マル激!メールマガジン 2026年1月21日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
マル激トーク・オン・ディマンド (第1293回)
2026年、19世紀に回帰するアメリカによる戦後世界秩序の本格的な解体が始まった
ゲスト:渡辺靖氏(慶応義塾大学SFC教授)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 ドンロー主義を標榜するアメリカは、本気で19世紀への回帰を始めたようだ。
 2026年の国際情勢は、年初から決定的な転換点を迎えた。アメリカによるベネズエラへの空爆とニコラス・マドゥーロ大統領の拘束は、冷戦後に形成されてきた「法による支配」という国際秩序の大前提を根底から揺るがす出来事だった。もはや「例外的事件」として処理できる段階は過ぎつつある。世界は、構造的な変化の局面に入りつつある。
 アメリカ政府は、マドゥーロ大統領夫妻を麻薬テロおよびコカイン密輸共謀などの罪で起訴することで、宣戦布告なしの軍事行動を正当化している。しかし、刑事司法と軍事力を結合させた今回の措置は、主権国家に対する武力介入として極めて異例なもので、その目的が犯罪対策に限定されると考えるのは困難だ。
 実際、トランプ大統領は、ベネズエラの石油資源管理への関与を通じて同国の経済再建を主導し、アメリカの戦略的利益を拡大する構想を公然と示している。世界最大級の確認原油埋蔵量を有し、反米政権の下で中国やロシアと密接な関係にあるベネズエラは、アメリカにとって地政学的・資源戦略的にきわめて重要な位置を占める。今回の軍事介入は、資源を基軸とした勢力圏再編の一環として理解すべきだろう。
 象徴的なのは、トランプがこの一連の政策を「ドンロー主義」と呼んだ点である。1823年にアメリカ第5代大統領のジェームス・モンローが打ち出したモンロー主義は、当初は西半球に対する欧州列強の介入を拒否することを主眼としたものだったが、その後、アメリカ自身の地域的優越を正当化する思想へと変遷していった経緯がある。トランプ大統領がモンロー主義に自身の名前を重ね合わせた「ドンロー主義」は、その歴史的論理を露骨な形で現代に持ち込むもので、「西半球における米国の優位性回復」という主張は、勢力圏政治の明示的な復活を意味する。
 しかし、トランプのドンロー主義はどうやら西半球にはとどまらなそうだ。同様の力学が中東にも及んでいるからだ。2025年末にイランで発生した反体制デモは、短期間で全土に拡大した。トランプ大統領はこれを繰り返し支持し、政権交代を促す姿勢を隠していない。今回のデモでは、1979年のイスラム原理主義革命以前のパーレビ王政の復活を求めるスローガンまでが登場し、元国王の息子でアメリカに亡命中のレザー・パーレビ氏も帰国の可能性に言及し始めている。
全土でデモを起こすことで反米政権を転覆させた上で親米政権を樹立する政治工作は、アメリカのCIAが最も得意とする手法であり、今回も外部勢力が体制転換を後押しする典型的な「介入の政治」を想起させる。
 慶応義塾大学SFC教授の渡辺靖氏は、こうした動きを、これまでアメリカが護ってきた「力による現状変更を否定する」という国際秩序の規範を、アメリカ自身が解体しつつある過程と位置づける。ドンロー主義の登場によって、戦後秩序を支えてきた「西側」という理念的枠組みは空洞化し、19世紀的な勢力圏思考が前面に出てきているという。
 新年早々トランプ政権が発表した60を超える国際制度からの離脱も、この流れを象徴するものだ。2026年1月7日、トランプは国連機関や国際機関、国際条約など計66件からの脱退を指示する大統領令に署名した。国連気候変動枠組条約を含むこれらの枠組みは、戦後秩序を制度的に支えてきた中核であり、その放棄は単なる一時的な内向き志向では済まされない。
 アメリカを中心とする法の支配と国際協調を媒介とした第2次世界大戦後の国際秩序を、アメリカが先導して破壊し始めている。その結果、国際社会は、力と資源、地理的優位によって秩序が編成される19世紀型の世界へと引き戻されつつある。
 なぜアメリカは秩序の破壊者となることを選んだのか。この流れはトランプ政権が終わった後も続くものなのか。世界はアメリカ抜きで現在の秩序を守ることができるのか。そうした状況の下で、戦後の国際秩序の恩恵の最大の受益者の1つだった日本はどう立ち回るべきなのか。渡辺氏とともに、神保哲生と宮台真司がアメリカ発の秩序変動が持つ歴史的・思想的含意を徹底的に検証した。

