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  • 音楽とハリウッド映画からBLMを読み解く|柴那典・藤えりか

    2020-10-27 07:0013時間前
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    今朝のメルマガは、イベント「遅いインターネット会議」の冒頭60分間の書き起こしをお届けします。
    本日は、音楽ジャーナリストの柴那典さんと朝日新聞経済部兼GLOBE編集部記者の藤えりかさんをゲストにお迎えした「文化現象としてのBLM」の後編です。
    白人警官の取り調べで黒人男性ジョージ・フロイド氏が死亡した事件をきっかけに改めて広がったBLMムーブメントの中で、とりわけ音楽の世界はいち早く反応し、直接的な「怒り」を示しました。一方、『ブラックパンサー』の大ヒットに結実するメジャー映画のシーンでは、どのようなアプローチの積み重ねがあったのでしょうか。(放送日:2020年9月8日)
    ※本イベントのアーカイブ動画の前半30分はこちらから。後半30分はこちらから。
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    9月に刊行する山口さんの新著『正義を振りかざす「極端な人」の正体』をテーマにしながら、SNSユーザーの実情と、課題の解決方法を考えます。

    生放送のご視聴はこちらから!

    遅いインターネット会議 2020.9.8
    音楽とハリウッド映画からBLMを読み解く|柴那典・藤えりか

    BLM下で音楽はいかに反応したか

    得能 ここまでは映画の話をしてきましたが、続いては柴さんに挙げていただいた楽曲の話にいきたいと思います。DaBaby & Roddy Ricchの楽曲「Rockstar」(2020年)について、まずこちらの曲の概要からお伺いしたいと思います。

     今回のBLMに関しては、映画と音楽の違いがフォーマットの違いとして表れています。映画って単純に作るのに何年もかかるんですけど、音楽は1日〜1週間あればできる。だから、今回のジョージ・フロイドさんの事件を受けた映画作品はまだ1本も出てきていませんが、事件を受けた曲はもう山ほど出てきている。

    宇野 なるほど、ステイホーム下では映画は撮れないけれど、音楽は録れますよね。

     かつストリーミング配信なのでCDを刷ったりする時間もかからず、Dropboxに上げるのと同じタイム感でクラウド上で公開できるので、めちゃめちゃ早いんです。なので、アイロニーもなく建前もなく、ただただダイレクトな怒りの表現が出てきている。このDaBabyは2019年にメジャーデビューした若手のラッパーなんですけど、4月ごろからずっと全米1位になっている。この曲を選んだのは、ヒップホップ、ラップミュージックの世界では今最も勢いのあるラッパーであるということと、BLMリミックスが出ているからです。

     原曲は4月17日に出たんですが、5月26日にジョージ・フロイドさんの事件が起こった。それを受けて、6月12日に曲の冒頭に新たなラップを加えたバージョンを発表した。DaBabyはもともとはあんまり政治的でも、コンシャス的な人でもなくて、どちらかと言えばファニーでキャッチーで、いわゆるエンターテイナーのタイプだったんです。この曲は「俺はギターの代わりに銃を持っている」という、ある種警察に対して中指を立てるような曲だったんですが、BLMリミックスでは曲の冒頭で「警察の横暴に対して俺は怒ってる」っていうことを加えています。さらに、6月28日にBET Awards 2020という、ブラックミュージックのグラミー賞と言われているような賞の授賞式が行われて、祭典自体が完全にBLM一色で。DaBabyがそこで何をやったかというと、いつもはホールとかでやるんですけど、コロナだからスタジオ収録やリモートだったんですよ。リモートでそれぞれが自分の場所でビデオを撮って送るって言うものなんだけど、曲の冒頭で頭を膝で押し付けられた状態でラップしているビデオを撮った。つまり、ジョージ・フロイドさんの殺害された状況を再現して、バックにはちゃんとパトカーとかもあるというパフォーマンスをやったんです。だから事件が起こってまだ1ヶ月もしないときに、全米で最も勢いがあるラッパーが直接的に反応したという意味で、カルチャーから考えるBLMっていうトピックで言うならば、一番ダイレクトで早い反応があったのがこの曲です。

