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  • 東中竜一郎氏:ChatGPTが投げかけるAI新時代の諸課題とその先に見えるもの

    2023-05-31 20:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2023年5月31日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1155回)
    ChatGPTが投げかけるAI新時代の諸課題とその先に見えるもの
    ゲスト:東中竜一郎氏(名古屋大学大学院情報学研究科教授)
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     誰でも使えるAIが登場した。ChatGPTというAIだ。これを2022年11月にアメリカのオープンAI社がネット上に無料で公開したことで、一般の市民がAIの急速な発達を身をもって実感することになった。
     しかし、ChatGPTはAIの「すごさ」と「やばさ」の両方をわれわれに体感させてくれる。
     マル激では2014年から3度、AIを様々な角度から取り上げてきたが、当時から、AIが特定の職業を奪うのではないかとか、教育の妨げになるのではないかといった懸念が指摘されてきた。しかし、その段階ではいずれもどこか遠い未来の話のような感覚があったことは否めなかった。しかし、ChatGPTが吐き出してくる、ごく自然でしっかり論理立てされている文章を見れば、その懸念がいよいよ現実のものになってきたと感じる人は多いだろう。
     しかし、何はともあれ、まずはChatGPTを正当に評価する必要がある。これが生成する文章だけを見て、AI技術が突如として大幅に進歩したと考えるのはちょっと早計かもしれない。
     ChatGPTというのは、オープンAI社が開発した「大規模言語モデル(LLM)」だ。インターネット上の文章を学習し、間違った出力をする場合は正しい回答を再び学習させることによって精度を上げている。このようなきれいな文章を生成するためには、単にネット上の文章を学習させるだけではだめで、入力文と応答文の実例を覚えさせる「ファインチューニング」や、人間の望むような回答を出力させる「アラインメント」といった作業が必要になる。
     そしてそのかなりの部分は人間の手で行われていると、名古屋大学大学院情報学研究科教授で対話型AIが専門の東中竜一郎氏は説明する。
     専門家にとっては大規模言語モデル自体は数年前から登場しており、ChatGPTの技術は必ずしも真新しいものには見えないそうだ。強いて言うならば、何年もかけて大規模な学習データを蓄積させた点は目を見張るものがあるといったところか。しかし、ChatGPTが世界的に広く、しかも無料で公開されたことで、世界中で多くの人がAIが便利なツールになり得ることを実感してしまった。と同時に、AIの脅威や問題点も指摘されるようになり、AIは政治的なアジェンダとして広島サミットのデジタル大臣会合や教育大臣会合でも議題に上っている。
     一方、世界では各地でChatGPTの使用を制限する動きがみられる。イタリアでは個人情報漏洩の恐れがあるとして、2023年3月末に先進国で始めて国内でのChatGPT一時使用禁止に踏み切った。現在は使用禁止が解除されているが、アメリカやオーストラリアでも一部の州の公立学校で、ChatGPTの使用が禁止されている。ただし、学校で使用を禁止する動きの背景には、授業の課題をChatGPTに書かせる生徒が続出することを懸念したものが大半のようだ。
     また、生成AIと従来の著作権の概念をどう整合させるかという問題も深刻だ。アメリカでは5月2日から、ハリウッドの脚本家約1万1,500人が所属する団体WGA(Writers Guild of America=全米脚本家組合)がストライキを続けているが、組合側の要求の中には、AIで脚本を書くことやAIに自分たちの作品を学習させることを禁止せよというものが含まれている。
     われわれ人間も日々たくさんの話を聞いたり本を読んだりして学習して文章力や表現力を付けていくが、人間が学習することとAIに学習させることの何が違うのかはAI論争の中でも中心的な議題になる。東中教授は現段階ではAIには創作意図があるとはいえない点が人間とは異なると指摘する。
     AIが吐き出す文章は、外部から与えられた「こういうものが好まれているらしい」という統計情報に基づいたものなので、創作意図は人間側が与えたプロンプトに依存しているという。しかし、われわれ人間が文章を書くときも、「こういうものが好まれているらしい」という判断基準を少なからず考慮に入れているのも事実だろう。
