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現代浦島後日譚完結
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現代浦島後日譚完結

2014-12-30 23:21

    あのアパートを契約した時に行った不動産屋へ向かう。
    保証人不要サービスとやらが適用される、いわゆるゼロゼロ物件だ。
    通常は保証人を1名、もしくは2名立て、賃貸契約を結ぶのだが、
    敷金・礼金が無料
    入居時に退去の際に行うハウスクリーニング代を前払い
    入居費用節約

    つまり、家賃払わないと保証人不要サービスという名の貸主受取人の
    保険から支払われるので取りっぱぐれがないなど、
    裏では損をしないサービスを張り巡らせておきながら
    ゼロゼロと称して実はなんだかんだと普通に敷金礼金ありの物件並みに
    ぼったくるシステムのアパートだ。

    当時の不動産屋の担当者はすでに退職しており、見知らぬ若者が
    代わりに出てきた。名乗ると一瞬首が後ろに引くような動作が見られた。
    そりゃ元殺人犯だから当然の反応なのだろう。わかっていたがむかつく。

    その若い店員は気を取り直して着席を促す。
    お茶をテーブルに2つ置き、どうぞどうぞと。
    話を聞いた所、両親は俺が収監されてから自動引き落とし口座を両親のものに
    変え、今も毎月引き落とされているとのことだった。
    その口座にはいくら残っているのだろうか。今の段階では確認するすべがない。
    仕事もないしまぁ当面そのままにしておくよう伝えた。
    ただ、ライフラインの類は全て止めたとのこと。なるほど。

    そして数枚の書類を見せてきた。
    入居者用の電気・ガス・水道の連絡先と、ごみの日が書いてある紙。
    受け取ると特に多くを語ることなくその店を後にした。
    早速それぞれの連絡先に公衆電話から問い合わせる。
    引越しシーズンでもなかったのでどこも割とすぐに用件が済んだ。
    翌日に立会の上再開の作業となった。

    あとひとつ、重要なことが抜けていた。
    母親の事だ。県の山近くにある特別養護老人ホームに入所したことは
    知らされていたので行ってみることにした。
    意外にも1時間ほどで最寄り駅にはつくことが出来た。
    しかしホームの場所が遠いらしい。ここはひとつタクシーで行ってみることにした。
    車で15分はやっぱり歩いていくものではないなと思った。

    ホームの受付で面会の手続きをする。
    といっても、自分と母親の名前を書くだけなので簡単なものだった。
    ホームの人は俺の名前を見ても母の名前を見ても別に同時た様子はない。
    母がボケちゃってるのでケースワーカーが入所の手配をしてくれたはずだが
    それは粛々と行われ、余計はやりとりがなかったのだろう。
    事情を知らないのであればそれだけでも今の俺にとっては有りがたかった。

    係の人はそのまま俺をエレベーターに乗せる。
    この人は知らないけど、今この個室となったエレベーターには
    人殺しとふたりきりなんだぞ、と自嘲気味に考えていた。
    3と書かれたパネルが点滅するとぽーんというマヌケな音とともに扉が開いた。
    そこには何十人もの老人がいくつものテーブルを囲み、数カ所に置かれた
    テレビの最寄りのものを眺めていた。

    オムツの人がいるのだろうか、糞尿の匂いが混じっていた。
    ああ、これが介護の臭いかと思いながら同房だった「長老」のことを思い出した。
    第一印象は見たままボケ老人だったのだが、話すと普通に会話はできた。
    内容はごく普通の、日常会話だった。いつも甘いモノが食べたいと言っていたっけ。
    他の受刑者が接触を嫌っている空気もあったので遠慮がちに暇を見つけては
    話し相手になっていた。

    「長老」は俺が収監される前にそこでクモ膜下出血で倒れ、その結果
    血が廻らなかった脳にダメージが残り、前頭葉の一部が壊死したため、
    「おしっこを我慢する」機能が失われていた。放尿を防ぐための筋肉は
    糞を止める筋肉と直結しており、同じく我慢のできない体だった。
    受刑者同士の体の接触は極力禁じられていたため、”コト”が起きると
    刑務官を呼び、”処置”を受ける。なるほど、ごく普通に話をしていると
    笑顔のまま漏らしてしまうのだから面倒この上ない。これでだれも
    よりつかなかったのか。

    初対面の頃は数日に一度くらいの「事件」だったが、これがそのうち
    日に何度も起きるようになった。さすがの俺も扱いに困っていたところ、
    「長老」は医療刑務所へ移送になったまま二度と目にかかることはなかった。
    その時に嗅いだ臭いと同じだった。あのじいさん元気にしてるかな、

