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  • 男と食 31|井上敏樹

    2020-10-30 07:00
    550pt
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    平成仮面ライダーシリーズなどでおなじみ、脚本家・井上敏樹先生のエッセイ『男と×××』。ある日、お茶漬けのCMを見た敏樹先生。母親が子供たちに朝食としてお茶漬けを出すそのCMから、幼稚園の頃の恐ろしいお弁当事件が頭をよぎります。
    「平成仮面ライダー」シリーズなどで知られる脚本家・井上敏樹先生による、初のエッセイ集『男と遊び』、好評発売中です! PLANETS公式オンラインストアでご購入いただくと、著者・井上敏樹が特撮ドラマ脚本家としての半生を振り返る特別インタビュー冊子『男と男たち』が付属します。 (※特典冊子は数量限定のため、なくなり次第終了となります) 詳細・ご購入はこちらから。

    脚本家・井上敏樹エッセイ『男と×××』第60回
    男 と 食 31     井上敏樹 

    衝撃的なCMを見た。『朝はお茶漬け』というものである。極く普通の若い母親が、朝の食卓で子供たちにお茶漬けを出す。子供たちは美味しそうにお茶漬けをかき込み、『美味しかったよ、お母さん』とばかりに笑顔でランドセルをしょって学校に行く。『朝はお茶漬け』である。あんまりではないか。別に私はお茶漬けを否定しているわけではない。私だって時々食べる。寧ろ好きだ。だが、それはちょっと小腹が空いた時とか二日酔いの朝とかであって、育ち盛りの子供に与えるようなものではない。しかも朝食である。朝食というのはその日の勢いを決定づけるとても大事な食事である。この母親には愛がないのか。炊き立てのご飯と味噌汁、焼魚に納豆等を出すのが真っ当な母親というものではないのか。お茶漬けとは関係ないが、私はこのCMを見て、幼稚園の頃のお弁当事件を思い出した。私の母親が昼食として私に菓子パンを持たせたのである。焼きそばパンだがメロンパンだか忘れたが、モソモソと菓子パンを食べる私を見て当時の先生は眉をしかめた。そして私に言ったのだ。『井上君、もっとちゃんとしたお弁当を作ってくれるようお母さんに頼みなさい』と。帰宅した私は先生の言葉を母に伝えた。サッと母親の顔色が変わった。『本当に先生がそう言ったのかい?』と、私に迫った。しまったと私は後悔した。母のプライドが傷ついている。元々母は料理好きで、いつもは立派なお弁当を作っていた。おそらくたまたま体調が悪くてその日は菓子パンを持たせたのだ。


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  • 完遂できなかった『陽あたり良好!』を進化させた青春群像漫画『ラフ』(後編)| 碇本学

    2020-10-29 07:00
    550pt
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    ライターの碇本学さんが、あだち充を通じて戦後日本の〈成熟〉の問題を掘り下げる連載「ユートピアの終焉――あだち充と戦後日本の青春」。
    『タッチ』に続く代表作と評される『ラフ』の分析の後編です。
    原作の連載終了から四半世紀を経て公開された実写映画版で、あだち的な「青春」像はゼロ年代にどう描き直されたのか。そして『陽あたり良好!』でやり残したテーマがどう昇華されたのかに迫ります。

    碇本学 ユートピアの終焉──あだち充と戦後日本社会の青春
    第14回 完遂できなかった『陽あたり良好!』を進化させた青春群像漫画『ラフ』(後編)

    漫画版の魅力を逆説的に浮き彫りにした実写映画版

     「ラフ」はラストに向けて、つまらないエピソードを重ねながら盛り上げていきました。甲子園大会みたいに1回戦、2回戦と盛り上げられないから、それまで出てきた登場人物を総動員して使い切った。
     そして最後、カセットテープを小道具に使うんですが、この思いつきに助けられたラストです。亜美の気持ちをどう圭介に伝えるか、どうふたりらしい終わり方にするか、最後の数話、煮詰まった中から出てきたアイデアだと思います。
     「タッチ」は最終回の前の回で決着をつけて、最終回はあと始末で終わらせますが、「ラフ」は最後の1ページまでどうなるかわからないつくりになってます。結果的にはうまくいった気がします。〔参考文献1〕