     ChatGPTは何が画期的なのか、生成AIの技術はどこまで来ているのか、その技術が一般市民の手の届くところまで降りてきた今、あらたにどんな懸念が出てきているのか、その懸念は妥当なのかなどについて、名古屋大学大学院情報学研究科教授の東中竜一郎氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
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    今週の論点
    ・生成AIの社会的なブレイクスルーになったChatGPT
    ・ChatGPTの特徴と画期性
    ・ChatGPTを制限する世界各国や企業の動き
    ・急速に発展するAIにわれわれはどう向き合うべきか
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    ■ 社会的なブレイクスルーになったChatGPT
    神保: 今日は2023年5月24日の水曜日、第1155回目のマル激です。今日はChatGPTを入り口に生成AIを取り上げようと思います。ネットやマスメディアでも取り上げられていて、それなりに話題になっていると言っても良いと思うのですがいかがでしょうか。
    宮台: YouTube動画などを見る限り、視聴者かき集めの良いネタになっていますが、かなり誤解が広がっているように思います。どういう局面を取り出すのかにもよりますが、典型的な誤解として「生成AIは人間を超えた」というものがあります。AIは人間が作れないものを作るんだという誤解ですよね。大規模言語モデルを含めた生成AIの原理を理解していないのだと気が付いた時、愕然としました。
    しかし逆に言えば、ユーザビリティが上がり皆の問題になったということで、それはそれで良いような気もします。
    神保: 身近なものになったということは間違いないですよね。
    宮台: ただ、下手をすると過敏な反対論や賛成論が出てきて極化が起こりかねません。 

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  • 新垣修氏:真にグローバルな課題の解決に向けた議論ができないG7なんて要らない

    2023-05-24 20:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2023年5月24日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1154回)
    真にグローバルな課題の解決に向けた議論ができないG7なんて要らない
    ゲスト:新垣修氏(国際基督教大学教養学部教授)
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     世界の先進7か国にEUを加えた国々のリーダーが一堂に会するG7サミットが広島で始まった。首脳会議は5月19日から21日の3日間行われるが、それと前後して外務大臣会合や環境大臣会合など15の閣僚会合が開かれる。
     今回、ウクライナのゼレンスキー大統領がゲスト参加することがサミット直前に発表されたこともあり、サミットの議題はウクライナ問題一色になる可能性が高くなっているが、そもそもサミットのために事前に設定されていたテーマが、ウクライナ問題や対中包囲網など軍事や安全保障が中心で、そのほかはAIだのヘルスイノベーションだのといった先進国の首脳が雁首を揃えて議論するような緊急性や重要性が高いとは思えないものが多い。
     残念ながらG7サミットは世界の主導的な立場にある先進諸国がグローバルな問題の解決方法を討議する場というよりも、NATOと日米同盟を合わせた「アメリカ陣営」の合同会合になってしまっている。
     もちろん安全保障問題は重要だ。またウクライナ支援も西側諸国が足並みを揃えることに大きな意味があるだろう。しかし、今世界が直面する問題はそれだけではない。世界は今、気候変動による環境災害や次なるパンデミックに向けた体制整備、貧困と格差、難民や国内避難民の急増など数々の深刻な問題に直面している。そしてその多くで先進国は加害者としての立場にあり、その解決に対する責任を負っている。
     かつてフランスのジスカール・デスタン大統領の提唱で1975年にパリのランブイエでG7の前身となるG6サミットが開催された時、現在のG7メンバーのGDPの総額は世界の7割近くあった。G7は文字通り世界でもっとも発展している先進国の集まりであり、G7諸国には世界規模の問題を討議し解決に向けて努力していく責任感も気概も共有されていた。
     しかし、その後、G7の相対的な力は低下し、今やG7諸国のGDPを合わせても世界の4割程度にしかならない。力の低下にともない、世界規模な諸問題に対する責任意識も低下していると言わざるを得ない。しかし、とはいえ依然としてG7が世界でもっとも裕福な国々であることに疑いの余地はない。世界で最も発展している7カ国が裕福な先進国クラブのように集まって、自分たちだけが直接影響を受けている問題を話し合うだけでいいのか。グローバルな危機的状況についての議論が避けられているのではないか。
