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城所岩生氏:時代遅れの著作権解釈が四半世紀も日本を停滞させてきた真犯人だった
マル激!メールマガジン 2023年6月14日号(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――マル激トーク・オン・ディマンド (第1157回)時代遅れの著作権解釈が四半世紀も日本を停滞させてきた真犯人だったゲスト:城所岩生氏(米国弁護士、国際大学グローバルコミュニケーションセンター客員教授)―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――まさか真犯人が著作権だったとは。1990年代まで日本はあらゆる経済指標で世界最高水準にあった。国民一人あたりGDPにしても然り。産業競争力にしても然りだ。ところが1997~98年頃を境に、日本は世界から後れを取り始める。それから四半世紀後、日本はほとんどの経済指標で先進国中30位前後の最下位クラスに落ちていた。わずか25年でトップからビリまで落ちるには、何かよほど大きな失敗をやらかしているに違いないと誰もが思うことだろう。しかし、その主要な要因が著作権にあったとは、一体どれだけの人が考えただろうか。しかし、次のようなデータを突きつけられると、その指摘に反論することはかなり難しい。まず、日本の転落が始まった1997年~98年というのは世界的にインターネットの普及が始まり、世界でIT革命が一気に始まった時期と重なる。そこでまず、日本がインターネット革命に乗り遅れたのではないかという仮説を立ててみたい。その上で、今の世界経済を牽引している企業の実態に目を向けると、現在の世界の時価総額トップ企業はいずれもインターネット関連サービスを提供する企業だ。実際、世界のトップ10社のうち7社がアップル、マイクロソフト、アマゾン、アルファベット(旧グーグル)などのネット関連企業だ。もちろんその中に日本企業は一つもない。日本でトップのトヨタは世界の58位に甘んじていて、その時価総額は世界1位のアップルの15分の1しかない。ちなみに1989年には世界の時価総額トップ10のうち、何と7社を日本企業が占めていた。一方、現在日本で時価総額トップ10の企業を見ると、ネット関連企業は一つも入っていない。そればかりか、日本のトップ10は1位のトヨタを筆頭にメーカーが半分を占め、10社はいずれも1980年以前に創業された古い事業者ばかりだ。つまり、現在、世界経済を牽引しているのはIT関連企業であり、そこに日本の姿はまったく見られないということ。そして、日本では時代の潮流に合わせた産業構造の改革がまったくといっていいほど進んでいないこと。この2つの事実は受け入れざるを得なさそうだ。確かに日本でもインターネットは広く利用されている。しかし、それはほとんどの場合、海外の企業が提供しているサービスを利用しているだけで、日本におカネは落ちてこない。しかし、そのことと日本の著作権の解釈にどのような関係があるのだろうか。アメリカの弁護士資格を持ち、長年にわたり日米の著作権ビジネスをウオッチしてきた城所岩生氏は、日本の前時代的な著作権解釈が日本発のネットサービスの芽をことごとく摘んできたと指摘する。例えば、かつて日本でもYahooやグーグルのような独自の検索サービスを開発しようという試みがあった。しかし、日本はアメリカが早々と導入した著作権の「フェアユース」という解釈を最後まで採用しなかった。そのため検索エンジンのロボットに無数のウェブサイトを読み込ませる必要がある検索サービスを日本で提供するためには、サービス提供者はすべてのウェブサイトの所有者からサイトのデータを読み込む許諾を得なければならなかった。旧来の著作権法の解釈では、検索サービスを提供する目的であっても、無許可でサイトのデータを読み込む行為は著作権侵害に問われる可能性が高いからだ。フェアユースとは、利用目的に公共性が認められるなど一定の条件を満たす場合、著作権者の許可を得ずに著作物に利用が認められるという考え方だ。著作権者の権利を守ることは重要だが、社会に便益を提供することも重要だ。その両立を図るために導入されたのが、フェアユースという考え方だった。そもそも著作権というのは著作者の権利を守ることによって、文化の発展を図るために存在する。