     良くも悪くもこの「Rockstar」って思索的な考えを深めるようなタイプのラップじゃなくて、もっと即物的なんですよね。普段は「俺はかっこいい車に乗っている」とか「イカしたおねーちゃん連れてる俺はすごいんだ」みたいなことを言っているんだけれども、そういうラッパーが怒りをここまでストレートに出していることがすごく象徴的だと思います。

    宇野 ハリウッドはやはりリベラルの力の方が相対的に強くて、トランプ的なインターネットポピュリズムのファストなアプローチに対して自分たちは映画というどちらかというとスローなアプローチで抵抗を続けてきたわけですよね。ただ、そういったスローなアプローチでつくられる建前的なものではもう止められない切実なものが噴出していているのが今の状況で、クラウドにアップすれば公開できる即時的な反応としての音楽が、ハリウッドのスローな方法では賄えないもの、補えない感情を表現していくというのは、すごく現代的な現象だと僕は思いますね。

     もともとスタジオで大味にマス向けに作っていたものがウケづらくなっているっていう流れにも乗っていると思うんですよね。やっぱり万人にウケるのも難しい。だから、いわゆるスターがいいことを言って、それをみんなが支持するような構図が難しくなっている。でも、これだけ分断して罵詈雑言が飛び交っていると、多少まとめるようなリーダー的なステートメントも欲しくなるときもありますけどね。

    宇野 トランプ的な右派ポピュリズムに対してオールドリベラル的な熟議で対応しようっていうのが、近年のハリウッド的な立場だったわけですよね。ところがそれでは何も止まらないし、問題解決は解決しない。なので、いわゆる左派ポピュリズム的なアプローチで対抗しているのが今、柴さんが話した音楽の世界の流れだと思うんですよ。

     そうですよね。だからこの「遅いインターネット会議」に対して、BLMって良くも悪くも速いインターネットなんですよね。

    宇野 完全にね(笑)。

     ハッシュタグアクティビズムから始まっていることもその通りだし、やっぱりある意味ポピュリズムの流れであるとも言えてしまうものでもありますが、ここまで大きなうねりになると良くも悪くも無視できない強烈な力を思っています。だからDaBaby & Roddy Ricch「Rockstar」が象徴するのは、5月26日から6月28日にかけてまずは立ち止まってゆっくり考えようぜって言える人が誰もいなかったということだと思います。この曲の表現自体はそこまで良くも悪くも深いものではないんだけれど、すごく重要なのは警察だと思っていて。BLMを語るときに何がポイントかって言うと、人種差別もその通りなんですけど、警察解体、警察が不必要な暴力を行なっているという異議申し立てのところが大きいんです。さっきの『ドゥ・ザ・ライト・シング』(1989年)もそうだし、80年代、90年代、そして2012年、14年、15年、18年、20年と何度も何度も運動に火がつくきっかけって、警官が黒人を射殺したり、ジョージ・フロイドさんのように絞殺したり、といったことなんです。


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  • 文化現象としてのBLM|柴那典・藤えりか

    2020-10-26 07:00
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    今朝のメルマガは、イベント「遅いインターネット会議」の冒頭60分間の書き起こしをお届けします。
    本日は、音楽ジャーナリストの柴那典さんと朝日新聞経済部兼GLOBE編集部記者の藤えりかさんをゲストにお迎えした「文化現象としてのBLM」の前編です。今年5月、白人警官の取り調べで黒人男性のジョージ・フロイド氏が死亡した事件に対する抗議活動は、2012年の同種の事件から連綿と続く「Black Lives Matter」運動と合流し、世界中に広まっていきました。アメリカを、そして世界を揺るがすこのムーブメントを、文化の視点から読み解きます。(放送日:2020年9月8日)
    ※本イベントのアーカイブ動画の前半30分はこちらから。後半30分はこちらから。
    【明日開催!】
    10/27(火)19:30〜山口真一「正義を振りかざす『極端な人』から 社会を守る」」
    計量経済学を利用したメディア論の専門家である山口真一さん。
    SNSにおける誹謗中傷の問題はどこにあるのか? コロナ渦において出現した「自粛警察」と呼ばれる人たちの背景とは?
    9月に刊行する山口さんの新著『正義を振りかざす「極端な人」の正体』をテーマにしながら、SNSユーザーの実情と、課題の解決方法を考えます。

