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高橋繁行氏:なぜ日本人は土葬を捨てて火葬を選んだのか
マル激!メールマガジン 2023年8月16日号(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――マル激トーク・オン・ディマンド (第1166回)なぜ日本人は土葬を捨てて火葬を選んだのかゲスト:高橋繁行氏(ルポライター、切り絵作家)―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――3年ぶりのコロナ明けとなった今年のお盆には、久しぶりに帰省してお墓参りをする人も多いのではないか。そこでお参りするお墓には当然、ご先祖様の火葬されたお骨が埋葬されているわけだが、そのようなお墓の形態が必ずしも日本の古くからの伝統ではないことはご存じだろうか。今のお墓は火葬を前提としているが、実は日本でもついこの間まで土葬が広く一般的に行われていた。土葬の場合、お墓の形態も自ずと変わってくる。今日の日本では、人が亡くなると火葬によって葬られるのが当たり前になっているが、実は、火葬がデフォルトになったのはつい最近のことだ。昭和初期までは日本でも土葬が主流だった。昭和に入り火葬が増え始め、1930年代に火葬の割合が50%を超えた。しかし、火葬が90%を超えたのは1970年代のことだ。つまり、ついこの間まで日本でも人が亡くなると、かなりの割合で土葬されていたのだ。2000年代に入ると土葬は日本からほぼ姿を消した。現在の日本の火葬率は99.97%。0.03%を占める土葬は2021年には年間462件まで減っている。しかも、そのうち374件を胎児が占めており、成人の土葬は年間88件にとどまる。戦後間もない1948年に「墓地、埋葬等に関する法律」が制定されたが、その法律でも火葬は義務付けられていないし、土葬は禁止されていない。しかし、地方自治体が環境や衛生などの理由から条例で土葬を制限しているところが増えたため、結果的に20世紀の終わりまでに日本では土葬はほぼ完全に消滅してしまった。それにしてもなぜ日本は土葬という慣習を捨て、急速に火葬にシフトしていったのだろうか。土葬から火葬へのシフトは近代化の象徴かというと、必ずしもそうではない。キリスト教国が多い欧米諸国のほとんどは、今も土葬が主流だ。実は日本の火葬率の99.97%というのは、仏教国としても異常に高い。例えば、仏教国で有名なタイでさえ火葬率は80%にとどまる。つまり、日本は近代化の過程で欧米に倣って火葬を推進してきたわけではなく、何らかの独自の理由で火葬を選び、その結果として世界でも類を見ない火葬大国となっていた。明治時代、神道を重んずる明治政府が一時期火葬を禁止したことがある。1873年、明治6年に出された太政官布告だった。その段階で日本は一時、すべて土葬になったわけだ。しかし、その布告はあまり評判がよくなかったのだろうか。明治政府は2年後には火葬禁止を解除している。さらに1897年には、コレラの世界的な流行を受けて制定された伝染病予防法の中で、伝染病の感染者には火葬が義務付けられた。これにより、火葬は衛生的で土葬は非衛生的というイメージが定着した。実際に今でも日本では、伝染病予防法を引き継いだ感染症法によって、特定の感染症患者が亡くなった場合、速やかに火葬することが義務づけられている。長年日本の葬送を取材してきたルポライターの高橋繁行氏は、急速な火葬への転換の背景に、生活改善運動の影響があったと指摘する。60年代、火葬場での火葬が普及するのに合わせて、それまで各地で伝統的に行われていた「野焼き火葬」が消滅した。野焼き火葬というのは、薪木を井桁に組んで遺体を乗せて焼くというもの。これに対し、全国で婦人会などが生活改善運動を行い、野蛮なことはやめようという機運が高まったことで、野焼き火葬は消えていったという。土葬も同じく生活改善運動の影響を受け、野焼き火葬から約10年ほど遅れてほぼ消滅している。政府が野焼き火葬や土葬を禁止しなくても、市民の運動によって葬送方法が変化していく現象は、日本特有のものではないかと高橋氏は言う。しかし、火葬が主流になっていったことにはもう一つ理由がある。それは、土葬にしろ野焼きにしろ、日本ではその地方固有の葬送の伝統があり、それが伝承されてきた。