そのことは、日本の著作権法の第1条にも明記されている。もちろん著作者の権利の保護はとても重要だ。著作者の権利が守られ、正当な報酬が支払われなければ、著作者は著作物を創作する意欲を失ってしまう。これもまた、文化の発展には大きなマイナスとなる。しかし、著作権の権利を守るために著作権用の解釈を極度に厳しくしてしまうと、社会がその著作物の価値を十分に享受できなくなり、結果的に著作権の究極の目的である文化の発展が妨げられてしまう。アメリカでは、引用部分の全体に占める割合が少ないことや、元の著作物と市場で競合しないことなどの条件を満たす場合、このフェアユースが適用され、旧来の著作権解釈では著作権侵害に当たる行為が許されるようになったことで、様々なネット関連サービスが花開いたと城所氏は語る。ところが日本はフェアユースを採用しなかったため、旧来の著作権の解釈がことごとくインターネット産業の発展を阻害してきた。Winnyの開発者の金子勇氏が著作権法違反の幇助で逮捕され、村井純氏をもってして「10年に一度の画期的なソフト」と言わしめたWinnyが世界的なプログラムへと開花していく道を閉ざされたことは5月6日のマル激で報じたばかりだが、Winnyの例を見るまでもなく、日本はネット関連の新しいサービスをことごとく著作権法の旧来の解釈で縛ってしまった。例えば、アメリカでは1992年にリバースエンジニアリングがフェアユースとして認められたが、日本がそれを合法化したのはなんと2019年に入ってからだった。画像検索サービスについてもアメリカでは2003年にフェアユースが適用されているのに対し、日本は2010年まで待たなければならなかった。実は日本でも遅ればせながら2018年に著作権法が改正され、著作物の価値を「享受」することを目的としていなければ、著作権侵害にあたらないことがようやく明文化された。これによってフェアユースに一歩近づいたことは評価すべきだろう。しかし、城所氏はこの法改正ではまだアメリカのフェアユースと同じレベルにはなっていないため、「日本版フェアユース」とは呼べないと指摘する。それにしても、なぜ日本では旧態依然たる著作権の解釈がこうまで維持され続けたのだろうか。そして未だにフェアユースを完全に導入できないのはなぜなのだろうか。城所氏からその裏事情を聞くと愕然とする。城所氏によると、著作権の運用を審議する文化庁の文化審議会著作権分科会が、権利者団体の出身者によって過半数が占められているため、日本の著作権の解釈は過度に権利者の保護に偏る傾向があるのだという。実際、分科会のメンバーを見ると、27人のうち少なくとも15人を、日本音楽著作権協会(JASRAC)、日本書籍出版協会、日本レコード協会といった錚々たる権利者団体の代表者が占めている。業界団体に支配された審議会の意向を受け、行政ばかりか検察や裁判所までもが、著作権法の厳格な運用を自ら率先して実践しているのが日本の実態なのだ。ちなみにWinnyで金子氏らを告発したのも権利者団体だった。そこには著作物の利用者は国民であり、著作権法の究極的な目的が権利者の保護ではなく文化の発展にあるのだという視点が欠けているように思えてならない。ChatGPTの登場でAIが俄然注目されるようになった。ChatGPTがこちらからの問いかけに対し即座に絶妙な回答を返してくるのは、ChatGPTの運営者が予め膨大な量のデータと文章をChatGPTに読み込ませ学習させているからだ。しかし、もしフェアユースが採用されず旧来の著作権法の解釈が維持されれば、サイトの所有者からの許可なくサイト上のデータを読み込ませる行為は著作権侵害に問われる可能性がある。日本は2018年の著作権法の改正で「人の知覚による認識を伴わない利用」については利用が可能となったため、AIの学習はこの中に含まれると考えられ、現時点ではAIの学習はセーフと考えられている。しかし、AIの学習というのはAIが勝手に読み込んでいるのではなく、人が何を読み込ませるかを決めた上でAIに読み込ませているものだ。日本発の画期的なサービスが出てきた時、Winnyの時のように突如として警察・検察や裁判所の時代錯誤の法解釈が顔を出さないか、不安は残る。現に、先月、文化庁が「写真を学習させて映像を作る場合、元の写真を享受することも含まれるので、著作権者の許可が必要」などとして、2018年に改正した著作権法のAIに関する条文を骨抜きにさせかねない動きも見られる。