    俺を呼ぶ声がする。懐かしい母の声だ。
    振り返ると車いすに寝間着という出で立ちで介護士の人を連れていた。
    母とは最後に面会に来て以来だった。おおよそ6年ぶりか。
    そろそろ喜寿という女性相応に老けこんでいたが母だった。

    母ちゃん、俺出てきたよ。
    涙声で再会の喜びを訴えるがそれを気にする様子がない。
    ただニコニコと微笑んでる。その表情から「だあれ?」という言葉が読み取れた。
    母ちゃん俺だよ俺。こういう手口で詐欺が流行した話を塀の中で聞いたが
    俺は俺なんだから俺だ俺だというしかなかった。

    するとしばらく考えた末、なんとなくそれが自分の息子だと気づいた。
    あくまでなんとなくなのだから感動も何もない。拍子抜けだよ。
    病院の6人部屋のような部屋に通され、その1床が母の「部屋」だとのこと。
    母をベッドに寝かせ、今までの話を始める。まずは迷惑かけてごめん、だった。
    部屋にも行ったよ、すごく綺麗になってた。ありがとう。
    なんのことかやっぱりわかっていなくてただニコニコしている母。
    今日は顔が見れたから満足だとここで心折れて帰るわけにはいかない。

    話題を亡くなった父について尋ねてみた。
    父は肝臓ガンだったそうだ。顔が黄色く、体が小さくなったと当時の印象を聞く。
    父には両親兄弟がすでに他界していたため、相続は俺と母のみだったが、
    俺の口座は凍結されたままとなっているため、母が一時預かりとして口座に
    残してあるとのこと。母の貯金と合わせてそのままくれてやるから好きに使えと言う。
    おそらく家賃が引き落とされているのはそこからなのだろう。どのくらい目減り
    しただろうか。それとこのホームの費用はどうなっているのだろう。相殺すると
    いくら残るのだろう。その貯金が尽きたら母はどうなってしまうのだろう。
    そもそも殺してしまった彼女の遺族への賠償はどうなっているのだろう。
    お金にまつわる不安が急に湧いてきた。最低でもこれから自分の家賃と生活費を
    働いて稼がなくてはならない。どうしたものか。

    父の話題になると饒舌になる母。
    言うほど夫婦仲はよかったわけでも悪くもなかったはずだが、やはりそこは夫婦
    なのだろう。最も身近だった人の話題はボケてもまだ大丈夫なようだ。
    ベッドサイドにある棚から銀行のキャッシュカードを渡される。
    今も昔もあったホテルにありそうなテレビ視聴のための有料カードと一緒に
    なっていたのだからキャッシュカードそのものの価値もよくわかっていないのかも
    しれないな。本人にしてみれば醤油をとって渡す程度の出来事だったが、
    これは本当はとても大事なことのはずだ。自分がそう思わないと駄目になると思った。
    母は窓の外を眺めていた。

    数日後、以前裁判でお世話になった弁護士事務所を訪れた。
    賠償の件は父の生命保険で全額支払い済みであることをそこで知った。
    また銀行でキャッシュカードの残高を調べた所、数字が8桁あった。
    遺族年金に加え、民間の保険会社の年金、積み上げていた年金基金の受け取りなど、
    ほとんど手付かずの状態だったからだ。自営業すげえな。

    また、役場の福祉担当の人とも話をした。
    聞くと介護レベルが高いため、運良く特養に入れたため、介護保険で賄えるとのこと。
    つまり、出て行く金は俺の家賃くらいのものだ。

    色々とゆとりを感じたおかげで、通電した部屋でようやくテレビの電源を
    入れる気になった。が、点かない。いや点くが画面が変なのだ。

    「ご覧のアナログ放送の番組は@月@日に終了しました」

    なんてことだ。俺が服役している間にテレビが滅びてしまったようだ。
    リモコンの電池は替えたはずだがどのチャンネルも同じ文字が出る。
    駅前に行くと商店街の電気屋にはテレビ番組がちゃんと映っていた。
    なんだ滅びたわけじゃなかったのか。店主を呼び、我が家のTVが映らないことを
    訴えてみた。