     マル激では、今世界が直面している地球規模の課題、とくに感染症と難民と気候変動をめぐる問題について議論した。
     世界はこの3年間、新型コロナのパンデミックで大変な被害を受けた。WHOによると、2023年5月17日までに世界で7億6,000万人を超えるコロナ感染者が発生し、693万人を超える死者がWHOに報告されている。さらにWHOは、多くの国がコロナによる死者数を過小集計しており、実際の死者数はその3倍にあたる2,000万人に及ぶ可能性が高いとしている。
     今回のパンデミックでは、経済力を持つ先進諸国がワクチンを独占して途上国に回らないという格差が顕在化した。5月13日、14日に行われた長崎市でのG7保健相会合では、世界各国にワクチンや治療薬が公平に行き渡る取り組みを促進することを閣僚宣言に盛り込んだものの、国際法が専門で、感染症と難民問題に詳しい国際基督教大学の新垣修教授は、実際にどのようにしてワクチンを分配するのか、その具体的な方法が全く議論されていないと指摘する。
     例えば輸送や貯蔵も含めて最後に使われるまで低温を保つコールドチェーンが整備されなければ、アフリカにせっかくワクチンを持って行っても使えなくなってしまう。G7がこのような表層的な議論しかできない状態で、世界は次なるパンデミックに襲われたとき、人類は過去3年間のたうちまわったコロナの教訓を活かせるのか。
     また、今世界が直面するもう一つの喫緊の課題は年間1億人を越える難民や国内避難民問題にどう手当てするか。新垣氏は、難民1億人の半数以上にあたる5,000万人以上が国外に逃げる術を持たない「国内避難民」であることを指摘した上で、国外に逃れる資金や手段がある難民はまだましで、どこにも逃げることもできない国内避難民の問題はあまり表に出てこないものの非常に深刻な状態にあると語る。しかも、5,000万人の国内避難民の半分以上は、竜巻や大雨、洪水などの気候変動に起因する災害から逃れてきた避難民だという。
     地球温暖化については中国やインドなど人口の多い新興工業国のCO2排出量が多いことが指摘されるが、現在の温暖化を引き起こしているCO2の累積排出量はその約半分がG7諸国によるものだ。G7が果たすべき責任は重いはずだが、今回のG7で地球温暖化や気候変動が主要議題に入っていないのはどうしたことだろう。
     その一方で、日本の難民認定数が世界でも類を見ないほど極めて少ない。2022年には、3,772人の難民申請に対して条約難民として認定したのはたった202人だった。日本では難民認定されなかった人の強制送還を容易にする入管法の改正案が今まさに国会で審議されているが、そもそも難民認定の基準は日本も批准している条約によって規定されている。日本の難民認定率がイギリスやカナダの100分の1にとどまるようなことは本来であれば起こり得ないことだ。
     新垣氏は日本の難民認定の低さこそが、難民の認定を各国の主体的判断に委ねている現在の世界の難民制度の脆弱性を体現していると指摘する。
     このG7サミットでなぜ真に世界が直面する重要問題が議題に上っていないのか。感染症、難民、気候変動など、われわれが直面している地球規模の課題は今どうなっていて、日本は今どんな立ち位置にいるのか。もしもグローバルリーダーを自認するのであれば、われわれが果たすべき責任は何かなどについて、国際基督教大学教授の新垣修氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
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    今週の論点
    ・G7の相対的な力が低下する中で開催される、広島サミットの意義とは
    ・世界的な難民問題を議論すべきではないのか
    ・感染症をめぐる世界の格差を放置してはいけない
    ・グローバルパワーとしての日本の責任とは
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    ■ G7の相対的な力が低下する中で開催される、広島サミットの意義とは
    神保: 今日は2023年5月19日の金曜日、第1154回目のマル激になります。今はサミットのただ中ということで、グローバルリーダーたちが集まったからにはどういうことをやらなければならないかを話し合いたいと思います。いかに日本がダメかという話はほどほどに、前向きなスタンスでやっていきたいと思います。
     今日のゲストは、国際基督教大学教養学部教授で、国際法と国際関係論がご専門、特に難民問題と感染症の問題に詳しい新垣修さんです。新垣さんは学者として、今回のサミットをどのように見ていますか。