日本の停滞の少なくとも一要因が時代錯誤の著作権解釈にあったことが否定できない以上、この問題には日本の将来がかかっているといっても過言ではない。日本がフェアユースを認めなかったことで、どれだけのビジネス機会が失われたのか、Web3やAI新時代が到来した今、日本が同じ過ちを繰り返さないためにはどうしたらいいのかなどについて、米国弁護士の城所岩生氏と、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++今週の論点・インターネット革命を境に日本の凋落が始まった・厳しすぎる著作権保護が日本の音楽文化の発展を妨げている・なぜ日本ではフェアユースを導入できないのか・AIでも同じ失敗を繰り返すのか+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++■ インターネット革命を境に日本の凋落が始まった神保: 今日は2023年6月9日の金曜日、これが1157回目のマル激です。今日は日本の停滞の真犯人探しのようなことをするつもりです。ゲストは、アメリカの弁護士資格をお持ちで、国際大学グローバルコミュニケーションセンター客員教授の城所岩生さんです。城所さんは日本やアメリカの著作権問題に詳しく、著作権についての本を何冊も書かれています。『国破れて著作権法あり』というご著書は、以前番組でWinny事件を扱った際に参考にさせていただき、特にフェアユースに関してとても重要なことが書かれています。今日の前提になるところから始めたいと思います。なぜ日本がこんなことになってしまったのかを改めて確認するためにいくつかのデータを見ていきます。1人あたりのGDPは、1997年くらいまでは主要国の中では一番でした。その後はずっと横ばいで、その間に他の国が成長してきたので、今ではビリです。宮台: 現時点でアメリカのほぼ半分だと思って良いと思います。 -
清水勉氏:あの手この手でマイナンバーカードの取得を強制すればするほど政府の信用は落ちていく
マル激!メールマガジン 2023年6月8日号(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――マル激トーク・オン・ディマンド (第1156回)あの手この手でマイナンバーカードの取得を強制すればするほど政府の信用は落ちていくゲスト:清水勉氏(弁護士)―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――改正マイナンバー法が昨日6月2日、自公と維新、国民の賛成多数で参院で可決、成立した。立憲、共産、れいわが採決自体に反対する中での成立だった。法案の成立を待たずに政府は2024年秋までに現行の健康保険証を廃止し、マイナンバーカードに一本化する方針を打ち出していたが、今回の法改正により、国会審議を経ずに省令のみによってマイナンバーカードに新たな個人情報を紐付けることが可能になる。現在進行形で進む健康保険証との一体化と合わせて、今後マイナンバーカードに紐付けられる個人情報は大きく膨らむことが予想され、法律上は選択制であるはずのマイナンバーカードの事実上の義務化に、さらに拍車がかかることになりそうだ。それにしても、今このタイミングでマイナンバーの機能を拡大する改正マイナンバー法を通すというのは、どういう了見なのだろうか。このタイミングというのは、マイナンバーカードをめぐるトラブルが全国で噴出しているまさにその最中に、という意味だ。これまで明らかになっているだけでも、マイナ保険証の医療情報の誤登録が7,312件、コンビニでの証明書の誤発行が16件、公金受取口座の誤登録が21件と、医療情報や口座など特に取扱いに注意すべき個人情報の漏洩が相次いで起こっている。他人に自分の戸籍や住民票を見られてしまうのも大きな問題だが、とりわけ保険証の誤登録によって医療機関で保険への加入が確認できなければ、その患者は全額自費負担となるなど、影響は深刻だ。法案に反対した立憲民主党の杉尾秀哉参院議員は、一連のトラブルはマイナンバーカードの構造的な問題を反映しているものであり、保険証との一体化は中止すべきだとマイナンバーカードを管轄するデジタル庁の河野太郎デジタル担当相に質したが、河野氏はここまで明らかになったトラブルはあくまで人為的なミスによるもので、マイナンバー制度そのものの問題ではないとして、杉尾氏の批判を一蹴している。