最初のときだった。

     当時の映像はyou tubeにていくらかは見られるが,今見るとこんなにトンがったデザインの人形だったかなぁ,と思うくらいのシャープな目鼻だちの造形だ。
    自分はプリンプリンお姫様とボンボン(神谷明)は頭の片隅に残っていたが,お猿のモンキー(斉藤隆),食いしん坊少年のオサゲ(はせさん治・・・かぁ),予知能力と博識のカセイジン(堀絢子)あたりは全く覚えてなかった。ワット博士も顔が浮かんでこないが,声が鷲尾真知子さんで,エーッとなる。あと,当時皇女だった紀宮がファンで,一年の終了予定が三年に伸びたってホントですか?

     アクタ共和国とルチ将軍は覚えていると云う方は多いだろう。「知能指数1300」は名言デスヨネー。あの頭は忘れられない。たしか,宇宙から落ちてきた隕石だったんじゃないかな? 元の王様がお城の宝物庫の宝箱を開けると,中にビロードの型枠中に納まっていた例の瓢箪お化けが突如宙に浮き,王様の悲鳴が響いて・・・。哀れ王様は乗っ取られていた設定だったような。僕も,めーれいぜったい,きそくはいっぱい,あーくた,あーくた,きょーわこくぅー,と軍服姿の男女が戦車の前で歌う場面は覚えている。あと黄色いジュース缶をやたら投げ捨ててたな。

     石川ひとみと倉田まりこの混同
     プリンプリンの声をあてていた石川ひとみは,1959年愛知出身。「まちぶせ」のヒットとレッツゴーヤングで太川陽介の隣に立って司会進行をしていた。
     1987年にB型肝炎を患って療養。事務所の契約を打ち切られて一時引退していたが,復帰。結婚を経て現在も歌手活動を続けられているとのこと。
    2003年から2004年にかけて18時10分からの再放送があったらしい。知らんかった。また,bsプレミアム枠で第一回から五十回を放送されている。このとき,石川さんがゲスト出演している。

     一方,倉田まりこさんは1960年長崎出身。1979年の「グラジュエイション」のデビュー。同年の「how!ワンダフル」がヒット。
    1985年の投資ジャーナル事件に巻き込まれ,そのまま引退に追い込まれる。因みに同時期には,あの豊田商事事件が起こっており,もうバブルの波が寄せてきている時代。
    その後,猛勉強をして独立起業。現在は大学の特命教授を努める。この気概,恐るべし。

     おわかりだろうが,テレビと事件の間には3年の開きがある。 子供のことなので,ちゃんと番組の最終回を見てはいなかった。プリンプリン,どうなったんだろう。まだ,続きあるのかな。なんて適当な思いを抱きながら,しかし子供の頭で忘れていた。それで後年,倉田さんのスキャンダル報道をスーパージョッキーの芸能コーナーで見たとき,主演の人がスキャンダルを起こして番組が終わったのだと思った。
     が,それは僕の独りよがりの思い込みだった。しかし,石川さんは,倉田さんに似ていると言われていた時期があったらしい。僕の勘違いも,全く当て外れではないかも。


  • 「歴史への招待」から「首相を救った二人の秘書官」へ飛ぶ

    2021-06-06 01:21

     「歴史への招待」
    放映期間は,
    1978年4月6日から木曜10時
    1981年の4月11日からは土曜の10時
    1982年の4月7日からは水曜の10時 

     つまり,ニコニコで観られる B29に体当たりを敢行せよ,と,ゾルゲ国際諜報団逮捕を扱った回は土曜の10時から三十分の本放送。山本五十六の最期,いわゆる海軍甲事件を巡る暗号解読の回は1982年の9月22日だから,水曜の夜だったことになる。小学生だった自分の記憶に,モールス信号の音と共に脳裏に残っている。なにしろ在りし日の帝国海軍の動画が冒頭に映ったので,もうそれだけで小学生の自分は大興奮してしまっていた。ん,待てよ。1982年の水曜といえば,水曜ロードショーの時間帯ではないか?その日は子供が興味無い映画だったのか?

     チョックリー氏の動画 首相を救った二人の秘書官は,226事件を扱ったものだが,たいへん愉しませてもらった。戦艦大和のカタログスペックに始まり,柳田邦男の零戦燃ゆ,から戦史の沼に入り込んでいた僕は,真珠湾攻撃以前の日本の戦前史から日米交渉の内容,諜報戦へと視点を移していっていた。だから,226事件の詳細をゆっくり音声付きで解説してくれるのは有り難かった。

     軍にいきなり突入されて官邸に閉じ込められた岡田首相を救わんとする秘書官「迫水常久」と「福田耕」の二人。徒手空拳同然の彼らが僅かな軍隊の隙を突き,当てにしていたお偉いさんがとんでもない腰抜けだと落胆したかと思いきや,意表をつく協力者が現れたり,サスペンス式に進んでいく。特に9分21秒のある「一言」は歴史が好きな人にはたまらない瞬間であろう。こういう舞台裏を知る喜びが僕の歴史への興味をそそらせるのだ。

     チョックリー氏の動画はその後,終戦工作偏に進んだあと, 日米交渉へと遡っていく。そして全く恥ずかしいことだが,岩畔豪雄(いわくろひでお)もこの動画で始めて知った。動画更新は2020年の7月で止まったままだが,続きを待っているところ。

     さて,なんで鈴木健二の歴史番組からチョックリー氏の動画に話が飛ぶのか。
    動画に出てくる首相官邸の見取り図が,「歴史への招待」の,忠臣蔵を解説した「吉良邸討ち入り」の吉良邸の見取り図を連想させたからだ。僕はすぐ,頭のなかで連想が飛んでしまうので,よく他人の話を最後まで聞いていない,と怒られる。