    新垣: 学者としてというよりも沖縄出身者として話しますと、かなり前に沖縄国際大学にヘリコプターが墜落しましたよね。墜落した場所は当然日本の領域だったのですが、警察、消防、報道は一斉規制をかけられました。その際、何を根拠にプライベートな大学の敷地内でそんなことができるのかというふつふつとした怒りを感じました。 

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  • 新里宏二氏:国が旧優生保護法の過ちを認め上告を断念すべきこれだけの理由

    2023-05-17 20:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2023年5月17日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1153回)
    国が旧優生保護法の過ちを認め上告を断念すべきこれだけの理由
    ゲスト:新里宏二氏(弁護士、優生保護法被害全国弁護団共同代表)
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     旧優生保護法のもとで行われた強制不妊手術について、被害者が国に対し損害賠償請求を起こした仙台訴訟から5年余が過ぎた。現在、全国12の地裁・支部で35人の原告が争っているが、原告はみな高齢ですでに5人が亡くなっている。
     旧優生保護法は一般的には中絶を可能にするために作られた法律として受け止められてきたが、その一方でこの法律は、1996年に母体保護法と名前を変えるまで、優生思想に基づいた法律でもあった。実際、この法律の第一条の「目的」には、「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」と書かれており、別表としてその対象となる病名や障がいの種類が列挙されている、人権侵害が甚だしい法律だったのだ。
     この法律の下で行われた不妊手術と中絶手術の被害者数は8万4,000人に及ぶ。そのうち、同法4条に基づき本人の同意なく強制不妊手術を受けさせられた人の数は、厚労省の資料によると1万6,475人にのぼる。その対象は遺伝的疾患とされる病気のほか、聴覚障がいや知的障がい、知的障がいと見做された人、医療事故による後天的な障がい、さらには素行が悪い人まで広範に及ぶ。優生保護法被害全国弁護団共同代表で弁護士の新里宏二氏は、国にとって不都合と考えられた人たちが手術の対象にさせられていたのではないかと指摘する。
     2019年5月に最初に判決が出た仙台訴訟は、同法を憲法違反だったと認めたものの、提訴権の行使が認められている20年の除斥期間を過ぎていることを理由に損害賠償の認定までは踏み込まなかった。そしてその後、他の地域で起こされた裁判でも同様の判決が続いた。ところが去年、大阪高裁は憲法違反の法律のもとで行われた強制不妊手術に対して「除斥期間の適用を認めることは著しく正義・公平の理念に反する」として、一連の裁判では初めて国に賠償を命じる判決を下した。その後、4つの高裁で原告勝訴の判決が続いた。
     しかし、国は裁判所によって除斥期間の判断に差異があることを理由に、これらの判決を受け入れず上告している。
     旧優生保護法は法改正が1996年まで行われなかったことや、そもそも資料が残っていないなどの理由から、自身の身に起きたことの意味を知らずに生きてきた被害者も多い。そのような理由で訴えを起こすことができなかった被害者が多くいる中で、国が除斥期間を主張することにどんな意味があるのだろうか。
     全面解決を強く訴える原告の一人で14歳のときに知らないまま強制不妊手術を受けた北三郎さん(仮名)は、不妊手術は親にさせられたと思い込み親を恨んできたという。優生保護法という法律のもとで行われたことを知ったのは仙台訴訟が提起されたことを新聞で読んだ5年前のことだった。
     戦後に新しい憲法のもとで成立した優生保護法は、女性議員と医師議員が主導した議員立法第一号だった。今後に同様のことを起こさないためにも、人権意識が欠如したまま過った政策が長く続いてしまった経緯を総括し、これ以上裁判を引き延ばすことなく被害者に対して国として謝罪するべきではないか。
     6月1日には、最初に提起された仙台訴訟の高裁判決が予定されており、その判決とその後の政府の対応に今、あらためて注目が集まっている。弁護団の団長である新里宏二氏に、当事者の思いや背景にある日本社会の課題なども含めて、社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が聞いた。
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    今週の論点