しかし、本当にそうだろうか。ここでいう「構造的な問題」というのは必ずしも技術的な問題だけを指しているわけではない。2013年のマイナンバー法制定時からこの問題に関わってきた弁護士の清水勉氏は、マイナ保険証には根本的な問題があり、それを放置したまま制度化をごり押ししても、必ず失敗すると語る。その理由はこうだ。言うまでもなくマンナンバーカードを持つか持たないかは任意、つまり個々人の自由となっている。しかし、住基ネットで失敗した苦い経験を持つ政府は、今度ばかりはメンツにかけてもマイナンバーカードの普及を進めたい。そこで、マイナポイントだの補助金だのとあの手この手を使って国民にマイナンバーカードを無理矢理取得させようとしてきた。そして、ついに健康保険証と一体化させ、来年秋には現行の健康保険証自体を廃止するという強行策にまで手を染めてしまった。あくまで申請主義に基づいて発行されるマイナンバーカードが、国民皆保険という国家的制度と一体化することで、今後様々な矛盾やトラブルが発生することは避けられそうにない。清水氏は、マイナンバーカードを持つか持たないかは個々人の自由意思に基づくことなので、クレジットカードと同じように、持つか持たないかを自由に選択できるようにしておかなければならないという。自分にとってメリットがあると思う人は持てばいいし、それほどメリットはない、あるいはデメリットが大きいと思う人は持たなければいい。また、一度は持ったとして、持つのをやめるという選択肢を与えられている必要がある。クレジットカードならそうだ。銀行口座のみならず、戸籍や医療情報までも紐付いているマイナンバーカードを持つリスクが大きいと考える人には、持たないという選択肢が用意されていなければならない。しかし、健康保険証と一体化した上で、保険証の方は来年には廃止されるということになれば、多くの人にとってはマイナンバーカードを持つことは是も非もないものとなる。つまり、メリットがあると思う人が自由意思に基づいて持つのではなく、持たないことによって大きなデメリットが生じるような制度にすることによって、仕方なく持たざるを得なくなる人が大量に出るということになる。このような制度設計は根本的に間違っていると清水氏は言う。無理を通せば道理は引っ込む。既にマイナ保険証を事実上強制することに対して、医療現場や介護現場などから強い反対の声が上がっている。そもそも国民にとっても医療機関側にとっても、保険証をマイナンバーカードに一体化することのメリットはない。それどころか、マイナ保険証は保険組合の方から郵送されてくる現行の保険証とは異なり、本人が役所の窓口で申請しなければならないため、申請漏れや申請遅れによって無保険者扱いされる人が急増するおそれがある。また、介護施設や高齢者施設の入所者の多くは、これまで施設に保険証を預けていた実態があるが、銀行口座や戸籍とも紐付いたマイナンバーカードを代理人に預けるわけにはいかなくなるという問題も指摘されている。医療DX(デジタル化)の推進は重要だ。それはそれで是非進めるべきだ。しかし、それが銀行口座や戸籍とも紐付いているマイナンバーカードに一体化されなければならない理由はどこにも見当たらない。既存の保険証をデジタル化すればいいだけのことだ。結局、本来一体化することに合理性がないものを無理やり一体化するから、政府の真の動機は国民の利便性を向上させることではなく、マイナンバーカードを強制的に普及させるためだと思われるのは当然のことだ。マイナンバーカードを普及させるために政府は既にマイナポイントなどで2兆円以上の予算を費やしてしまっている。それでもマイナンバーカードがなかなか普及しなかったのは、そもそも国民の多くが政府を信用していないからだ。政府を信用していなければ、政府がどれだけメリットを強調しても、マイナンバーという共通番号の下に自身の個人情報を次々と紐付けされ、それを政府に握られることに抵抗を感じるのは当然のことだ。世界の多くの国が共通番号を導入しようとして失敗しているのも同じ理由だ。その一方で、スウェーデンなどの北欧諸国では共通番号制度が普及している。しかし、それらの国々では国民の政府に対する信頼度も、情報公開を始めとする政府の透明性も、市民が政治に参加するチャンネルの多様さも、どれをとっても日本とは比べものにならないほど高い。政府がどれだけDXの旗を振り利便性を強調しても、国民の政府に対する信用がなければ、共通番号制度などまともに機能しないのだ。