    『ラフ』の名シーンのひとつは、最終回「きこえますかの巻」において、亜美がカセットテープに吹き込んだ圭介への告白だろう。この最終回で、圭介は恋愛でも水泳でもライバルとなる仲西と、日本選手権の自由形決勝で直接戦うことになる。
    最後のページでは、レースの前に亜美が圭介への思いをカセットテープに吹き込んでいたことが読者にはわかるようになっている。そして、圭介と仲西の勝敗の結果は漫画では描かれてはいない。しかし、最終回のふたつ前の「勝ちそうなほうよの巻」で亜美は大場のじいさんとばったり会った際に、「なんじゃ、本命は負けそうなほうなのか」と聞かれた際に、亜美は「勝ちそうなほうよ」と答えている。亜美のこのセリフから、読者は圭介が日本新記録を出して仲西に勝つのではないかと読者に想像させるのである。こうした説明をどんどん省略していくスタイルは、あだち充が自分の読者ならこの描き方で伝わるはずだとわかった上での選択だった。
    このラストシーンがあるからこそ、『ラフ』はあだち充作品の中でも非常に高い人気を誇っており、ラブコメの名作のひとつとして残っているのではないだろうか。

    2000年代になってから、『ラフ』は連載誌「少年サンデー」での前作『タッチ』とともに相次いで東宝系で実写映画化されている。『タッチ』のほうは犬童一心を監督に起用して2005年に公開されたのに続き、翌2006年に公開された『ラフ ROUGH』は、企画に川村元気、監督に前年に『NANA』を大ヒットさせた大谷健太郎、さらに脚本には『ナースのお仕事3』を手掛けた金子ありさを起用。デビュー以来ずっとテレビドラマの脚本をしていた金子が、はじめて映画の脚本を手掛けたのは『電車男』(2005年)だった。『電車男』の企画は川村元気であり、ここから彼の名がヒットメーカーとして知られていくことになったのだが、『ラフ ROUGH』はそれに続く企画・脚本家のタッグにもなっている。

    この『タッチ』『ラフ ROUGH』の2作に共通するのが、製作が東宝の社内プロデューサー・本間英行であり、主演が長澤まさみであるということだ。『タッチ』の1年前の2004年には本間が製作に関わった行定勲監督の映画版『世界の中心で、愛をさけぶ』が劇場公開され、興行収入85億円を超える大ヒットになっていた。当時、高校生だった長澤まさみは主人公・松本朔太郎(森山未來)の高校時代の恋人役の広瀬亜紀を演じた。この役どころは聡明でスポーツ万能で親しみやすいという『タッチ』の浅倉南を彷彿とさせる存在だったが、彼女は白血病を患うことになる。
    長澤まさみは白血病治療の副作用による脱毛症を演じるためにスキンヘッドになり、この時の好演で日本アカデミー賞最優秀助演女優賞など数々の賞を受賞し、『世界の中心で、愛をさけぶ』は彼女の出世作になった。
    また、『世界の中心で、愛をさけぶ』は映画公開とほぼ同時期に堤幸彦が演出で参加した同名のテレビドラマも放映されていた。ドラマ版では朔太郎を山田孝之、亜紀を綾瀬はるかが演じている。ゼロ年代の青春映画ブームの嚆矢『ウォーターボーイズ』(2001年)の2年後を描いたドラマ版『WATER BOYS』(2003年)でブレイクしたのが山田孝之と森山未來の二人であり、若手俳優ブームとともに青春ものがゼロ年代の映画やドラマを牽引していくことになった。同時に彼らの相手役となる若手女優たちも台頭していくことになり、その中のひとりが長澤まさみだった。

    そもそも彼女は「東宝シンデレラオーディション」のグランプリを受賞したことで芸能界入りした女優であり、東宝や本間としては『世界の中心で、愛をさけぶ』に続く大ヒット作を、長澤の主演ありきでやろうとしたのだろう。そのための知名度と話題性のある企画として、あだち充の人気上位作である『タッチ』と『ラフ』が選ばれたのだと考えられる。
    実際、原作では『タッチ』は上杉達也、『ラフ』は大和圭介が主人公であるが、映画版では浅倉南と二宮亜美のヒロインが主人公という趣向に変更されているのが象徴的だ。