しかし、地域の共同体が完全に空洞化した今、伝統的な葬送を維持するための担い手もいなければ、その伝統を継承する人もいない。そのような状況の下では、地方固有の葬送を維持することは困難だ。日本人がきつねに騙されなくなった時期と土葬が消えた時期とは重なり合うと高橋氏は言う。しかも、多くの人手を必要とする土葬と比べ、すべてを火葬場に任せられる火葬の方がより簡単だし、遺体をそのまま棺に入れて埋葬する土葬と比べると、火葬してお骨にしてしまった方がお墓もずっと狭いスペースに収まるという利点がある。特に伝統へのこだわりがなければ、火葬の方が遙かに合理的な選択ということになるが、そう考えると近年、日本人にとって死者を弔うことの意味が随分と軽くなってしまったとの思いを禁じ得ない。特に日本人の弔いに対するこだわりのなさは、日本に住むイスラム教徒の人々との間で摩擦を起こしている。イスラム教はキリスト教やユダヤ教と同じく、身体の蘇りを信じる宗教のため、ムスリムの中には遺体を焼くことに強い抵抗を覚える人が多い。日本にもインドネシアやパキスタンなどのイスラム教国出身者が多く住んでいるが、日本には全国に10か所ほどしかムスリム用の土葬墓地がない。特に土葬墓地は関東に集中していて、東北や九州、四国には1つもない。例えば、今、大分県の日出町というところでは、ムスリム用の土葬墓地を建設する計画が持ち上がったところ、地元住民の間で反対運動が起き、未だに決着をみていない。そこでの論争を聞くと、外国人や他宗教に対する先入観もさることながら、多くの住民が土葬というものが地下水の水質汚染まで引き起こしかねない、大変に問題のある埋葬方法だと思っていることがわかる。ついこの間まで当たり前のように土葬を行っていた日本人が、いつの間にか火葬以外は一切受け付けなくなっていた。高橋氏は、最近まで土葬が行われていた地域を取材する中で、土葬が持つある特徴に気づいたという。それは、遺体を洗い清める「湯灌」や棺に座った格好の遺体を入れる「入棺」など、土葬を行うためには人々が遺体に触れる機会がとても多くなることだった。また、その作業は葬儀屋ではなく身内に課されている場合が多い。そうして遺体と触れることによって死者を弔うのが、土葬の特徴なのだと高橋氏は言う。なぜ日本は土葬を捨てたのか、火葬にシフトする過程で日本人は何を捨てて何を選んだのかなどについて、ルポライターの高橋繁行氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++今週の論点・日本人の自己意識の変化と土葬の衰退・仏式の葬式は94%、結婚式は0.5%というねじれ・日本最後の土葬・共同体の崩壊はわれわれの死生観をどう変えたか+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++■ 日本人の自己意識の変化と土葬の衰退神保: 今日は2023年8月11日の金曜日、1166回目のマル激です。今日はお盆企画ということで日本の葬送の仕方がテーマですが、8月は広島、長崎、ソ連参戦、敗戦、日航機墜落事故など歴史的な日が続きます。宮台さんはここのところどのように過ごしていますか。宮台: 宮崎駿監督の最新作『君たちはどう生きるか』についてですが、これは非常に重大なメッセージを含んでいます。最も重要な点は、僕たちは見えるものが現実だと思っているけれど、本当は現実の大半が目に見えていません。それは何かといえば、科学の枠の中で言えば生態学的全体性ということになります。前提づけるものと前提づけられるものの非線形を含んだネットワークの全体です。森と同じようにそこには境界線はなく、部分と全体の区分がよく分かりません。つい昨日、BSでマヤ文明に関する番組がやっていて、それも生態学的な全体性に及ぶような世界観を宗教化しているわけです。もちろん僕らからしたらそれはただの思い込みのように見える要素も入っているのですが、われわれのように思いこみに過ぎない要素を廃した末、自分たちが現実だと思うものがあまりにも矮小でどうでも良いものになっているということに大きな問題があります。その果てが政府や経済界のでたらめだったりします。人間がまともであるためには、そういう生態学的な全体性に相当するような文脈による支えが必要です。