今回、政府がマイナンバーカードを健康保険証と結びつけることで、事実上カードの保有を強制したことによって、カードの普及自体は進むかもしれないが、そのようなやり方は政府に対する信頼度を益々低下させることになるだろう。なぜ日本のマイナンバー制度はうまくいかないのか。保険証との一体化はどこに問題があるのか。今回の政府による強行策はどのような結果をもたらすことになるのか。清水弁護士とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++今週の論点・マイナンバーカードの普及には政府のメンツがかかっている・保険証廃止による事実上のマイナカードの強制・ここにきて噴出するマイナカードをめぐるトラブル・理念なき電子政府化のリスク+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++■ マイナンバーカードの普及には政府のメンツがかかっている神保: 今日は2023年6月2日の金曜日、これが1156回目のマル激となります。今日のメインテーマはマイナンバーカードです。その中でも、保険証の廃止を強行したためにどんなことが起きるか、なぜそんなことが起きてしまったのかといったことを見ていきたいと思います。法案は今日成立しましたが、幸か不幸か、政府が根拠もなく言っていた保険証の廃止は2024年の秋とされています。それまでになんとか被害を最小限に留められたら良いと思います。また、電子政府化や医療のDX化などの正当性についても見極めたいと思います。ゲストは弁護士の清水勉さんです。清水さんはマイナンバーに限らず個人情報の保護問題に通じておられ、マイナンバーが最初にできた時に、『「マイナンバー法」を問う』という本を出されています。本ではマイナンバーの危うさについて書かれていますが、結局法律が通りマイナンバーは付与されました。ただ、今回無理やりマイナンバーと保険証を結びつけようとする動きの根底には、マイナンバーカードがなかなか普及しなかったことがあります。マイナンバーは否応なしに付与されていますが、マイナンバーカードは任意です。現在は累計で9,000万枚が交付されていますが、これまでマイナンバーカードがなかなか普及しなかった原因は何でしょうか。 -
東中竜一郎氏:ChatGPTが投げかけるAI新時代の諸課題とその先に見えるもの
マル激!メールマガジン 2023年5月31日号(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――マル激トーク・オン・ディマンド (第1155回)ChatGPTが投げかけるAI新時代の諸課題とその先に見えるものゲスト:東中竜一郎氏(名古屋大学大学院情報学研究科教授)―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――誰でも使えるAIが登場した。ChatGPTというAIだ。これを2022年11月にアメリカのオープンAI社がネット上に無料で公開したことで、一般の市民がAIの急速な発達を身をもって実感することになった。しかし、ChatGPTはAIの「すごさ」と「やばさ」の両方をわれわれに体感させてくれる。マル激では2014年から3度、AIを様々な角度から取り上げてきたが、当時から、AIが特定の職業を奪うのではないかとか、教育の妨げになるのではないかといった懸念が指摘されてきた。しかし、その段階ではいずれもどこか遠い未来の話のような感覚があったことは否めなかった。しかし、ChatGPTが吐き出してくる、ごく自然でしっかり論理立てされている文章を見れば、その懸念がいよいよ現実のものになってきたと感じる人は多いだろう。しかし、何はともあれ、まずはChatGPTを正当に評価する必要がある。これが生成する文章だけを見て、AI技術が突如として大幅に進歩したと考えるのはちょっと早計かもしれない。ChatGPTというのは、オープンAI社が開発した「大規模言語モデル(LLM)」だ。インターネット上の文章を学習し、間違った出力をする場合は正しい回答を再び学習させることによって精度を上げている。このようなきれいな文章を生成するためには、単にネット上の文章を学習させるだけではだめで、入力文と応答文の実例を覚えさせる「ファインチューニング」や、人間の望むような回答を出力させる「アラインメント」といった作業が必要になる。