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現代浦島後日譚其肆
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現代浦島後日譚其肆

2014-12-30 20:00

    俺は逮捕される時まで住んでいたアパートへ向かっていた。
    母が特養に入所するまでは俺の部屋は掃除されて家賃も払っていると聞いていたが
    今実際どうなのかはわからなかった。もしかすると家賃振込みが止まり、
    勝手に引き払われて今は別の人が住んでいる、なんてことも考えられる。
    もしかするとその建物自体、殺人犯が住むアパートとして嫌われた挙句、
    取り壊してしまっているかもしれない。

    これを確かめる術は当時契約した不動産店へ行くしかないのだが、
    なにせ「人殺し」の烙印が押されている。後ろめたいしどんな非難の目が
    向けられるかわかったもんじゃない。出所したばかりの俺には
    当時を知る人には極力会いたくないという心理が働いた。

    ならばどうするか、簡単である。現地へ行き、確かめるしかない。
    アパートの鍵は出所時の私物として保管されたものを返してもらっている。
    現地で鍵を開けてみて、中を見れば自分が住んでいよいのかわかるだろう。
    不動産屋へ契約の確認を行うのは色々と落ち着いてからでもいいのではないか。

    ターミナル駅から私鉄に乗り換え、支線に入り、終着駅を降りる。
    そこはかつて俺が住んでいた街だ。駅から徒歩10分という好条件に一発サインした
    アパートがその先にあった。よかった、とりこわされていなかった。
    そこへ向かう足が心臓の音も一緒に自然と速くなった。

    アパートは俺が生活していた頃に既に築10年を超えていたので、単純に20年ちょっと。
    さすがに当時の印象からはかなり朽ちていて、というか壁がいい感じにその
    経年劣化を想起させた。玄関前に立った。

    このまま手持ちの鍵を使い、がちゃがちゃと開けようとして鍵が合わず、
    あまつさえ住人が異変に気づいて出てきたら大変だ。
    不法侵入とかそういうあれで仮出所がご破産となる。十分気をつけたい。
    まずは何かを装ってドアチャイムを鳴らしてみよう。人が出たら来るとき読んでいた
    新聞を手渡し、うっとおしい新聞勧誘のふりをすれば1分とかからず断られるだろう。
    しかし、セールストークに食いついたらどうしよう。契約書をおいてきたといって
    その場を立ち去ればいいか。よしそれで行こう。

    恐る恐るチャイムを鳴らす。

    ぴんぽーん

    頭のなかでぎおんを鳴らすも音は出なかった。
    家人の反応も無い。既にその手の来訪者と感付かれ、居留守を使っていたらアウトだ。
    とっとと鍵を回して中を確認したい気持ちをぐっと堪える。

    ピンポーン

    頭のなかの音色を変えてみてもやはり同じ。音沙汰が無い。
    いやいやいや、これでうっかり鍵を回して家人や隣家の人に通報されてはかなわん。
    俺は入り口の駐車場の向かいにある誰もいない公園のブランコに腰掛け、
    かつて俺の部屋だった方向を見やる。公園の中央にある背の高い時計の短針が
    「6」を指していた。外もだんだん暗くなっていった。

    たまに俺の部屋に来訪者が1人。ご同業ですか。
    まさかこんな特殊な嘘新聞屋が何人もいては困る。
    そいつもしばらくすると立ち去っていった。部屋の電気が点くことなく夜になった。

    短信が12を指すまで粘ってみたが誰も帰ってこないし部屋も暗いままだった。
    私鉄の支線の終電は早く、もういい加減電車も動いていまい。
    隣家の明かりも全て消えた頃、俺は再びドアの前に立った。

    もはやぴんぽーんは必要ないだろう。
    意を決し、ポケットにあった鍵をそっと差し込む。
    別の人が住んでいて鍵が変わっているならば回らずそこで終了なのだが、
    どこか懐かしい感触とともにぐるりと回ってしまった。
    ドアノブを下げ、ドアを開ける。開いた。

    当然だが中は真っ暗でその空間が誰のものかまだわからなかった。
    ドア内側近くの壁にスイッチが有るのを思い出し、パチパチとやってみた。
    スイッチはどちらに倒しても暗いままだった。

    この特殊な状況下でブレーカーという発想がなかったので、
    手探りで部屋奥へ侵入し、ふすまの中に見を潜んだ。
    万が一別の人がこの部屋に住み、たまたま今日は不在で
    翌日帰ってきたら見知らぬ男が大の字で寝ていたら塀の中へ逆戻りだ。
    最悪人が来てもすぐには見つからない場所でやり過ごせばどうにかなるだろう。
    今はとにかく寝る場所を確保したかったのだ。

    刑務所ぐらしをつい昨日までしていた俺は6時起床8時就寝が染み付いていた。
    夜中の24時に起きている事自体が奇跡に近い。よって眠い。
    ふすまの中という外界から遮断された狭い空間に収まった俺は安堵ですぐに
    寝てしまったのだ。

    時間は分からないが起きても周囲は暗いままだった。
    ふすまの中で戸をしっかり閉じていたのだから当たり前だ。
    体感時間にして最短でも6時間は経過したと思う。
    外の様子を伺ってみてもやはり何の音も聞こえてこなかった。

    これまたうっかり飛び出して寝ている仮想この部屋の住人とばったりというのは
    とてもとてもまずい。ここも慎重に進めるべきだろう。

    ふすまを内側から2mmくらい開く。2mmの光の柱が見えるだけだった。
    さらにもう2mmくらい開く。4mmの光の柱。ええいもどかしい。
    そのまましばらくすると目が明順応し、わずかばかりの情報が視覚として入る。
    部屋の隅に畳まれた布団がある。あれは俺が使っていたものに似ているな。
    見る角度を変えてみる。見覚えのあるカーテン。やはりここは俺の部屋のままだった。

    懐かしさに涙がこみ上げる。俺は帰ってきたのだと。
    すすり泣く声にもはや極めて低い確率でいるかもしれないあいつはやっぱり気配がない。
    もう我慢できずにふすまを全開にして飛び出した。
    小学校以来の前転だった。

    十年余ぶりの我が家だった。
    部屋は以前母が掃除をしてくれていたとの話の通りのはずだったが、
    そこから認知症となり掃除が途絶え、数年立っているため床にホコリが付いていた。
    家宅捜索の際に押収された、パソコン以外の家電製品と布団以外は何もなかったが
    それでも住む場所があることそのものが嬉しかった。

    玄関ドアの真上に設置されていたブレーカーが下りていた。
    これを上げるt・・電気が来ない。使う人がいなくなったため、
    契約を切られてしまっているようだ。ガスや電話どころか水も出てきやしない。

    やはりすべて最初からやり直しのようだ。
    どうしても行きたくなかったが不動産屋に行って契約の状況を確認することが先決だろう。
    置き時計は電池切れで止まっているので時間がわからない。
    まぁ、日が高くなったら行ってみるか。外は新聞配達と思われるカブのエンジン音が聞こえていた。

    続く?


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