    そのため映画版と漫画版とでは主人公の視点が変わっている。このことが、漫画版を知っている読者にとって、より違和感を増している部分もあった。
    そういう影響もあったのか、原作ファンにはどちらの映画版も評判は芳しくなく、駄作のイメージがついてしまっている。主人公視点の変更だけではなく、映画版と漫画版の違いを考えていくと漫画『ラフ』の魅力がよくわかる。

    映画版『ラフ』の冒頭では、速水もこみち演じる圭介が試合開始前までウォークマンで音楽を聴いているシーンから始まる。これはラストシーンである亜美のカセットテープの告白への伏線になっている。
    余談だが、『世界の中心で、愛をさけぶ』でも、大人になった朔太郎が引っ越し準備中に、ダンボールの中から一本のカセットテープを見つけるところから物語が始まる。そのテープに声を吹き込んでいたのは、高校時代の亜紀だった。長澤まさみは『世界の中心で、愛をさけぶ』と『ラフ ROUGH』において、彼女自身が生まれる前の1980年代初頭の高校生たちにとっての必需品だったカセットテープが、冒頭から大きな意味を持っている作品に出演していたことになる。

    ここから、中学生の圭介とすでに自由形の世界では日本で一番早い仲西との対決が描かれ、圧倒的な強さで仲西が勝利する。
    しかし漫画版ではこのような対決は中学時代にはなく、圭介は一方的に仲西に水泳選手として憧れている設定であった。漫画版の冒頭は、飛び込み台が描かれ、そこから水面に飛び込みをする亜美のシーンから始まる。そこから圭介、北野京太郎、関和明、緒方剛、久米勝といった寮生たちに同じ寮の先輩で番長である成田が「口の利き方も知らねえ一年坊主はお前か」と先輩風を吹かせに行こうとする。しかし、成田が圭介たち一年生の実力や噂話にびびってしまい、結局誰ひとり文句を言えないまま帰っていくことで主要人物が紹介されていくという、初回らしい1話だった。

    この時点では、あだち充はラストのカセットテープはもちろん、亜美をめぐる三角関係の決着を描くことはまったく決めていなかった。このフリージャズ的な手法で物語を進めていくあだちのスタイルは、連載が始まってしばらくは、どうしてもゆるやかな展開になりがちである。どこか手探りに近いものがあるためか、設定なども曖昧なまま進む。だが、そのある種の自由さと週刊連載というスピードがうまく噛み合ったときに、あだち充自身も思いもしなかった展開になり、すべてが最初から仕組まれていたようにも思える物語へと膨らんでいく。これがあだち充の漫画の魅力のひとつだ。


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  • 「プロデューサーシップ®」とは何か|桜庭大輔

    2020-10-28 07:00
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    NPO法人ZESDAによる、様々な分野のカタリスト(媒介者)たちが活躍する事例を元に、日本経済に新時代型のイノベーションを起こすための「プロデューサーシップ®」を提唱するシリーズ連載。第11回目の最終回は、NPO法人ZESDA代表の桜庭大輔さんが、連載の総括を行います。

    プロデューサーシップのススメ
    #11 「プロデューサーシップ®」とは何か

     本連載では、イノベーションを引き起こす諸分野のカタリスト(媒介者)のタイプを、価値の流通経路のマネジメント手法に応じて、「inspire型」「introduce型」「produce型」の3類型に分けて解説しています。(詳しくは第1回「序論:プロデューサーシップを発揮するカタリストの3類型」をご参照ください。)
    今回は連載の最終回として、NPO法人ZESDA代表の桜庭大輔氏から、連載の総括とともに、プロデューサーシップとは何かについて論じていただきます。

    連載を振り返って

     テレビやネットコラムなどで、何かを成し遂げた人がいかにして自分が成功に至ったかを語るインタビュー記事をよく見かけます。アントレプレナーやイノベーターが夢を実現するまでには、資金や人材、ノウハウ、資材などなど、様々な価値をかき集める過程が必ずあったはずですが、主観目線で語られる成功譚においては、いろいろ苦労して自分でなんとかかき集めたのだ、と語られることが比較的多いように思います。一方、謙虚なアントレプレナーであれば、「色々な人のお世話になった」「ご縁に感謝している」といったかたちで、彼らに諸価値を提供した人物の存在に触れることもあります。それでも、アイディアや資金などを提供した側の認識や動機、また提供者同士の関係などまで描写されることは少ないと思います。しかし、実際のところ、アントレプレナーが成功するまでの過程を俯瞰的に見たならば、アントレプレナー本人の視界にすら入ってこない多くの「関係者」たちの活躍があり、彼らもまた主役として躍動する大きなエコシステム(生態系)が見えてくるものではないでしょうか。そして、イノベーションとは、イノベーターが求めて求めてついに成し遂げるものであると同時に、そうしたエコシステム内の複雑な相互連関の果実として、ある日ぽとりと落ちるように生まれるものであるとも見ることができるのではないでしょうか。