    ・早期の決着が求められるにもかかわらず国の上告が続いている
    ・優生思想の下で人権侵害が行われていたことを見逃してきたわれわれの問題
    ・当事者の声によって踏み出された一歩をわれわれが支えなければならない
    ・民主制の下で行われた人権侵害を救済するのもまた一人一人の声である
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    ■ 早期の決着が求められるにもかかわらず国の上告が続いている
    迫田: 今日は2023年5月12日の金曜日、これが第1153回のマル激トーク・オン・ディマンドとなります。今回のテーマは、旧優生保護法の被害に対する国賠訴訟です。今、国を相手に行われている違憲訴訟が大きな山場を迎えているのでこのテーマを取り上げたいと思います。
    宮台: 優生保護法自体は、昔は断種法と呼ばれていた時代もあります。これはナチスドイツが起源にあるわけではなく、イタリアのロンブローゾの骨相学や、その他遺伝学の影響を受けた社会的な政策ということで古くから知られていました。20世紀に入り、民主化が進む中でこういったことがどんどん問題になるのかと思いきや、スウェーデンなどを含む各国でも70年代に入るまでは優生保護法の改正が行われませんでした。
     スウェーデンではその20数年後に謝罪と賠償の方向にシフトしていきました。これに対して時間がかかり過ぎているという指摘もあり得るのですが、ここでの問題は、かつて合法的だった措置に対し後の統治権力が謝罪や賠償をする必要があるのかどうかということです。
     ただ、かつて合法だったとはいえ法律そのものが違憲だった場合、統治権力は免罪されず施行した責任を取らなければならないという話が以前のマル激トーク・オン・ディマンド・プラスでもありました。時間はかかりましたがスウェーデンも謝罪や賠償をし、他の国々も大体はそれに追随する流れでした。他方で日本はどうなのかという問題を、今日取り上げるということですね。 

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  • 壇俊光氏:Winny事件に見る日本が停滞し続ける根源的理由

    2023-05-10 20:00  
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    マル激!メールマガジン 2023年5月10日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1152回)
    Winny事件に見る日本が停滞し続ける根源的理由
    ゲスト:壇俊光氏(弁護士、元Winny弁護団事務局長)
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     日本は希代の天才プログラマーの才能さえ、いとも簡単に潰してしまった。
     世に「Winny事件」として知られる著作権侵害事件が映画化され、今あらためて注目を浴びている。この事件は日本の刑事司法の前時代的感覚やそのお粗末さもさることながら、今世界がどのような状況で推移していて、その中で日本はどのような立場に置かれているのかといった世界観や時代感覚が丸ごと抜け落ちている日本の実態を、余すことなく反映していると言っていいだろう。
     YouTubeやFacebookのリリースに先立つ2002年、東大の研究助手でプログラマーの金子勇氏は、画期的なファイル共有ソフトWinny(ウィニー)を開発した。その洗練された技術は当時から注目を集めたが、京都府警はWinnyを使って著作権侵害を犯した2人の正犯と併せて、そのソフトを開発した金子氏をも著作権法違反幇助の疑いで逮捕、起訴してしまった。マル激ではこの問題を、一審審理中の2006年7月に、金子氏本人をゲストに招き議論している。
     当時から、誰かが包丁で人を殺したらその包丁の制作者も幇助の罪に問われるのはあり得ない、といった議論はあった。しかし、金子氏は一審でまさかの有罪判決(罰金150万円)を受けてしまった。その後、金子氏は高裁では逆転無罪を勝ち取り、最高裁でも無罪が確定した。しかしプログラムの制作者が逮捕、起訴された上に、一審ではよもやの有罪となったという事実は、日本中のプログラマーたちと、ひいては日本におけるコンピュータやインターネット技術の発展に絶望的な悪影響を与えてしまった。
     また、逮捕から最高裁判決まで7年半もの年月がかかった結果、その間、天才プログラマーの金子氏は自由にプログラミング活動ができず、当時としては画期的と言われたWinnyのアップデートをすることも許されなかった。そして金子氏は最高裁で無罪が確定してからわずか1年半後の2013年7月6日、42歳という若さで急性心筋梗塞で亡くなってしまった。33歳で突然逮捕されて以降、金子氏が自由にプログラム開発に没頭できたのは、実質半年間しかなかったのだ。
