マル激!メールマガジン 2025年12月17日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
マル激トーク・オン・ディマンド (第1288回)
なぜ中国は高市首相の台湾有事発言にこうも過剰に反応するのか
ゲスト:岡本隆司氏(早稲田大学教育・総合科学学術院教授)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 なぜ中国は高市発言に対しこうも敏感に反応するのか。歴史的な文脈からその背景を探ってみた。
 確かに高市首相の11月7日の衆院予算委員会での「台湾有事」発言は迂闊だった。「どのような状況が日本にとって存立危機事態に当たるのか」を問われた高市首相は、「台湾有事は存立危機事態になりうる」と答弁してしまった。
 これはこれまでの日本政府の、どのような事態が集団的自衛権の行使が可能となる存立危機事態に該当するかは「個別具体的に判断する」としてきた公式な立場から不用意に一歩も二歩も踏み込んだものだったし、首相の手元にあったその日の答弁メモにも、具体的な事例には言及しないことが注意書きされていたことが、毎日新聞の報道などで明らかになっている。あの発言が首相の「ついうっかり発言」だったことは間違いないようだ。
 これまで日本は台湾に対しては、1972年の日中共同声明で中国の立場を「十分理解し、尊重する」とするにとどめ、その立場をあえて曖昧にしてきたが、高市発言でそれを逸脱してしまったことになる。
 高市首相はその後、国会における党首討論で立憲民主党の野田代表から件の発言の意図を問われ、従来の政府見解を繰り返すだけでは予算審議を止められてしまうと思ったからだと説明するなど、十分な戦略的意図を持たないままの発言だったことを認めている。これは首相としては不用意を越えた噴飯ものと言わなければならないし、日本の国益にとっても決してプラスではなかったが、とはいえこの発言に対するその後の中国政府の反応も、やや常軌を逸した激しいものとなった。
 まず中国の薛剣駐大阪総領事がSNSのXに「勝手に突っ込んできたその汚い首は一瞬の躊躇もなく斬ってやるしかない」などという不穏当な投稿をしたことを手始めに、政府は日本への渡航自粛の呼びかけや日本産水産物の輸入停止措置まで打ち出してきた。更には12月6日には、中国軍の戦闘機が自衛隊機に対し30分にもわたりレーダーを照射する事件まで起きている。中国側の反応も過敏を通り越してかなり異常なものだ。
 なぜ中国は高市発言にこうまで過剰に反応するのか。高市発言が中国側にどのように受け止められているかを知るためには、中国にとっての台湾問題が歴史的にどういう意味を持つのかを理解する必要がありそうだ。今回の日中間の緊張の日本にとって少しでも有利な落とし所を探るためにも、中国側から見た台湾問題を歴史の文脈の中で知ることは有益だろう。
 中国の近代史に詳しい早稲田大学の岡本隆司教授によると、先住民が住む台湾が中華帝国の一部となったのはそれほど古いことではなく、17世紀の終わりごろだったという。当時、滅亡した明王朝への忠誠を掲げる鄭成功という人物が台湾に渡り、オランダ勢力を排除した。その後清朝が正式に台湾を編入して以降、台湾は少なくとも形式上は中華帝国に帰属していた。
 その台湾を外国に取られるきっかけが日本と戦った日清戦争だった。1895年、日清戦争に敗北した清は、下関条約で台湾の割譲をのまされた。その後、様々な歴史的経緯を経たものの、中国は今日に至るまで一度も台湾を取り戻すことができていない。そもそも中国が台湾を失った原因が日本にあったという歴史的な事実は踏まえておく必要があるだろう。
 中国では、1840年に勃発したアヘン戦争以降、列強との戦争に敗れ続け領土を失った時代を「百年国恥」と呼ぶ。屈辱の歴史という意味だ。経済史家アンガス・マディソンの推計によるとアヘン戦争の段階で清は世界のGDPや人口の3割以上を占める、押しも押されもしない世界に冠たる超大国だった。中国がその後100年にわたり日本を含めた諸外国から食い物にされ衰退していったという百年国恥の歴史観は、指導層によるプロパガンダという面もあるが、現在も広く共有されている。台湾の喪失は、その象徴的な出来事の1つと位置づけられている。
 岡本氏は、実際はアヘン戦争に負けたころはまだ清は余裕で、イギリスに有利な条約を結ぶことを「撫夷(ぶい)」、つまり野蛮な相手をなだめるためのやり方だととらえていたと説明する。しかしその後、日清戦争で格下の小国としか思っていなかった日本に負け台湾を奪われてしまったこと、またその後、昭和に入ると日本によって傀儡国の満州国を設立され国土の一部を失ったことは、中国にとって百年国恥の中でもとりわけ屈辱的な出来事だった。
 習近平政権としては、その日本が従来の政府見解をいきなり変更してきたことに対しては断固たる態度を示すことが、中国国内向けのメッセージとしても必要だったと岡本氏は指摘する。
 日中関係が悪化している今こそ、相手を理解せずに議論を進めることはできない。百年国恥とは何か、中国側から見た台湾問題とはどのようなものか、なぜ台湾問題では日本に口出しされることにとりわけ過敏に反応するのかなどについて、中国近代史が専門の早稲田大学教育・総合科学学術院教授の岡本隆司氏と歴史的な文脈を参照しつつ、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
今週の論点
・高市発言とは何だったのか
・高市発言に対して中国側が示した激しい反発とは
・日清戦争で日本に台湾を奪われたことは中国にとって何を意味するか
・対立の歴史的背景を理解することの重要性
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