     with/afterコロナの世界でも、イノベーションはいっそう必要となっていきます。チャレンジに挑む多くのアントレプレナーが生き生きと成功していくためには、彼らに必要な諸価値を注いでいく「関係者」たちの関係図を俯瞰的に解き明かし、有意義なエコシステムを拡大再生産していくことが重要になるはずです。

     本連載は、そうした「関係者」すなわちカタリスト(媒介者:catalyst)に焦点を当てて、誰が、なぜ、どのように、アントレプレナーを支援したのか、個別具体的な事例を紹介してきました。11回にわたり、9名のカタリストについて手法に応じて、「inspire型」「introduce型」「produce型」の3類型に分けて解説してきました。それぞれの類型の詳しい説明は、「#01 序論:プロデューサーシップを発揮するカタリストの3類型」をご参照いただくとして、以下では9名のカタリストがイノベーション過程において果たした機能についてざっと振り返ってみます。

    inspire型カタリスト

     まず、カタリストが自ら自分の持つ価値(資金や情報など)を注ぐ「inspire型」カタリストを、2名ご紹介しました。

     「#02 データシティ鯖江から始まったウェブ新時代」では、天才プログラマー/IT起業家の株式会社jig.jp福野泰介会長が、オープンデータという概念の導入を鯖江市長に促したり、安価なコンピューター(IchigoJam)を開発して提供しながらプログラミングを子供たちに分かりやすく教えたりと、最先端の思想やスキルをかみ砕いて伝達(inspire)することによって付加価値を生みだしている模様に注目しました。

     また、「#03 地元産品を海外に売り込め!~茨城の成功例から学ぶ~」では、JETRO西川壮太郎課長が、バイヤーに関する徹底した調査分析を生産者に提供(inspire)し、時に重い彼らの腰を動かす手腕に着目しました。

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    introduce型カタリスト

     続いて、カタリストが、アントレプレナーが必要とする価値(資金や情報など)を有する人材をアントレプレナーに紹介(introduce)することで、諸価値を提供させる「introduce型」カタリストとして、2名ご紹介しました。

     「#04 イノベーティブな関係性を創る〜大阪・メビックの活動を通して(前・後編)」では、メビック堂野智史所長が、中小企業者とクリエイターのコミュニティを絶妙な匙加減で運営しながらコラボレーションをコーディネートしてイノベーションを導く過程を学びました。

     「#05 海外日本人ネットワーク『和僑会』のめざすグローカリゼーション」では、東京和僑会元事務局長の永野剛氏が、確固たる信頼概念に基づき、「マルチ・リテラシー(multi-literacy)」(=複数の分野について、少しずつ知っていること)を駆使して、国内外のあらゆるビジネスパーソンを仲介して新ビジネスを生んでいました。

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    プロデュース理論式──価値の経路は2種類しかない。

     ここで、ご着目いただきたいのは、アントレプレナー(上の各図における「B」)に、価値(「v」)が提供者(「A」)から注がれている経路です。inspire型カタリストがAとBの間に介在して間接的に価値がアントレプレナーに注がれる経路と、introduce型カタリストは、取り次ぎだけを行って介在はせず、AからBに直接的に価値が注がれる経路。実は、論理的に考えて、これら2種類しかこの世には存在しえません。換言すれば、カタリストの基本行動はinspireとintroduceの2つに尽きるということになります。あとは、これらの経路を複数組み合わせたり繰り返したりすることによって、より多角的で持続的なサポ―トを行うことになります。これを、NPO法人ZESDAでは「プロデュース」と定義し、以下の理論式によって表現しています。

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    ※e=entrepreneurship
    ▲プロデュースの理論式

