マル激!メールマガジン 2025年11月19日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1284回)
見逃されてきた「新しいリベラル」の受け皿になるのはどの政党か
ゲスト:橋本努氏(北海道大学大学院経済学研究科教授)
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 今日、日本でも世界でも、リベラル勢力は退行し、保守勢力や国家主義的な勢力が政治の主導権を握っていると考えられている。実際、アメリカではアメリカファーストのトランプ政権がリベラル政策をことごとく塗り替えているし、日本でも自民党内では比較的リベラルとされた石破政権が短命に終わり、それに代わって保守派の高市政権が発足したばかりだ。
 ところが、北海道大学の橋本努教授らのグループが大規模な社会意識調査を行ったところ、日本には既存のリベラル勢力とも、また保守勢力とも一線を画する、「新しいリベラル」層というものが生まれており、今やそれが最大勢力になっていることがわかったという。
 橋本氏らの研究グループは2022年7月、約7,000人を対象とするウェブ調査を行った。調査の結果、これまで見落とされてきた「新しいリベラル」の存在が浮かび上がった。数としては多数派ではないものの、全体の約2割を占める最大勢力「新しいリベラル」の存在が確認されたという。
 そもそも日本のリベラルというものは、「政治的には自由を重視し、経済では福祉国家を支持する人々」とされてきた。それに対し、「新しいリベラル」とは政府による投資を重視する人々だと橋本氏は言う。その結果、従来型リベラルが弱者支援を重視するのに対し、新しいリベラルは成長支援を重視するほか、従来型リベラルが高齢世代への支援を重視するのに対し、新しいリベラルは子育て世代や次世代への支援を重視するなどの違いがある。
そしてもう一つ新しいリベラルが従来型リベラルと大きく性格を異にする点は、憲法9条、日米安保、自衛隊などリベラルであることの前提条件といっても過言ではない「戦後民主主義的な論点」にこだわりがないことだという。
 政府の予算を大別すると年金などの「消費」と、教育などの「投資」に分けることができる。この2者の比率を投資側にシフトさせていくべきだと考えるのが新しいリベラルの発想で、それは例えば失業者に現金給付などの支援を主張する伝統的なリベラルの立場とは異なり、再び働けるようにする職業訓練やリスキリングなどへの「投資」を優先する。
 7,000人を対象に行った大規模な意識調査では、例えば大学奨学金の望ましいあり方について、「経済状況に関係なく学ぶ意欲のある全ての生徒を対象とすべき」、「貧困層や障がいのある生徒など社会的に不利な立場にある人を中心にすべき」、「大学は原則として自己負担で進学すべき」といった選択肢を提示し、潜在クラス分析という統計方法で似た回答パターンをした人をグループ分けした。
 その結果、「従来型リベラル」、「新しいリベラル」、「成長型中道」、「福祉型保守」、「市場型保守」、「政治的無関心」という6つのグループに分かれたという。このうち「新しいリベラル」は、従来の社会調査では十分に把握されてこなかった層であり、今回の調査ではもっとも多数を占めるグループだったという。
 高市政権は「責任ある積極財政」を打ち出し、AIや 半導体、造船など17の戦略分野に重点投資する方針を示している。高市政権の「投資を通じた成長」という政策は、新しいリベラルが重視する投資国家の思想と重なる部分もあるが、高市政権が経済への投資を中心に据えているのに対し、新しいリベラルは社会的投資を重視するのが特徴だと橋本氏は指摘する。
  「新しいリベラル」の考え方を初めて体系的に示したのはイギリスの社会学者アンソニー・ギデンズだった。ギデンズが1998年に出版した『第3の道』は、労働党ブレア政権の理論的基盤となり、公共事業と手厚い福祉(第1の道)、小さな政府を志向する新自由主義(第2の道)の両極端ではなく、社会的公正と市場の効率性の両立をめざす現代的な社会民主主義を標榜したため、当時ブレア政権は「ニューレイバー」などと呼ばれた。
 日本でも2009年に民主党政権が発足した際に、新しいリベラルの志向に近似した様々な政策が掲げられたが、民主党内に混在する古いリベラルと新しいリベラルの対立によって、両者の折衷案のような政策になってしまった。さらに民主党は戦後民主主義的な論点にも深々とコミットしたため、経験不足と東日本大震災も相まって民主党政権はあまり芳しい成果をあげられないまま3年で終焉してしまった。
 その後、日本では世代交代も進み、国民の側は新しいリベラル意識を持った有権者層が確実に増えていったが、紆余曲折を経ながらも立憲民主党内のオールドリベラルとニューリベラルの対立は続いた。
 現在、新しいリベラルの投票先は立憲民主党の右や国民民主と自民党の左と維新に分散されてしまっている。それはつまり、最大勢力の新しいリベラル層の受け皿をどの政党も提供できていないことを意味している。
 隠れた主流派の新しいリベラルとはどのような人たちなのか。それは伝統的なリベラルと何が共通し何が異なるのか。新しいリベラルが最大勢力であるにもかかわらず、その立場を代表する政治勢力ができないのはなぜか。どうすればそれを作ることができるのかなどについて、北海道大学大学院経済学研究科教授の橋本努氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。(今回橋本氏はリモート出演になります)

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今週の論点
・日本の「リベラル」はどう定義されてきたのか
・「従来のリベラル」と「新しいリベラル」の違い
・受け皿となる政治勢力を持たない「新しいリベラル」
・「新しいリベラル」が政治的なコネクターになるには
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■ 日本の「リベラル」はどう定義されてきたのか
神保: 今日のテーマは「新しいリベラル」です。ゲストの北海道大学大学院経済学研究科教授の橋本努さんは、立命館大学の金澤悠介さんと一緒に『新しいリベラル』という本を書かれました。大規模調査をされ、そこから「隠れた多数派」が見えてきたということはとても面白く衝撃的でした。「政治についての市民意識ウェブ調査」ということで、2022年7月14日〜19日、18〜79歳の男女7,000人を対象に調査されました。これは電話での調査でしょうか?

橋本: 楽天インサイトにお任せしたものです。都道府県の人口や年齢構成、性別などに比例させてうまく7,000人を選んでいただいたので偏りなく調査しました。

神保: これは2022年の調査なので、その後、政治では参政党が躍進したり、自公が立て続けに2つの選挙で過半数割れしたりということがありました。それを念頭に置いた上でも、これは国民の意識がどうなっているのかということを見る上では有効だと思います。

 そもそも、皆平気で「リベラル」や「保守」という言葉を使いますが、それを定義しないまま話すと訳が分からなくなってしまいますね。何を保守するのかによって意味が変わってくるので、そういう意味では共産党は保守的です。あるいは護憲政党も保守的だと言えます。まずは今日の議論の元となる「リベラル」について入門的な解説をしていだけますか。

橋本: リベラルという言葉が日本の文脈で使われたのは比較的新しく、1994年前後のことでした。それまでもリベラルという言葉はありましたが、多くは外国の政治を語る時に使われれていました。日本の場合は「保守」対「革新」という軸を用いて意識調査をしてきました。また自民党や社会党もそういう軸で対立していましたが、冷戦が崩壊し村山富市が総理大臣になった時に、「自分はリベラルだ」と言ったんです。
その時の日本人はリベラルという言葉を知らないので、リベラルとは一体何なのかという話が始まり、色々な人が定義しました。当時は昔の革新と同じではないのかなどとも言われました。それが分からないまま進んでいきましたが、皆リベラルという言葉は使い始め、その都度どうリベラルを定義すれば良いのかという問題が生じていました。
今回の調査では私たちも、日本の文脈で定義することの難しさに直面しました。