■ 高市発言とは何だったのか
神保: 高市発言をきっかけに騒がしくなっている日中関係ですが、今回は特に台湾問題が中国にとってどういう意味を持っているのかについて考えてみたいと思います。ただ、今これをマスメディアで扱うと中国側の言い分だと言われてしまいます。炎上や批判が怖いという事情もありますし、実際に数字(視聴率)にも響くらしいのですが、とはいえそこが分からないとどうしようもないだろうというのが今日の企画意図です。

 日清戦争、下関条約、台湾割譲などは歴史の授業で勉強したはずですが、それが中国にとってどういう意味を持っていたのかという点は教わりませんでした。テスト勉強で当事者の名前などは書けるようになるのですが、今回のように、台湾に関して日本の総理が発言したことに対して中国が非常に強く反発している理由を理解しようとする時、あれだけ勉強したはずのことがほとんど別次元の話になってしまいます。試験用の勉強だったということですね。

宮台: 歴史的な出来事は脈絡が大事です。国も人も主体です。精神医学的には主体とは自己物語を持つ存在だと言われますが、その自己物語も主体が違えば違います。したがってそれぞれの主体からどう見えるのかということが本当に大事なのですが、主権国家を主体とする関係性のステアリングに、能力を持たない人たちが関わるようになっているんです。

神保: ゲストは早稲田大学教育・総合科学学術院教授の岡本隆司さんです。中国が香港や台湾について「1つの中国」としての形に強くこだわる理由について、岡本さんは中国はずっとバラバラだったという話をされています。こだわらなければあっという間にバラバラになってしまうという恐怖心があり、その点が日本とは決定的に違うということですよね。

岡本: 中国はすごく広く、もともと色々な人がいましたが、それを歴史的に1つにまとめてきたという自負があります。実際の歴史の中で非常に緩やかな形で共存させてきましたし、文化面や経済面など色々なファクターで1つにまとまってきました。しかし西洋が入ってきたり日本が近づいていったりした時に、特に経済的な資本力や工業力、あるいは文化的な引きつけなど、ソフトパワーやハードパワーを含めて、中国で緩やかにまとまっていた人たちを引きつける動きが出てきました。
その走りが倭寇です。日本が富を持ってきて貿易をする中で、日本と内通する人たちがたくさん出てきました。

 ある中国の商人は日本に住んでいて、日本と貿易をしていました。それが、相手が日本でなくても、イギリスやロシアなど色々なところと結びつくようになっていきます。そうすると、それまで中華王朝の中でまとまっていた形が崩れていく。これは歴史的に見てありえない話だという認識になります。
中国の為政者たちからすると、外と結託して自分たちから離れていくことが非常に怖いという感覚があるんです。その点、日本は比較的楽ですね。政府の言うことを皆が聞くからです。しかし中国の人たちは、中華王朝の言っていることややっていること、法令などが、自分たちにとって必ずしも有益ではないと考える人が多いんです。今回の話もその延長線上にあるのではないのかと見ています。

神保: 中国では共産党政権が盤石な権力を築き、習近平は独裁的な地位にいるように思えますが、それでも「1つの中国」を言い続けるのですね。