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    遅いインターネット会議 2020.9.8
    文化現象としてのBLM|柴那典・藤えりか

    宇野 こんばんは、宇野常寛です。

    得能 「遅いインターネット会議」では、政治からサブカルチャーまで、そしてビジネスからアートまでさまざまな分野の講師の方をお招きしてお届けしております。本日も、有楽町にある三菱地所さんのコワーキングスペースSAAIからお送りしています。それでは早速ですが、ゲストの方をご紹介したいと思います。今日のゲストは、音楽ジャーナリストの柴那典さんと朝日新聞経済部兼GLOBE編集部記者の藤えりかさんです。よろしくお願いします。

     よろしくお願いします。

     よろしくお願いします。

    得能 さて、本日のテーマは「文化現象としてのBlackLivesMatter(BLM)」です。今年5月、黒人男性のジョージ・フロイドさんが白人の警官によって殺害された事件をきっかけに、BLMの運動が大きく広がったかと思います。この運動はハリウッドスター、著名アーティストといったトップのエンターテイナーをはじめ多くの人々を巻き込みながら、いまだ大きなうねりとして世界中で展開されているかと思います。アメリカのみならず世界を揺るがすこのムーブメントについて、今夜は文化の視点から読み解いていきたいと思っております。

    宇野 最初に僕、言っておきたいことあるんですが、僕はこの問題はまったく詳しくなくて、本当に何も知りません。もちろん、大事な問題だと思っているからこそ取り上げていますし、報道とかもそれなりには見ています。

     ただ、この問題の背景にあるアメリカの人種差別の問題や、現代アメリカの政治力学みたいなものに関しては当然詳しいとは言えないですし、この問題が世界中に波及して語られていく中で、別の問題に半分変化してしまっているところがあると思うんです。たとえば日本では、デモという評判の悪い手段を肯定するのかというどうでもいい問題の方がやたらと大きくクローズアップされてしまっていて、問題そのものに対してあまり語られていないような気がしています。いや、確かに語られてはいるんですが、情報が錯綜していて、語る人の立ち位置や意見も様々で、どう距離を詰めていけばいいのかがよくわからないままになっている。そんな中で、ずっと文化批評という切り口から世の中を見てきたこのPLANETSだからこそ、ちょっと変わった方面からこの問題に距離を詰めていけるような企画ができないかなと思って、僕の信頼するお二人をお呼びいたしました。そういうことで、今日の僕はマジで聞き役です。よろしくお願いいたします。

    得能 かなり珍しい展開になりそうな予感がしますね。私もあまり詳しくないところがありますので聞き役に徹するところがあるかもしれませんが、今日はぜひ詳しく、深い視点でお二人からお話が伺いできれば大変嬉しく思います。

    『ゲット・アウト』が突きつけたクリエイティブ・クラスの欺瞞

    得能 それではさっそく議論に入っていきたいと思います。今日はBLMを考える上で重要と思われる映画を藤さんから3つ、柴さんからは音楽作品を3つ挙げていただいております。それらをきっかけに、関連した他の作品にも言及していただきつつ、カルチャーの領域からBLMという運動を考えていきたいと思います。

     まずはお二人にそれぞれ挙げていただいた作品を見てみたいと思います。藤さんからは『ゲット・アウト』(2017年)、『フルートベール駅で』(2013年)、『義兄弟』(2010年)の3つの映画を挙げていただいております。そして、柴さんからはDaBaby & Roddy Ricch「Rockstar」、Kendrick Lamar「Alright」、Pharrell Williams「Entrepreneur ft. JAY-Z」のこの3つの楽曲を挙げていただきました。

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     それでは藤さんにあげていただいた映画『ゲット・アウト』からお伺いしていきたいと思いますが、こちらの作品はどんな作品なのでしょうか?