その時、生まれる前や生まれた後といった、当座僕らが現実だと呼ぶものの中には含まれていないものへの想像力がなければ難しいです。神保: 今日は葬送の仕方を論じますが、なぜイスラム教徒が土葬にこだわるのかという話も関係しますよね。どう生きるのかということは、死んだ後のことも考えるということです。宮台: ユダヤ教、キリスト教、イスラム教に共通する問題ですが、肉体を失うということは最後の審判の後の永遠の命がなくなるということを意味します。確かにそれは迷信だと言えるかもしれませんが、死後のあり方を絶えず意識しながら生きているということでもあり、それは立派な生き方をしようという動機になります。 -
軽部謙介氏:異次元緩和をわかっているけどやめられない日本の末路
マル激!メールマガジン 2023年8月9日号(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――マル激トーク・オン・ディマンド(第1165回)異次元緩和をわかっているけどやめられない日本の末路ゲスト:軽部謙介氏(帝京大学経済学部教授)―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――行くも地獄、退くも地獄ということか。植田和男日銀新総裁が7月28日、金融政策の変更を発表した。イールドカーブ・コントロールを緩めるという、金融の門外漢には意味が分かりにくいものだったが、要するにこれまで日銀が大量に国債を買うことで人為的に抑え込んできた金利を、これからはもう少し高いレベルまで容認することにしました、ということだそうだ。つまり、事実上の金利の引き上げを意味する。今回の発表をもって、植田日銀が過去10年にわたる黒田日銀の下での異次元緩和からの脱却の道を探り始めたと見るのはやや早急かもしれない。日銀は今後も短期金利をマイナスに抑え続け、上場投資信託(ETF)を通じた株の買い入れも継続するとしている。しかし、異次元緩和からの脱却が植田日銀の至上命題であることに変わりはない。問題はhowとwhenだ。アベノミクスの名の下で異次元緩和なる特殊な政策を10年も続けてきた日銀は、自縄自縛に陥っている。自らが続けてきた異端の政策を終了させた時、日本や世界経済への影響はもとより、日銀自身にも存亡に関わる大きな問題が起きることが必至だからだ。しかし、かといってこのまま惰性で異次元緩和を続ければ続けたで、恐ろしい結末が待っている。実際、リーマンショック以後、日本に倣ってゼロ金利やQE(量的緩和)を採用した欧米諸国はどこもその後頃合いを見て、いち早くゼロ金利政策から脱却している。これ以上下げられないレベルまで金利が下がると、金融政策上の選択肢を奪われることに加え、経済に大きな副作用を及ぼすからだ。既に異次元緩和の影響は日本の隅々にまで及んでいる。日本は日銀が株を買い支えてきたことで東証の株価は史上最高値を上回り、円安によって輸出が好転したことで大企業の業績も軒並み堅調だ。しかし、それは逆に日銀が異次元緩和をやめた瞬間に、激しい反作用に見舞われる可能性を示唆している。しかも、業績に関係なく株を買い続けたことで、日銀の保有する株式の総額が東証の時価総額の7%にまで膨れ上がってしまい、今や日銀は日本株式会社の最大の株主になってしまった。しかも、日銀が株主として会社にもの申すのはおかしいので、多くの大企業で大株主の日銀がただ株を黙って持ってくれている状態だ。こうした株式市場への介入で、市場の秩序は完全に歪められてしまった。また、日本では金利が人為的に極端に低く抑えられたために、本来であれば淘汰されるはずの低収益事業の存続が可能となり、経済の新陳代謝や産業構造改革が阻害されてしまった。早い話が表面的な好景気とは裏腹に、日本経済全体の体力が大きく落ちてしまったのだ。それは日本がことごとく国際的な指標で低迷していることによって裏付けられている。さらに、日銀が自ら発行する通貨を使って国債を大量に買ってくれるため、政府の放漫財政が常態化してしまった。日銀の国債買い付けは法律で禁止されている財政ファイナンスに他ならないが、日銀は国債を政府から直接買うのではなく、市場を通じて買っているから財政ファイナンスには当たらないという詭弁によって、正当化されてきた。独裁国家などによく見られる財政ファイナンスは、政府が自らおカネを刷って借金の穴埋めをするというものだが、曲がりなりにも先進国の日本がそんなことをやっていていいはずがない。