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「歩くひと」をやってみていた件
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「歩くひと」をやってみていた件

2021-05-29 00:13


     元はbs4k放送。eテレでもやってくれているテレビドラマ。歩くひと、は主演の俳優井浦新さんが好きなこともあって,特別編をある度に見させて貰っている。井浦さんを知ったのは大河ドラマ「平清盛」からで,ちょっと文字に書き起こすのも憚られるような日本史的な怨霊である崇徳上皇役を演じられていたのを見たから。三上博演じる鳥羽上皇から苛められて,卒倒する演技が脳裏に焼きついている。

     ドラマは本当に歩く場面がメインなのだが,僕も8年くらい前,かつての通学路を何十年か振りに歩いた。嫁が居ない冬の薄い陽差しの日を選んでこっそりと車で実家まで移動。6年間歩き続けた道を,犬を連れて出発した。大人の男が一人で歩くのは案外不自由する。「不審者に注意」とか,「痴漢注意」とかの看板に面食らうためである。犬は僕の歩くための理由づけのために付き合わされる羽目になったのだ。まあ,散歩は好きな筈であるから,酷いことをしている訳では無いはず。勢いよく飛び出そうとするお供を制しながら、家の角を曲がった。

     ぐいぐい大股で距離を稼ぐ。お尻から太股にかけての筋肉を意識しながら,ピッチを上げる。かつて蛍が飛んでいたドブはきれいな側溝になり,道幅も広くなった。頭を撫でていた黒い犬を飼う御近所さんは、瓦の崩れる廃墟となった家が草木に埋もれる寸前であった。田舎道に人影は無い。

     足の裏まで意識が行き渡り,他人より幾分大柄な足の裏の指先で地面を蹴るように歩みを早める。なぜ急ぐのか。小学校の頃は通学の時間そのものが無駄に感じ,この苦痛な時間を短くしようという子供なりの工夫だった。あるいは,一刻も急いで帰り着き,ガンダムの再放送を見逃すまいとしていたから。

     畑のいくらかは宅地に変わり,新しく出来たバイパスを逸れて旧道に入る。何軒かの同級生の家の前を抜けて更地になった旧家の地面を眺める。遠くに僕の姿をいつも見下ろすように聳える山を望見し,人家脇の脇道に滑り込んだ。幼馴染とドングリを拾った荒いセメント塗りの道は、頭に木の枝が被るほど荒れていた。途中の畑も耕作放棄されている。坂を下った先に旧中学校のグラウンドが見えた。辺りは松の木の松脂の匂いが漂い、転がる松ぼっくりは、小さいころと変わらない。

     廃校になった中学校の隣にある小高い丘の上に古い社がある。そこが人生の現場の一つ。そこの石段で僕は高校の頃,フラれたのだ。人生始めての経験。旧中学校の校庭は幼稚園の運動会のあった場所でもあり,端の藤棚で遊んだ記憶もある。その広い砂地を見下ろす木陰の多い階段を登ってみると,当時と変わらぬ光景がいまだに残されている。
    「ごめん」
    と言い残され、逃げるように階段を駆け降りていく制服の背中が脳裏に鮮明に残る。今思えば他愛ない青春の一コマだが,そのときは衝撃を受けた。何でこうなったのか,思考停止のふうで家に帰ったと思う。

     揺れる後ろ髪を見送った場所に座り,甘く苦い思い出に耽った。彼女のその後は知らないが,僕よりは幸せになっている筈だろうと勝手に思っている。その後の僕の歩んだ道を思えば,彼女は賢明な選択をした。女というものは本当に恐ろしい。直感でコイツはやめとこう,と思ったのだろう。

     古い社の写真を撮って,犬の手綱を引いて僕は帰途についた。悲しい思い出も長い年月を経て僕だけの美しい琥珀の宝石になった。冷たい北風も忘れるくらい身体は温まって,僕は満足して家に帰った。


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