    「あの、なんかテレビが映らなくて」
    「修理ですか?じゃあここに名前書いて」
    「いえ、壊れはいないと思うんですよ、文字が出るし」
    「はぁ。ああそれはお宅のテレビが古いからですよ」
    「何を言ってるんだ。テレビは古いが壊れていないと言っているだろう」
    「あーすみません。テレビ買わない、修理しないならできることうちにはないよ」

    もう話にならない。出所してからは穏やかに暮らそうと思っていたが
    憤慨して店を出た。不動産屋に相談して本当にテレビが古く現代のものと
    合わないから見るなら買い替えたほうがいいと知ったのはそれから1ヶ月先だった。

    これにとどまらず、出所してからというもの、生活がどうも噛み合わなかった。
    見知ったコンビニエンスストアに寄ってもなんとかカードがあるかないか毎度聞かれ、
    よくわからないふうにしていると店員から舌打ちすら聞こえてきた。
    電話を掛けようにも家の電話は止めたままなので公衆電話でいいやとおもいきや
    どこへ行ってもそんなものは見つからない。
    手持ちのお金を預けようと銀行へ行けば自動預け払い機にボタンがない。
    機械横の電話機で人を呼ぼうとしたら店員に何してんすかとか言われる始末。
    めんどうなので長いこと海外にいたとか適当な事を言って使い方を教わる。
    画面のガラスに触るだけで手続きが終わった。「画面にタッチ」を覚えたはいいが
    慣れないので同じ所を何度も押してしまった。

    店の外には見たこともない車が往来していた。
    子供が描きそうな「みらいのくるま」そのもののデザイン、まるっこい。
    車というものはその尖った形状がエンジンの力強さを物語るものではなかったのか。
    これは本当にこれでいいのだろうか。

    街を見渡せばポプラや銀杏だった並木道がすべて桜並木に変えられ、
    マンホールはカラフルになり、ガードレールはスケスケの太い鉄棒へと変わり
    車道なのか歩道なのか今どちらを歩いているのかわからなくなりそうだ。
    郊外を歩くとあちこちに同じ看板のデパートのような建物があった。
    中に入るとそのままデパートの紳士服売り場しかなかった。

    ファストフード店も多く建っていた。
    オレンジの看板の牛丼店は似たような名前で看板の色だけ違う気がしてならない。
    ハンバーガーの店もよく知ってるMのマークのフォント違いのものや、
    同じマークで緑だったり赤かったり一体何を表現しているのかわからない。
    フライドチキン店は1つだが結構な頻度であちこちで目にした。
    ふむ、最近の喫茶店は店の外にまでテーブルを置いているのか。客が入り過ぎなのか。

    電話の件はなんとなくわかった。
    一家に一台、ではなく個人でもちあるいているということだろう。
    そして電車や駅で夢中になっているアレがそれなのだということも後で理解した。
    やっぱり不便なのでその電話機を購入した。よくわからないので番号のボタンと
    受話器風のものを選んだ。使い方も一応聞いておいた。
    一番最初に掛けた電話は弁護士への定期連絡だった。今は仮出所中なので
    自由に好きなところへ行っていいわけではないため、新しい連絡先と所在地を
    電話機にくるくると巻きつけられた電線がないのはなんとも心もとない。
    俺が知ってる電話機もコードレスというものがあったが、これには親機すらなかった。

    仕事を決めないと。
    職業安定所はハローワークというコミカルな名前に変わっており、
    なんとなく仕事が簡単に見つかりそうな錯覚すら覚えたものだ。
    職歴を簡単に伝え、紹介してもらった会社を訪問することになった。

    「ええと、エクセル使える?」
    「なんですかそれ?」

    元IT企業の社員としては甚だ恥ずかしいのだが、俺が働いていた頃の
    パソコンといえば画面が緑一色の、表計算はその会社のシステム担当が
    プログラムした独自のソフトに数字を入力するだけで必要な「紙」を
    作成できるような単純なものだったのだ。それがどうだ今や画面はテレビ色、
    表計算のソフトはもはや世界の共通言語のような言い方でそれが扱えるかを
    問うてくる。何社訪問しても同様の質疑が行われ、後日、俺の今後の発展を
    願う手紙が無料で届くだけで何も先に進まなかった。

    これから塀の中にいた十数年感の時間のズレを俺自身が修正し、これらを自在に
    扱わなければならないと思うと気が重い。人に尋ねてもまるで阿呆を見るような
    目で見られるか、俺の経歴を知り言葉を失うかどちらかしかないだろう。
    果たして俺は生まれ育ったこの国で普通に行きていけるのだろうか。
    今日も朝日だけはあの日の朝と変わらなかった。


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