これもいつかは大変な副作用をもたらすことが必至だ。結果的に異次元緩和前の2013年時点で91兆円だった日銀の国債保有高は576兆円まで膨れ上がり、政府の債務残高のGDP比は264%まで拡大してしまった。これは先進国では考えられない高水準だ。日銀の異次元緩和に伴う国債や株式の無制限で大量の買い付けは、日本の株式市場と財政の規律を完全に崩壊させてしまった。しかし、当初目標にしながら中々実現できなかった2%のインフレ率も、昨今の物価高で既に突破している。2%が達成できないことが大規模緩和を続けてきた最大の理由だったのに、それを達成した今も大規模緩和から抜け出すことができないのには理由がある。大規模緩和をやめた時の経済や国民生活への影響が計り知れないほど大きいからだ。まず、長期にわたる金融緩和でゼロ金利を前提とした経済体制ができあがってしまったため、利上げをすればそれに耐えられない低収益部門が一斉に崩れ、日本の経済は大混乱に陥ってしまう。もちろんこれまで日銀が買い支えてきた株式市場も、日銀が買うのをやめたとなれば大幅安となるだろう。更に困ったことに、日銀が金利を人為的に押さえ込む政策をやめた瞬間に金利が急騰し、それに伴い国債が暴落する可能性が大きい。そうなると500兆を越える国債を抱えた日銀は瞬く間に債務超過に陥り、破綻してしまうことが必至だ。日銀が自らを破綻に追いやるような政策変更の決定を自ら行うことが本当にできるのだろうか。つまり、このまま異次元緩和を続けていても、ひたひたと地獄が近づいてくるが、かといって今ここで異次元緩和をやめると、ほぼ確実に地獄がやってくる。だから、やめなければならないことはわかっていても、やめるにやめられないのだ。「わかっちゃいるけどやめられない。」最近、日本については同じような話をよく耳にするが、日銀の失敗は国内外への影響があまりにも大きい。しかし、そこで1つ大きな疑問が出てくる。日銀にも財務省や金融庁にも、頭のいい金融や財務の専門家が大勢いるはずだ。彼らはこうなることは最初からわかっていたはずなのに、なぜそれを避けることができなかったのかということだ。彼らはなぜ今のような断末魔の状態に追い込まれることを許してしまったのだろうか。今年は、2013年に異次元緩和が始まってからちょうど10年の節目となる。日銀の議事録は10年後に公表される決まりなので、異次元緩和を決定した時の議事録が2023年7月31日に公表された。その中で、2013年4月4日の政策決定会合では、黒田総裁自身が「2%の物価目標をできるだけ早期に実現することを目指すべきで、2年という期間を念頭に置いている」と述べ、異次元緩和導入を主導していたことがあらためて確認された。一方で、当時審議委員だった佐藤健裕氏や木内登英氏は異次元緩和に懸念を示していた。異次元の金融緩和には多くの副作用が伴うことは金融の専門家であれば誰もが予測できたことだった。だから、欧米諸国では、仮に一時的にそのような政策を採用したとしても、できるだけ早いタイミングでその出口を探り、金融政策を正常化している。しかし、当初2年を念頭にこの政策を採用しておきながら、2年後の節目にもそれをやめることができず、結局日本だけが10年間もマイナス金利政策を引きずってしまった。当初予定されていた2年間でインフレ率2%の目標が達成できなかった段階でも、アベノミクスの一丁目一番地に位置づけられた異次元緩和は見直されることなく継続された。元時事通信記者で日銀の政策を長く取材してきた軽部謙介氏は、当時、黒田日銀が続く限り異次元緩和というお題目を降ろすことはできず、皆がおかしいと思っていても空気に抗えず、継続するしか選択肢がなかったと当時の政府や日銀の置かれた状況を語る。軽部氏はそもそも大規模緩和の政策以前の問題として、安倍政権が黒田東彦氏を日銀総裁に一本釣りした際の任命プロセスや、同時期に同じく安倍政権が選んだ審議委員の任命プロセスに対するチェックが甘かったことも指摘する。2013年に黒田日銀が始まったとき、メディアはアベノミクスの中身にばかり気を取られ黒田氏の選任プロセスやその黒田氏の下で日銀が打ち出す政策の妥当性に対するチェックが不十分だったと、軽部氏は自省の念を込めて語る。