     日本のインターネットの父と言われる慶応大学の村井純教授はWinnyを「ソフトとしては10年に一度の傑作」と評した上で、「Winnyがビジネスの基盤に育っていた未来があったかもしれない」と金子氏の逮捕、起訴を残念がった。それほどWinnyの技術は当時から最先端であり、金子氏は天才的なプログラマーだった。
     Winnyは、P2P(ピア・ツー・ピア)という、一元管理の大型サーバを介さずにノード間(個人のコンピュータ間)で直接データを送受信する通信技術を用いたソフトだ。この技術は2011年にマイクロソフトに買収されるまでの先代SkypeやLINEなどでも使われているが、サーバを介していないのでサーバに情報が集中して負荷がかかるおそれがない一方、情報が分散するので検索には負荷がかかるという欠点があった。
     しかし、金子氏の開発したWinnyは、検索キーワードによるユーザーのクラスタ化を可能にしたり、検索ネットワークを階層化するなどの工夫によって、その欠点を克服していた。
     金子氏が逮捕された2004年は、インターネットの発展過程で決定的に重要な時期だった。1990年代半ばにインターネットの本格的な普及が始まり、2000年代に入ってから世界中でYouTubeやSkype、Facebook、Twitterなどの新しいサービスが次々と立ち上がったが、それはいずれも海外発であり、そのほとんどはアメリカのサービスだった。日本では世界を席巻するソフトを制作する可能性さえあった優れたプログラマーだった金子氏を逮捕、起訴までして、その芽を完全に摘んでしまった。
     そればかりか、Winny事件の弁護団事務局長で、インターネットやIT業界の動向に詳しい壇俊光弁護士氏は、金子氏の逮捕、起訴による日本の技術者への萎縮的効果は絶大で、その後、面白いフリーソフトを作る人が日本にはほとんどいなくなってしまったと嘆く。日本の司法が単なるプログラマーに過ぎなかった金子氏に刑事罰を適用しようとしたことの悪影響は本当に計り知れない。あの時、日本は国家100年の計を誤ってしまったといっても過言ではないだろう。
     しかし、どうしたわけか日本では警察、検察のみならず、一審で金子氏を有罪とした裁判所までが、金子氏を罰することに並々ならぬ強い意志を示した。また、日本の司法制度にコバンザメのようにぶら下がり御用記事を流し続けるマスメディアも、金子氏を罰するべき存在としてWinnyに対する否定的な報道を続けた。毎度のことだが、その空気感の中で行われる裁判が影響を受けないわけがない。また日本のプログラマーたちがその異様な空気感に敏感に反応するのは当然のことだった。
     元々著作権という概念は著作権者の権利を守ることが究極的な目的ではない。著作権法の第1条に明記されているように、著作権者の権利を保護することによって文化の発展に寄与することが究極的な目的だ。そこをはき違えると、まったく本末転倒な結果を生むことになりかねない。著作権を狭義に解釈し権利でガチガチに固めてしまえば、その著作物は広く利用されず、ひいては文化の発展に寄与することができないし、それでは著作権者に十分な報酬をもたらすこともできない。
     アメリカではフェアユースという概念に基づいて著作権の適用範囲に一定の幅を持たせることによって、一歩間違えば著作権侵害の巣窟になりかねなかったYouTubeやTwitterなどの新しいインターネットサービスが次々と合法的に発展した。もしWinny事件と同様に狭義の著作権をYouTubeなどに適用していたら、今日のYouTubeは存在しなかっただろうし、後に一世を風靡することになるユーチューバーなども登場する余地はなかっただろう。もちろんYouTubeの開発者も逮捕されていたに違いない。
     こんなことをやっていては、日本で技術革新など到底望めそうにない。せっかく出てきた画期的な新しい技術を、それが画期的であるが故に、司法を先頭にメディア、そしてその影響を受けた社会全体が寄ってたかって叩き、その可能性を潰してしまった。それがWinny事件の本質ではないか。日本がWinnyという新しい技術と金子勇という一人の希代の天才プログラマーの才能を活かすことができなかったという事実と、日本が四半世紀にわたりことごとく停滞を続けているという事実は、決して無関係ではないはずだ。
     われわれは今、あらためてその事実と真剣に向き合わなければならないのではないだろうか。
     金子氏の逮捕が日本のインターネットの発展に与えた悪影響は何か。なぜ日本はWinnyを活かせなかったのか。Winny事件と今の日本の現状との関係について、Winny事件の弁護団事務局長を務めた壇俊光氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
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    今週の論点