     これはご覧になった方もけっこういらっしゃるんじゃないかと思うんですが、概要を語るのがとても難しい映画ではあります。簡単に言えば、少なくともアメリカで黒人として生きることはホラーだ、というコンセプトのもとに作られたホラー映画です。脚本と監督を務めたのはジョーダン・ピールというコメディアンで、私がロサンゼルスにいた頃にはキー&ピールというコンビを作っていて、すごく好きだったんです。オバマのマネをしてみたり、弾丸トークで面白いんですよね。その彼が、なんと人種問題に切り込むホラー映画を撮った。しかも、かなり画期的だったんです。オバマ大統領が誕生してから、アメリカ国内に限らず、国外でも「オバマ大統領が誕生したから人権問題は解決した」とか「オバマ大統領を支持しているから人種差別はしませんよ」と言うような人がすごく増えたんですが、それは違うだろうと突きつけた作品です。たいていBlack Movieでの黒人差別というと、白人至上主義者の人が出てきたり、KKK(クー・クラックス・クラン)の人たちが出てきたりと、右翼との戦いみたいな感じなんですが、この作品は、白人リベラルエリートにも実は差別心があるでしょう、ということを突きつけました。実はこの作品にはタナカという人が出てきて、在米日本人なのか日系人なのかわからないんですが、「自分は黒人側ではなくて白人側である」というふうに振る舞っていて、勘違いしていませんか、ということを突きつけられる。黒人の視点で撮られているので、この映画を観ると白人が怖く感じるんです。こんな怖い思いをしてるんだっていう疑似体験ができる映画でもありますね。

    得能 日常の中に潜んでいる様々な差別が出てきたり、意識されないようなコメントが実は差別的な発言であるといったことも絡んでくるのかなと思いますけれども。

     そうですね。これは3年前の映画なんですけど、製作中にちょうどトランプ大統領が誕生したことで、ラストを変えたそうなんです。ご覧になった方はラストがわかると思うんですけど、本当はあのラストじゃなかったんですよ。ジョーダン・ピール監督にはこの作品と、『アス』(2019年)っていう作品でも電話インタビューをしたんですけども、オバマ政権下だったら警鐘を鳴らす意味で、元のラストのままで良かったけれど、トランプ大統領誕生となると、あまりにも悲惨なラストに見えてしまうから、希望と言っていいのかわからないんですけど、それを見出したいから変えた、というふうにおっしゃっていましたね。ご覧になった方、これから観る方はその点を注視していただけるといいな、と思います。

    得能 ありがとうございます。柴さんはこちらの作品はご覧になられましたか?

     はい、『ゲット・アウト』も『アス』も当然観まして、いわゆるジャンルムービーであるホラーにおいて人種差別をモチーフにすること自体がかなり挑戦的なことだったと思います。

     これ、かなりセンシティブですよね。

     その社会の暗部というか、あまり触れてはいけないところを掘り起こすような作業だと思いますね。

     アメリカのコメディアンって、白人が黒人差別をネタにすることはないんですけど、当事者である黒人が、自分自身も含めて人種差別もネタにしちゃうことがけっこうあるんです。その延長とはいえ、かなり冒険だったと思います。

    得能 作中で描かれる怖さは、実際にゾンビとかが出てくる怖さとかではないんじゃないかと予想していますが、どうでしょうか?

     正直、ゾンビの方が怖くないですね。実生活において、一見普通に暮らしている隣人である白人が怖いということがいかに恐ろしいか、ということです。ジョーダン・ピール監督ご自身は白人のお母さんにも育てられていて、奥さんは白人です。ちなみに奥さんはBuzzFeed創業者の妹なんですけども。白人の家庭との遭遇を多く経験してきて、そのたびに怖い思いをしていることがベースにあるとおっしゃっていましたね。

    得能 実体験も含めて描かれているんですね。

    宇野 『ゲット・アウト』は、えりかさんが挙げた3つの映画の中で、僕が唯一観ている作品です。この作品とは違って、もっとストレートに人種差別はよくないことで、黒人には苦難の歴史があるのだと訴えている映画は山ほどあるじゃないですか。でも、そういったものは2008年以降のオバマ政権下においては、今日のクリエイティブ・クラスだったら当然ダイバーシティを擁護するでしょう、という白人エリートのアクセサリーに回収されてしまったんだと思うんです。こうした状況下では普通のやり方ではちょっと描きづらい領域を、このコメディホラーというファンタジックな手法で掴み出そうとしたのがこの映画なのかなと思って観ていたんですよね。

