マル激!メールマガジン 2025年5月14日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1257回)
膨れ上がる「隠れ教育費」を放置してはいけない
ゲスト:福嶋尚子氏(千葉工業大学工学部教育センター社会教室准教授)
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 「隠れ教育費」というものをご存じだろうか?
 本来義務教育であるはずの小中学校で、事実上保護者が負担を強いられている。学校生活に関連した様々な費用のことだ。その中身にはドリルやお習字道具などの補助教材や制服、指定運動着、上履きなどの費用、修学旅行や部活動にかかる費用のほか、給食費も含まれる。これらはいずれも子どもが学校生活を送る上で欠かせないものだが、日本ではその費用は保護者が負担するのが当たり前になっている。その金額は公立小学校で年間12万円、公立中学校では年間18万円に及ぶという。
 日本国憲法はその第26条で「義務教育は、これを無償とする」ことを明記しており、よって日本の小中学校は「無償」でなければならないはずだ。あえて私立の学校に行くことを選択した家庭の場合は別だが、憲法の条文を読む限り公立の小中学校で学校に関連して義務的な費用負担が発生するのはおかしいようにも思える。
 しかし、1964年に最高裁は憲法が謳う「無償」とは授業料のことを指しているとの判断を示し、これが事実上判例化している。そのため義務教育課程であっても授業料以外の費用負担を親に求めること自体は、法的には問題がないと考えられているのだ。現状では、公立小中学校の授業料と教科書代は国や市町村が負担することで「無償」となっているが、それ以外に必要となる学校関連の様々な費用は、基本的には保護者が負担することが前提となっていて、それが「隠れ教育費」となっているのが実情だ。そして、その金額は年々増え続けているという。
 隠れ教育費は特に経済状況の厳しい家庭にとって大きな負担になっている。経済的な理由で就学が困難な児童・生徒の保護者に対して、学用品などの援助を行う就学援助の制度というものがあるが、千葉工業大学工学部准教授で教育行政が専門の福嶋尚子氏によると、隠れ教育費の金額自体が増え続けているために、就学援助制度だけでは隠れ教育費を賄いきれない場合が多く出てきていると言う。
 また、隠れ教育費は保護者にとって、学校から言われれば払うのが当たり前のお金という扱いになってしまっているため、その必要性や、本当にそれがベストなものなのかというチェックが不十分になっている点も問題だと福嶋氏は言う。
 しかし、では保護者の負担を減らすために、単に隠れ教育費を公費に置き換えればいいかというと、そう単純な話ではない。福嶋氏は給食など本当に必要なものは公費で賄われてしかるべきだが、必要性や適切性が十分に吟味されていない物を税金で賄うことについては国民の納得は得られないと指摘する。公費負担とすることで、今よりも更にチェックが甘くなり、無駄遣いが膨らむ恐れもある。公費負担とするならば、本当に子どもの教育に必要なものは何なのかをより厳しく精査する必要が出てくる。
 埼玉県の公立中学校で事務主幹をつとめる柳澤靖明氏は、教員らとの対話の積み重ねにより自身が勤務する中学校の学校徴収金を年間1万円削減することに成功したという。本当に必要なものかどうか、同じ機能でもっと安くすむものがあるのではないかなどを丁寧に教員と話し合っていった結果、それだけの削減が可能になったのだという。
 ただ、柳澤氏の学校のように事務職員に財務上の権限を委ねている学校ばかりではない。教頭などがその権限を握っている場合もあり、外部的なチェックが難しくなっているのが実情だという。これは隠れ教育費に限ったことではないが、学校の財務を誰が担うのかについて、文科省がきちんとしたガイドラインを示すことも必要だと福嶋氏は指摘する。
 まずは隠れ教育費が隠れてしまっている現状を改善し、これを見える化する必要があると、福嶋氏は言う。そしてそのためには、保護者は学校から言われたことに無条件で従うのではなく、例えば他の保護者と情報交換をするなどした上で、明らかに理不尽だったり無駄ではないかと思われる点があれば、声を上げることが重要だ。保護者から声が上がれば、教員もそれを受けて指定品の中身などを見直しやすくなる面もある。
 例えば1年間全く使われないドリルがあったり、私物のお習字道具を持っている生徒でも別に学校指定のお揃いのものを買わなければならなかったり、年に数回しか使わない教材は個人負担とせずに翌年も使い回せないのか等々、まだまだ工夫の余地はいろいろありそうだ。
 今年2月には、2026年度から小学校給食を無償化することを自民、公明、維新が合意した。また今年4月からは公立高校の授業料の実質無償化が実現している。教育機会の平等化という意味で、教育の無償化が進むことは好ましいことだ。しかし、無償化の一方で必要なチェックが入らないまま隠れ教育費が膨らみ続けてしまうようでは、一体何のための無償化なのかということになりかねない。
 隠れ教育費とは何か。なぜそれは隠れて見え難いのか、隠れ教育費を見える化して不要な負担をできるだけなくしていくためには何が必要なのかなどについて、千葉工業大学工学部教育センター社会教室准教授の福嶋尚子氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

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今週の論点
・公立小中学校の「隠れ教育費」とは何か
・ある公立小中学校の私費負担例
・本当に必要な支出なのか精査することの重要性
・費用を通じて考えるよりよい学校教育
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■ 公立小中学校の「隠れ教育費」とは何か
神保: 今日のテーマは「隠れ教育費」です。この言葉自体が新しいものなので、それが何を指しているのかというところから入門的な話を伺いたいと思います。ゲストは教育行政学が専門で千葉工業大学工学部教育センター社会教室准教授の福嶋尚子さんです。

 少し前に福嶋さんが書かれた『隠れ教育費 公立小中学校でかかるお金を徹底検証』という本を読みました。それまで隠れ教育費という言葉を聞いたこともなかったですし、驚くようなことが書かれていました。いま政治の世界では高校の無償化の話が取りざたされていますが、その主語が授業料なのか何なのかというところも重要です。小中学校は義務教育なので無償かと思いきや、実はとてもお金がかかっています。

 「隠れ教育費」という言葉は前からあったのか、それとも福嶋さんが作られたのでしょうか?

福嶋: 実は「隠れ教育費」というタイトルをつけたのは出版社なのですが、この本が出た2019年の夏、この言葉が初めて使われました。それまでは保護者負担や私費負担、学校徴収金といった呼び方をしていました。この書籍では単に学校が口座引き落としをするような徴収金だけでなく、学校で使うからといって保護者が近所のスーパーや用品店などで購入するような費用も含めて、学校にかかるあらゆるお金全体を統合的にどう呼ぶかということで、「隠れ教育費」という言葉を使いました。

神保: それは義務的な負担なんですよね。

福嶋: はい。口座引き落としであれば何月何日にいくら引き落とされるということが通知されますし、それ以外のものについても、学級だよりなどで「こういう活動をするからこのようなものを用意してくださいと」いった形で指定されます。義務のあり方には種類がありますが、これがなければ子どもが学校で教育活動に参加できないと思って保護者が準備するという点では、全て義務性のあるものだと思います。

神保: 高校無償化の話が進んでいますが、すでに無償であるはずの公立小中学校でも保護者負担が発生しています。公立小学校では年間で12万円、公立中学校では18.6万円ということです。

福嶋: 公立学校では授業料と教科書代は無償ですが、それ以外でこれくらいの金額がかかっているということです。