    ・Winny事件がもたらした萎縮的効果
    ・何が何でも有罪にしたがる日本の刑事司法
    ・日本の著作権法にはフェアユースの概念がない
    ・いずれ外から変えられる前に、自分たちで変わらなければならない
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    ■ Winny事件がもたらした萎縮的効果
    神保: 今日は2023年5月1日、第1152回のマル激です。今日は改めてWinny事件を取り上げたいと思います。最初に取り上げたのは17年前の2006年で、当時は単に事件としての酷さを問題にしました。今Winny事件を描いた映画が話題になっていますが、振り返ると、もろにこの事件の影響を受けた17年間を過ごしたのではないかと思います。
     今日は、事件の当事者と言っても良いような立場にいらっしゃった方にゲストとして来ていただきました。弁護士で、元Winny弁護団事務局長の壇俊光さんです。壇さんはWinny事件の被告であった金子勇さんの弁護人をされ、『Winny 天才プログラマー金子勇との7年半』という本を書かれています。
     壇さんとしては、Winny事件は何だったのだと考えていますか。
    壇: 刑事司法の問題点が全て出た事件だと思います。 

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  • 中北浩爾氏:共産党が変われば日本の政治は変わる

    2023-05-03 20:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2023年5月3日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1151回)
    共産党が変われば日本の政治は変わる
    ゲスト:中北浩爾氏(中央大学法学部教授)
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     日本共産党が大きな岐路に差し掛かっている。
     今回の統一地方選で共産党は大きく議席を減らした。それほど大きなニュースにはなっていないが、共産党は昨年末から今年にかけて、小池晃書記局長によるパワハラ問題や、著書の中で党首公選を訴えたベテラン党員の松竹伸幸氏を除名処分にするなど、共産党という組織の体質が根底から問われるような出来事が続いていた。選挙結果との因果関係が確認できるわけではないが、一連の出来事は有権者にとって党の体質に不安を抱かせるには十分なものだったと言えるだろう。
     一橋大学在学中に共産党に入党し、代々木の党本部で党政策委員会の安保外交部長まで務めた経歴を持つベテラン共産党員だった松竹伸幸氏は、今年1月に出した著書『シン・日本共産党宣言』の中で、すべての党員が投票権を持つ党首公選の導入を主張した。それに対して共産党は、松竹氏が党規約の「党内に派閥・分派はつくらない」(第3条4項)、「党の統一と団結に努力し、党に敵対する行為はおこなわない」(第5条2項)、「党の決定に反する意見を、勝手に発表することはしない」(第5条5項)などの条文に反したとして、松竹氏を除名処分にした。
     松竹氏の除名問題は、民主集中制を組織原則とする共産党の特殊な体質を強く印象付けると同時に、共産党が長年内包してきた政策面での矛盾を露呈した。なぜならば、松竹氏は元々、日米安保や自衛隊問題で党の公式な立場に異論を唱え、これまでも党中央と衝突してきたからだ。松竹氏自身、党首公選制を主張する理由として、こうしたデリケートな問題をオープンな場で議論しない限り共産党は変われないし、それなくして有権者の理解を得られないだろうと考えたからだと、ビデオニュース・ドットコムのインタビューの中で述べている。
     現行の小選挙区制を柱とする衆院の選挙制度の下では、一つの選挙区に複数の野党候補が乱立している限り、候補者を一本化している自民・公明の連立政権に勝つことは到底できない。実際に2012年の総選挙で自民党が民主党から政権を奪還して以降の選挙でも、総得票数では野党が自民党を上回っていても、獲得議席数では自民党が過半数を大きく超える選挙が続いている。
     野党が一枚岩になれない限り政権交代は難しいことは誰の目にも明らかだが、その際に共産党の存在が大きな障害となる。これまでも民主党はそんな共産党との距離の取り方に苦労してきた。共産党と選挙区調整を行い候補者を一本化すれば当選の確率が格段にあがる候補が多くいることはわかっているが、そうなると今度は民主党内のとりわけ保守派や右派と呼ばれる人々が、共産党との共闘を嫌い、分党行動に出始める。
     結局民主党は立憲と国民に分裂してしまったが、その一因に共産党との共闘のあり方をめぐる意見の相違があった。結局、共産党が今のままでは本当の意味での野党共闘は実現が難しいのだ。
