
浜井浩一氏:拘禁刑の導入で刑務所は真の更生の場に変われるか
マル激!メールマガジン 2025年5月21日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1258回)
拘禁刑の導入で刑務所は真の更生の場に変われるか
ゲスト:浜井浩一氏(龍谷大学法学部教授)
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この6月1日から、日本の刑罰に歴史的な制度変更が行われる。
刑法の改正によって従来の「懲役刑」と「禁錮刑」が廃止され、新たに導入される「拘禁刑」に一本化される。1907年に刑法が制定されて以来、刑罰の内容が変わるのは初めてのことだ。正に歴史的な改変といっても過言ではないだろう。
従来の実刑を伴う刑罰には殺人、強盗、放火など道徳的に非難される犯罪に適用される懲役刑と、政治犯や交通事故などの過失犯に適用される禁錮刑の2種類があるが、2023年の入所実績で見ても懲役刑が1万4,000件あまりあったのに対し禁錮刑は49件と全体の0.3%程度に過ぎないため、今回の拘禁刑の導入は事実上、懲役刑を廃止し拘禁刑に置き換える制度改正という意味を持つものだ。
実際、懲役刑には「懲らしめ」の文字が入っているように、懲罰的な意味合いが強く、受刑者には服役中の労働である「刑務作業」が義務付けられている。これに対して禁錮刑には作業の義務付けはないが、実際は8割以上の禁錮受刑者が希望して作業を行っている。
犯罪学では元々刑罰の目的は、社会正義を貫徹するためにあるという「正義回復論」と、社会全体で犯罪を未然に予防するための「秩序形成論」、罪を犯した人の再犯を防ぐための「教育刑論」の3つの考え方があるが、従来の刑務所では刑務官が受刑者を呼び捨てにしたり、刑務作業中の私語を一切禁止するなど、とにかく懲らしめと締め付け一辺倒のやり方でやってきた。
しかし、問題はそのやり方が刑務所の秩序の維持や管理のしやすさにはつながっていても、再犯の防止にはほとんど役立っていないことがデータ上も明らかになっていることだ。実際に2024年には受刑者の3分の1が、服役後5年以内に再び罪を犯して刑務所に舞い戻ってきていたことがわかっている。
新たに導入される拘禁刑の下では刑務作業の義務付けはなくなり、社会復帰を意識して受刑者一人ひとりの特性に合わせて作業と指導を組み合わせることができるようになる。また、拘禁刑の創設に合わせ、刑務所内の受刑者のグループに「高齢者」「依存症回復」「知的・発達障害」といった区分を新たに設け、受刑者のニーズに合わせた対応が取れるようになるという。
拘禁刑の創設は本当に受刑者の更生や社会復帰に役立つのか。
かつて法務省で刑務所や少年院などに勤務し、現在は龍谷大学法学部で教授を務める浜井浩一氏は、拘禁刑の創設は画期的な意味を持つが、それが意図した効果を発揮できるかどうかは、刑務官の思考を変えられるかどうかにかかっているという。そして、刑務官たちはとても国民の世論を意識しているので、結局は刑罰に対する国民の意識が変わるかどうかがカギになる。
現在の刑務所では、再犯防止よりもとにかく受刑者を管理し、刑務所内の規律と秩序を維持することを最優先とする考え方が根強いが、それは同時に国民の多くも、受刑者をそのように処遇することを是としており、刑務官もそれを感じているからだと、自身も刑務官の経験がある浜井氏は指摘する。
特に日本では戦後の混乱期に犯罪が横行したために刑務所がパンク状態になったことがあった。その際に、少ない数の刑務官が多くの受刑者を効率的に管理するために、規律と秩序の維持が最優先される制度が導入され、それが今日に至っている。日本のともすれば非人道的な受刑者の処遇は国際人権団体などからはたびたび批判を受けてきたが、国内では特に世論やメディアがそれを問題視する風潮がなかったため、結局その文化がこれまで踏襲されてきた。
しかし、2001年に名古屋刑務所で刑務官の暴行や虐待によって受刑者が相次いで死亡するなどの事件が発生し、前時代的な刑務所のあり方がようやく再考されるようになった。その過程で再犯率の高さも問題となり、今回の懲役刑の廃止、拘禁刑の導入という措置に至っている。
犯罪学や犯罪心理学が専門の浜井氏は、受刑者を厳しく処遇して、懲らしめの強制労働に就かせるだけでは再犯率を下げることはできないことが、数々の調査で明らかになっていると指摘する。反省を促すだけでは人は更生しない。人は誰かに支えられて初めて社会復帰することができる。ともすれば一般国民は刑務所や受刑者に対して差別的な意識を持ってはいないだろうか。そして、それが必ずしも自分たち一人ひとりにとっても、また社会全体にとっても良い影響をもたらしていないのではないか。
犯罪者はわれわれとは違う人たちではなく、その多くが社会を生きる上での困難を抱えた弱い人たちなのだということを、われわれ国民一人ひとりが自分のこととして理解する必要があると浜井氏は言う。
日本の刑務所はなぜ今日まで懲らしめと締め付け一辺倒で来たのか。今回の制度改正でどんな効果が期待されるのか。どうすれば新しい制度を再犯を防ぎ受刑者の社会復帰を支えることにつなげていけるのかなどについて、龍谷大学法学部教授の浜井浩一氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
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今週の論点
・廃止される「懲役」と新たに創設される「拘禁刑」の違い
・拘禁刑の24処遇とは
・なぜ日本の刑務所は厳しい規律管理型なのか
・刑罰は何のためにあるのか
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■ 廃止される「懲役」と新たに創設される「拘禁刑」の違い
神保: 今回は刑務所のあり方がテーマです。われわれはこれまでも刑事司法の問題をかなり取り上げてきましたが、あらためて振り返ってみると、刑が出た後の刑務所や刑罰については山本譲司さんに出演していただいたとき以来で、手薄だったのではないかと思っています。
宮台: 逮捕、勾留、起訴、裁判、服役といった流れの中で話題になるのは裁判まででした。その後の処遇について取り上げたのは、山本さんの累犯障害者問題や発達・知的障害に関する問題の時だけでした。
神保: 私自身も反省を含めて振り返ってみると、単に関心がなかったというだけでなく、そこから目を背けてきたのではないかと感じています。
宮台: リベラルの原則は公正としての正義なので、公正な裁きを受けられるかどうかという点で問題設定しやすいんです。僕は昔から、なぜ日本では刑罰が軽いのかを考えてきました。それには共同体的温情主義があり、更生して社会に戻れる処遇は何なのかという観点が大事だと言ってきましたが、それが機能していたのは80年代までです。よく欧米の映画で描かれるように、刑を終えて町や村に戻ってきた時に、彼らの更生を支援する人々の活動が共同体の支持を得られなくなっていくということがあります。
僕自身も、刑務所の中での処遇が社会的な更生にどう役立っているのか、あるいは逆に阻害していることがあるのかといったことについてはほとんど考えたことがありませんでした。ただ懲役と禁錮があるというふうに、自明性の檻の中に縛られていたと思います。
神保: そもそも世の中には懲役と禁錮があるということを知らない人も意外といます。禁錮の方が少ないのですが、それが労働を伴わない刑罰であると報じられることはありません。
受刑者の再入率を見ると、満期で釈放された人のうちの43%が5年以内にまた戻ってきています。そもそも刑務所とは何のためにあるのか、懲役刑とは何のためにあるのかという議論をしなければなりませんが、少なくとも再犯の防止が目的であるならば成功しているとは言えません。これには高齢者の問題なども関係しています。
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