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
今週の論点
・アメリカが壊す世界秩序
・大国が世界を分割する19世紀的な世界観の「ドンロー主義」
・トランプ政権の他国への介入は国内問題から目をそらすためか
・アメリカを覆う犠牲者ナショナリズム
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

■ アメリカが壊す世界秩序
神保: 2026年の年初は2本立て企画となります。1本目は日本の現在地と針路を見据えるということで御厨さんとやりました(マル激トーク・オン・ディマンド1291回(2026年1月3日公開)「2026年の年初に壊れ始めた日本の統治機構とその先に来るものを考える」ゲスト:御厨貴・東京大学先端科学技術研究センターフェロー)。
これとセットで今回は、世界はどこへ向かうのかということを考えたいと思います。本日のゲストは慶応義塾大学SFC教授の渡辺靖さんです。年初の放送ではいよいよ自民党が終わるのではないのかという話をしていましたが、野党が新党を作るということで御厨さんの予言が段々と現実になってきたように思います。

 その一方で世界はどう動くのかということを考えたいと思っていたのですが、年初からアメリカがあまりにも色んなことをするので、「アメリカがこれからどう世界を壊していくのか」という企画になってしまいそうです。ベネズエラやグリーンランドもそうですし、同盟国であるデンマークに対しても軍事力を使うことを辞さないと言っています。
イランにも手を出そうとしていますが、イスラエルのネタニヤフ首相がトランプ大統領に対し「イラン攻撃は待ってくれ」と言ったそうです。報復としてイランが周りの国々を攻撃すれば、中東情勢は本当にボコボコになってしまうと。
アメリカはさらに、国際機関からの脱退を指示したり、金利を下げようとしないパウエル連邦準備制度理事長に対して捜査を始めたりしています。2026年はまだ3週目なのにあまりにも目まぐるしく状況が変わっていますが、渡辺さんはアメリカウォッチャーとして1月に入ってからのアメリカの動きをどう見ていますか?

渡辺: トランプ政権の2期目が発足してから1年が経ちますが、彼の口から出てくる歴代大統領は19世紀の大統領ばかりです。彼の執務室にあるのはアンドリュー・ジャクソンというポピュリスト政治家の走りのような人の肖像画で、現代的な意味に翻訳すると「エリートが大嫌い」、「リベラルな寛容性や多様性は大嫌い」という人です。
その次に出てきたのはいわゆる「関税男」ということでウィリアム・マッキンリー、そして最近はベネズエラを契機にジェームス・モンローが引用されています。トランプは21世紀の大統領ですが言及される大統領は19世紀の人たちばかり。19世紀のアメリカというのはいわゆる法の支配や国際秩序といった概念の前の時代で、領土や資源などの権益を露骨に獲得し拡大していき、その一方でヨーロッパとは相互不干渉の縄張りを広げていった時代です。時計の針が200年くらい逆戻りしてしまったという印象を強く受けた1年です。

神保: 尊敬する大統領は前世紀の大統領となると、やはりトランプ大統領の感覚としては時計の針をそちらに戻すつもりなのでしょうか。世界は20世紀に2つの大戦を経て、その反省と教訓に基づき色々な秩序を作りましたが、彼はそれをことごとく壊しています。

 ただ19世紀のアメリカはそこまでの超大国ではありませんでした。今では立場が全然違うのに、国家安全保障戦略の文書では平気でモンロー主義について言及しています。やはりトランプは、アメリカをその時代まで戻すことも辞さないということを明確に決めたという理解で良いのでしょうか。

渡辺: そういうことだと思います。少なくとも第2次世界大戦後は、世界は閉じてはいけない、閉じているとロクなことがないので自由で平和な世界を作っていこうということになっていました。ソ連を除けば当時はアメリカが唯一のパワーだったので、それを牽引してきました。