     近年、共産党は野党共闘を実現するために自衛隊や日米安保を当面は認めるなど、自らの主張を封印しているが、とはいえその政策スタンスを根本から変えたわけではない。まだまだ元来の共産党のアイデンティティと言っても過言ではない反米、反安保、自衛隊違憲論などの理念を腹の中に抱えつつ、便宜的に他の野党と歩調を合わせている感が否めない。実際に多くの有権者もそう感じている。
     そのため、民主党や立憲民主党が共産党と野党共闘を組み、選挙協力や候補者調整などを行うと、決まって自民党からは「基本政策が異なる政党の共闘は野合だ」などと批判をされて揺さぶられる。実際、その批判には一定の説得力があったのも事実だろう。
     有権者から「共産党は本当に変わった」と受け止められるためには、自衛隊や日米安保など党の基本政策に関わる問題について、現在のような本音をオブラートに包んだまま「当面は認めることとする」というような表層的な変更ではなく、綱領などでその立場をはっきりと打ち出すことが必要ではないか。そして、そのためにはこれまでの民主集中制の名の下での密室内での決定ではなく、松竹氏が主張するようなオープンな場での議論が不可欠ではないだろうか。
     しかし、共産党は変われるはずだと、中央大学法学部教授で昨年5月に出版された『日本共産党』の著者の中北浩爾氏は言う。なぜならば、実は共産党の歴史は基本政策を転換し続けてきた歴史だったからだ。
     例えば共産党は戦後の憲法制定時に「中立自衛」の立場を取り、自衛のための戦争は肯定されるとの理由から、軍の保有や交戦権を放棄している憲法9条に反対しているし、天皇制にも反対だった。しかし、今や共産党は護憲、とりわけ憲法9条の堅持を強く主張し、天皇制も受け入れている。このように共産党はその時代状況に合わせて、自らの基本政策を大きく転換させてきた歴史がある。
     中北氏は、欧州ではコテコテの共産主義からより民主的社会主義政党へと脱皮できた共産党は、今も一定の勢力を保っているが、イデオロギーにこだわり保守的共産主義を標榜し続ける共産党はどこの国でも力を失っていると指摘する。
     日本の政治が政権交代のない自民・公明による永続的な支配構造から抜け出せるかどうかは、共産党の去就にかかっていると言っても過言ではない。共産党自体は国会内ではそれほど大きな勢力ではないが、共産党が変わらなければ真の意味での野党共闘が実現せず、現行の選挙制度の下ではほとんど勝負にならないからだ。
     共産党は変われるのか。変われるとしたら、どのような政党になっていくべきなのか。変わらなければならないことは松竹氏に限らず多くの党員が理解しているはずだが、何が変わることを妨げているのか。日本の政治を救うために共産党に何ができるかについて、中央大学法学部教授の中北浩爾氏と、ジャーナリストの神保哲生と社会学者が議論した。
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    今週の論点
    ・ここで変わらなければ日本共産党は衰退の一途をたどる
    ・党首公選制を主張した松竹伸幸氏の除名処分から見えてくること
    ・日本共産党は時代とともに形を変えてきた
    ・共産党が変われば日本の政治が変わる
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    ■ ここで変わらなければ日本共産党は衰退の一途をたどる
    神保: 今日は2023年4月28日の金曜日、1151回目のマル激です。ゲストは中央大学法学部教授の中北浩爾さんです。以前出演していただいた時は政治の仕組みや問題点についてお話を聞かせていただきましたが、今回のテーマは日本共産党です。中北さんは去年、『日本共産党 「革命」を夢見た100年』という本を書かれていますよね。
    中北: はい。ちょうど一年前くらいですね。
    神保: 共産党関係者に共産党の話を聞いてもなかなか実態が掴みにくいところがありますが、中北さんのように学者として客観的に共産党を見ている方に話を伺うことは意味があると思います。月並みな質問ですが、中北さんは必ずしも日本共産党が専門分野ではないにもかかわらず、なぜあえてこれを取り上げようと思われたのですか。
    中北: 自分の研究対象にしようとは思っていませんでしたが、これまでも共産党に関心を持っていました。ただ、2015年の安保法制反対運動から2016年の野党共闘といった流れの中で、野党が共産党を含んで自公政権を倒すという動きが次第に強まりました。私の近くにも運動にコミットされた方がいたので、気持ちも分かるし素晴らしいことだと思った半面、「それで政権まで手が届くのかな」と同時に思いました。 

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