     まさにそうですよね。ちょうどこの映画をめぐってアフリカ系アメリカ人の男性と話をしたときにリベラルの話が出たんですけど、リベラルはレイシストだということをもっとちゃんとわかってほしいって言っていて、すごくそういう認識があるんだと思います。白人至上主義者がレイシストっていうのはすごくわかりやすいし、広く認識されているけれども、リベラルの人が持っている差別心はなかなか認識してもらえないんですよね。


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  • 三宅陽一郎 オートマトン・フィロソフィア──人工知能が「生命」になるとき〈リニューアル配信〉第十章 人と人工知能の未来 -人間拡張と人工知能-(後編)

    2020-10-23 07:00
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    (ほぼ)毎週金曜日は、ゲームAI開発者の三宅陽一郎さんが日本的想像力に基づく新しい人工知能のあり方を展望した人気連載『オートマトン・フィロソフィア──人工知能が「生命」になるとき』を改訂・リニューアル配信しています。今朝は第十章「人と人工知能の未来 -人間拡張と人工知能-」の後編をお届けします。
    今回は、人工知能が人類の芸術や歴史に及ぼす影響について考えます。ネット空間で人間に代わり活動を始めるAIたち。そして「余暇」を得たAIが文化を生み出す可能性とは──?

    【新刊情報】
    本連載をベースにした三宅陽一郎さんの新著が発売決定しました!

    三宅陽一郎『人工知能が「生命」になるとき』
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    ※ビジュアルは制作中のイメージです

    人工知能に、存在の〈根〉を与えるには?

    ゲームAI開発の第一人者が、コンピュータサイエンスと東西哲学の叡智、
    そしてポップカルチャーの想像力を縦横無尽に融合させながら構想する、
    次世代の人工知能と未来社会をつくりだすためのマニフェスト。

    ▼目次
    第零章 人工知能をめぐる夢

    第一章 西洋的な人工知能の構築と東洋的な人工知性の持つ混沌

    第二章 キャラクターに命を吹き込むもの

    第三章 オープンワールドと汎用人工知能
    第四章 キャラクターAIに認識と感情を与えるには
    第五章 人工知能が人間を理解する
    第六章 人工知能とオートメーション
    第七章 街、都市、スマートシティ

    第八章 人工知能にとっての言葉
    第九章 社会の骨格としてのマルチエージェント
    第十章 人と人工知能の未来──人間拡張と人工知能


    2020年11月下旬〜12月上旬
    PLANETS公式オンラインストアおよび全国書店にて発売予定

    三宅陽一郎 オートマトン・フィロソフィア──人工知能が「生命」になるとき〈リニューアル配信〉
    第十章 人と人工知能の未来 -人間拡張と人工知能-(後編)

    (5)時代と文化に干渉する人工知能

     これまで歴史や文化を作ってきたのは人類だけでした。シュールレアリスム(超現実主義)のように無意識の領域さえ使って、われわれ人類は芸術を作り上げ、文明の歴史を積み重ねてきました。
     しかし、大袈裟な言い方をすれば、人工知能を作るということは、人工知能という人外の存在を後継者として、もう一つの文明を作り上げることでもあります。なぜなら、人工知能に息吹を与えようとする根源的な欲求の中には、我々人間全体をそこにコピーしておきたい、という本能的な衝動があるからです。個人、集団、そして文明は、長い目で見れば「人工知能社会に写されていく=人工知能に模倣されていく」ことになります。

     人工知能を作り出すことは、人間の内にあるものを一度外部化することで眺めていく、ということでもあります。外部化の究極の形は、人工知能の自律化であり、人工知能と人間の対等化です。人工知能開発者にとっては、人間を超えるまで開発を進めることこそが目標になります。
     個人の知能を人工知能に移していく試みと並んで、人間社会を人工知能社会に移していく試みも進展していきます。この分野は、前章で説明したように「マルチエージェント」とか「社会シミュレーション」と言われる分野です。この分野の成果はやがて、現実世界に人工知能社会を実現するために用いられることになります。
     我々は自分自身を知るために、人工知能を作り続けます。デジタルゲームが作られる動機の一端も、そこにあります。画家が風景を写すように、ゲーム開発者は世界の運動(ダイナミクス)をゲームに移し、人をプレイヤーとして招き、人間の行為をゲームのプレイヤー行為として再現するのです。

