マル激!メールマガジン 2025年10月8日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1278回)
自民党は統治能力を失ってしまったのか
ゲスト:河野有理氏(法政大学法学部教授)
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 石破首相の退陣表明を受けた自民党総裁選の投開票が10月4日に行われ、決選投票で高市早苗氏が小泉進次郎氏を抑えて第29代自民党総裁に選ばれた。現時点では高市氏が内閣総理大臣に選ばれる可能性が最も高い。
 選挙戦では日本記者クラブでの討論会や党本部での共同記者会見などが行われ、それなりにメディアは取り上げたものの、その中身はいたって空疎なものだった。2024年10月の衆院選、2025年7月の参院選で両院とも自公で過半数割れの少数与党に転落した自民党は、あえて党員投票を含む「フルスペック」の総裁選を仕掛けて注目を集めようとしたが、肝心の中身がほとんどなかった。
 特に自民党が石破政権の下での2度の国政選挙に大敗し、衆参ともに過半数割れとなった直接の原因ともいうべき裏金問題や統一教会との癒着問題、そして自民党政権の下で続いてきた失われた30年からどう抜け出すのか、そしてトランプ政権の下で明らかに変容しているアメリカとの関係をどうするのかといった、日本にとって根本的な問題に対しては、5人のどの候補からも踏み込んだ発言はなかった。
 自民党は統治能力を失ってしまったのか。
 日本政治思想史が専門の河野有理・法政大学法学部教授は、今回の総裁選で論点に迫力が出ないのは、1年前に比べて自民党の地位が劇的に低下したからだという。2025年7月の参院選で自公が非改選を含めて過半数を失ったことで、今後20~30年、日本の政党政治はもう安倍政権のような一党多弱の時代には戻らないということがはっきりした。どこかの野党に支持してもらわないと自民党総裁は日本の首相にもなれず、政策も実現できない。一政党の内輪の選挙という感じが強く出てしまったと河野氏は語る。
 自民党は少数与党だが、とはいえ野党の足並みが揃わない中、自民党の高市新総裁が次の首相に選ばれる公算は大きい。今回も自民党総裁選が実質的に日本の総理大臣を選ぶ選挙だったことに変わりはないのだが、選挙戦での議論はあまりにもスカスカだった。
 河野氏は、かつて55年体制下には今よりむしろ色々な中間団体がいて、癒着といえば癒着なのかもしれないが、利権をめぐる癒着競争があったと指摘する。その活力が失われ、イデオロギー的な動機を持つ宗教団体などが悪目立ちしているというのが自民党の衰退の1つの原因だと言う。
 一方、河野氏は、このような基本的な問いに自民党が答えられなくなっている中、代わりとなる競争的なリーダーが現れるというのが本来の民主主義の姿のはずだと語る。そして河野氏は、そうしたリーダーが出てこない原因は、30年前の政治改革の失敗にあると見る。政権交代可能な2大政党制を目指した政治改革はうまくいかず、多党制になり、自民党のオルタナティブを生み出すという構想は崩れてしまった。
 自民党政治とは何だったのか、なぜそれが終わりを迎えているのか、日本の政治はどこに向かうのかなどについて、法政大学法学部教授の河野有理氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

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今週の論点
・総裁選で本来問われるべきだった論点
・自民党政治とは何だったのか、なぜそれが限界を迎えているのか
・「失われた30年」への処方箋が見えない
・派閥以前に存在する自民党の2つの潮流
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■ 総裁選で本来問われるべきだった論点
神保: 今日は2025年10月3日(金)ですが、4日(土)には自民党の総裁選があります。番組は金曜夜に収録して土曜夜8時にアップされるので、その時には自民党の新総裁が決まっていることになります。新総裁がそのまま新しい内閣総理大臣になるとは限りませんが、野党が足並みを揃えられていない以上、自民党総裁が総理になる可能性が高い。首班指名選挙は決選投票になれば過半数ではなく、一番票を取った人が勝ちます。
通常テレビ的には、結果がわからない状態で収録することはNGなのですが、あえてそれをしたいと思いました。というのは、総裁選の結果以上に重要な論点があるはずなのに、勝ち負けが決まった瞬間にその論点は関係なくなってしまうからです。自民党は一体どうなっているのか、もうオワコンなのではないのか、そんな話をあえて前日の収録でやりたいと思います。

宮台: 自由民主党にどのような問題があるのかという問題設定もありですが、もっと根は深いんです。日本の政治風土で育っている有権者たちにどのような問題があるのかということを考える必要があります。

 ユヴァル・ノア・ハラリの新著に『NEXUS 情報の人類史』があります。NEXUSというのはコネクションのような意味ですが、民主制を支える条件は、民主制の生態の中にいる人々が情報や前提を共有できるような「情報のネットワーク」だと書かれています。ぜひ皆さんにも読んでいただきたいのですが、この本では説明できない問題もたくさんあります。

 従来、情報のコネクションを可能にする要因は、地政学的な問題、つまり人々がどれだけ近くに住んでいるのかということと、情報テクノロジーがどれだけ発達しているかということの掛け合わせで議論されてきました。中世以降、大規模な統治においてマクロで民主制が採用された例は存在しませんが、ローマが共和制から帝国に移った段階やロシア帝国では、それぞれの都市レベルでは厳密な民主制が行われていたことが資料から分かっています。

 しかし、大規模な民主制が機能していなくてもスモールユニットでは民主制が機能しているという事実は、今の日本にはほとんどありません。

 ユヴァル・ノア・ハラリは地政学的な前提とテクノロジカルな前提、そして制度的な前提を組み合わせて分類して考えているのですが、僕がよく言う民主制の民主制以前的な前提については議論していません。どういう歴史の蓄積や人々の経験的前提が政治参加を動機づけるのか、あるいは感情を晴らす政治保守ではないようなメンタリティはないのかといったことです。ここまでダメな状態が放置されているのはなぜなのかという日本の問題は彼の図式では説明できません。

神保: ハラリはもう少し日本を勉強してほしいですよね。日本は、ツールは全部あるのになぜかその通りにならない国です。日本にはメディアは一応あり、報道の自由もある。しかし一番厄介なのは、権力による介入はないのに、ほとんど全部が自主規制によって動いているという点です。ハラリは多分そんなことは想定していませんよね。

 ゲストは法政大学法学部教授の河野有理さんです。河野さんには昨年9月21日、前回の自民党総裁選の時にご出演いただきました。その際には石破さんが勝利し、自民党もヤバいし日本全体もヤバくなってきているという話をしました。その後の1年で石破政権が発足し国政選挙が2回実施され、いずれも自公政権が過半数を割るという事態に至り、今回の総裁選がありました。その選挙の責任を問われる形で石破降ろしの動きが起きました。

 こうした総裁選が行われている中で、私たちはそれをどう見ればいいのかということを政治メディアはあまり取り上げてくれません。政治メディアは基本的には総裁選を囃すだけなので白けるか、一部の人は競馬予想のような感覚で楽しんでいます。

 まずは総論的な部分について伺いたいと思います。今回は1年ぶりのご出演ということですが、河野さんは今回の総裁選をどのように見ていますか。

河野: 本当に悲しい総裁選という感じで、やはり1年前の総裁選とは状況が全く違っています。特に7月の参院選で非改選を含めて過半数を失ったということは非常に大きいと思います。参議院で過半数を失うと回復するまでに30年ほどかかるので、今後は安倍政権時代のような一党多弱の構図には戻らないということがはっきりしたと思います。