これは安倍政権が内閣法制局長官に集団的自衛権を容認する考えをもった小松一郎氏を一本釣りして据えたのと同じやり方だった。しかし、何にしても、世界の中で日本だけが異次元緩和という特異な金融政策を未だに続ける中で、その副作用を甘受せざるを得ない状態に置かれている。異次元緩和を続ける先に何が待っているのか。また、今それをやめたら何が起きるのか。なぜ日本は一度走り出すと止まれなくなってしまうのかなどについて、元時事通信記者で帝京大学経済学部教授の軽部氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++今週の論点・日銀が金融緩和をやめられない理由・日銀と政府の完全な一体化による弊害・アベノミクスの副作用がどこに現れるのか分からない・政策決定過程を記録することの重要性+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++■ 日銀が金融緩和をやめられない理由神保: 今日は2023年8月2日の水曜日、1165回目のマル激です。今日のテーマは日銀とアベノミクスですが、経済の話もさることながら、止まらない日本ということを話していければと思います。宮台: 昔、『誰が何のために何をしているのか』という本を書こうとしました。日本の戦時の帝国陸海軍も、何のために何をしているのかがよく分からず、極東国際軍事裁判になると、「内心忸怩たる思いはあったが空気に抗えなかった」と言いました。空気が生き物で、われわれがその奴隷のような感じですよね。神保: 今週も、先週の半導体の話と同じになってしまうことを恐れています。戦前のそれが何を招いたのかということを考えると、カタストロフィになってしまう可能性がありますよね。逆にその教訓があるのにどうしたら良いのかということを学ばないという問題もあります。 -
湯之上隆氏:日本が半導体戦争に負けた理由と同じ過ちを何度も繰り返す理由
マル激!メールマガジン 2023年8月2日号(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――マル激トーク・オン・ディマンド (第1164回)日本が半導体戦争に負けた理由と同じ過ちを何度も繰り返す理由ゲスト:湯之上隆氏(技術経営コンサルタント)―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――日本はなぜ同じ過ちを繰り返すのだろう。「日の丸半導体」などと囃され1980年代には世界シェア1位を誇っていた日本の半導体産業が、今日、見る影もないほどまでに凋落している。かつて世界シェアの8割を誇っていたDRAMでは、韓国サムスンや台湾TSMCとの価格競争に完膚無きまでに敗れ、日本は製造そのものから撤退してしまっている。半導体は今日、パソコンやスマホなどのIT製品を始め、エアコン、電子レンジなどの家電製品、そして自動車から兵器にいたるまで、あらゆる電子機器に使われている。単純計算でも世界で1人当たり年間平均138個の半導体を購入している。実際は先進国の方が途上国よりも遙かに多くの半導体製品を利用していることを考えると、先進国では1人あたり少なく見積もっても500個程度、金額にして3万5,000円から4万円分もの半導体を、われわれ1人1人が毎年購入している計算になる。それだけ広く利用されている製品を日本がほとんど自前で作れていないということは大きな問題だ。なぜならばグローバル市場で半導体不足が起きると、自前の半導体を製造する手段を持たない日本は、家電製品や自動車が作れなくなってしまうからだ。実際、新型コロナの流行で2021年から世界的に極端な半導体不足が生じたため、日本では自動車やパソコンの品不足や納品遅れなどが軒並み発生している。しかし、一時は世界を席巻した日本の半導体産業は、なぜ国際競争に負けてしまったのだろうか。日立やエルピーダなどで半導体の技術者として従事し、半導体業界の現状に詳しい湯之上隆氏は、日本の凋落は市場のニーズを顧みず、市場が求めていない種類の半導体を作り続けてしまった結果だと指摘する。日本の半導体産業が世界に打って出た1980年代、半導体は主に大型のメインフレームコンピュータに使われていたため、半導体にも高精度で耐久性の高い製品が求められていた。そのニーズをいち早く満たすことに成功し、世界市場を席巻したのが、日本の半導体メーカーだった。