     我々は、何かをやりたい人、すなわちアントレプレナー(e)に、n乗回Inspireを繰り返し、m乗回Introduceを繰り返すこと。この数式を組むことが、プロデュース(Produce)であると考えています。どの項がゼロでも、ダメです。ただし、何を何回注ぐか、あらかじめわかってはいないこともあるでしょう。行き当たりばったりで他所から資源を調達しながら、inspireやintroduceを繰り返していく、成り行き的プロデュースはあり得ると思います。
     しかし、それでも、その人に様々な価値を注げば問題が解決する、物事が成功すると思える「e」を特定し、主役としてしっかり立てるということだけはブレてはいけません。諸価値を注ぐ対象の「e」は誰なのかは、はっきりしている必要があります。のべつ幕なしに、誰や彼や、右から左に、とにかく価値を移動させているだけではダメなのです。はっきりと特定された主役として立てられている「e」に価値が集中的に注がれていく座組を築かないと物事は動いていきません。
     しかし、実は、地方創生の現場では、意外と「e」が誰なのか、曖昧になっていることが多いです。是が非でも、地域を存続させたいという地元の人材を「e」に立て、行政や都市部の支援者がそこに諸価値を注ぎ込見続ける、という構図が成立すれば発展の芽が吹き得ます。ですが、地元人材の誰もが補助金頼みだったり、例えばイケてる自治体公務員に外部の人材が諸価値を注いでも、自治体公務員本人が、自分は地元民のサポーター側に過ぎず「e」ではないという自意識だったりすると、うまく物事が進んでいかなかったりします。

     そして、このプロデュースの数式を組み立てることができる人、すなわち、中心に据えられたアントレプレナーに、様々な価値のinspireやintroduceが繰り返し行われる構造、多数のカタリストたちが躍動するエコシステムを構築することができる人を、NPO法人ZESDAはプロデューサーと呼称しています。

    produce型カタリスト(プロデューサー)

     連載では、5人のプロデューサーを紹介しました。「#06 デザインによる富山県と伝統産業のプロデュース」では、桐山登士樹プロデューサーが富山県内の中小企業をプロデュースするべく、デザイナーや商社などをゼロからかき集めつつ、エコシステムを創育するプロセスが語られました。デザインコンテストの継続開催という手法が特徴的でした。

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     「#07 島根県民ファンドのプロデュース」では、田辺孝二プロデューサーが島根県内のベンチャー企業を支援するべく、県民ファンド創設をテコにして、様々な価値が注がれるエコシステムを創育しました。ベンチャー起業家の成功を助けるのみならず、彼らに失敗を重ねさせることが地域の人材育成に繋がるという達観があったことには要注目です。

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     そして、対象に価値を注ぐシステムを創るという点は同じであっても、プロデューサーによって、手法や重視しているポイントは様々です。

     「#08 アイドルプロデューサーは何をしているのか?」では、プロデューサーという職能の発祥の地ともいえるエンタメ業界において活躍する伊藤公法プロデューサーに、すべての関係者の旗印となる「コンセプト」の創り方について極意を語ってもらいました。そして、自ら創ったコンセプトを全関係者にしっかりinspireしていくなかで、アイドルに様々な価値が注ぐエコシステム(チーム)を組成していきます。

     「#09 キャラクターデザインによる場とコトのプロデュース」では、筒井一郎プロデューサーから、架空のキャラクターを創出して、様々なメディアを用いた広報活動を展開し、そのなかで手に入れた様々な価値をクライアントに提供していくという、成り行き型であり、かつ、入れ子状のプロデュース手法を教わりました。言うなれば、筒井氏自身はキャラクターを通したメタ・プロデュースを行っているとも言える、きわめてユニークな手法でした。

     「#10 災害ボランティアバスのプロデュース」では、伊藤朋子プロデューサーが、災害現場というシビアな環境で、被災者に様々な価値が注がれていくエコシステムを運営するにあたり、関係者すべての事情と想いを高い解像度で把握しつつも、すべてを一手に引き受けたりせず、即座に最適な解決者に仕事を割り振っていく様子を学びました。およそすべてのプロデューサーに求められる「こまやかさ」と「しなやかさ」が際立って認められる事例でした。