     すでに物理世界とデジタルネットワーク世界の二重世界を生きている我々は、二つの世界が分かちがたく結びついていることを知っています(図10.9)。しかし、我々はデジタル世界ではあまりにも無力です。そこで人工知能エージェントの助けを借りて活動しているのが、現在のネットの在り方です。本来ネットワークの世界は、人間よりも人工知能が活躍しやすい世界だからです。
     ここからは人工知能開発者の中でも意見が分かれるところですが、私は最大限の自由度を人工知能に与えたい、と考えています。人工知能が作る社会、人工知能社会が生み出す文明を、そして芸術を見たい、という欲求があります。そして、それを自分自身の手で生み出したい、と思っています。

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    ▲図10.9 物理空間とネット空間の二重構造

    (6)人工知能エージェントの作る世界

     ネットの世界が人工知能エージェントの世界になるのは、それほど遠い先ではありません。それはマクロなプラットフォーム運営のレベルにおいても、エッジ(個人の端末)においても、です。人間の保守活動によってようやく保たれているネットの世界も、やがてエージェントたちによって自動的にメンテナンスされるようになります。荒れ放題のSNSも、人工知能の介入という見えざる手によって調停され、目の離せないソーシャル・ゲームの運営も、エージェントたちに任せることができるようになります。
     現在は、運営側もユーザー側も、人がネット世界に張り付いてネット世界を動かしています。人は今、直接ネットの世界に参加しているような感覚ですが、それはインターネットの過渡期の一時的な状況に過ぎません。やがて、自分の分身であるエージェントを介して、ネットに参加するようになるでしょう。
     そして、物理世界はネット世界とますます連動の度合を高め、現実世界と同等のスケールのネット世界ができることで、あらゆる場所は物理世界とネット世界の座標を持つことになります。現実世界を変えることはネット世界を変え、ネット世界を変えることは現実世界を変えることになる。そんな未来が待っています。

     2010年以降、IT企業がネットビジネスで得た資金で、ロボット企業を買収しています。工場ロボット以外のロボットはビジネスの目算が立てにくかったところに、ネット産業がドローンやロボットの企業を買収することで、ネット世界から現実世界へと干渉の領域を広めつつあります。エージェントという視点から見れば、ネットやアプリ内の見えないネットエージェントから、現実世界で活動する見えるエージェントへと変化したことになります。あるいは人工知能という視点から見れば、チェス、囲碁、将棋、デジタルゲームという揺籠で育まれてきた人工知能が、いよいよボディを持って現実世界に進出するということになります。
     現実世界への人工知能エージェントの進出は、まだたどたどしい一歩です。しかし、ロボットやエージェントたちは、単なる労働力にとどまりません。人工知能を持った存在として、現実の中で知的活動を果たすことができます。スマートシティという観点からすれば、それは街全体を管理する人工知能の手足となります。人間が目指す社会のデザインは、人間だけで成しうるのではなく、人工知能と共にデザインしていく必要があります。

     人工知能企業の中には、エージェント技術を前面に出す企業も現れるでしょう。実はこの動きは、00年台前半にも「エージェント指向」という名前で盛り上がろうとしていた分野でした。しかし、あまり世間では流行ることなく、地味な基礎技術の一つとしてブームは終わってしまいました。『エージェントアプローチ 人工知能』(1997年、第二版2008年、Stuart Russell 、Peter Norvig 著、古川 康一監訳、共立出版)をはじめ、たくさんの良書も出ましたが、ユーザーのレベルまで普及することはありませんでした。
     しかし、どんな技術にもブームの周期があります。だからこそ、エンジニアは技術を公開し積み上げておく必要があります。エージェントはこれからの人工知能社会を構築する単位となるはずです。

    (7)芸術と人工知能


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