しかし1990年代に入り主たる半導体の利用目的がパーソナルコンピュータ(PC)や携帯電話、そしてスマートフォンなどのIT機器や家電へと推移するなかで、ハイスペックで高品質ながらその分不必要に高価格な日本の半導体は、市場からそっぽを向かれてしまったのだという。莫大な数の半導体が必要になった市場では多少性能や精度は落ちても、より安価な半導体が求められるようになっていた。その後、日本は背水の陣とばかりに経産省が主導する形で企業合併やコンソーシアム(企業の連合体)などを組織して、莫大な税金を注ぎ込むことで何とかグローバル競争に立ち向かおうとした。しかし、複数のメーカーが参加する合弁企業やコンソーシアムは、社内の主導権争いに終始したり、技術屋のプライドが邪魔したりなどして、相変わらず市場が求めている半導体を供給することができなかった。しかし、かつて「産業のコメ」と呼ばれ戦略物資でもある半導体市場から、完全に撤退するわけにもいかない。そのため経産省はまたしても莫大な税金をつぎ込み、以前から失敗を繰り返しているコンソーシアム方式を通じて「日本の半導体産業の復権」の音頭を取っている。実際、政府は国内半導体の売上を2030年までに現在の3倍の15兆円にすることを目標に、2兆円の補助金を投じている。しかし、湯之上氏によるとおよそ勝算のない計画に多額の補助金を注ぎ込んでいるため、あたかも無数のアリが甘い砂糖に吸い寄せられるかのように、世界中の半導体メーカーが日本に手を突っ込んできているが、そのどれをとっても日本の半導体産業の復権に寄与することが期待できないという。しかも、海外の工場を補助金を使って誘致するにあたり、日本向けの製品を優先的に作るよう求めるなどの条件を全く付けていないため、日本国内の半導体の安定供給に寄与することも期待できない。これではわれわれの血税の2兆円が何のために注ぎ込まれているのかがわからない。湯之上氏は日本の半導体産業を復活させるためには、何をおいてもまず人材を育てるしかないと言う。それなくして日本半導体産業の復権はあり得ないが、それには時間がかかる。また、日本は半導体そのものの世界シェアは失ってしまったが、半導体材料や製造装置では依然として高いシェアを維持している。日本のこうした技術を使わなければ、世界のどの国でも半導体は作れないといっても過言ではないのだという。多額の補助金を海外の半導体メーカーに献上しておきながら日本にはほとんど何のメリットもないような無駄遣いをするくらいなら、日本が強みを持つ分野をより強化していくことに注力した方が賢明だと湯之上氏は言う。なぜ今あらためて半導体が注目されているのか。日本が国際競争に負けたのはなぜか。経産省主導の日本の半導体政策は何が間違っているのか。半導体競争に負けることで日本はどのようなリスクを抱えることになるのか、などについて、日立などで半導体技術者として従事してきた技術経営コンサルタントの湯之上氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++今週の論点・日本のDRAMはなぜ凋落したのか・半導体不足の本当の原因・日本の半導体政策の誤り・半導体産業のなかの日本の強み+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++■ 日本のDRAMはなぜ凋落したのか神保: 今日は2023年7月28日、1164回目のマル激です。今日は半導体の話をするのですが、宮台さんから何かコメントはありますか。宮台: 僕は1964年の東京オリンピックの時にテレビを買い、その時はブラウン管でした。中に真空管があったんですよね。当時はラジオも真空管でした。ところが僕が中学に入る頃、ちょうど大阪万博の直後にラジカセの時代がはじまります。真空管からトランジスタへ、という新しい時代になったということです。中一でなぜアマチュア無線技士の資格をとったかというと、その先に日本や自分の未来があると思ったからですよね。それが70年代でした。神保: 僕は半導体というものを日常的には意識したことがなかったのですが、僕らが日常使用していても意識したことがないものの最たるものが半導体かもしれない。
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