    「プロデューサーシップ」とは何か。

     このように、アントレプレナーに価値が注がれていく経路をマネジメントするカタリストは、外形的には、inspire型とintroduce型と、その組み合わせであるproduce型の3種類に尽きるかたちで整理できるものの、手法や態様は本当に千差万別です。では、カタリストのより内面的な共通点はどこにあるでしょうか。カタリストになりたい人は、どういう資質を身につければよいでしょうか。営業職やコンサルタントなど、およそクライアントに価値提供を行うたぐいのビジネスに就く方々は、ことごとくカタリストであると言えますが、何を磨けば、より優れたカタリストになれるでしょうか。

     NPO法人ZESDAは、カタリストに求められる姿勢や思考方法を「プロデューサーシップ®」と名づけ、以下のように定義しています。

    プロデューサーシップ®とは、「①複数の分野にある程度目利きができる能力(マルチ・リテラシー)を持ち、②組織や業界を横断して、③新しい事業を④アントレプレナーと共に創造するリーダーシップ」である。

    分析すると、プロデューサーシップは4要素から成り立ちます。それぞれ解説すると、

    ①マルチ・リテラシー:
     「#01 序論:プロデューサーシップを発揮するカタリストの3類型」でも述べたように、カタリストには、価値の移動元での評価と移動先での評価の両方を目利きするチカラである「マルチ・リテラシー」が必須となります。価値を移動させる架け橋として機能するのがカタリストなので、両岸についてある程度知っていないといけない、というのは、ある種自明でしょう。

    ②総合性:
     そして、組織や業界の壁をまたいで価値を移動させられるだけの視野の広さを持っていることも当然の条件となります。また、アントレプレナーや他のカタリストなど様々な関係者の思惑や利害をよく把握できていれば、一層精度の高いinspireやintroduceやproduceができます。

    ③新規性:
     また、イノベーションを目的とした作用を議論しているところ、大前提として、一切の活動は新しい何かを生み出すことを目的としている必要があると考えます。マルチ・リテラシーや総合性を発揮していても、それが創造性の低いルーティーンの運営や手続調整に費やされている場合は、プロデューサーシップがある、とは言えないという立場です。

    ④補完性:
     最後に、カタリストは、価値供給というかたちでイノベーションを前に進め、少なからずアントレプレナーを導く役割を果たします。その点で確かに、リーダーシップを発揮します。しかし、あえて自らが全体のリーダーになろうとはせず、アントレプレナーを主役に立てる振る舞いをすること、あくまでアントレプレナーに価値が注がれていく経路をマネジメントする点に、プロデューサーシップという概念の特徴があります。これがアントレプレナーシップ論や巷のリーダーシップ論と一線を画する点でもあります。価値供給源としての強みを活かしてアントレプレナーに対し一定の影響力を持ちつつも、アントレプレナーを中心にエコシステムを回すことに注力するという、パートナー的関係のバランスをとるところが極意となります。

     9名のカタリストのエピソードそれぞれにも、濃淡の差はあれ、これらの4要素は必ず見出すことができると思います。4要素を兼ね備えつつも、カタリストごとに、強みというか物事を動かしていく「武器」がそれぞれ異なっているのが、カタリスト事例集を眺める際に大変面白い点だと思います。ざっくり言ってしまえば、福野氏はプログラミングスキル、西川氏は海外マーケットの知見、堂野氏は人徳と機転によるコミュニティ運営、永野氏は所属組織の多さ、桐山氏はデザイン力、田辺氏は高官位の信用力、伊藤公法氏は妄想力、筒井氏は脚本力、伊藤朋子氏はこまやかさとしなやかさが、それぞれの才能と実績の白眉となっているように思います。

    プロデューサーシップを語る意義

     プロデューサーシップは、新しい概念です。個人的には、イノベーション論やリーダーシップ論、組織経営学や経済社会学における新しい「科目」であると思っています。ですから、上記の定義や4要素も、議論の口火を切っているに過ぎず、まだまだ多くの批判的検討を経て、成長していくことと思います。それでも、既存の議論に一石を投じる内容だと考えています。

     まず、イノベーション論の文脈においては、イノベーションを、起業家中心主義的に捉えず、エコシステム運営の果実として捉えたり、エコシステムをそこかしこで駆動するカタリストたちの機能にも目を配るべきだ、と主張します。