そしてそのかなりの部分は人間の手で行われていると、名古屋大学大学院情報学研究科教授で対話型AIが専門の東中竜一郎氏は説明する。専門家にとっては大規模言語モデル自体は数年前から登場しており、ChatGPTの技術は必ずしも真新しいものには見えないそうだ。強いて言うならば、何年もかけて大規模な学習データを蓄積させた点は目を見張るものがあるといったところか。しかし、ChatGPTが世界的に広く、しかも無料で公開されたことで、世界中で多くの人がAIが便利なツールになり得ることを実感してしまった。と同時に、AIの脅威や問題点も指摘されるようになり、AIは政治的なアジェンダとして広島サミットのデジタル大臣会合や教育大臣会合でも議題に上っている。一方、世界では各地でChatGPTの使用を制限する動きがみられる。イタリアでは個人情報漏洩の恐れがあるとして、2023年3月末に先進国で始めて国内でのChatGPT一時使用禁止に踏み切った。現在は使用禁止が解除されているが、アメリカやオーストラリアでも一部の州の公立学校で、ChatGPTの使用が禁止されている。ただし、学校で使用を禁止する動きの背景には、授業の課題をChatGPTに書かせる生徒が続出することを懸念したものが大半のようだ。また、生成AIと従来の著作権の概念をどう整合させるかという問題も深刻だ。アメリカでは5月2日から、ハリウッドの脚本家約1万1,500人が所属する団体WGA(Writers Guild of America=全米脚本家組合)がストライキを続けているが、組合側の要求の中には、AIで脚本を書くことやAIに自分たちの作品を学習させることを禁止せよというものが含まれている。われわれ人間も日々たくさんの話を聞いたり本を読んだりして学習して文章力や表現力を付けていくが、人間が学習することとAIに学習させることの何が違うのかはAI論争の中でも中心的な議題になる。東中教授は現段階ではAIには創作意図があるとはいえない点が人間とは異なると指摘する。AIが吐き出す文章は、外部から与えられた「こういうものが好まれているらしい」という統計情報に基づいたものなので、創作意図は人間側が与えたプロンプトに依存しているという。しかし、われわれ人間が文章を書くときも、「こういうものが好まれているらしい」という判断基準を少なからず考慮に入れているのも事実だろう。ChatGPTは何が画期的なのか、生成AIの技術はどこまで来ているのか、その技術が一般市民の手の届くところまで降りてきた今、あらたにどんな懸念が出てきているのか、その懸念は妥当なのかなどについて、名古屋大学大学院情報学研究科教授の東中竜一郎氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++今週の論点・生成AIの社会的なブレイクスルーになったChatGPT・ChatGPTの特徴と画期性・ChatGPTを制限する世界各国や企業の動き・急速に発展するAIにわれわれはどう向き合うべきか+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++■ 社会的なブレイクスルーになったChatGPT神保: 今日は2023年5月24日の水曜日、第1155回目のマル激です。今日はChatGPTを入り口に生成AIを取り上げようと思います。ネットやマスメディアでも取り上げられていて、それなりに話題になっていると言っても良いと思うのですがいかがでしょうか。宮台: YouTube動画などを見る限り、視聴者かき集めの良いネタになっていますが、かなり誤解が広がっているように思います。どういう局面を取り出すのかにもよりますが、典型的な誤解として「生成AIは人間を超えた」というものがあります。AIは人間が作れないものを作るんだという誤解ですよね。大規模言語モデルを含めた生成AIの原理を理解していないのだと気が付いた時、愕然としました。しかし逆に言えば、ユーザビリティが上がり皆の問題になったということで、それはそれで良いような気もします。神保: 身近なものになったということは間違いないですよね。宮台: ただ、下手をすると過敏な反対論や賛成論が出てきて極化が起こりかねません。
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