     また、リーダーシップ論の文脈に対しては、とかくリーダー/フォロワーの二元論的に人間関係を捉えがちであるところ、アントレプレナーとプロデューサーの関係は、どちらがリーダーであるとも言える、絶妙なパートナーシップ関係や集団的リーダーシップの型の存在を提示しています。

     それから、オープンイノベーション論に対しても、一種の解決策を提示します。ベンチャー企業と大企業の共同開発や産学連携の場面など、異なる組織が強みを持ち寄って協働しようとする際には、機密を保持しつつ適切なパートナー探しを行うことが困難だったり、文化が異なる者同士の協働現場では様々なコミュニケーションの問題が生じたりします。プロデューサーシップ論は、カタリストの二者間を取り持つ機能や資質への着目を促し、また協働に介入するカタリストこそがオープンイノベーションをリードする存在になりうる可能性を指摘します。

    最後に

     日本のイノベーションやベンチャー企業家育成関連の政策においては、「アントレプレナーを増やそう」という方向性の施策が目につきます。起業家育成のための、演習や研修、彼らへの資金提供や人材紹介を施す事業が数多く見られます。そして、突出やリスクを嫌う国民性がネックになっているとか、創造力を育てる教育が不足しているといったことが、日本でイノベーションが進まない原因であると議論されています。

     この点、カタリストによるプロデュースは、きわめて日本人的なイノベーション手法であろうとも思います。というのも、上述のとおり、カタリストは、関係者たちの間に入り、アントレプレナーの突出を後押ししたり、批判から守ったり、リスクを緩和したりします。まさに「和を以て貴しとなす」の精神が見られます。
     また、創造は、0から100まで一人で行われるものではなく、イノベーション・エコシステムの中の多くのカタリストのチカラを借りるなかで実現していくものです。また、どんなに育成しようとも、結局イノベーターは圧倒的に少数しか存在しません。なので、結局のところ、創造しようとする者にチカラを貸す人の方が、創造者よりもはるかに多いのですから、一握りの創造者をなんとか増やそうとするのも結構ですが、いかにして大多数が創造者らに価値を注げばよいかという方法論や、叩かずに協力しようというマナーをマスに教えて、大勢のカタリストを育てていくことの方が、イノベーション・エコシステムをより効率的に発展させることができ、落ちる果実も増えるような気がします。

     NPO法人ZESDAと研究・イノベーション学会プロデュース研究分科会は、日本のイノベーションの未来は、カタリストの活躍にかかっていると信じています。そうした想いから、この世のそこかしこで活躍する偉大なカタリストたちに光を当てるべく、そして、日本に一人でも多くのカタリストを増やすべく、これまで勉強会を積み重ねてきました。このたび、その成果として、カタリストたちの講演録を「プロデューサーシップのススメ」と題した書籍にまとめて出版する予定です。本連載はそのほんの一部をお示ししたものに過ぎません。年内出版を目標として現在鋭意編集作業中ですが、発刊しましたら、もちろんPLANETSでも報告します。

     巷の様々な営業職やコンサルタント職など、「サポートする」「人の役に立つ」ことを生業にするビジネスパーソン、クライアントとマーケットの間に挟まるポジションで働くあらゆるカタリスト予備軍の方々に我々の書籍を広くお読みいただき、より優れた付加価値の出し方、価値の流通経路をマネジメントする方法、カタリストとしてのご自身のスタイルを作り上げていく上でのヒントなどを得ていただけたらと願ってやみません。

     最後になりましたが、いつも丁寧にご対応くださったPLANETS編集部の皆様、いつも温かい感想を寄せてくださった読者の方々に御礼を申し上げたいと思います。ここまで「プロデューサーシップのススメ」の連載をお支えいただきましたこと、心より深謝申し上げます。本当にありがとうございました。

    (了)

    ▼プロフィール
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    桜庭大輔(さくらば・だいすけ)
    NPO法人ZESDA 代表。
    1980年生。2011年、グローカリゼーションをプロデュースするプロボノ団体NPO法人ZESDAを創設し活動中。研究・イノベーション学会プロデュース研究分科会共同主査。
    Twitter: @sakuchaan

    『プロデューサーシップのススメ』配信記事一覧はこちらのリンクから。
    前回:#10 災害ボランティアバスのプロデュース|伊藤朋子

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